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「ごめんなさい。私から約束しておきながら、本当にごめんなさい」
西園寺が謝っている。
「由美子ちゃんが謝ることじゃないよ。あたしだって作って来なかったんだから」
月曜日の昼休みに、学食に来ていた。
「レナちゃんは怪我したんだからしょうがないよ」
西園寺はレナの左腕に巻かれた包帯を見ていた。レナは週末にちょっとしたことで怪我をしたことになっている。
「由美子ちゃんだって風邪で休んだんじゃないの。週末も寝ていたんでしょう?」
「ここのランチもみんなで食べれば美味しいからもういいよ」
Aランチ特盛りを頼んだ相川ががっつくようにして食べている。それを見ている信吾には違和感があった。
本当に憶えていないのか?西園寺はあの日のことを。
「でも意外だなぁ、風間さんが辞めちゃったなんて」
何も知らない相川が聞いた。
「この間、メールもらったときは何も書いて無かったんだぜ」
「私も、風邪で寝ている間に急に実家に戻ったそうです。なんでも家庭の事情とかで」
何も記憶がない西園寺が、誰かから聞いたことを話している。
「珍しいですね。ここでお食事なんて」
宮寺が生徒会役員達と一緒に学食にやって来た。
「こんにちは、宮寺先輩」
西園寺が席から立ち上がり挨拶をする。
「怪我の方はだいぶ良くなったようですね」
「あっ、ありがとう」
レナが慌てて立ち上がった。宮寺達はそのまま空いている奥のテーブルへ向かった。
「なんで、神前さんが怪我したの知っているんだ?」
相川が、妙なところで突っ込みを入れてきた。
「昨日、携帯でいろいろ相談したんだよ」
レナが椅子に座ると西園寺も座った。
「ところでさぁ。和久井、元気ないなぁ」
信吾のおかずを相川が横取りした。
「おかしいよ」
信吾は疑問に思っていたことを口走ってしまった。
「何がだよ」
信吾のおかずを横取りして食べながら相川が聞いてくる。
「西園寺さん、この前のこと何も憶えていないの?」
信吾は学食のテーブルの向かいに並んで座っているレナと西園寺のことを交互に見ていた。レナは黙って自分の弁当を食べ続け、西園寺は何のことだか理解できていない顔で信吾に視線を向けている。
「そりゃ熱があって寝込んでいたんじゃ、風間さんが辞めて実家に帰ったこと知らなかったのは仕方ないぜ」
「そうじゃない!」
信吾は思わず叫んでしまった。宮寺達が何をどうしたのかは知らないが西園寺の記憶をこうも簡単に消してしまって良いものだろうか?
驚いた相川が信吾のことを見ている。西園寺も自分が悪かったのかと思っているのか泣きそうになって信吾を見ていた。
「和久井君、風間さんのこと好きだったの?」
ちょうど弁当を食べ終えたレナが弁当箱を片付けながら静かに信吾に聞いた。
「何言ってるんだよ!彼女は・・・」
敵じゃないかと言おうとしたが、西園寺や相川がいる前でこの話は出来ない。
「気にしすぎじゃないの?ごちそうさま」
気にしすぎって、何をだ?西園寺の記憶を消したという事実のことか?
レナが先に席を立ち教室へ戻っていく。
「待ってレナちゃん!」
西園寺が慌ててレナのことを追いかけていった。
「いいのかよ。神前さん、怒っているぜ」
事情の知らない相川が二人を見送っている。何も知らない相川は気楽でいい。
西園寺は本当にあの日のことを忘れてしまっている。信吾には人間の記憶を勝手に操作したことが気に入らなかったのだ。もしかしたら自分の記憶も何処かで消されたりしているのかも知れないと思うとだんだんと腹が立ってきた。
「お前、神前さんのこと好きなんだろう?」
「何を急に言い出すんだ?」
「告白したのか?」
告白?相川は何を急に言い出すんだ?信吾は西園寺の記憶のことを考えていたのだ。レナのことを考えていたんではない。急に話がレナのことになって信吾は慌ててしまった。
「するわけないだろう!」
「俺はしたぜ、西園寺さんに」
「えっ、いつ?」
「この前、西園寺さんの家にみんなで行ったとき。一端帰ってからまた西園寺さんの家に戻ってコクってきた」
知らなかった。二人がそう言う関係になっていたなんて。
「彼女美人だから他に好きな人がいるんじゃないかと思っていたんだ。けれど好きな男とかいなくて、今まで男と付き合ったこともなかったんだってさ」
「意外だな」
西園寺は学年でも一番の美人だと桜田高校の一年生の中では評判になっている。当然そんな美女を先輩達も放っておくわけはないだろう。なのに誰も付き合ってくれとは言っていなかったようだ。
「盲点だったのかも知れないな。美人だから当然付き合っている男がいるとみんな思っていたんじゃないか?お前が神前さんと親しかったからその関係で俺も西園寺さんと話をするきっかけが出来たんだぜ。だからお前達には感謝しているんだ」
そうだったのかと信吾は思った。
「だからきちんと告白して神前さんと付き合えよ」
「俺が?」
「そうだよ!」
思いっ切り背中を叩かれた。
「神前さんは、お前が風間さんのことを気にしていることが気に入らないんだよ。早く教室に行って謝っちまいな」
謝るって何を謝ればいいんだ?信吾にはわからなかった。
俺はレナのことを家族として接しようと決めていた。レナがそのことをどう思っているのかわからない。だけど俺は少なからずレナに好意は抱いている。この気持ちがレナが好きだという気持ちなのだろうか?レナのことを護りたい。レナの笑顔が見たい。もっとレナのことを知りたい。それが俺のレナに対する気持ちだった。
それに対してレナは相変わらず俺を皇子だから護ると言っている。任務とか使命とか俺の知らない世界のことを言われその責任を果たそうとしているだけなのだろうか?
レナは俺のことをどう思っているのだろう?
「和久井!聞いているのか?」
「はい!」
呼ばれて反射的に立ち上がった。確か今は数学の授業中だった。
「好きなのか?嫌いなのか?はっきりしろ!」
数学の教師は俺に質問をしてきた。なんで俺がそのことに悩んでいたのか知っているんだ?また無意識に声に出して考えてしまったのだろうか?
「答えを出すのには早すぎると思います」
クラス中が爆笑の渦に包まれた。
「そうか、まあいい。大学受験にも数学はついて回るからな。でもボケッとしてないできちんと授業は受けろよな。ここのところはテストに出すからな」
なんだ、数学が好きか嫌いか聞いたのか。信吾はそのまま席に着いた。
レナがチラリと信吾の方を見た。信吾もレナの方を見ていたのでちょっとだけ目があった。レナが何だか悲しそうな顔をしているのがわかった。
どうしてだ?どうして俺のこと見て悲しそうな顔をするんだろう?
バカなことを言った俺を軽蔑したのだろうか?それとも元から俺のことなんか気にしていなくて、ただ使命だけで俺のことを護っているのだろうか?
「あたしの替わりの兵士は沢山いるの。でも和久井君の代わりはいないんだよ」
レナが前に行った言葉がどこからか聞こえてきた気がする。やはりレナは俺のことを何とも思っていないのだろう。
確かめよう。レナの俺に対する気持ちを。そして俺がレナのことを好きだと確信できる何かを探そう。それから告白してもいいんじゃないのか?
窓の外は午後の日差しが強くなってきており、カラッとした晴天に白い雲がゆっくりと流れていた。




