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3

 真っ暗な廊下を歩き、自分の教室へ向かった。

 虚しいが、もう他にやる事が思いつかない。

 ひとりで、暗闇の中で、自分の椅子に座って最期を迎える事になるのだろうか、と思いながら、廊下の角を曲がると、意外な事に、ぼくの教室に、明かりが点いていた。


 ぼくはそっと、半分開いた後ろの扉から中を覗いた。

 誰かいるなんて考えない方がいい。多分、ヒライが校舎内を歩き回って、電気を消し忘れたのだろう。そんな風に自分に言い聞かせながら。


 教室の真ん中あたりの席に、髪の長い女子が座っていた。

 机に肘をつき、片手で額を押さえ、もう片方の手で携帯を持ち、誰かと話しているようだった。

「……うんわかった。ホントごめんね、こんな時にかけちゃって。ううんいいの、大丈夫。今までありがと、ナミちゃん。うん、うん……じゃあまた……じゃあね」

 静かな空間の中で、通話を終えたピッという音が、ぼくの耳にまで伝わってきた。

 彼女は、俯き、肩を震わせ、嗚咽を洩らした。だらりと下がった右手から携帯が滑り落ちかけたが、彼女はそれを持ち直し、俯いたままで勢いよく後ろへ向かって投げた。

「わっっ!!」

 ぼくの顔のすぐ傍の壁にそれは当たり、電池ケースの蓋と電池がばらばらに弾け飛ぶ。

 思わず、声をあげてしまった。

 ばねのように顔を上げ、彼女は振り向いた。涙でくしゃくしゃの顔が、信じられない、という表情を浮かべた。

「タカハシくん?!」

「……あ、シラカワ……」

 ややばつの悪い気分で、ぼくは曖昧に頷いた。こっそり見るつもりはなかったけど、結局、こっそり見ていた訳なので。


 シラカワミナは、クラスメイトだ。

 ナミカと同じ女子のグループで、たまにそのグループの子達が、ナミカとの事をからかってきた時、横でにこにこと笑っていた印象がある。

 何回か喋った事はあると思う。でも、どんな子かはよく知らない。ナミカとは、特に親友という程でもなかったようで、ナミカの口から特に彼女の話を聞いた記憶も、あまりなかった。

「タカハシくん……」

「あ~っと……」

 それから、台詞がかぶった。

「なんでここに?」

 ぼくたちは顔を見合わせ、大して可笑しくもなかったけれど、なんとなく笑った。

 ぼくは、近くの椅子を引き寄せ、座った。

「いやあ……行くとこもないし、家に誰もいないしね。なんとなく、来てみただけ。しかし、見事に誰もいないね。酔っ払ったヒライだけ」

 そう言って、ヒライにつかまった事を、なるべく面白く聞こえるように話してみた。

 面白かったかどうか、笑うような事なのかどうかもわからなかったが、彼女が笑ってくれたので、少し安心する。


「タカハシくんも、家に誰もいないんだ。わたしもよ」

「え……そうなんだ」

「うん。わたしんち、親が早くに離婚してね。ママは彼氏がいて、彼氏のところに行っちゃった」

「そうなんだ。俺んちも似たようなもんだよ。お袋って昔に死んでるし、親父は彼女と遠くの街にいるし」

「えっ、そうなの? うちとタカハシくんち、似てたんだ……」

 本当にびっくりした、というように目を見開いて、彼女はそういう風に言う。

「タカハシくんは、寂しくなかった? お父さんが帰ってこなくて」

「別に。無理に帰って来られても、一緒にいてする事もないしさ」

「そっかあ。強いんだね。わたしは、ほんとは、ママといたかった。でもね、ママが、ミナちゃん、ごめんね、ごめんね、って泣くからさ、そしたらさ、もう止められないじゃない? 謝っちゃってるのに、止めても、無駄だからね。謝っちゃった時点で、わたしは切り捨てられてるからね。そこで縋って、それでも謝られちゃったら、もうわたし、最悪だからね。だからわたし、にこにこして言ったの。ありがと、ママ、って。ママは好きなひとのところへ行きなよ。わたしも好きなひとのところへ行くからさ、って」

 最後は、涙声になっていた。なんと言って慰めるべきなのか判らず、ぼくは少し居心地悪く感じた。


「シラカワ、好きな奴っているんだ?付き合ってたの?」

「うん……好きなひとはいるよ。付き合ってはなかったけど。こんな事にならなかったら、たぶん、何にも言えないままだったけどね。好きなひとのところに行く、って言ったのは、単なる強がりよ。まさか、会えるなんて、思ってもなかった」

 涙を拭いながら、彼女はぼくを見た。潤んだ目で見つめられて、ぼくは視線をかわす為に、壁の掲示物を眺めた。

 この後、彼女が言う事が、ぼんやりと予測され、でも、違うかもしれないし、と思ったり。

「今ね、ナミちゃんに電話してたの」

「ナミカに?」

 ぼくはどきっとした。今、ナミカは何をしているのだろう? ナミカが帰っていった後、ぼくは一度も彼女の事を考えていなかった。もう、名前を聞く事もないと思っていたのに、思いがけなくて、ぼくは、よくわからない罪悪感に襲われた。

「わたし、タカハシくんとナミちゃんは一緒にいると思ってたんだ。だから……もう、その事は、考えないようにしようと思ったの。でも……ここに一人で座っていたら、そしたら……段々、たまらなくなって。タカハシくんとナミちゃんはふたりでいるのに、わたしは、この教室で、ひとりぼっちで死んじゃうのかなあ、ってそればかり思ったら……なんかもう、わからなくなってきちゃって。それで、ナミちゃんに電話したの。そうしたら、もしかしたら、タカハシくんの声が聞けるかも知れない、って思ったから、もう、訳がわかんなくて、電話したの」

 彼女は、ぽろぽろと涙をこぼした。

「でも、ナミちゃんは、家族と家にいるって言うから……なんかもう、嬉しいのか、これでタカハシくんがどこにいるのかわかんなくなって悲しいのか、わかんなくなって……」

 ぼくは、何も言えずに、次の言葉を待った。彼女は言った。

「もう、わかんなくって……そしたら、タカハシくんが、ここにいた」

 彼女は涙を拭いて、無理に笑ってぼくをまっすぐに見た。

「わたし、タカハシくんがずっと好きだったの」

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