ご立腹な王様
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放課後の校長室にて。
娘である御門楓が好きな男ができたと言って、どこかへ行って間もない頃。王、御門恭介の身辺は荒れていた。主に、御門恭介の暴走によって。
「んだよ、あのガキは!! 俺の可愛い娘を一目惚れさせておいてあの態度は!! クソッ! なんか、スゲェー腹立つ!!」
普通、王が怒ると都市が一つ消滅する。しかし、王である御門恭介がここまで怒っているにも関わらず都市が現存しているのは、偏に御門恭介の身辺を守ると評されている少女たちのおかげだろう。
現に、怒っている王を静かに椅子に座らせ、こんなくだらない話を真剣に聞いているのだ。
「そうですね。楓にも困ったものです。でも、恭介さんは知っているでしょう? 恋に落ちたら『人』でも『化け物』でも止まれないんですよ」
「うっ……で、でもなぁ!?」
「そうそう。恋は人を変えちゃうよ。まあ、私たちの場合は人から無限に生きる存在に変わっちゃったけど」
ガーディアン兼妻の御門真理亜と同じくガーディアン兼妻の御門薫が御門恭介に触れ合いながら宥めるように話す。
御門恭介という人物の出生は明らかではないが、少なくとも第三次世界大戦以前から高校に通っていた形跡がある。つまり、今の彼の年齢は少なくとも百歳は越えていることになる。しかし、その容姿然り、風貌然り、どう見ても『高校生』か『二十代』くらいに見えるのだ。
伝説では、御門恭介という人物は死ぬことはないとされているが、その事実は誰も知らない。何故なら、王である御門恭介という人物を殺せるのは、等しく王である誰か、もしくは神くらいのものくらいしかいないからだ。また、その戦いが成立してしまったとき、都市どころか世界のバランスが崩れる大惨事になる。つまり、御門恭介を殺すことはできても、それを文献にして残すことはできない。
王の中でも最も謎多き存在である御門恭介は妻らに宥められ、少しだけ心に平安を取り戻してきたようで、ふぅ、とため息をついた。
「……にしても、ホント強い奴らだったな。まあ、片方は南の婆さんから借りてきた人材だけど」
ここでいう強い奴らとは、一人は問題の少年、火蔵陽陰で、もう一人は南の王の直系の子息である、黒崎颯斗だ。黒崎颯斗のほうは最初から強いことを知っていたが、まさかあそこまでとは思っていなかったようで、御門恭介は驚きを隠せないでいる。
しかしながら、心の中で最も恐怖していたのは前者の少年、火蔵陽陰だった。
「そう、ですね。確かにあの事象を操る少年は強いです。正直言って、チートとかいうやつでしょう。ですが、恭介さんには敵わないですね」
「ああ、俺は存在を消されただけじゃ死なない。俺を殺したいなら、全ての人間から俺という存在を消さなくちゃいけない。だが、それはあいつにはできないだろうな。記憶は、事象じゃない」
はっきり言えば御門恭介を殺すことはそういうことなのだ。御門恭介と言う存在を消すには、人という人から御門恭介という記憶を抹消しなくてはいけない。誰の記憶にもない人物は存在はあっても、いないのと同じなのだ。これはつまり、物理的に殺すことはできずとも、間接的に殺すことができるということを示唆している。
「本当に怖いのは、あの子。えっと、火蔵陽陰くんだっけ? 正直、薫はやり合いたくないな~。あの子、底が見えないんだもん」
「そこだ。あいつは一体何ものだ? 憑き物ってのはわかったが、その他大勢の憑き物とは格が違うだろ。あいつは要注意人物だ。娘のこともあるしな」
ふーむ、と顎に手を当てて考えていると、今朝の一件で捕まえた少年少女らを拷問していたガーディアン兼妻の御門綺羅が伸びをしながら部屋に入ってきた。その後ろにはひと仕事終えたという顔で歩いてくる御門クロエに御門春がいた。二人共同じくガーディアン兼妻だ。
一応、妻らが全員揃ったことになるが、心の平安を取り戻した御門恭介はなんてことのない話をするばかりだった。
「あれ? 楓は?」
「ああ、あいつならか、かかか、彼氏、とか言う奴の家に行ったぞ?」
「な、なんか苦しそうだけど、大丈夫なの、恭ちゃん?」
「あ、安心しろ、無性にあのガキをぶちのめしたくなったが大丈夫だ、綺羅」
「そ、それって大丈夫なのかなー?」
あはは、と力なく笑う綺羅に少女たちが苦笑した。
そんなどこにでもある(決してどこも一夫多妻ではないが)ような会話を中断させる事件が起こる。校長室のドアを開ける人物が現れた。
その人物は桜坂高校の制服を着こなし、凛とした姿勢で部屋にズンズンと足を進ませている。
「……一応、王の部屋なんだが?」
「一応、外務大臣の遣いですが、何か? 王、御門恭介殿」
四人の王がいるからといって、日本の政治が変わったかというとそうでもない。ちゃんと国民が決めた総理大臣だって存在するし、その他の大臣だって決められている。しかし、変わったところがあるとすれば総理大臣の政治が、四人の王の考えに則っているという点だろう。しかし、その中でも影響を受けない大臣がいた。それは外務大臣だ。外務大臣は南の王の直系の血筋で、話にも出た少年、黒崎颯斗の関係者だ。そういうこともあって、実質の権力で言えば外務大臣が総理大臣よりも強いと言えるだろう。
そして今、部屋に入ってきた少年はその外務大臣の遣いだと言う。
「ああ、お前が黒崎颯斗の監視役の。話は聞いてるぜ。で、何の用だ?」
だが、どれだけの理由があろうと相手はふざけていても王。絶対の権力者だ。等しい権力者の遣いだとしても、理解できるが了承は出来はしない。
御門恭介はキッと目を細め、少年を睨みつける。
「そんなに睨まないでほしい。僕にあなたを怒らせるつもりはこれっぽっちもないのだから」
「そうかい。なら、その上から目線をやめるんだな。不愉快だ」
「これが僕の素なんでね。こればかりはすまないと思うよ」
「めちゃくちゃムカツクガキだな。しばいてやろうか?」
「おっと、それはやめておいたほうがいい。――――規則、この場において一切の戦闘を禁ずる」
瞬間、御門恭介らを縛る何かが起こった。しかし、目に見える範囲では縛られてはおらず、敢えて言うのなら心を縛られたような感覚だった。
それを感じて、御門恭介は眉を上げた。
「絶対規則、か。確かに、規則も事象だわな」
「そうさ。僕たち異能者は事象を操る。彼、黒崎颯斗もまた然りだ。そして、僕の異能はこんなこともできる。――――規則、この場における中心点たる僕以外の全ての移動を禁ずる」
再び行動を狭められた御門恭介たち。ガーディアンである少女たちも動こうとしたが体がそれを拒否するように身動きがとれないでいた。
「う、動けない……」
「……なるほど。面白い趣向だ。でも、『足りない』ぞ?」
すっと、行動を抑えられているはずの御門恭介が椅子から簡単に立ちあがった。これを見て、少年は驚きを隠せないという顔で、御門恭介を見ている。
王、御門恭介がさきほど眉を上げたのは、心を縛った感覚に、ではない。むしろ、少年がその程度のことしかできないという残念さによる期待はずれの念が強かった。
では、なぜ眉を上げたかだが、理由は至極簡単。御門恭介だけに異能を発動したのではなく、王の『家族』に手を出したことによる怒りで、だ。
「なっ……どうして……?」
「あっ? ああ、これの種明かしか? それはお前が自分で考えろ。……まあ、ヒントくらいはくれてやる。……ルールは破るもんだぜ?」
「……また、その言葉、か。わかりました。要件を伝えましょう、王よ。外務大臣は彼をあなたに一任するそうです。無論、僕を通しての監視は続けるとのことですが。そして、僕をこの学校の第一期生徒会長にしろとのことです」
「なんだ。敬語もできるじゃないか。そう、か。あのガキを俺に一任するか。まあ、あんな規格外の野郎なんて、王レベルがそばにいないと危険だわな。……わかった。監視を続けてくれ。それと、お前をこの学校の生徒会長に任命する。これでいいな? えっと、名前は……」
「高野翔天です。では、僕はここらでお暇します。……異能は解除しますが、僕が安全圏まで行ったらでいいでしょうか」
「心配性だな。誰もお前を襲わせねぇよ。……まあ、なるべく早く解除してやってくれ、でないと――――」
話をしている間に集結していたのか、校長室の大きな窓から見える外に御門恭介の仲間と思しき集団がゆらゆらとその影を揺らしていた。
それを見て、少年、高野翔天も驚いた。何故なら、そこにはこの世に存在してはいけないドラゴンや如何にも人ではない存在たちがいたからだ。
御門恭介はなおも続ける。
「こいつらが俺の命令すら無視してお前を滅ぼしに行きかねないからな」
さらっと恐ろしいことを言う御門恭介は、やはり王様だった。
そそくさと帰っていく高野翔天を後に、一人だけ動ける御門恭介は天井を見上げながら、
「さてっと、これからどうなるのかねー」
ニヤニヤと他人事のようにそんな言葉を吐いたのだった。