第2章 5
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多華さんと軍人さん(トウドウ准尉というそうだ)とあたしは改めてソファに座り、多華さんが話し始めた。
「軍内部には『ともかくしょっ引いて吐かせればいいんだ』的な意見も根強くあってね。
私は、早葵ちゃんに言った通り、リョウが留守中早葵ちゃんのお世話をするという役目の他に、お目付け役というか、はっきり言えばスパイである証拠を見つけ出すという任務も負っていたの。
そういった意味では、早葵ちゃんを騙していたことになる。ごめんなさい」
そう言って頭を下げた。
「でも、私にはどうしても早葵ちゃんがスパイやテロリストだとは思えなかった。
こんなに開けっぴろげで天真爛漫な可愛らしい子が、スパイのはずがないって。
だから、見城多華個人としては『スパイではない証拠』を探していた」
「多華さん…ありがとう」あたしは泣きそうになって言った。
「軍内部には、川上早葵の現れたタイミングにスパイ容疑の疑義を呈するセクトもある」とトウドウ准尉。
「そう。さっきも少し話したけど、3月31日ならともかく、4月1日にはもう戒厳令が敷かれていて、一般国民は誰も外出ができなかったし通信することも不可能だった。
そんなときにわざわざ、しかも東京ではなく皆川なんて辺鄙な場所にひょっこり現れて、たまたまこっそり墓参りしてたリョウに遭遇するなんて、かなり変よね」
「それに、遭遇したのが伊哉少佐だったから良かったが、誰とも会わないか、でなければ一般人と遭遇していたなら、確実に狙撃犯が向かっていたことだろう」
「その場で射殺ってことね。
リョウは実家で祥月命日を過ごすつもりだったけど、墓参りを思い立ったのはその日の朝だったっていうから、事前にリョウの予定を把握することはできないし」
え、えええええっ!
あたしは思わぬ話にのけぞり、それから伊哉さんが言っていた『あなたを見つけたのが俺で、あなたは本当に運が良かったよ』という言葉を思い出した。
そういう意味だったんだ…全然解ってなかった…
「それやこれやで、早葵ちゃんのスパイ容疑を完全にとはいかないまでも、殆どの人が納得するような理由で晴らさなきゃいけない。
リョウが訳の分からない懲罰任務を解かれて、少しでも早く帰還できるように。
で、早葵ちゃんの協力を仰ぎたいの。
これがふたつめの話」
「はい」
「早葵ちゃんの荷物(通学かばんのことね)と制服、及びスマホを軍で預からせて欲しい。
大日本帝国のものではなく、この世界中のものでもないことが判明すれば、早葵ちゃんの話にも信憑性がでてくるから」
「え…スマホもですか?」
あたしは躊躇した。
この世界のものではないけれど個人情報とかあるし、葉山君との画像とかLINEとか…見られるのは恥ずかしいな。
嫌だなぁ。丸裸にされる気分。
そんなあたしの表情を読み取って、多華さんは大きく嘆息した。
「この国では軍部が力を持っているから。軍の命令なら、一般人も逆らえないことが多いの。
早葵ちゃんの国では考えられないことかもしれないけど。
だから、勝手に接収することも本当はできるんだけど、私は早葵ちゃんにそんなことはしたくない。
お願い。リョウを助けると思って」
「強硬派の意見もある中、今まで何故、あなたが軍に連れていかれなかったか判りますか?」
とトウドウ准尉が少し厳しい口調で訊いてきた。
「え…っと、伊哉さんが罰みたいな処分を受けてるから?多華さんがお目付け役になってくれたから?」
「それは結果。本当の理由は」
「待って。それは私から言うから」
多華さんはトウドウ准尉の言葉を遮ると、あたしの目を見て言った。
「これは私たちから言うべきではないと思ったんだけど、この状況だから言ってしまうわね。
幸い、監視カメラも切ってあるし。
あのね、リョウは出征前にあなたを自分の婚約者として軍に届け出てるの」
「・・・・はぁ?」
こん、やく、しゃ…婚約者?!
「ええええええーーっっっ」
あたし、本日2度目ののけぞり。反った背中が戻りません…
「早葵ちゃんの待遇を考えると本当は婚姻までもっていきたかったみたいだけど、リョウも早葵ちゃんも未成年だし(早葵ちゃんは戸籍がないから正確な年齢は判らないけど)、未成年は親の承諾を得るか成年後見人をつけるかしないと結婚できないから。
リョウはうちの親が後見人になれるけど、早葵ちゃんは親どころか本人すら確認できない状態だから、せめて婚約者という立場でも守りたいと思ったみたい」
伊哉さん…
あたしは言葉もなく、ソファにもたれかかった。
「リョウはこの国の中ではちょっと特殊な立場で。特権階級に近いのかな。
だから本来なら婚約者ごときの立場ではそんなに守られはしないんだけど、伊哉遼玲の婚約者で、しかも次期皇帝のお墨付きまで上乗せされたら、誰も何も手を出せなかったってわけ」
「伊哉少佐がそのような超法規的措置を講じるのは極めて稀ですな。ご自分のお立場を嫌っておられるようなところがありますから」
「『もし早葵がスパイだったら、俺は自決する。無理を承知でお墨付きを賜った皇太子殿下に申し訳が立たない』なあんてカッコつけちゃって~」
「見城准尉!」
「まあ、それくらいリョウは本気で必死で早葵ちゃんを守ろうとしてるのよ。
だからお願い。協力して」
あたしは、軽い口調とは裏腹に、真剣な多華さんの瞳に圧倒されて「はい!」と返事をした。
文字通り命を懸けてあたしを守ってくれている伊哉さんの気持ちが、本当に有り難かった。
嬉しかった。
多華さんはふうーとため息をつくと、ソファに寄りかかった。
「良かった~!
じゃあ、この藤堂准尉に鞄と服とスマホを渡してくれる?
私はこのことを軍に報告してリョウの即時撤収を願い出て、お茶でも淹れるわ」
あたしはトウドウ准尉から渡された武骨で大きな袋に、トウドウ准尉の目の前で制服と通学かばんとスマホを入れた。
この物たちが、伊哉さんを助けますように!と願いを込めて。
トウドウ准尉は、あたしをじっと見ていたけど
「伊哉少佐は、早期に無事にお戻りになると思いますよ。
尖閣諸島は確かに最前線ではありますが、今のところ不穏な動きなどは報告されていません。
軍内部の反発勢力も、これだけの実績を作ればそれ以上の処分は要求してこないでしょう」
と思いのほか優しい声で言った。
あたしは本当にそうなるといいなと思いながら頷いた。
伊哉さんに会いたい。
早く会いたい。
だけど、物事はそううまくは運ばなかった。
伊哉さんの身には、その後の運命を変えるようなとんでもない出来事が起きていた。




