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4

 ぼくは、身の置き所のなさを感じていた。

 死ぬ時に誰かといたくて、学校に来た。

 酔っ払った中年の教師に会い、次には、何の印象も持っていなかった女の子から告白された。

 彼女の言葉は、普通の時なら、どう答えるにしろ、どこか心をくすぐるものだったろうと思うけれど、今は、ただ、重たい。


 数瞬の沈黙が苦しく、ぼくは一生懸命言葉を探した。

「……そんな、ふうに思ってたって、知らなかった……」

 気持ちは嬉しいんだけど、と続けようとしたが、シラカワは大きな声で遮った。

「ごめん! ごめんね! 今の、なし!」

 また無理矢理ににっこりしていたが、今度は視線を逸らしていた。暫し黙り込んでしまったぼくに、彼女なりの解釈をしたようだった。

「タカハシくんには、ナミちゃんがいるのに……わたし、何勝手に盛り上がって告ってんだろ。こんな事言われて迷惑だよね! ほんと、ごめんね。今の、なしだから!」

「違うよ」

 思わずぼくは強い声で言った。

「え?」

「ナミカは関係ないよ。だってもう、逢わないんだから。あいつはもう、帰ったんだから。うちを出てった時、終わったんだ。ぼくはそう思ってる。だから、もう、電話もしない。あいつの事は、もう考えない」

「そうなの? でも……好きだったんでしょ?」

 シラカワは、また、ぼくをまっすぐに見た。

「まあ……それはそうだけど」

 彼女の不思議そうに見開いた瞳から、溜まっていた涙がひとしずく零れ落ちた。

 ぼくはますます居心地悪く感じた。まるで、不実だと責められているような気がしたからだ。

 ぼくが好きだというシラカワが、ナミカの為にぼくを責める筈もないのだろうに、そのまっすぐな視線は、ぼくの中のよくわからない罪悪感を刺激した。


 罪悪感……?

 なぜ、ぼくが罪悪感を持たなければならないのだろう?

『お父さんとお母さんが待っているから』

 あの言葉が、ぼくとナミカの間に育っていたものを、すべて打ち壊した。ただ、それだけだ。

 ぼくより家族を選んだ彼女を、恨むつもりは全くない。ぼくが彼女でも、やはりそうした筈だ。

 好きだけど、でも、家族よりも、何よりも大切な存在、確かにそう言える程の感情は、お互いになかった、という事だ。

 それは、罪悪感を持つような事なのだろうか?


「そうじゃなくって……」

 つい、苛々した口調になってしまう。

「それはシラカワには関係ない。ぼくはただ、もう、ぼく以外の誰かの気持ちを背負い込む余裕がない。こんな状況なんだぜ? 誰だってそうだろう? 自分の事で精一杯だよ!」

「タカハシくん……」

 シラカワは、ぼくの語気に驚いて固まってしまったようだった。また一すじ、涙が流れていった。

 これで、ぼくに対する憧れなんかはなくなっただろう。

 彼女は何も悪くないのに、完全にこれは八つ当たりだ。

「タカハシくん……」

 もう一度、彼女はぼくの名を口にした。ぼくはそっぽを向いた。

 あの視線で見られたくない。自分でも嫌気がさすような弱さを、見通される気がするから。

 彼女に今すぐ出ていってほしい、という気持ちと、それとは違う気持ちが交錯する。


「でも……タカハシくんは、それで、寂しくないの……?」

 聞き取りにくいくらいに小さな声で、シラカワはそう言った。

「自分の事だけ考えて死ぬの、さびしくないの……?」


 ぼくは、立ち上がった。

 勢いがついて、椅子が大きな音を立てて倒れた。

「タカハシくん?」

「もう、話したくない」

 それだけ言って、ぼくは教室から走り出た。

「タカハシくん、待って!」

 シラカワの叫びを無視して、ぼくは一気に階段を駆け下りた。


 さびしくないの、だって?

 寂しいに決まってるじゃないか。

 でも、そんな事は言いたくない。どうして口にしなきゃならないんだ? これまで、あんまり喋った事もない女の子相手に。

 ぐちゃぐちゃと色々な思いを頭の中に巡らせながら、気がつくと、グラウンドの近くまで走っていて、ぼくは息を切らせてそこで立ち止まった。

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