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王様の娘が俺の彼女になるそうです。  作者: 七詩のなめ
西の王様が訪問してくるそうです
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全てはここに帰結する

 巨大な狼型の妖怪が無残にも切り刻まれて行くのを壊れかけの高校の屋上から眺めている御門恭介。その目には罪悪感のような視線が込もっていて、まるで化け物の冥福を願うようだった。

 と、そんな御門恭介の元に一人の青年が訪れる。全身に包帯を巻き、白いマントをつけて、包帯の下からでもわかるヘラヘラとした笑いは一層の不気味さを醸し出していた。


「危うく死ぬかと思ったぜ。まあ、もう死んでるんだけどな」

「卍我か。すまないな、全てお前にやらせちまって」

「いやいや。俺もこの世界の行く末を見守る義務があったからな。いや、そうじゃないな。西の王を見守る義務、か」


 卍我と呼ばれた青年がゆっくりと自身に巻いてあった包帯を解いていく。すると、そこには腰に届く長い白髪、整った顔の美青年がいた。

 初代南の王、黒崎卍我がここに降臨したのだ。


「それよりも、この姿で逃げてきちまった。今回の被害者はお前だな、ミイラ取り。それとも、新北の王とでも呼べばいいかな?」


 卍我が問うと、闇の中からすっと音もなく現れた先程まで包帯で身を包んだ青年。青年は静かに頭を下げると、話し出す。


「私の魔術は人に見られるほど強くなります。ですので、今回のようなことは願ったりですよ。注目されれば注目されるほど、私は強くなる」

「面倒な魔術だな。他人を気にしないと扱えないのは、不便じゃないか?」

「いえ……私はこういうものですので」


 そう言って、包帯を外す青年。包帯の下には何の変哲もない、特出すべきもののない普通の青年だった。可も不可もないその顔に、体に、話し方に、違和感などというものは何一つない。一般人の中の一般人。普通の中の普通。例えるなら、そこにいるがいないものとされるモブキャラのような青年だ。

 そんな青年が普通に笑うと、


「私はこういうものですから、見つけられないのですよ。ああやって、自分から見せつけないとね」

「違うだろ? お前の魔術は、本当の自分を隠すためのカモフラージュだ。心の底では親父の暗殺を企んでいたんだからな。末恐ろしい世の中だぜ」

「……まあ、私の父は人々を苦しめすぎた。北の王は横暴が過ぎたのですよ。でも、父は私を殺さなかった。いえ、殺せなかった。父は私を見つけられなかった。一般の中に紛れ込む、この悪意を感じ取ることはできなかった」


 困ったように笑う青年。その笑みは自虐だったのか、それとも――。

 話はそこで打ち切られ、すっと青年は御門恭介の方に向き直る。そして、縄で強引に縛られている一匹の狼を引きずって、御門恭介の前に跪く。


「今回の件、確かに受取らせてもらいました。私の姿を拝借する代わりに、北日本を変えられるだけの力を手渡す。まさか、悪意の塊だとは思いませんでしたけど、これはこれで使い勝手がいいかもしれません。悪意をかき消すには悪意を。人を殺そうとする者には、総じて死を与える。まさに王としての考えですね」

「それがお前の力になることを願うよ。新北の王、中野誠司。いや、ミイラ取り」


 御門恭介がそう言うと、ミイラ取りは立ち上がり、虚空に消えていった。

 その一部始終を見ていた卍我は呆れたように肩を竦めて、仕事を終えた御門恭介に言う。


「本当に良かったのか? あの化け物をあいつに渡しちまって」

「ああ。問題ない。いざとなったら、北日本ごと消せばいい。まっ、それは最終手段だけどな」

「いやはや、南で起きた吸血鬼の根絶。それから生じた濃厚な悪意をこちらに呼び出して、一掃させる。そのためにお前は、火蔵の曾孫を北の王と戦わせたんだろ?」


 そう、ここまでは大きな計画の遂行のための布石だった。火蔵陽陰が火蔵吠舞羅の子孫であり、中にいるのが昔退治した妖怪であること。そして、死に際に吠舞羅が行った調整のための悪意の抽出を知っていたからこその計画だ。

 日本という国では、一度にたくさんのことが起きた。まず、南での吸血鬼の根絶。次に、北の王の目覚め。南の事件はすぐに片付けないくてもいい案件だ。だが、北の王はそうはいかなかった。北の王は横暴を繰り返し、死人を作りすぎた。

 よって、片付ける必要があった。だが、問題を一つ一つ消していくのでは効率が悪く、時間がない。したがって火蔵陽陰を利用した。あいつの中には北の王を倒せるだけの力がある。そして、同時に世界から抽出した悪意がある。未完全だった火蔵陽陰を戦闘に動員し、力の覚醒、そして悪意の目覚めを同時に行って北の案件はクリアした。

 次に南の案件は、実にスムーズだった。吸血鬼の根絶は、その実吸血鬼の体が消えただけだった。つまり意識はそこに有り続けた。しかも、最悪なことに悪意を持って。ここでも火蔵陽陰を利用した。あいつの中に眠っていた悪意が北の王との戦いで目覚め、濃厚な悪意を醸し出していた。

 悪意は悪意を呼び、この東日本に寄ってきた。そこで形を与え、完全にこの世界から切り離させた。

 だが、その化け物は吸血鬼の不死性を持っていたらしく、悪意は消えど、形は残ってしまった。だから、新しく決まった北の王にそいつを渡して悪人たちの根絶に使わせようと企てた。

 昔友と約束したことを成し遂げるために、俺はまたしても火蔵陽陰を利用したのだ。友、河西龍彦は言った、子孫をよろしく頼むと。俺は最後のその言葉を忠実に守るために、西日本とは仲良くしていた。個人的にも好きな場所だったため、仲良くなるのに時間はいらなかった。

 だが、問題があった。西の王は幼い時に父親を殺されたというトラウマを抱えてしまった。消えることのない大きな傷を。それを癒すために御門恭介は杏を長い眠りにつかせた。起きたときには嫌われてしまたが、トラウマの軽減は成功していた。

 あとは、自立をさせるだけだったのだが、西の王となった杏は人を信じるということをしなかった。トラウマが原因だとはわかったが、これ以上どうしようもないと判断したため、火蔵陽陰を利用して、荒療治をさせたのだ。

 戦い、敗北し、杏に火蔵陽陰を意識させる。その上で、卍我に頼んで火蔵陽陰を殺してもらった。信頼していた人が死んで、過去のトラウマを思い出させた状況で、大切な人が甦ればどうなるか。そう、心の拠り所が出来上がるというわけだ。

 全てはこのための布石だ。杏は完全ではないが自立した。友との約束も果たせた。代償は大きかったが。


「さて、曾孫も見たし、友人の願いも叶えた。死んだ身としてはこの世界に居続けたいが、もう時間だな」


 そう言って、卍我の体は半透明になっていく。それを横目で見て、御門恭介は物も言えない顔になる。

 卍我は笑った。しおらしい顔を見せる友人に、そんな顔をするなと励ますように。彼もまた、御門恭介の友人だったのだ。仲間ではなく、友人だったのだ。


「俺はお前の仲間じゃない。そういう顔は、仲間がいなくなった時にしてやれ。俺はお前の、ただの友人だ」

「友にだって、こういう顔はするだろ?」

「はっ。やめてくれよ。男のそんな顔は見たかねぇよ。それに、俺はお前にそんな顔をしてもらうためにこの世界に蘇ったわけじゃない。お前が困っていたから、昔の馴染みで助けただけだ。俺としての目的もあったからな。だから――」

「わかってる。お前がそう言う奴だってことは。俺と対等であろうとして、仲間であることを拒んだ、お前だからな」

「ふん。侮っちゃいけねえ。俺はただ、誰の下にも付きたくなかっただけさ」


 嘘だ。卍我はこの期に及んでも嘘を付いた。それに気がついた御門恭介は、苦笑いを見せた。卍我の異能は黒崎颯斗と酷似している。その性格が似ているからかもしれないが、黒崎卍我もまた、嘘で世界を救った英雄だ。

 異能とは、『異世界の能力』のことを指す。卍我は異世界から、事象を操る能力をこの世界にばら撒いた。その理由は、子孫を残すため、そして大切な人達を守るために。何よりも、この素晴らしい世界を守るために。

 ならばこそ、黒崎卍我はどうしてそれらを守るためにこの世界に来たのか。その実目的などなかった。この世界にたまたま現れて、御門恭介に出会っただけだ。しかし、それが卍我が世界を守ろうと、友人を助けようとした理由でもあった。

 この世界は、一人の少年が神と出会い三種の神器を手に入れて、多くの仲間と共に世界を守っていくストーリーだった。だが、少年はそれを拒んだ。守るためではなく、救うために。世界のためではなく、仲間のために。その主人公という肩書きを捨ててまで、自身を磨り減らしてまで仲間を救おうとした姿が、卍我をそうさせたのだ。その少年こそが、御門恭介であり、東の王、または日本国国王、絶対の権力者である。


「もう、逝くのか?」

「ああ。言ったろ? 時間だ」


 卍我の体は既に見えにくくなるほどに透明になっていた。御門恭介はもう、卍我の方を見ない。その顔を卍我に見せたくなかったのだ。しわくちゃに歪んだ、その涙だらけの顔を。

 卍我も、見えてはいないがそうだと分かっていた。仲間思いの御門恭介が大切な友人との別れの前にどんな顔をするかなど分かっていた。わかるほど、長い付き合いをしていた。共に戦い、共に笑い、共にぶつかったあの頃を、彼らは未だに覚えている。


「長かった。この世界に落ち着くまで、長い長い戦いの連続だった。裏切られたことも多かったけど、最後はこの世界に来れて良かった。なあ、友よ。最後に、そのしわくちゃな顔を見せてくれよ。今生の別れだぜ?」


 若干、卍我の言葉にも濁りができる。その濁りが別れの悲しみからなのか、新たな世界への旅たちからなのかわからない。だが、少なくともこの現状をヘラヘラと笑ったものではなかった。

 御門恭介はその言葉の通りに、振り返る。だが、その目にはもう涙はない。必死にこらえた痕がその根性を馬鹿にするように真っ赤に存在するが、それすらも親友同士の間では微々たる変化でしかなかった。


「卍我……!」

「止せよ。今生の別れだって言っただろ? 俺は死ぬ、お前は生き残る。それがどれだけ残酷なことなのか、十分わかっている。お前が、どれだけ別れを嫌っているのかも、な。だから――――」



――――また会おう。輪廻の先、未来の彼方で。また――――



 その言葉を最後に、卍我は消えていった。虚空の中にまるで一瞬の嘘のように無くなっていった。それを見届けた御門恭介は、小さく首を縦に振った。そして、



――――また会おう。そう遠くない。そう、未来で――――



 虚空に向かって、そう呟いた。

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