033
今日は大雨が降るという天気予報が嬉しい方に外れてくれた。外は雲一つ無い晴天だった。
「良かったね、雨じゃなくて」
瞳にお小遣いまでもらって二人は遊園地に来ていた。ここの正門ゲート前で相川達と待ち合わせをしていた。
「なんで近くの駅で待ち合わせしなかったのだろう?」
同じ駅から電車に乗ってくるんだ。その駅で待ち合わせすれば良かったのにと信吾は思っていた。
二人で行く計画から四人で行くことになり信吾はここに来るのがあまり楽しみではなくなっていた。二人っきりになれないんじゃ学校にいるのと同じじゃないか。
「気を遣ってくれたんだよ、きっと」
開園十分前の正門。入園を待ちかまえている人達でごった返しているこの場所でレナが意外なことを言った。
「気を遣ってくれた?」
「うん。あたし達を二人っきりにしようって思ったんじゃないのかなぁ」
違う、特に相川はそんなことを考える奴ではない。きっとその逆だ。相川が西園寺と二人っきりになりたくて待ち合わせ場所をここにしたのに違いない。
レナが持っている携帯の着信音がした。
「由美子ちゃん達遅れるから先に入っていてって」
西園寺からのメールらしい。仕方ないので信吾はレナと入園を待つ列の後ろに並ぶことにした。
信吾達が並ぶと同時に遊園地は開園をした。ゲートから入園すると人気のキャラクター達が訪問者を迎えてくれる。
「見てみて、可愛いよね」
レナがキャラクターに向かい駆け出していく。信吾はそんなレナを初めて見た。レナもなんだかんだ言ったって信吾と同じ歳の女の子だ。こういう可愛いキャラクターとかも好きなのだろう。
「レナのいた帝国にもこういう娯楽施設みたいのってあったの?」
「一般市民用には沢山あるけれどね。あたしは小さい頃から軍事教育しか受けていないホワイトだからこういうところは初めてかな」
そうか、レナにはこういう想い出みたいなものは無いんだ。
「じゃあ、今日はたくさん楽しもう!」
「うん」
急にレナのことが可愛く見えてきた。信吾は今日、ここにレナと来て良かったと思った。
室内を走るジェットコースターやジャングルを冒険するボート、ここの遊園地にしかない人気アトラクションのいくつかをレナとまわった。
「次、ここに入ろう」
西洋風のお化け屋敷、ここのお化け屋敷はそんなの怖くないと前に相川から聞いたことがある。人気キャラクターが売り物のここの遊園地には怖いものは似合わない。
「ここ?」
レナが何だか不安そうにアトラクションの建物をみている。
「行こう!」
乗り物に乗って室内をまわるタイプのお化け屋敷だった。中にはいると直ぐにレナが信吾にしがみついてきた。
「?」
意外だった。レナがこういうものが怖いなんて知らなかった。
「大丈夫?」
「へっ、平気よ!」
信吾の腕にしがみつきながら、それでも強がっているレナを見ていると物凄く愛しく感じてくる。今日はレナの意外な一面を見ることが出来た。それだけでも収穫はあったと思う。
相川から信吾の携帯にメールが来たのは正午をだいぶ過ぎてからだった。
「お昼にしようって相川達からメールが来たよ」
午前中でもかなりのアトラクションをまわることが出来た。天気予報が思いっ切り外れてくれたおかげなのだろう。ほとんどの人気アトラクションを並ばないで乗ることが出来た。
「うん、だいぶお腹すいちゃった」
正面ゲート付近のショッピング街に戻って相川達と合流することにしてある。レストランで昼食をとることになった。
「私達、こことここのアトラクションをまわって来たの。レナちゃん達は?」
「こことここが面白かったよ。午後はこっち方面に行こうかなって思っているんだ」
園内マップを見ながらレナと西園寺が情報交換をしている。
「午後も別行動の方が良いよな」
ハンバーガーを食べながら相川が言ってきた。
「そうだな、帰りの時間だけ決めておこう」
信吾達は最後のパレードと花火が終わってからの時間を考えて最終的に出口で待ち合わせをすることにした。
「午後も思いっ切り楽しもう!」
西園寺と相川、二人と別れて信吾達はまだまわっていないアトラクションがある方角へ園内を進んでいった。
いくつかのアトラクションをまわってちょうど三時過ぎになった頃だった。
「ちょっと、休憩しようか」
レナの一言で、おやつでも食べようとしたときだった。
「迷子かなぁ」
信吾が見つけた五歳くらいの男の子がひとり泣いていた。
「どうしたの?」
レナが優しく声をかけた。
「お姉ちゃんとはぐれちゃった」
男の子は優しく声をかけられて安心したのか急に声を出して泣き出してしまった。
「係の人のところに連れて行こう」
信吾は男の子を慰めているレナに話しかけた。
「お前、帝国の犬だな」
泣いていた男の子が急にレナにしがみついてきた。レナの腰に両手を回して離れようとしない。
「もしかしてリトルボム?」
「そう、お姉ちゃんがお前に取り付けって言ったんだ」
「何?リトルボムって?」
この遊園地にそんな名前のアトラクションでもあったのだろうか?
「和久井君、ごめんなさい。あたし、油断しすぎていた」
なんのことだ?
今まで楽しそうにしていたレナの表情が急に険しくなっていく。この男の子が何かしたのだろうか?
「おい。離れろよ!」
いくら小さな子供だからって、好きな女の子が違う男に抱きつかれているのを見ていて楽しいって思うはずはない。俺ってこんな小さな子供にまで嫉妬してしまうほどレナのことが好きなのだろうか?
「ダメ!この子を放しちゃ!」
レナが真剣な顔でそう言ったとき、今の状況が普通じゃないってことを信吾は感じ取った。レナがこんなに怒ることはめったにない。
「ごめんね和久井君、あたし任務失格だよね。ちゃんと使命、果たせなかった」
何を言っているんだレナは、こんな場所まで来ていて任務とか使命とか言わないで欲しい。
「この男の子、要人暗殺用の人間爆弾なの。あたしも話は聞いたことがあるけれど実際に見たのは初めてだった」
レナの腰にしがみついているのは、本当にまだ小さな男の子だ。この子が爆弾だっていうのか?
「お前が生きていられるのはあと十五分だけだ」
男の子が寂そう言った。
「この子を無理に引き離そうとすると身体の中に仕掛けられた爆弾が爆発するの。当然時間になっても爆発する。爆発を止める方法はないんだよ」
レナがしがみつく男の子を抱えるようにして遊園地の出口に向かって駆け出した。
「何か助かる方法はないのか?」
レナの後を追いかけながら信吾は聞いた。何とかしてこの状況から抜け出さないとレナが死んでしまう。
「方法はあるけれど、ここじゃ出来ないよ」
レナは男の子を抱えたまま、正面ゲートから遊園地の外に走る。
「どうすれば良いんだ」
レナを追ってゲートをくぐり出た信吾は、先を走るレナの後を追った。
「あたし以外の人がこの子を殺せば爆弾は爆発しない」
殺す?この男の子をか?レナ以外の人って俺しかいないじゃないか!俺にはそんなことは出来ない。
「殺すって、どうやって?」
「リトルボムって共和国軍が作った要人暗殺用の兵器なの。子供の姿をしているから油断している隙にこうやって取り付くの。取り付かれた人はほとんど助からない」
男の子を抱えながらレナは駅と反対側の方向へ走り出している。なるべく人がいない方角、駐車場の一番奥に向かって走っているのだ。
「爆弾が爆発する前にこの男の子を殺してしまえば爆発することはないのか?」
怖いことを平気で言っている自分が、信吾には恐ろしく感じていた。
「この子は生きているんだよ。あたしと同じクローン技術で生まれた子なんだよ。生きている子供を簡単に殺せるの?」
遊園地の駐車場の一番奥から遊園地の外周を回る道路に出た。この道路を横切った先にちょっとした空き地がある。レナはそこを目指して走っていた。
「じゃあ、どうすれば良いんだ!」
いらだちと焦りで信吾はレナに強く問いかけていた。あれから十分近く過ぎているだろう。あと五分くらいで男の子は爆発する。
空き地の中をレナは海の方角へ走っていた。この辺りには人影もなく、もし爆弾が爆発しても他への被害は出ないだろう。
「和久井君、ここでお別れだね」
空き地の中心当たりで立ち止まったレナがゆっくりと振り向いた。悲しそうな顔、それでも笑顔を作って笑っている。
「ちょっと待てよ!」
信吾は今の現実を受け入れることが出来ないでいた。
なんでここでレナと別れなければならないんだ?今日はレナと別れるためにここに来たんじゃない。レナとの新しい思い出を作るためにここに来たんじゃないのか?
「俺がその子を殺せばレナは助かるんだろう?」
レナの側まで信吾は走っていき、レナの腕を掴んだ。レナの腰にしがみついている男の子は悲しそうな顔で信吾のことを見ている。
「和久井君に人殺しをさせることは出来ない!」
信吾の掴んだ腕を振り解くと、レナが青白く光り出した。このまま男の子を連れておそらく海の方へ飛んでいく気だろう。海上の誰も居ない場所で爆発すれば被害は出ないで済む。
「待てよ!俺はレナの側を離れないぞ!」
信吾はレナにしがみついている男の子の上からレナに抱きついた。レナひとりだけ死なすことはしない。俺も一緒にレナと死のう。
「あたし一人居なくったって世界は動くことが出来るんだよ。だけど和久井君が居なくなったら帝国はおしまいなんだよ」
レナに思いっ切り突き飛ばされた。
信吾を突き飛ばしたレナがそのまま空に飛び上がった。腰にしがみついた男の子と共に空き地がら南へ飛んでいく。
信吾は尻餅をついた状態でレナを見送ることしか出来なかった。
「畜生!」




