第3章 帰還
1.
それから3日ほどは平穏無事に過ぎていった。
監視カメラの撤去はまだダメってことだんだけど、電源は切ってもらえることになってホッとした。
知らなかったんならともかく、知ってしまった以上はやっぱり四六時中監視されているのは気分悪い。
今まで外出時には見張りがついてたらしいけど(気づかなかった)、それもなくなった。
あたしが協力を申し出て(ということになっているみたい)、伊哉さんが戻ったら皇太子殿下のおわすお城に一度参内して、それから様々な研究機関に赴いていろいろな検査を受けたりするんだって。
ちょっと…いやかなり怖いけど、手荒なことは絶対にないようにと皇太子殿下からのご下命があったそうだし、何より伊哉さんが同行してくれるならと思ってあたしは承諾した。
「リョウもほどなく帰れそうだし、そうと決まったらいろいろ準備しなくっちゃね♡」
と、語尾にハートマークをつけて、多華さんがふふふと笑った。
策士の、笑み…
「軍人の妻としては、即位式にも参列しなきゃだしね~」
は?軍人の、妻?!
「えー!多華さん結婚してるの?」
「私じゃないわよ!早葵ちゃんのことを言ってるの。私は独身よん」
だって伊哉さんのお父さん方の従姉妹なのに、苗字違うじゃん…って!え?!
あたしが軍人の妻?
あんぐりと口を開けていると、多華さんはあたしの顔が可笑しいとひとしきり笑って言った。
「リョウはどんな手を使っても早葵ちゃんを娶るつもりよ。
うちの父や兄、軍関係者にも根回ししてるし。
新皇帝が即位したからといって国内外ともにまだまだ緊張状態は続くわけだし、またいつ召集がかかるか判らない。
なんだかんだ言って自分が安心したいんでしょ。早葵ちゃんに悪い虫がついてもいけないし」
くすくす笑ったあと、多華さんはあたしをちらっと見て
「あ~でも、早葵ちゃんはリョウに恋愛感情ないんだったっけ。
それだと辛いかな~?無理矢理結婚の話とかされて」
「あっいえ、あの…」
あたしは思わず両手を胸の前で振り、多華さんの言葉を否定しようとした。
でも、好きとか言っちゃっていいのかな?
今のあたしの立場で。葉山君のことも、あるのに。
という思いが一瞬頭をかすめ、伊哉さんを好きという言葉を発することはできなかった。
力なく両手を下ろしたあたしを見て、多華さんはふっと力を抜いて
「まあ、リョウも無理強いはしないと思うから。よく考えてね」
と言って「とりあえず参内は決まってるし、帝室御用達のお店に行こうか」とにっこりした。
「えっ…帝室御用達?」
高そう。お金も敷居も。
あたしの躊躇う顔を見て、多華さんはまたコロコロと笑った。
「ほんっと面白いわね~早葵ちゃんの百面相。
大丈夫よ、一般人だって全然利用するお店だし、伊哉遼玲の婚約者なんだから。
堂々としていらっしゃい。
支払いはリョウなんだし~いっぱい買っちゃお!」
あ、そうだ、と言って多華さんは自身の使っている部屋に行き、カードを持ってきた。
「これ、今までは本人に渡すべからずって軍から命令が出てたんでずっと私が持ってたんだけど、もう解除されたから。渡しておくわね」
カードは2枚あって、一枚は先日からの買い物に使っていたクレジットカード。
それからもう一枚は、健康保険証。
名義は…両方とも「川上早葵」。
保険証の世帯主は「伊哉遼玲」になってる。
「リョウが人事部に依頼して作ったのよ。人事は婚約者では…とか言ってだいぶ渋ってたけど、そこはほら、特権をかざして、ね」
「・・・・・」
あたしのために、相当なゴリ押しやってくれてるんだなあ、、、、伊哉さん。
今度の人事評定、ガクっと下がったりして。
「リョウは宮廷でも学校でも軍でも、自分一人で何でもやってきたから。
親の七光りみたいなことを言われるのが本当に嫌いで、だから苗字も母方にしてうちの家族ともなるべく関わらないように気を遣っていて、今回成年後見人の件で連絡してきたって父がすごく驚いてた。
正直な話、リョウが誰かひとりの人のためにこんなに必死になるなんて、周りの人間皆が意外に思ってるの」
多華さんは呟くように言った後、パっと顔を上げて「あ、だからって、早葵ちゃんに結婚してあげてなんて強いるつもりはないからね!早葵ちゃんの気持ちが一番だから!」と慌てたように言った。
あたしは多華さんの話で伊哉さんの「特殊な生育環境」の一端が見えたような気がしたけど、まだよく解らないし、多華さんの思いやりのある言葉を有り難く感じて、黙って頭を下げた。
それから二人で外へ出て帝室御用達の、ドアマンがいる立派すぎるお店で、にこやかで親切な店長さんにあれこれアドバイスをもらいながら上品で可愛らしい(めちゃ高い)服と靴を選び、エステに行って「若いっていいわね~!」とからかわれながらお肌をつるつるにしてもらった。
慣れない場所ばかり連れまわされて既にヘロヘロのあたしの腕を引っ張り、まだこれから美容院に行くわよ~!と多華さんが怪気炎を上げたとき、多華さんのスマホが鳴った。
何よう、こんな時に~と訝りながら電話に出た多華さんは、しばらく黙って聞いてたけどだんだん顔色が変わっていき「それで?!リョウは無事なの?!」と叫んだ。
えっ?
あたしが思わず多華さんを振り仰ぐと、多華さんはあたしの腕をつかんで「リョウが!とりあえず帰ろう!」と走り出した。
多華さん、足早いっ…ヒールなのに!
あたしは転びそうになりながら必死についていった。血の気の引いた多華さんの顔が恐ろしいほどに深刻そうだったから。
通りがかったタクシーに飛び乗り「急いで!」と切羽詰まった声で言う。
その迫力に泡を食ったようにタクシーは急発進した。
車内で多華さんは祈るようにスマホを握りしめて唇を噛んだまま一言も口を利かなかった。
伊哉さんの身に何があったんだろう。
無事なの?!という多華さんの声が耳にこだまする。
タワーマンションの前まで来てタクシーを降りると制服を着た軍人さんが「見城准尉!」と駆け寄ってきた。
「リョウは?!」
「ドクターヘリで陸軍病院に搬送されました。すぐにICUに入ります」
「重傷者の様子は?」
「解りません。恐らく助からないかと」
軍に戻るという彼にお礼を言って22階の部屋に駆け込むと、多華さんは伊哉さんの部屋に入り軍の人と通信を始めた。
あたしは傍にいて状況を知りたかったけれど、邪魔になるだけだし多華さんは必ず判ったことを教えてくれると思ったから、黙ってリビングに行ってソファに座った。
ICU…って集中治療室だよね。
伊哉さん、どうしたんだろう、何が起こったんだろう。
大丈夫なんだろうか。
助からない人もいるの?
どうか無事で!
あたしはぎゅっと目をつぶって神様か仏様か、なんだか判らないけどとにかく大いなる存在に向けてずっと祈り続けていた。




