006
四時限目の授業が終わると、生徒達は一斉に動きだす。購買部へパンを買いに走り出す者、学食へ昼食を食べに行く者、または弁当持参者達は机を並べ変えて昼食をとる準備を始め校内は急に賑やかになる。
信吾はいつもは瞳が作った弁当を相川や気のあった友人達と一緒に食べていた。弁当をもって来ない相川が毎日のように購買にパンを買いに行き、戻ったところでいつも一緒に昼食をとっていたのだった。
今日も相川が購買へ駆け出したすきに、信吾は帰り支度を始めた。友人数人に午後は消えるから後はよろしくと言い、信吾は自宅へ急いだ。
桜田高校から電車で二駅の所が信吾の自宅近くの駅だ。いつもは駅から自宅へ向かうには中央公園という県立の大きな公園内を通った方が近道だった。けれど昨日の事件の後で公園内は封鎖されている。信吾は少しだけ遠回りをして自宅に向かった。
公園入口には朝と同じ黄色い立ち入り禁止のテープが貼ってある。爆発事件の原因はわからないまま迷宮入りするだろう。あの場所にいた信吾にさえ真っ赤な光りは何処から降り注いできたのかはわからない。家に帰って少女に聞けば話してくれるかもしれないが、彼女が話したくなければ聞かないことにしようと信吾は思った。
「ただいま」
玄関を開け、もし瞳が居たらなんて言い訳をしようかと考えていたが、瞳は勤め先にでも行っているのか家には居なかった。
急いで二階に上がる。自分の部屋の前で深呼吸をした。まだ彼女はこの部屋の中に居るだろうか?もしかしたらもうここには居ないかもしれない。
軽く二回ノックをする。自分の部屋に入るのにノックするのは何だか変だなと思いながら信吾はそっとドアを開けた。
「ただいま」
期待をしていたが、そこには少女はいなかった。考えてもみれば彼女がここに留まる理由はない。逆にここに居ることで信吾に迷惑を掛けると思うだろう。だからこの部屋を出て行ったに違いなかった。
まだここにいると思っていた信吾にとって、期待していた分落胆は大きかった。何処に行ったのだろうか。熱はもう下がって元気になってここを出て行ったのだろうか。それならいいが彼女のことだから具合の悪いまま出て行ったのかもしれない。
ベットはきちんと整えてあり、彼女が出て行くときに綺麗にしてくれたんだと思った。彼女はどういう気持ちでここを出て行ったのだろうかと信吾は考えながらベットに座った。ベットには彼女の温もりさえも残っていなかった。
考えていても彼女が戻ってくるわけでもない。何だか心の中にぽっかりと大きな穴が開いた感じが信吾にはしていた。
だんだんと悲しくなってくる。大切な物を失ったときの悲しさに似ている。小さい頃に事故でなくした母親の事を不思議と思い出していた。母親の記憶はあまり残っていないがただ悲しくて泣いていたことははっきりと憶えていた。
こんな事なら学校なんか行かないで彼女の側に付いていれば良かった。
無意識にお守りにしているペンダントへ左手をやった。
(起動モードに入ります)
「えっ?」
頭の中に声がした。聞いたことのない女性の声だ。昨日聞いた少女が持っているペンダントのピコが話していた言葉と同じように直接頭の中に聞こえてきた。
「俺ってバカじゃないか?」
ペンダントの名前を知っているのに肝心の少女の名前を聞いていなかった。そのことに気が付いた信吾の心の中は悲しみにあふれ出していた。
「あれっ?何で玄関の鍵が開いているんだ!」
一階から瞳の素っ頓狂な声がした。もう帰ってきたのだろうか?まだ二時前だというのに今日は仕事じゃ無かったのだろうか?
「ここがね、従弟の信吾の家。帰ってきたら紹介するからね」
誰かと一緒なのだろうか、瞳の話し声がリビングから聞こえてきた。
「ご飯とかはこっちで食べることが多いから一応キッチンとか憶えておいてね」
「はい」
聞いたことのある声に、信吾はベットから飛び起き一階へ駆け下りていった。
「なんだ信吾、居たの?」
階段から転げ落ちたんじゃないかというくらいの勢いで下りてきた信吾に瞳が冷たい視線を送ってくる。
「紹介するね、神前レナちゃん。今日から私の家に一緒に暮らすことになったの。よろしくね」
「神前レナです。よろしくお願いします
」
昨夜の少女、神前レナがぺこりと頭を下げた。
「どうして?」
信吾には訳がわからない。どうして昨夜の少女レナが瞳に連れられてここに居るのだろうか?
「どうしてって、朝話したでしょう。大切な話があるって」
瞳が怒って信吾をみている。そんなことより信吾は何でレナが瞳に連れられてここにいるのかがわからなかった。直接聞いてみようと思った。
(昨夜のことは話すな!)
ピコの声が頭の中に聞こえた。
(起動完了。ピコとのデータリンク開始します)
女性の声も頭の中に聞こえる。
「黙っていないで自己紹介でもしなさい!」
瞳に言われ、信吾はレナのことを見た。
「あっ、えっと、和久井信吾です。よろしくお願いします」
澄んだ瞳でまだ幼さが残る笑顔のレナが笑って信吾を見ていた。