017
公園内の噴水のあった場所まで信吾は戻ってきていた。噴水は無惨にも破壊されて当たりは一面水浸しになっていた。
「レナは?」
信吾は辺りを見回すが、レナはおろか室田の姿もそこにはなかった。陽が落ちてもうかなり暗くなっている公園内に遠くからサイレンの音が聞こえてきた。
「この場所から離れた方が良いですよ、殿下」
振り返ると、暗闇に生徒会長の宮寺麻衣が立っていた。
「レナをどうした?」
信吾は身構える。宮寺は室田の上官だから今は信吾達にとっては敵になると思っていた。
「彼女なら自宅に戻ったと思います。さすが『ホワイト』ですね。あんな状態なのにアイリス小隊一番の武闘派の室田軍曹と互角に戦えるなんて」
宮寺が近づいてくる。
「どういう意味だ?」
信吾は少し後ずさりをしながら場合によっては短剣を出して宮寺と戦おうと思っていた。
「自分の身分を隠してここに来るために、彼女は全魔力の半分も出せないように自分自身に制限をかけていたようですね」
近づく宮寺に信吾は危険を感じた。
「レディバード、武器を!」
(必要はないと感じます)
「こっちに、早く!」
急に信吾に歩み寄った宮寺はそのまま信吾の右手を取り走り出す。引きずられるように信吾はその後に続いた。
「何処に連れて行くつもりだ!」
壊れた噴水の近くに誰かが数人近づいてくる。その人影から逃げるように宮寺が信吾を引っ張り公園の外に連れ出してゆく。
公園の駐車場に何台ものパトカーや消防車が赤色灯を回転させながら止っている。さっきの人影はおそらく警官達で、もし噴水の側にあのまま居たら間違いなく職務質問をされ場合によっては警察署まで任意同行をさせられていただろう。
「ありがとうって言うべきなのかな?」
駅前近くまで、宮寺に引きずられるように走ってきていた。
「別にお礼は言わなくて結構です。殿下が捕まったら私達も困りますから」
駅近くのコンビニの前、明るいところで見るとやはりミス桜田高校はかなりの美人だった。いつまで俺の手を握っているのだろうと信吾は右手を見た。
「ごめんなさい!」
信吾の視線に気が付き、宮寺が慌てて手を放した。
「走ったからのどか湧いちゃいました。何かのみませんか?おごりますよ」
宮寺がそのままコンビニへ入っていく。信吾は少しためらったがその後に続いて店に入った。
コンビニの前で信吾は缶コーヒーを飲んでいた。隣りに宮寺がいてミルクティーを飲んでいる。何だか奇妙な取り合わせになっているなと信吾は思っていた。
「彼女、神前さんってクローン人間なんです」
突然宮寺に言われ、信吾はのんでいたコーヒーを吹き出しそうになった。
「何でそんなこと話すんですか?」
「彼女、自分のこと言わないと思います。彼女って『ホワイト』って呼ばれていたクローン人間兵器の最終モデルなんです」
「最終モデル?」
「彼女達が最後で、帝国軍兵士のクローン人間化計画は終わったそうです。その後は私達みたいな『ブルーエンジェル』って呼ばれる遺伝子操作された人間が兵役に就くようになったんです」
「ブルーエンジェル?」
「はい、帝国軍の兵士って培養されて人工的に作られクローン人間の兵士『ホワイト』から、生まれる前の時点で遺伝子を操作して生まれた子供を兵役に就かせる『ブルーエンジェル』にかわったんです」
ミルクティーを飲みながら宮寺が語ってくれた。
「レナは、人間じゃないんですか?」
室田が言った言葉を思い出していた。
「殿下はそう思うんですか?」
「俺は・・・」
どう考えたって、レナは人間の普通の女の子だ。ちょっと空を飛んだり魔法みたいなものを使うのは、人間離れしているかも知れないけれど。
「彼女は、医学的に見ても私達と同じ人間ですよ」
宮寺は、レナ達『ホワイト』について詳しく話をしてくれた。
レナやレナの話に出てきた蒲生唯は『ホワイト』と呼ばれるクローン人間兵器の最終モデルだった。
帝国に絶対服従の兵士を作る。個人の意志より帝国の思想を優先する。組織化された軍隊に個々の考えは必要なく、命令されればそれを必死に実行できる軍人が欲しいという目的で『ホワイト』達は作られた。
帝国科学技術局人造兵工場の培養液層で初期型の『ホワイト』達は大量生産され、各師団へ配属となった。生まれたときから科学的に魔力を持たされ、大脳にはあらゆる軍事的知識を人工的に記憶させられた。知識も肉体的にも人間を超えた超人間を兵士として活用することに帝国は成功したのだった。
しかし、ホワイトにも欠点があった。人工的に大脳に記憶させられた知識は、簡単に上書きすることが出来た。新部署に配属された兵士達はそこで必要な知識を大脳に特殊な装置を使い上書きする。そのため『ホワイト』達が敵である共和国軍に捕虜として捕まったときに、記憶を上書きされてそのまま共和国軍兵として利用される事故があちこちで発生したのだった。
帝国科学技術局は『ホワイト』にもいくらかの感情を持たせることにした。クローン人間の元となっているオリジナル人間の感情を忠実に再現させ、同じオリジナルの個体から二体以上のクローンは作らない。知識は上書きできても、感情や本人の経験してきた過去の記憶は上書きできないようにする。そのようにして、より人間らしいクローン人間として作り出すことにしたのだった。
「でも、人工的に作られた人間を『人』として認めたくないって言う意見が多く出てきたそうです」
空になったミルクティーのペットボトルを両手でくるくる回しながら宮寺は話を続けた。
そのために『ホワイト』達を『ダークホワイト』と呼び、忌み嫌う人達も出てきた。帝国軍内部にも、『ダークホワイト』と一緒に軍務につきたくはないという意見もたくさん出てきた。
同じ頃、帝国科学技術局に新しく安全に遺伝子操作する技術が完成した。人工的に人間を作り出すのではなく、生まれてくる人間の遺伝子を操作することで『ホワイト』以上の知識と忠誠心を持った兵士を生み出すことに成功したのだ。
「それが、『ブルーエンジェル』なんですね」
「私や室田軍曹が二期目の『ブルーエンジェル』なんです。魔力も知識の記憶力も『ホワイト』には負けません」
宮寺が空になったミルクティーのペットボトルをコンビニ入口横にあるゴミ箱に捨てる。信吾も空になったコーヒーの空き缶をゴミ箱に捨てようと宮寺に近づいた。
「上官からの命令は、絶対に服従する。その考え方は『ホワイト』の方が強いかも知れませんね。私は上官が間違ったことを言ったら訂正させますけれどね」
くるりと向きを変え宮寺が、信吾の目の前に立つ。信吾より少し背の低いスタイルの良い美人だ。
「キスさせろって言ってみてください」
真顔で信吾に迫ってくる感じがし、信吾はうろたえて後ずさりする。
「えっ?今?」
「私にじゃないですよ。帰ったら神前さんに言ってみて下さい。彼女への命令権は近衛師団本部と殿下、あなたにあるんです」
「俺に?」
前にレナから同じようなことを聞いたことがあった。
「殿下からの命令は絶対です。彼女、殿下の命令なら何でも言うことは聞くはずです。彼女は『ホワイト』ですからね。嫌らしいことも出来ちゃうかもしれませんよ」
宮寺が笑いながら年上の人が年下に意地悪する感覚で信吾を見ている。信吾はレナがダーリングハーストの話しをしてくれたことを思い出していた。レナは確かに信吾の命令は何でも聞くだろう。
「俺は、そんなことはしない!」
からかわれてると思い、信吾はきっぱりと言い切った。
「すいません。ちょっとだけ言い過ぎました」
宮寺がぺこりと頭を下げた。
「それと、彼女に伝えて下さい。もう室田には手出しさせないようにしますって」
「俺も、先輩にお願いがあります」
「なんですか?」
「俺のこと、殿下って呼ぶのやめて下さい」
信吾は自分が第五皇子ってことを認めたくは無かったのだ。