004
深夜の静かな住宅街を信吾は自転車で東に向かった。人通りはなく、夜空には星々しか見えなかった。
彼女は東の方角に飛んでいったはずだ。自転車で追いつけるとは思ってもいないが走っていくよりは断然速いと思う。
信吾が家を飛び出したときに、中央公園の方角にパトカーが何台も向かっていくのが見えた。瞳が帰ってきたときに中央公園が事故で封鎖されていると言っていた。信吾達が攻撃された場所の現場検証でもしているのだろう。身体が弱っている彼女が、またあれと同じ攻撃を加えられたらどうなってしまうのか、考えるだけでもぞっとする。
自転車を漕ぐ両足に力が入る。角を曲がるときに掛けた急ブレーキのきしみ音に反応して何処かの飼い犬がほえ始めた。
深夜の住宅地に飼い犬達の鳴き声が連鎖反応のようにこだまする。その中を信吾は自転車のスピードを上げ東へと急いだ。
住宅地を抜けると畑や雑木林が多い地区になる。この辺りには高い建物がほとんど無く公園で受けたような攻撃をもし彼女が受けているとしたら信吾にも直ぐにわかるだろう。
暫く自転車を走らせていると、何処からか人の叫んでいる声が聞こえてきた。
「ダークホワイトには恨みがあるのよ!」
女の人の声だ。他にも何人かいるようで、まるで喧嘩でもしている感じがする。きっとそこにあの少女もいるに違いないと信吾は思い自転車を声のする方角へ走らせた。
農家の脇の道を自転車で進む。畑と雑木林の間の砂利道で、雑木林の方から人の声が聞こえてきた。信吾は自転車を放り出すように止めると、雑木林の中に入っていった。
「何の目的でこの星に来たの?ここはダークホワイトの来る場所じゃないわ!」
「もしかしてあなた、共和国軍の兵士?だとしたら生かしておく訳にはいかないわね!」
雑木林の中央付近に少し開けた場所があった。そこに信吾と同じ年齢くらいの女子たちが数人いる。何人かの女子が一人の少女と対峙して立っている。向こう側に立っているのは間違いなく白っぽい制服を着たあの少女だった。
女子の一人が剣を構えている。何処から持ってきたのだろう。持っているだけで間違いなく銃刀法違反でつかまってしまうような代物だ。
「ストーンの力のないお前など相手になるほどじゃない!」
剣を構えた女子が少女に一歩近づく。
別の女子が片手を少女に向けた。青い色の幾何学的な模様が彼女の手の前に現れた。まるで魔法陣のようなその模様から青い光線が矢のように少女に飛んでいく。少女は歯を食いしばり青白く光るとそのまま空中に飛び上がり、矢のように飛んでくる光線から逃げようとした。
剣を持った女子も身構えたまま青く光るとそのまま空中に飛び上がった。少女のさらに上空まで飛び上がると、真上から青く光る剣を少女に向かい振り下ろす。少女はそれ以上上空へ逃げることが出来なくなり、振り下ろされた剣先を避けるときにバランスを失いそのまま地面に墜落をした。
「ダークホワイトって言うほどに強くないんだな」
剣を持った女子が真上から、地面に落ちた少女に向かって突進する。地面に墜落した少女が何とか立ち上がると青白い光りの円を作り盾がわりにして必死に抵抗するが、力が弱く青く光る剣はその盾を突き破った。
すれすれの所で何とか剣をかわした少女だったが、力尽きたのかバランスを失いそのままその場所に倒れ込んだ。
「とどめだ!」
女子が剣を振り上げた。このままだと本当に少女が殺される!
「やめろ!」
信吾は叫んでいた。女子達が一斉に信吾の方を見る。振り降ろされた剣がわずかに少女からずれた。信吾が叫ばなかったら、間違いなく少女は切り捨てられていただろう。
早く彼女を助けなければ、そう思ったときに信吾の胸元が熱くなってきた。倒れている少女の周りが緑色に光り出す。まるでその光りが倒れている少女を護るように取り囲んでいく。
「誰だお前は?」
剣を持った女子がその剣を信吾に向かい構え直して迫ってくる。
「まずいですよ。彼、要監視対象人物です」
別の女子が剣を構えている女子の後ろからそっとささやく。
「和久井信吾だわ」
違う誰かが小声で言うのを信吾は聞いていた。どうして俺の名前を知っているのかわからない。
「何故あなたがここにいる?」
剣を鞘に戻しながら女子が信吾に聞いてきた。何故って言われても、逆にどうして俺の名前を知っているのかこっちか聞きたい。
信吾は何も答えなかった。彼女たちは何者なのか、それに彼女たち全員が何故か信吾が通っている桜田高校の制服を着ている。
剣を鞘に戻した女子が信吾のことを睨み付けている。その鋭い目付きに信吾は動けなくなっていた。
「引き上げる!」
剣を持っていた女子がチラリと倒れている少女を見た。
「命拾いをしたなダークホワイト!」
「ブルーエンジェルをなめないでよね!」
口々に悪態をつく他の女子達も青く光り出すとそのまま空に飛んでいった。最後に残った剣を持っていた女子が信吾に歩み寄って来た。
殺される。信吾はそう思い、後ろに後ずさりをする。しかし、意外にも女子は信吾の正面まで来ると軍隊式の敬礼をしてから無言で夜空に飛び去っていった。
飛んでいった女子たちを見送りながら信吾はこれは夢だろうと思っていた。いくら何でも何人もの人間が空を飛んでいくなんてあり得ない。
唖然としている信吾を現実に引き戻したのは、少女が倒れたまま弱々しく呼びかけてくる声が聞こえたからだった。
「あなたが、和久井信吾なの?」
信吾がそうだと返事をすると少女はそのまま意識を失った。