018
信吾が家に着いたのは、レナとはぐれてだいぶ時間がたってからだった。
「お帰りなさい」
家の中には誰もいないと思ったが、リビングに行くと意外にもレナがいた。瞳はまだ帰ってきていないようで、一人レナだけがソファーに座っていた。
「大丈夫だった?怪我とかしなかった?」
レナは、室田と戦って怪我をしていたはずだった。本当はもっと早く帰ってきてレナに会いたかったが、宮寺の話ももっと良く聞きたかったので遅くなってしまった。
「大丈夫、少し休んだからね。かなり回復してきたよ」
ソファーから立ち上がり軽く身体を動かして見せている。怪我が早く治るのも『ホワイト』だからなのか、それともレナの使っている魔法の力のせいなのか、どちらにしても大した怪我じゃなく信吾は安心した。
「宮寺先輩に会っていたんでしょう?」
レナがリビングから隣のダイニングへ向かう。信吾はレナが座っていたのと反対側のソファーに座った。
「いろんな話を教えてもらってたんだ」
「あたしのことも?」
レナがダイニングからお茶を入れて持ってきてくれた。信吾は礼を言ってからレナの入れてくれたお茶を飲んだ。少しだけ濃い味がする。
「宮寺先輩が何を言ったかは知らないけれど、あたしのことならそれは全て事実だよ」
「もしかして、聞いていたの?」
宮寺がキスの話をしたことを信吾は思い出していた。
「ううん、あたしは和久井君のストーンの力でここへ飛ばされちゃったからね。それからここで休んでいたから公園には戻らなかったよ」
「宮寺先輩が、もう室田先輩に手出ししないように言っておくって」
「あたしも、味方同士で戦いたくはないよ。あたしがここにいる目的は和久井君を共和国軍から護ることだからね。余計な戦いはしたくないんだ」
レナは信吾と向かい合うようにソファーに座った。
「お茶、美味しいよ」
信吾はお腹が減っていた。早く瞳が帰ってこないかなと考えていた。今日の夕ご飯は何だろう、そう思い顔を上げるとレナと目があった。
「キス、したいの?」
突然のレナの言葉に信吾は固まってしまった。レナは真っ直ぐ澄んだ瞳で信吾のことを見つめていた。
「してもいいよ。キス」
レナがソファーにもたれたままゆっくり瞳を閉じる。信吾は口の中に入っていたお茶をごくりと飲み込んだ。静かなリビングに喉の音がやけに大きく響いた気がした。
信吾は無言でレナのことをみる。レナは瞳を閉じた状態でソファーにじっと座ったまま動こうとはしない。
信吾が立ち上がると、レナは目を開いた。
「嫌らしいこと考えていたでしょう?」
「なっ、何も考えていないよ!」
「嘘だ。顔に書いてあるよ」
信吾は両手で顔を隠した。その姿を見てレナが笑っている。
「俺のこと、からかっているんだろう!」
「ストーンの名前、レディバードにしたんだね。いい名前を付けたね。あたしも好きだなその名前」
きっとレディバードとピコが情報交換をして宮寺との話をレナに伝えたんだろう。
「今日はありがとう。あたしのことを護ろうとしてくれたんだよね」
ソファーから立ち上がったレナが、信吾の目の前までやって来た。信吾は胸の鼓動がレナに聞こえてしまうんじゃないかと思うほどに激しく速くなっているのを感じた。
レナが信吾の目の前まできて目を閉じた。これってどういう意味だ?と信吾はどうして良いのかわからないまま暫く目を閉じて立ったまま動かないでいるレナのことを見つめていた。
「ただいまーっ!瞳ちゃんが帰ってきたよーっ!」
玄関の扉が開き音がして、ほろ酔い気分の瞳が帰ってきた。
「あっ、お帰りなさい」
目を開いたレナが信吾の横をすり抜け玄関へ駆けていった。