第4話:満月の狂気
満月の夜だった。
月に一度の特別な日であった。
それは、僕にとっての特別ではなく。
彼女、佐倉曜子にとっての特別な日だった。
逆に言えば、僕にとっては、特別と言うより、もっとも警戒しなければならない日でもあった。
彼女は、動物的である。
欲しいモノは、手に入れ、食べたいモノを食べ、眠りたい時に寝る。
学校では、そんな素振りを見せない彼女も僕の前、あるいは、家の中では、その欲求を堪える事は、しない。
それは、我侭と言うレベルではなく。もっと根源的な欲求に素直に従っているだけだと、僕は、そう思っている。
気狂いのたぐいと、簡単に片付けてしまうには、少し違和感が残る。
だからこそ、今。
真っ暗な僕の部屋の中で瞳を爛々と輝かせながら、佐倉曜子がパジャマ姿でベットの横で立って居るのだ。
僕がベットの上で浅い眠りにつこうとしていた時、気配に気づき目を開けた時には、もうそこに彼女が存在していた。
部屋には、鍵を掛けていたはずだし、ベランダからも進入できないようにガラス戸にも鍵を掛けた。
しかし、どこからか進入を果たしたようで、佐倉曜子は、嬉しそうな表情で僕の顔を見下ろしていた。
「・・・・また」
そう僕が声を上げる前に佐倉曜子の両手が伸びてきた。
そして、僕の首を締め上げて、佐倉曜子は、ベットに飛び乗るように馬乗りの形になった。
ギリギリと、力を込めて僕の喉を締め上げていく。
彼女の手が僕の首に肉、筋肉を押しつぶし、気道を閉じようとする。
僕の力では、彼女の腕や体を振りほどけない。
毎日、道場へ通い日々体を鍛えている彼女と気が向いた時にしか道場に顔を出さない僕とでは、その体力の差は、歴然としていた。
ふと、意識を失いかけた時、唐突に僕の首を詩めげていた彼女の両手が力をうしなった。
僕は、咳き込みながらも馬森状態の彼女の顔をじっと除き見た。
「どうして? 止めたの?」
「・・・・」
「あのまま殺せば、良かったんだ」
僕がそう言うと佐倉曜子は、僕の首から手を離した。
そして、その手のひらを眺めるように自分の目線へ持っていく。
「そんなんじゃない。殺したいわけじゃない」
「だったら、どうして・・・」
「うるさいぃぃ!! 黙れ!! あんたは、人形でしょう? 心にも無い事を口にするんじゃない!!」
曜子は、そう叫んで僕を睨みつける。
彼女の中にある何がそうさせるのか、僕には、解らない。
ただ、何かに突き動かされているようにも見えた。
曜子が次とった行動は、僕にとって予想できた事だったが、それを止める事はできなかった。
曜子は、自分のパジャマの上着を脱ぎ捨てた。
小ぶりでありながら、バランスの取れた形のいい乳房が僕の目の前でさらけ出された。
「また、僕を食べるつもりなの?」
「そうよ! 食べてあげるわ! あんたは、私のモノなんだから。私が全て食べてやる」
曜子は、その瞳をいっそう爛々と輝かせて、妖艶な仕草で僕の胸に顔をうずめた。
その時、突然・・・ベットの枕元に置いていた僕の携帯電話の着信音が鳴った。
りぃりりりりぃ
と、短い着信音。
直ぐに誰かが僕の携帯電話にメールを送ったのだと理解した。
そして、めったに電話が掛かってこない、メールさえもおそらく来ない等しい僕の携帯電話が鳴った事に曜子は、不審に思ったのだろう。
携帯電話を手に取ると曜子は、勝手に届いたメール内容を見ようとする。
メールの内容を真剣な表情で見る曜子。
メールを読み終わると、曜子は、少し不機嫌な様子で右手に持った携帯電話を叩きつけるように僕に投げ返した。
それから、僕の上になって押さえつけていた力が揺るくなった。
曜子は、ベットからゆっくりと降りると僕の顔を睨みつけた。
「もう、そう言う気分じゃなくなったわ。おやすみ」
曜子は、一言そう言って、今までの事が嘘であったかのように静かに落ち着いた様子で部屋を出て行くのだった。
何か彼女の気分を変える事があったのだろうか。
僕は、手元に落ちている携帯電話を拾った。
そして、先ほど届いたメールを見る。
メールの差出人は、萩原美咲だった。
次の日の朝。
学校の教室で、あり得ない事が起きた。
いや、あっては、ならないし、僕は、こんな事は、起こらないと油断していたのだと思う。
クラスメート達もとても驚いている様子で、遠巻きに僕達の様子を伺っているようだった。
僕の座る座席の右隣には、萩原美咲が存在していた。
そして、左隣には、佐倉曜子が立ち、萩原美咲を睨みつけていたのだ。