左手の十字架18
「もう銀の手が出てくるなんて。
事態は想像以上に悪いのかもな。」
レイはロウソクだけが灯った、暗い部屋の中で大きな姿見に向かって言った。
そこには黒いフリルのドレス、胸元に十字架のネックレス、赤い瞳、白銀の長い髪。
人というよりも人形のような少女が映っている。
「銀の手は神の左側を護る武器なのでしょう?
そんなものがでて来たって事は彼らも相当に焦っているんじゃなくて?」
少女は微笑を顔にチラつかせながら、レイに言った。
少女のような見てくれとは大違いな落ち着きのある口調だ。
「昨日の悪魔祓いはどうもおかしかった…
悪魔は祓われるとき、厳密には聖水をかけられた時、苦しみの表情を見せるもんだが、昨日の悪魔は祓われる終始笑っていた。
奴らの見せる余裕が少し引っかかる。」
レイは腕を組み椅子にふんぞりかえった。
少女は鏡からみるとそのレイの後ろに立っている。
しかし鏡越しに見なければ誰もいない。
「とりあえず強力な武器が揃いつつあるわ。
シルバーネイルとベリリット。
この2つだけでもほとんど敵なしじゃあないかしら?」
少女は後ろからレイの体に腕を回し、耳元で囁いた。
しかしやはり鏡越しに見なければ誰もいない。
「そうだな…まぁ今の所この世界に現界できる悪魔なら、問題はないだろうよ。
トゥルーマンのいうような高位の悪魔が出てこない限りはな。
…お前さんも力を貸してくれると心強いんだがな?なぁリリアーヌ。」
また少女は微笑を浮かべた。
「それはあなたの態度次第ね。
今のうちにたくさん媚びた方がいいんじゃあない?」
「そうかたいこと言うなよ。
彼女のことをしばらく警護してくれないか?トゥルーマンの言う通り、銀の手が彼女を守るのだろうが、念のためだ。」
「アリシア」
「なんだって?」
「だから彼女の名前はアリシアよ。
レディの名前も覚えられないなんて…
もう少し紳士になったらどうかしら?」
レイは頭をかきながら立ち上がり、鏡の前に立った。
「その意見を真摯に受け取る事にするよ。」
「仕方ないわね。あなたも気をつけてね。
しばらくは私もいないのだから無茶はしないでね。」
レイはそれに手をひらつかせた。
「おやすみリリー。
明日からまた忙しくなる。
俺はもう休むことにするよ。」
鏡に布をかけようとすると少女はドレスの裾を少したくし上げ、膝を曲げ、上品にお辞儀をした。
「おやすみなさい。我が主よ。
このまま何もなければいいわね…」
レイはそれをみて少し笑うと布をかけた。
「嫌な予感が的中しない事を祈るよ…」
レイは独り言をつぶやくと、部屋のローソクの火を消した。