プロローグ
音のない真っ暗な真空の世界、衛星軌道上を周回している大型巡洋艦の薄暗いブリッジに警告を示す赤い小さなアラートランプが点滅し始めた。
「星籍不明の小型艇が急速接近してきます」
監視用のモニターを見ていたレーダー員が振り返り報告する。
「光学モニター最大望遠、正面のスクリーンに画像を回せ」
当直の士官が指示を出す。やがて、ブリッジ正面のスクリーンにぼやけた映像が映し出されて徐々にピントがあっていく。
地上では汚れた大気と眠ることのない人工の明かりで決して見ることの出来ない星々までが、まるで自己主張をするかのように光り輝いている。その輝きの中を一隻の小型艇が大型巡洋艦に全く気が付いていないのか、かなりの高速で接近してくるのが映し出されていた。
「識別信号?これは友軍のものではありません!」
モニターを見ていたレーザー員が当直の士官に報告をした。
「至急艦長に連絡を」
まだ年の若い士官がスクリーンを見ながら、通信士に言った。
「アイアイサー!」
スクリーンに映し出された星籍不明の小型艇は、かなりの高速で接近し続けている。そのことを艦長に報告するために通信士は艦内通信電話で呼びかけ始めた。
「やたらと古いタイプの小型高速艇ですな」
年配の機関長が当直士官の隣りにきて正面のスクリーンを見上げる。この大型巡洋艦には最新のステルス機能が装備されている。こちらのステルス機能が全開で働いているせいか、接近してくる小型艇はこちらに全く気が付いていない。
小型艇はつい最近まで帝国軍が使用していたタイプのもので、惑星の大気圏へ突入態勢に入ろうとしているのか、少しずつだが進路を変え始め出した。
現時点で接近してくる小型艇が、敵か味方か全くわからない状況であった。
「対艦迎撃準備!共和国軍の強行偵察かもしれないぞ!」
ブリッジ内部に緊張が走る。この星域に共和国軍が現れることは、めったにない。
衛星軌道上に待機して惑星を観測をしているこの艦の任務の中に、この惑星に接近してくる星籍不明艦を発見した場合、警告無しに撃沈して良いという特別な命令が加えられていた。それだけこの惑星に対して帝国軍も敏感になって観測をしているのだ。
「このままのコースだと、惑星の大気圏内に突入します」
モニターを見ていたレーダー員が報告する。
「大型大陸の東側、弓状列島に向かっているようですな」
レーダー員が画像を前方のスクリーンに映し出した。その映像には小型艇の惑星への着陸予想ポイントが映し出されている。年配の機関長は若い当直士官がこの状況でどのような判断をするのかを見ているようだ。
「あの場所に共和国軍を降ろすわけにはいかない。地上部隊に連絡を!」
「良い判断だな」
遅れてブリッジに入ってきた艦長は、まだ若い当直士官の隣りに来て軽く肩を叩く。
「あの辺りはアイリス小隊の管轄だ。彼女たちなら上手く対処できるだろう」
艦長は持っていたパイプに火を付けようとした。
「艦長、ブリッジは禁煙ですぞ」
年配の機関長がパイプに火を付けようとした艦長を止めた。目の前のスクリーンには画像が替わり双頭の鷲の紋章が描かれた高速コルベット艦が大気圏内に突入しようとしている姿が映し出されていた。
「ダークホワイトか?」
スクリーンを見ながら艦長が呟いた。
「艦長もそう思うのですか?」
機関長の問いかけに艦長はかすかにうなずいて見せた。
「地上部隊、現場の判断で迎撃態勢に入った模様です」
地上部隊からの連絡を通信士が報告をする。
「現場の判断?ならばこちらからも援護射撃を加えよう。見方ならまずいことになるが地上部隊からの要請ってことにすれば問題はない」
艦長は空のパイプをくわえてそう言った。
ゆっくりと巡洋艦は主砲発射態勢に入る。目標は星籍不明の小型艇。やがて、巡洋艦の主砲が火を噴いた。真っ赤なレーザー砲が二発、三発と地上めがけて発射される。強力な光りが束になって地上へと突き進んでいく。
真空の宇宙空間には音はない。ただ、まばゆいばかりの真っ赤な光りが真っ直ぐ大気圏内へ伸びて行くだけだった。