悟・喩
掲載日:2015/04/17
今、目の前にしているディスプレイ。
画面に映っている文字。
あるいは、背景。
低反射フィルムの貼られたモニタの向こう。
どこを眺めても。
その向こう側にある、二つの瞳からは逃れられない。
いつも、その目と見つめあっている。
いつも、その目と話し合っている。
話し合うことで、事態が進むことはない。
見つめあうだけで、言葉が通じるわけではない。
鏡と同じ。
そこから、悟ることはない。
誰もが、二つ持っている。
自分を迷わせるだけの、冷たい目。
自分の目を、自分がのぞいて。
暖かいと感じることが、あるだろうか。
自分の目を、自分でのぞいて。
そこに映った自分の目が、語ろうとしていることを、読み取る事は、してはいけない。
読める、読めない、ではなく。
目は、相手を見るもので。
自分を見るためのツールではない。
画面に映された文字は、自分が発した文字ではない。
誰かの視点を持たなければ、自分を見つめることはない。
誰かを通してはじめて知る。
自分の事を。
誰かがいなければ自分を知らない。
知る必要は、ない。
比較もない。
貶しもない。
自問自答は、目をつぶる。
瞑った目の奥で、初めて自分の迷宮を見て。
冷たい部屋で、自分の容を知っていた。
誰かと語る事よりも。
たまには自分の中に潜って。
言葉少なに瞑想でもして。
有意義な時間を。




