005
「いってきます」
今日は午前中だけ学校に出て、午後は早く帰ってこよう。
「いってらっしゃい。さっき言った大切な話しのこと忘れないでよ」
瞳が珍しく見送ってくれる。大切な話ってなんだろう?けれどそんなことはどうでも良かった。信吾はいつものように学校へ向かった。
昨夜は、大変だった。あの後、倒れた少女を背負い家まで歩いて帰ってきた。少女は目を覚ますことなく眠り続けていた。
雑木林まで自転車で行った信吾だったが、帰りは意識を失っている少女を乗せて自転車で帰ってくるわけにはいかない。仕方なくその場所に自転車を置いて少女を背負い歩いて帰ってきたのだった。
少女を家まで連れて帰ってくる頃には、もう空も明るくなってきていた。そのまま自分の部屋に少女を運び、ベットに寝かせる。これからどうしたらいいか考える余裕もなく、信吾は海外に行っているために使っていない父親の部屋に行きそこで眠ることにした。
目覚ましに乱暴に起こされ、少ししか眠っていないことに気が付く。眠い目をこすりながら自分の部屋に行ってみた。
そっと扉を開けると、少女はまだ信吾のベットの上で眠っていた。
安心した信吾は、彼女をそのままにして、瞳には昨日のことを何も告げずに学校へ向かったのだった。
駅への近道の中央公園は警察によって封鎖されていた。公園の入口には黄色い立ち入り禁止のテープが貼られている。マスコミらしい人達も来ており、何でも公園内で原因不明の爆発があったとか言って騒いでいる。まさか自分がその現場にいましたと名乗り出るわけにもいかず、信吾はそのまま遠回りをして駅に向かった。
学校に着き教室に入ると、いつもと変わらないクラスメイト達のざわめき声がする。昨日信吾が体験した事がまるで何もなかったことのように、いつもと同じ朝の風景がここにはあった。
「おい、知っているか?昨日中央公園で爆発事故があっただろう」
親友の相川涼太が信吾の所に来た。昨日帰りが遅くなったのは、こいつの所に遊びに寄ったせいだった。
「心配したんだぜ。ちょうどお前が帰った時間帯だったから」
信吾は自分の席に着き通学鞄を机の上に置きながら、心配だったら携帯にでも電話しろよと言ってやった。もしあの場所に相川が居たらもっと違った状況になっていたかもしれない。いや、こいつはあの場所には居なかった方がよかったかな。
「どうせ、ゲームでもしてて、爆発のことなんか朝まで知らなかったくせに」
本当は、爆発じゃない。あれはゲームより地味かも知れないが、恐ろしい本物の戦闘シーンだったんだ。そう信吾は相川に教えたくなった。けれどこの話は他人には言ってはいけない。話したところで誰が信用するのだ。それにあの少女のことをどう説明する。他人に話しても俺が拉致したんじゃないかと疑われてしまう。
「和久井君、ちょっといいかしら?」
一年生で一番の美女と言われ、クラス委員をしている西園寺由美子が信吾に話しかけてきた。西園寺と話をしたことなんて数えるくらいしかないぞ。一体どういうことなんだろうと信吾は側に来た西園寺を見た。
「何?」
「生徒会長の宮寺先輩が和久井君に大切な話があるそうです。今日の昼休みに生徒会室に来て欲しいって言っていました。私も同席しますので昼休みに時間を作ってください」
それだけ言って信吾の席から離れていく。
「お前、いつから西園寺さんと話すようになったんだ?」
相川はそう言いながら信吾の後ろの席の机の上に座り信吾の首を後ろから締めにかかってきた。
「話って言ったって、生徒会長が俺に話がしたいって言っただけじゃないか!」
「神聖なる西園寺さんに凡人のお前が話をするんじゃない!」
首を絞められながら、信吾は何で会ったこともない生徒会長が俺に話があるんだろうと考えていた。
「それに生徒会長って、二年生のミス桜田高校だぜ!お前、今日はついているんじゃないのか?」
相川の首を絞める力がますます増えていく。
生徒会の会長を二年生の宮寺麻衣っていう人がやることになって、もめたことがあったのを信吾は思いだしていた。何でもミス桜田高校の力を利用して三年生の先輩達を押しのけ生徒会会長にのし上がったっていう話を聞いたことはある。
「俺は、生徒会に用事なんかないよ」
そうだ、いくら一年生で一番の美女だろうが、ミス桜田高校だろうがそんなことより信吾にはやらなければならないことがある。午後は自主的に早退をしてさっさと家に帰らなければならない。家には一年生で一番の美女やミス桜田高校に引けを取らない美少女が信吾の部屋で待っているのだ。
「何、にやけているんだよ」
後ろから相川に思いっ切り頭を小突かれても、腹が立たなかった。