036
何回目の着信だろうか。携帯を見るとレナからの着信履歴が数件残っていた。
「電話しなくていいのか?」
相川が信吾の携帯を覗き込んでくる。
「勝手に覗き込むなよ!」
信吾は、携帯をズボンのポケットに押し込んだ。
信吾の家の近く、駅の反対側にあるゲームセンターに相川と来ていた。時間はすでに八時近くになっている。
「ここの場所、連絡しておかないと心配しているんじゃないのか?」
相川がそう言ってくれるが、信吾の居場所はレディバードからピコを通してレナにも伝わっているはずだ。いちいち報告する必要はない。今はレナとは会いたくはない。
「おまえ、神前さんに振られたんだって?」
なんで、知っているんだ?宮寺先輩が話したのだろうか?
「神前さんって瞳さんのところに住んでいるんだよな。これからやりにくくなるよなぁ」
「おまえには、関係ないだろう」
「そんなこと言うなよ。これでも応援していたんだぜ。しょうがないなぁ、新しく誰か紹介してやろうか?」
「関係ないよ。それより、もう一勝負しようぜ」
新型の格闘ゲームの前で、信吾は相川を誘う。
「俺、八時に人と会う約束をしているんだ。もう帰るよ」
相川は、家に帰ろうとする。
「なんだ、西園寺さんか?」
「いいや、別の人だよ」
「浮気か?」
「違うよ!おまえも知っている人だよ。一緒に来るか?」
どうせ早く帰っても、レナの顔は見たくなかった。
「暇だし、付き合うよ」
信吾は、相川の後を付いていく。約束をしている場所は近くのファミリーレストランだった。
ファミリーレストランに入り、案内された席に行くとそこに座っていた人物を見て信吾は血の気を引く思いをした。
「あら、和久井さんも来たんですね」
(緊急起動。現在位置情報をピコに送信。状況によっては防御シールド展開させます)
その人物を見て、レディバードも、緊急起動した。
「その節は、お世話になりました」
席から立ち上がると深々とお辞儀をする人物。風間直美がそこにいた。
「こいつ、彼女に振られたばかりだから、連れて来ちゃいました。迷惑でした?」
風間の向かい側の席に相川が座る。信吾はどうしたらいいのかわからずにその場に立ちすくんでいた。
「いいえ、知っている方が沢山いる方がお話ししやすいです。どうぞ、和久井さんもお座りになって下さい」
「なんでおまえがここに居るんだ?」
信吾は、睨み付けるように風間のことを見ながら相川の隣に座った。
時間は夜の八時を少し過ぎたばかり。レストラン内にはかなりの数の客が居て、風間がここで何かを仕掛けてくるとは考えにくい。しかし、用心するには超したことはないと信吾は思った。
「心配しなくても、何もいたしません」
風間がにこやかに笑っている。
「風間さんは、西園寺さんに謝りたくてここに来たんだよ」
事情を知らない相川が説明をしてくれた。
風間は急に家の都合で西園寺のところを辞めてしまったために、西園寺に会わす顔がないという。
それでも西園寺家に勤めていたときのお礼と急に辞めることになったことを謝りたくて、西園寺と親しくなっている相川を通して西園寺に会って謝罪しいと言った。
「嘘を言うな!」
おまえは、西園寺を殺そうとしたじゃないか!と、もう少しで言いそうになった。
「嘘じゃないんです。本当に謝りたいんです。いろんな面で」
ウエイトレスが注文を取りに来た。信吾は、相川と同じように軽い食事を注文した。
「俺ちょっとトイレ。それから西園寺さんに電話してみるよ」
相川が席を外した。
「何が、目的なんだ?」
信吾は、相川がいない間に風間に詰め寄っていった。
「和久井さんは自分の国のことも知らないのですか?可哀相に、神前さんに情報操作でもされているのですね」
風間が、冷たい目で信吾のことを見ている。
「どういう意味だ?」
「あなたの国の皇帝は、間もなく亡くなります。おそらく帝国内で内戦が起こるでしょう」
「内戦?」
信吾には、関係ない話だと思った。
「私達組織は、現状政府に反対する勢力に付くことになったのです。だから共和国側と手を切りました」
「共和国?」
レナの親友だった蒲生唯の顔を信吾は思いだしていた。
「あなたも、私達組織側に付きませんか?そうすることが神前さんを助けることにもなりますよ」
「レナを助ける?」
信吾には、風間が言っている意味が全く理解できないでいた。
「私達が現状政府を倒して新しい皇帝を迎えたならば、今の皇帝に忠誠を誓っている近衛師団は神前さんを含め全員捕まって殺されるでしょう」
「レナも殺される?どうしてだ?」
「新しい皇帝は、前の皇帝に忠誠を誓っている兵士達を信用するとは思いません。必要のない兵力は見せしめのために殺されると思います」
レナが、殺される?
「私達の組織側に付くこと、考えておいて下さい」
相川がニコニコしながら戻ってきた。
「西園寺さん、直ぐに来るって」
相川が信吾の横に座ったが、信吾はそれどころではなかった。
風間の言ったことは、信吾にも何となく理解できた。風間の言うとおりに内戦になり政権交代やクーデターのような事が起きれば旧政権の関係者達はどうなるかわからない。おそらく処刑されたりしてしまうのだろう。だとしたら、レナはどうなってしまうのだ。このままで良いのだろうか?
いつの間にか、注文した料理が運ばれてきていた。風間と相川が楽しそうに話をしながら食事をとろうとしている。
「どうした和久井?神前さんのことでも考えていたのか?」
相川が、食事に手を付けない信吾を心配して聞いた。
「神前さんがどうかしたのですか?」
しらじらしく、風間が信吾に聞く。
「和久井は、神前さんに振られてしまったんですよ」
「あら、そうだったんですか。申し訳ありません、知らなかったので」
風間が頭を下げ謝罪する。
「いっそのこと、風間さんと付き合っちゃえば?」
何も事情を知らない相川が脳天気なことを言った。
「馬鹿。何を言っているんだ」
信吾は顔が熱くなるのを感じた。
「私みたいのでもよければ、お願いしたいですね。私、今お付き合いしている人はいませんので」
真面目な顔で風間が信吾のことを見つめてきた。
「変な冗談は言うなよ!」
この前、信吾のことを拉致したり、西園寺やレナのことを殺そうとした風間と、なんで付き合わなければならないんだと信吾は思った。
「私は、冗談で言っているのではありません」
悲しそうに風間がうつむく。
「最初は、友達からでもいいじゃないか。それともまだ神前さんに未練でもあるのか?」
風間の悲しそうな顔を見て相川が怒ったように信吾に言ってきた。
「未練なんかない!」
信吾もムキになって答えていた。
「嘘だ。まだ好きなんだぜ!」
からかうように相川が言った。
「レナなんかもう好きじゃない!」
自分でも驚くくらいの大声で立ち上がって叫んでしまった。驚いて相川が信吾を見ている。風間も驚いた顔をしていたが、目線が信吾より後ろを見ていた。
「和久井君、迎えに来たよ。帰ろう」
驚いて信吾が振り向くと、入口から入ってきたレナがそこに立っていた。
ここまで走ってきたのか、肩で息をしている。
「お久しぶりです神前さん。どうぞ、座って下さい」
風間が自分の隣にレナが座れるように席を詰めた。
「和久井君、帰ろう」
うつむいたまま、レナが言った。
「久しぶりに会ったのですからお話でもいたしましょう。それに西園寺お嬢様ももうすぐここに来ます」
風間がレナに再度隣に座るように勧めた。
「どうしてあなたがここにいるの?」
レナが顔を上げ、静かに、風間のことを睨むように見た。
「ごめんなさい。和久井さんとのこと今聞きました。和久井さん、今度は私とお付き合いすることになったんですよ」
顔の表情を変えずに風間がレナにそう言った。
「・・・!」
信吾は何も言葉に出来なかった。いや、魔力か何かで声を出すことが出来なくされたのかも知れない。全身がしびれた感じがして話すことも立ち上がることも出来なかった。
「帰ろう、和久井君」
小さな、やっと聞き取れるような声でレナが言った。
信吾は、無理にでも立ち上がろうとしたが、立つことが出来ないでいた。
「すいません、遅くなっちゃって。わぁ!風間さん、久しぶりです!」
遅れて西園寺がやって来た。状況のわからない西園寺がレナを見つけ一緒に風間の隣に座ろうとする。
レナの腕を掴んだ西園寺の手を振り解いてレナが寂しく言った。
「先に帰っているね。何かあったら連絡して、直ぐに来るから」
小走りにレナがレストランから出て行った。
「追いかけなくていいのか?」
相川が信吾に言うが、信吾は答えることも立ち上がることも出来ないでいた。
「どうかしたんですか?」
西園寺がきょとんとしている。
「何でもありません。お嬢様、お久しぶりです。その節は大変失礼をしました」
立ち上がって風間が西園寺に頭を下げ謝っている。
「風間さん、お嬢様って呼ばないで下さい。もううちでお勤めしていないんですから」
西園寺が風間の隣に座った。
一時間くらい経ったのだろうか、信吾はやっと立ち上がることが出来るようになっていた。
「俺、先に帰る」
レナのことが気になっていた。
「これ、あたしの携帯番号とメルアドです」
風間が信吾に名刺サイズの紙をくれた。そこには風間の連絡先が書いてあった。
「連絡くれるの待っています。良い返事を期待していますから」
よい返事ってなんだ?組織に付けってことか?
「わかった。でも期待はしないでくれ」
そう言って信吾は席を立った。
信吾にはまだわからない。風間と組むことがレナを救えるならそうしたいが、風間は敵だった人だ。彼女には一度騙されている。簡単には信用はできなかった。
「和久井って、今度風間さんと付き合うんだぜ」
相川が西園寺に言う。
「えっ?だってレナちゃんは?」
「和久井のやつ、振られちゃったんだってさ」
「うそっ?」
西園寺と相川の会話を聞きながら信吾はファミリーレストランを出た。




