表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/16

1-1

 のんびりと、噴水の水柱が陽射しを照り返している。

 その清々しさに反した、無気力な少年が二人、大噴水を囲むベンチで肩を落としていた。一人は稜明学園の制服。 

 もう一人は、焦げ茶のコーデュロイの上下に黒のハイネック。プチメガホンが似合うハンチングに、レイバンのサングラスと、見掛けだけは気合十分である。

 監視役はカチューシャの少女。彼女のため息は、すでに底を付いていた。

「おい、青木……。もう一度、かけてこいよ……」

「いーかげんに諦めなさいよ。誰も出ないわよ」

「だったら学園長宅にかけてみてくれよ」

 ブッ千切れた園子は、眉を吊り上げて駿河に向いた。

「どーして彩子が学園長の家に居るのよっっ!」

 …………。それはいえない駿河だった。

「一体どうしちゃったのよ? 君も騎道君もっ。

 彩子なら昨日のうちに、顔を見せに来てって電話してあるの。この時間まで来ないんだから、他に用があるのよ?

 男らしく諦めて、シャキッとしたら!?」

 青木園子。怒鳴り散らしても、肝心の男二人はまるで動じていない。

 気乗りしない間抜け顔の、それでも十分な美形たちを一喝で蘇生できるのは、たぶん一人だけ。

 わかっているから、園子も密かに携帯電話を鳴らしているのだが。コール音は虚しいエンドレスだった。

 晴れ渡った秋の太陽が、すっかりお昼を指している。

 2年D組がメインの、写真部の助っ人も含めた十数名の撮影部隊は、マロニエの枯れ葉が舞う広い中央公園に集結していた。すべては学園祭に向けた2Dの企画。グラビア写真集の為である。

 もう一人のメイン・モデルである秋津静磨の方は、撮影を終了していた。企画者の青木が感涙もののスーパー・ショットが揃って、残るは騎道のみだった。

「……君たち、お腹空いてない?」

「おいおい。飯食ってる暇なんかないんだぜ、青木」

「僕も結構です……」

 遠い目をしている騎道と駿河が、口を揃えた。

 園子は大袈裟に額を押さえてみせて、教えてやった。

「あのね。君たちに言ってるんじゃないの。

 君らの気力のなさに干されてる、あっちのスタッフに言ってるの! 働かざるもの食うべからずよっ!」

 言い捨てて、園子は手持ち無沙汰の撮影スタッフの輪に飛び込んでいった。

「……精一杯、努力はしてるんですけど……」

 騎道はうらめしく、隣の撮影監督駿河秀一を伺った。

「ほーお、はーあ。あれが精一杯ねぇ?

 プロを甘く見てるな、騎道君。てめーの気のなさは、ファインダーを通せばバレバレなんだぜ?

 それに何だ? この夜更かししましたクマさんは?」

 騎道の顎を掴まえて、グキッと自分に向かせる。

 薄く叩いたファンデーションを透かして、騎道の目の下に隈が青く沈んでいる。

「あれーほど、ちゃんと寝ておけって教えたのに、このバカっ! これじゃあアップに耐えられんだろっ」

 ……厳しい。無闇と、駿河はプロ意識に燃えていた。

 まぁ。仕事上で言われているそのままを、騎道にぶつけているだけという真相はあったが、それはそれ。

 日曜。早朝からの撮影は駿河のダメ出しの連続で、一向に終了の兆しが見えなかった。

 その原因は、騎道の覇気の無さにあると指摘する駿河だが、騎道本人には改善の様子も、自覚もなかった。

「……彩子さん、どうしてるんでしょう……?」

「そーゆーヤラシイことを考えてるから、顔に出るんだ」

 はたっ、と騎道は両頬を押さえた。

 図星っ。駿河は勝ち誇って、櫛と手鏡を騎道に渡した。

「あいつが気にかかるなら、もっとマジになれよ、騎道」

 マジでやってますよぉ。駿河さん、早く終わらせて彩子さんの様子、見に行きましょうよー。

 懇願する騎道を見捨てて、駿河はスタッフに手を振った。

「モデルが心を入れ換えるそうなんで、スンマセンけど、ご協力お願いっしまーす」

 すっかり、業界ノリな駿河だった。

 受ける学生たちも、気分はギョーカイ。今や彼等は、本職並に撮影の段取りを習熟してしまっていた。

 嫌がる騎道を押さえつけ、念入りにメイクが始まる。

 照度計でテストを繰り返し、騎道を置いてポラロイドでイメージを確認する。無論、黒縁眼鏡の反射も考慮する。

 彼等が動きだせば、物珍し顔の野次馬が丸く人垣を作ってゆく。衆人の注目が部隊に気合を入れる。モデルの不調はともかくとして、作業はスムーズに流れ始めた。

 撮影場所は、木製のベンチ、大噴水脇、マロニエの木立を真っ直ぐ抜ける歩道。駿河のポーズの要求は容赦ない。

 衣装は、稜明学園の冬服と私服の2パターン。

 正統派ブリティッシュ・トラッドが、思いの他似合ってくれる男だった。駿河が提供したライト・ブラウンのツイード・スーツ。着替え直した騎道に、観客の中、主に女性たちから溜め息が漏れた。

 他人の注視の直中で要求通りの表情を造る騎道に、駿河は内心舌を巻いた。

 いい度胸してるぜ……。

 ふいに、フラッシュの中で騎道が表情を変えた。

「……彩子……。遅いぜ、お前……」

 騎道の視線の先に彩子が居た。遊歩道の外れ、トンネル状の頭上からの木漏れ日が、表情を分かり難くしていた。

「! あいつと、一緒だったのか……?」

 切れ長の目の端で、駿河は白銀の車体を見止めた。

 運転者は、木立ち越しに譲り渡したことを見届けると、中央駅とは反対方向に車を発進させた。

「御飯を食べただけ。……送ってくれるって言うから」

 囁くように言い訳して、彩子は駿河の側をすり抜けた。

 裾の長い黒のワンピース。アイボリーのハイネックに、シンプルな焦げ茶のロング・カーディガン。細いくるぶしを強調する、ヒールのある編み上げのブーツ。

 駿河の気のせいか、男物の香水の残り香が漂った。

「彩子っ。待ってたわ。あの二人、今度気を抜いたら思いっきり叱り飛ばして頂戴ねっ」

「やーよっ。どーしてあたしが、他のクラスの応援をしなきゃなんないの?

 園ちゃん? 呼んでくれて感謝するわっ?

 十分、邪魔させてもらうから」

 あんたねー、それが親友に言う言葉?

 親友だったら、仁義を通してもらいたいわよねっ。

 安請け合いする騎道も騎道だけどっっ!

 売り言葉に買い言葉。女同士の口喧嘩は、見事に本番の緊張感をブチ壊しにしてくれる。

「……おい、誰か。あの二人、撮っといてくれ……」

 耳を塞いだ駿河が、指示を出す。撮影妨害の立派な証拠にするつもりだった。

 気付くと、堪え切れず騎道は噴き出している。

 カメラマンはシャッターを切り続けた。屈託のない笑顔が、次々とフィルムに焼きついてゆく。

 その日一番の笑顔に、なぜか駿河は安堵していた。

「ちょっと、どーしてあたしたちを写すのよ」

「秀一! 今の肖像権の侵害。フィルムは没収ね」

 何ばかなこと言ってるのよ。彩子なんて帰りなさいよ!

 呼んだのはそっちでしょ? 折角来てあげたのよ!

「おい、次。騎道、次の撮影ポイントに移るぜ」

「あ、はいっ。駿河さん」

 真っ先にその場を抜け出して、男二人は肩を並べた。

「……おい。残りの撮影、早めに仕上げるからな。

 気合い入れろよ」

「そう願います。僕、約束してたの忘れてました」

「何を?」

 騎道は、肩越しに彩子を伺いながら言った。

「学園祭の出し物で、バンドを組むんです。その練習日が今日だったの忘れてて。……三橋、怒ってるだろうな」

 駿河はしばらく思案し、にっかり笑い騎道の肩を叩いた。

「そーゆーことなら、ゆっくりやろうぜ。練習不足で本番玉砕。2Dとしては、願ってもない趣向だな」

「……す、駿河さん……?」 

 かくして、足の引っ張り合いはここでも繰り広げられる。

「それってひどいですよ。駿河さんっ」

「……お前。三橋と顔、合わせ憎いんじゃないの?」

 さりげなく、本題を逸らして駿河は釘を差した。

 口を閉ざした騎道は、すぐに思い直し素直に認めた。

「そうですね……。でも、遅刻は謝らなきゃ。

 電話、掛けてきます。必ず行くからって」

 はいはい。駿河はうなずいた。駆け出す騎道に、ケッと息を吐く。

「正直者はバカを見る。その典型だね、あれは」

 奴は、自分から進んで、当然のように飛び込んでいってしまう。危なっかしいバランスの中へ。

 三橋がそれを受け止められるか、予測不能。

 受け止めたいと望んでいるらしいことは、昨日の不審行動に現れてはいた。だが、荷が重過ぎる。

 それを承知しているから、騎道は駿河に、事件の要点だけを伝えた。自分の感情抜きで、事実だけを告げた。

『本心』。

 騎道の本心は、誰にも肩代わりできないほど重いのだろう。一人で背負って、奴はいつか倒れたりはしないのか?

 一人ぼっちでつまずく騎道が見えるようで、駿河は喘ぐような気分で、彩子の姿を探した。

 園子を言いくるめて、彩子は笑い出している。

 相変わらず、彼女は眩しい存在だった。



 昼休みの物理室は物静かなものだった。

 体育館や食堂から流れてくる柔らかいざわめきが、子守唄になる時間。ガラス越しの陽射しを全身に浴びて、騎道はうつらうつらとしていた。

 添い寝しているのは、キャビネットに置かれた二つのミニ・バラの鉢植え。南側、窓際の木製キャビネットは、騎道のお昼寝ベッドには最適な場所だった。

「やっぱここに居た。騎道ってさ、猫みたいだな。居心地のいい場所には、鼻が利くんだよな」

 人のいい笑みで部屋に滑り込んできたのは浜実だった。

 折れも混ぜて。と、もう一つ平行に並ぶキャビネットに腰掛けた。騎道に習い、のんびりと足を伸ばし横たわる。

「珍しいじゃん? 何、遅刻ってたの?」

 しばらく続いた静けさを、浜実が軽い口調で破った。

「あ、うん……。つい、寝過ごしてさ」

 浜実には見えるはずもないのに、騎道は肩をすくめた。

 今朝の遅刻は、騎道にとってかなり口惜しいものだった。

 例によって例のごとく。凄雀に先んじられた。

 今度ばかりは、本当に目が覚めなかったという大失態。完全に、ナイト失格だ。

「へーえ。騎道ってさ、もっとクソ真面目な奴だと思ってたけど、案外ワルだね。さっきも居眠りしてたし。

 何んか、夜のバイトでもしてんの?」

 授業中の悪行まで指摘されて、騎道は冷や汗が吹き出してきた。起き上がり、膝を正して浜実に向き直った。

「……。わかる?」

「わかる。俺も似たような口だから」

 ひょいっと起き上がって、浜実は同房の笑みを見せた。

 夜の街の賑やかさは、浜実の第二の生活圏である。実益も兼ねたバイト生活は、多少の睡眠不足と引き換えてもやめられるものではなかった。

「だから。先生様には告げ口しないから安心しなよ」

 言われて、騎道は素直に肩の力を抜いた。

「いいこと教えてやるぜ。地学の酒田の授業だけは気をつけろよ。あいつがヒステリー起こすと、クラス全員の迷惑になるかんな。あいつの授業だけは見つからないよーにすること。わかった?」

「うん。ありがとう」

「それとさ。騎道、始めてなのにギターの筋いいね。昨日教えてて、わくわくしたよ」

 三橋家でのバンドの音合わせに、騎道はかなり遅れて駆け付けた。ギターの指南は浜実が引き受けてくれた。技術的に高度な部分で意見を交わす他三人と離れて、騎道はみっちり、一から実技を教わったのだ。

「耳とリズム感が、ただ者じゃないな。覚えるのも早いし。

 本番まであんまし時間ないけど、ちゃんと出来るってみんな安心してるよ。ほんとに。

 来週は、楽しく音合わせやろうぜ?」

 大きく笑うと、浜実は右頬にだけ笑窪ができる。

 それを目にして、騎道は思わず頭を下げた。

「浜実。ゴメン!」

「……ははっ。俺に謝られてもなーって言いたいところだけど。バレてた?」

 完璧な芝居の出来なかった自分に、浜実は照れた。

「すぐにわかったよ。皆にも、伝えておいてくれないかな。

 迷惑かけて。昨日は気を使わせて、悪かったって」

「……ほんと。和沢が言った通り、勘のいい奴だな。

 おかげでメッセンジャーは楽だぜ」

 半ば真顔で、浜実は騎道は見返した。

「ほんとうにゴメン。今は、それしか言えない」

 肩を落とし、それでも打ち明けられないもどかしさを噛み締める騎道。パシパシと、浜実は膝頭を叩いてやった。

「俺、お前らに何言ったらいいかわかんないけどさ。

 これまでも二人でうまくやってきたんだから、これからも仲良くやってくれよな。

 巻き込まれた以上、後をついていくからさ」

 ……みんなで。

 面と向かっての意思表明は、浜実の性分ではなかった。

 他4人分を引き受けているからこそ、言える。

 照れて、額にまで汗が滲んでも、これだけは。

「お前らだけで地球が回ってるわけじゃないんだぜ?」

 そう言い残し、浜実は大股で部屋を出ていった。

 胸に痛い台詞だった。見えない傷が深くなる胸を、庇うように片膝を引き寄せた。目を閉じると、昨日の気まずい情景が蘇ってきそうで、眠ることも諦めた。

 昨日。練習の邪魔をするという口実で、駿河が付いて来たのは本心有り難かった。彩子を一人で返すわけにはいかないと承知している駿河は、うまく言い含めて彩子も一緒に連れてきた。

 反発したのは三橋で、スタジオの片隅に整理されていた昔のバンドの録音テープを漁る駿河に、始終振り回される羽目に陥った。

 彩子は東海にドラムの手ほどきを受け、初めての体験に時間を潰した。ベースの松茂が彩子のドラムに合わせ、顔を出していた和沢がギターを入れる。女性ドラマーも悪くないと、ゼネラル・マネージャー友田が持ち上げ、彼等は完全に脱線していった。

 なんの集まりだったのか、趣旨を見失った時間が流れ、彼等は日没後に別れた。

「……すっかり邪魔してたのに……」

 5人は気付いていた。表面上は和やかな騎道と三橋が、必要以上に言葉を交わさなかった事実。視線すら逸らしていた、彼等の距離を。

 よそよそしいガードを張り巡らせた彩子と、コントロールを試みていた駿河の、奇妙なにバランスまでも。

 三橋が回してくれた彼の専用車で、彩子を家まで送った。ここでも、駿河はショック・アブソーバーだった。

 もう一度眠り直そうと、騎道は目を閉じた。

 疲れきっていた。昨日も、今日も。

 たぶんこれから数日間続くと、覚悟していた。

 少し眠れば疲労は取れる。昼食は諦めた。

 原因は二つある。日課となった白楼陣の弱体化が一つ。

 時間的には数秒でも、かなり肉体を消耗させていた。

 そこからすぐに、騎道はバイト先へと出向くのだ。

 携帯電話の契約料金と、ソファの支払い、冬物の衣料代金。すべてバイト先からの前借りで賄った。

 学園長夫人からの封筒は騎道の手に渡っている。前借りを返済しても、十分残る金額だった。

 けれど、見ず知らずの学生を信頼し、前借りという我が儘を受け入れてくれた相手への、感謝の気持ちだった。

 何らかの支障をきたせば、訳を話して辞める気ではいる。

 しかし、深夜2時までの肉体労働は、十分この通り、支障をきたしているのだが。辞める気はなかった。

 あの職場は懐かしさを与えてくれた。『彼』も似たような時間を過ごしたのだと思うと、それだけで気持ちが落ち着いた。久瀬光輝。彼はまだ、騎道の『兄』だった。

「おい。始まるぜ、授業が」

 ペシペシと頬を叩かれて、騎道は顔を上げた。

「! ……三橋……、どうしてここが?」

「ほれ。急いで食えよ」

 騎道の懐に何か転がして、三橋は戸口に引き返した。

 拾い上げると、袋入りの丸いタマゴパンだった。

「いいか? 食ったら寝るんじゃないぞ。

 もう迎えに来ないからな」

 念を押すと、三橋はドアを開けたまま出ていった。

 ふわりと、冷たい風邪が吹き込んでくる。

「…………。さんきゅ」

 息苦しい溜め息とともに、騎道はパンを噛み締めた。

 三橋の一つ一つの動きに、緊張する自分が情けなかった。

 見つめられる瞬間、ナイフを突き付けられたように、騎道の動悸が速まる。……問い質されるのではないかと。

 なのに自分から、踏み出すことも引くこともできない。

 蛇に魅入られた蛙のように、竦んで、三橋の出方を伺うだけ。いつも向こうの方から、視線を外すとわかっていながら。

 風だけが冷たさを増す。

 騎道は暖かい陽射しに背を向けた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ