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来年の今日、またこの場所で。  作者: 若隼 士紀
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第3章 5(1)

5.(1)


 午前中、伊哉さんは様子を見に来た軍の部下の人をコキ使って通信機器とパソコンを病室に持ち込ませ、あたしや看護師さんもシャットアウトして仕事をしていた。

 看護師さんは「仕事ぉ?何考えてんだ、すぐ止めさせて!」というドクターの指示との間ですごく困っていて、あたしも看護師さんと一緒に止めたんだけど「ああ、はいはい」と笑って全然聞いてくれなかった。


 多華さんに電話すると「ああ…今ちょっと軍内部でも色々あって。リョウとしては居ても立ってもいられないんだと思う。早葵ちゃんが言ってダメなら、許してあげて」と、意外にも伊哉さん寄りの返答だった。

 うーん…

 あたしは看護師さんと顔を見合わせてため息をついた。


 午後になって、ドクターが往診に来た。

 医療機器やパソコン、通信機器のケーブルがうねうねと床を這って、足の踏み場もない部屋の状態を見てあっけにとられていたが、伊哉さんが「おう、リンジュ。腹減って死にそうだよ俺」と軽く言ってまたモニターに顔を向けたのに対して、ケーブルを引きちぎらんばかりに激怒した。


 看護師さんたちがなんとかケーブルを集めて部屋の隅に寄せて場所を作り、ドクターは伊哉さんを無理矢理寝かしつけて診察を行い、念のために胸のレントゲンを撮影して血液と尿を採取した。

 すぐに男性の看護士さんが検体を持って病院に戻り、ドクターはあたしを呼んで「彼女も一緒に聞いてね」とあたしに椅子をすすめて自分も腰かけた。


 タブレット端末で病院から送られてきたレントゲン画像を見ながら、「胸の様子は大丈夫だ。肺にウィルスが入り込んでて、肺炎を心配してたんだけど。白血球の値がまだ高いから、もう少し薬は続けないとダメだ。解ったな、リョウ!」と最後は厳しい口調で伊哉さんに言った。


 伊哉さんはぶすっとして「解ってるよ。それで、いつから飯食っていいの」と言った。

 「今日はまだダメだ。明日から少しずつだ。

 大体、未知のウィルスに感染してるんだぞ。もう少し自覚を持て。自分の身体を大切にしろ。

 心配させたくない人がいるんだろう?」

と、ちらっとあたしを見ながら言う。


 「今言ったように、今回リョウ達が敵から浴びせられたのは、インフルエンザに似たウィルスだ。でもインフルエンザより遥かに劇症になりやすくて感染力の強い、WHOでもまだ報告の無い未知のものだ。

 恐らく、人工的に作られたものだろう。これが本土にバラ撒かれたらと思うとぞっとするよ。

 まだ危機を脱していない患者もいる。リョウは症状が軽かったからそんな無茶もできるだけの話だ」


 「誰だ?!」と伊哉さんは鋭く訊いた。

 ドクターは虚を突かれたように「え?…ああ、センザキ上等兵だ。ワクチンが上手く効かなかった。肺炎が酷い。酸素量がこれ以上増え続けるようだと人工呼吸器の挿管になるだろう」と暗い表情で言った。

 「センザキが…」伊哉さんはすっと青ざめた。俯いて布団を握りしめる。


 「とにかく、免疫力を高めてウィルスに自分の体力で打ち勝つしかない。そのためには身体を良く休めて明日から少しずつ食べて。…解ったな?」

 「ああ」伊哉さんはうなだれたまま返事をした。

 ドクターはため息をつくと、立ち上がってあたしを見下ろした。

 

 「彼女も、コイツがあまり無理しないように見ててやってね。空気感染はないけど、飛沫感染があるかもしれないから、普通のマスクはしておいた方が良いな。

 手を良く消毒するなら、グローブも外していいよ。彼女は手に怪我とかないね?

 あとは粘膜接触。完治するまで絶対禁止ね。今はキスもダメ」

と言ってパチッとウィンクしてみせた。


 あたしは伊哉さんの落ち込みようが心配で、ドクターのオヤジギャグに反応してあげる余裕はなかった。

微妙な表情の看護師さんを伴って、ドクターは「明日、また来るから。よく寝ろよ」と言って帰っていった。


 伊哉さんはそれから仕事もやめてベッドに横になったままずっと考え込んでいて、時折悔しそうに「くそっ…」と呟く声が聞こえてきた。

あたしはその様子がとても気になって、交代で来た看護師さんに伊哉さんの様子をよく見てもらうようにお願いした。

 看護師さんは快諾してくれて「何かあったらお呼びしますね」と言ってくれた。

 

 その夜、深夜。

 いつも使っている自分の部屋で寝ていたあたしは、突然の「う…うあああああああっっっ!」という伊哉さんの大声と、ガタンガシャンと何かが倒れるような物音で飛び起きた。


 急いでリビングに行き、和室の襖を開けると伊哉さんがベッドから落ちそうなほど身を乗り出して肩で大きく息をしていて、倒れた生体モニタがピーピーとエラー音を響かせ、看護師さんが慌てて点滴の棒を起こしていた。

 「伊哉さん!」とあたしは駆け寄り、ベッドの脇に膝をついて伊哉さんの身体を起こした。

 髪を乱し目を見開いたまま荒い呼吸を繰り返している伊哉さんは、全身にすごい汗をかいていた。

 

 「伊哉さん、大丈夫?」とあたしが顔をのぞき込むと、伊哉さんの目の焦点が徐々にあたしの目に合ってきて、伊哉さんは荒い呼吸のままあたしを抱きしめた。

 「夢を…見た。ヤジョウ伍長が俺の目の前でショウジ一等兵をかばって被弾した。

 俺は…何もできなかった…」


 そう言って、あたしの肩に顔をつけて嗚咽を漏らした。あたしは泣き続ける伊哉さんの背中を一生懸命さすった。

 しばらくそうしていると伊哉さんも少しずつ落ち着いてきて、あたしの身体を離してベッドに横たわって目を閉じた。

 看護師さんが「発汗が凄いので、清拭して着替えをしますね。点滴やバイタルセンサーも外れてしまいましたので付け直します。終わりましたらお声がけします」と言って準備を始めたので、あたしは心を残しながらも和室を出た。



 

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