初めての授業はダメな感じ?
朝の一件を経て、このクラスにはどうしようもない奴が少なくとも二人いることがわかった。一人は人使いの荒い少年。もうひとりは不幸にも進路指導室に軟禁されているヘッドホンの少年だ。
そして今、俺たち三十七人は一つの教室に集められている。三十七人? おい待て。二人足らなくないか?
嫌な予感がして、俺は教室を眺める。すると、確かにいない。あのどうしようもないやつとそのお付がいないぞ!? あ、あいつ初日から遅刻なのか?
と、誰とも知れない焦りを感じていると、教室に今朝ヘッドホンの少年を連れ去っていった御門真理亜がハキハキとした態度で入ってきた。
「はい。では出席を取りますね。あ、その前に。私がこのクラスの担任をします。御門真理亜です。……では、出席を取ります」
短い挨拶を終えて、御門真理亜はテキパキと出席を確認していく。だが、いない人に気がついて、眉を上げた。
ちなみに、この国でよく知られている噂で、こんな噂が存在する。五十年前に王様同士の喧嘩があって、そこで傷ついた両王様は休戦を敷き、お互い療養したという。そして、ここで問題になるのはその喧嘩した王様というのが東の王。つまり、目の前の女性の旦那様なのだ。療養中、東日本は普通ならば荒れるところが、これが摩訶不思議、荒れるどころか問題ひとつ起こらなかったという。
東の王が実質不在の中、東日本を守っていたのは王直系の騎士、つまるところ目の前の女性を含む人たちということだ。これがどういうことを指しているか、勘のいい人ならばわかるはずだ。
これは、問題を起こしたら殺されるな……。
実力は、いるかもわからないSランク魔術師を優に超え、超危険生物を単騎で殲滅することができるだけの戦力を持ち合わせているという。事実かどうかは確認したくないが、当たらずも遠からずだろう。ただ前に立たれているだけで感じ取れる、強者の威圧というものが存在しているのだ。
「えっと……いないのは――」
「押すなよ。転ぶだろ?」
「早くしてくださいよ! 颯斗さんのせいで遅刻しているんですよ!?」
そんな世界最強の騎士様の言葉をぶった切って黒崎颯斗と赤坂綾女が教室に入ってきた。
瞬間、教室の空気が二、三度下がる。皆、目の前の人物の怖さを噂のレベルの知っているから、恐れ多いことをした黒崎颯斗が血祭りに挙げられるのを目に見てしまったのだろう。
だが、そんなことはなかった。
「はぁ……初日から遅刻ですか?」
「違う。俺はそもそも来る気はなかった。だけど、このバカが起きろだ、行くんだとうるさくてな。面倒だが来てやった」
穏やかな表情で事情を聞いてくれているにも関わらず、黒崎颯斗は超上から目線で答えた。
こ、これはまずいんじゃないか? 流石に怒るんじゃ……。
「いいですか? 休む、もしくは遅刻しそうなら電話をしてください。間違っても襲われて怪我をするということはないでしょうが、形式上はあなたはこの学園の生徒なんですよ?」
「安心しろ。いざとなったら喧嘩をしたことすら『なかったこと』にしてやるよ。それに、俺はこの学園に入学するために本土に帰ってきたわけじゃねぇ」
吐き捨てると、黒崎颯斗は空いている席にドサッと座り込んだ。その態度のでかさ、昭和の番長並みである。赤坂綾女もそれにつ続いて隣に静かに座る。
これで軟禁された少年を除いてすべて揃ったわけだが、今日からどういう授業をさせられるんだろうか。不安しかないが、転入させられてしまったのだから仕方なく受け入れるしかないだろう。
ドキドキと高鳴る心臓をそのままに、御門真理亜から語られる全てを一言一句逃すまいと耳を澄ませる。
「まず、科目テーブルが完成していないので、今日の授業はなしです。簡単な自己紹介や、科目の教師の紹介を除いたら今日は自由時間としますが、帰るのはなしですよ? いいですか、黒崎颯斗くん」
「ちっ、バレてやがったのか。まあ、いいけどよ」
あいつはあいつでいい度胸をしている。来て早々に鞄を持って帰ろうとするのだから見上げた根性というべきだろう。
俺はというと、なぜか抱きついてきている楓を無視して、意外と普通な高校生活が送れそうなのに安堵していた。もしかしたら、このまま普通な生活が出来れば――
「では、授業後の話をしておきます。我が校は主人公を排出すべく建てられています。よって、全授業終了後、部活の代わりに戦闘訓練や魔術訓練をしてもらいます。担当は徒手格闘がフレア・フレイ。近接武器使用は御門綺羅。遠隔武器使用は夜見。魔術は御門クロエ。その他にも多くの教師がいますので目的にあった訓練を受けてください。なお、実施は明後日からです。十分情報を集めてから自分で考えて自分で選択してくださいね」
俺の願いが叶う訳もなく、あっけなく崩された普通な生活は儚い夢のまま俺の中に沈んでいった。
あー。なんで俺、この学園に来ているのだろう。もういっそ、帰りたい。
「楽しみだねー! 君は何を選ぶの?」
「なあ、楓さんよ。お前はこんな日常がどうして楽しみなんだ?」
「え? だって、みんなで遊ぶってことでしょ?」
ダメだ。この子の頭には戦闘=遊びという数式が成り立っているのに違いない。俺には理解できない領域の人類だわ。
そういえば、戦いを好みそうな奴がもう一人いたな。
問題の人物に視線を向けると、あれだけ嫌がっていた話を真面目に聞いている黒崎颯斗が目に入った。
あー。あれはスイッチ入ってるわー。戦闘狂さんのスイッチ入っちゃってるわー。
こないだの東の王の殺害の事件の時にも感じ取ったのだが、黒崎颯斗という男は心のどこかで戦闘を楽しんでいるように思えた。相手を蹂躙している瞬間をこの世の極楽のように感じていたあの表情は暴君のそれと同じで、コイツはきっと、王様になってはいけない人材だと今になって俺の体を震わせる。
と、大事な話をいくつか聞き逃していると、教室のドアが開いた。
「や、やっとここまで来れたっすよ……」
軟禁されていたヘッドホンの少年がとてつもなく疲れた顔で教室に入ってきたのだ。だが、その少年にまたしても不幸が巻き起こる。
笑顔を終始やめない御門真理亜に肩を掴まれ、
「君。なんでここにいるんですか?」
「え、いや、オレッチは――」
「どうしてここにいるんですか?」
「あー、これはまずいっぽいすねー」
逃げるにも逃げられず、答えようにも迂闊には話すことができない状況で、一択しかない答えを模索する少年だが、
「はぁ。君、名前は?」
「あ、オレッチは錐崎タカヒロっす!」
「じゃあ、錐崎くん。一緒に進路指導室に行きましょうね」
「え、ちょ、なんでっすか――――!!!!!!」
デジャヴだ。こんな光景を今朝も見た気がする。
一択しかない選択肢を選ぶことすらできず、少年は御門真理亜に首根っこを掴まれて連行されてしまった。
俺は不幸な少年に合掌して帰り支度をするのだった。
まあ、最初の授業ってグダりますよねー