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王様の娘が俺の彼女になるそうです。  作者: 七詩のなめ
西の王様が訪問してくるそうです
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もうひとつの影

 また、目を開けると俺は真っ暗な世界にいた。一日にどれだけこの世界に目覚めればいいのだろうかと本気で思ってしまったが、今回はなぜか様子がおかしい。鬼狼(フェンリル)のときのように温かみがない。感じるのは全てを凍てつかせる冷たくて鋭い殺意や悪意と言った負の感情。

 そんな嫌な感じが俺を包み込むようにうねりながらこちらにやってくる。バッと、俺が真っ暗な世界でバックジャンプすると、そこには鬼狼ソックリな一匹の黒い狼がいた。


「……お前は?」

『やあ、君をここに呼んだのは僕さ。ああ、自己紹介がまだだったね。どうも、僕は元世界に満ちていた負の感情さ。だから、今はこの形を拝借している』

「元世界に満ちていた負の感情? どういうことだよ?」


 一匹の黒い狼は軽快な歩みでスタスタと俺の周りを一周しながら楽しそうに話す。


『言葉のままさ。僕はこの世界に満ちていた負の感情そのもの。だから、僕にはこれといった形が存在しない。君の記憶から最も印象の大きかったものの形を借りているのさ。さて、君の質問の詳細な解説に入ろうか。まず、君は火蔵吠舞羅という人物を知らなくてはいけない』


 そう言って、黒い狼は俺の正面に立って、今度は黒い服を来た青年に姿を変える。そして、体の動きを確認してから黒服の青年はどこからともなく椅子を作り出して座った。


『いや、すまない。目覚めて二週間と経っていないからね、どうも体というものがうまく動作しないんだ。まあ、ここは精神世界だから支障はないのだね。おっと、それどころではなかったね。火蔵吠舞羅、この名前に聞き覚えがあるはずだ。そう、君の曾お祖父様さ』


 黒服の青年が語る名前は確かに知っている。俺の祖先だということも。そして、優れた魔術師であったということも。鬼狼を封印したという偉業を成したことも。

 だが、世界の負の感情が関与する事件など聞いたことがない。

 俺の表情が面白かったのか、ニヤニヤと黒服の青年は笑いながら話の続きを言う。


『火蔵吠舞羅。数多くの偉業を成したのにも関わらず、歴史に名を残そうとしなかったある意味では本物の英雄。彼の最後を、君は知らないね。彼は、自身の最後の瞬間にすべての魔力を使ってその時に世界にあったすべての負の感情を身に降ろした。そして、息を引き取った。この意味がわかるかい?』


 理解が追いつかないのだが、とりあえず初代が何かしらの儀式的なことをしたのはわかった。


『ふむ。分かっていないようだが話を続けるよ。その負の感情は彼の肉体とともに修祓された。もちろん、彼の中に封印されていた鬼狼もね。だが、この世界には輪廻転生という理念が存在した。理念というのは怖くてね、一人でもそれに気が付けばそれは事象になってしまう。ほら、よく言うだろう? 考えたことは全て形になるって言葉を。それと同じさ』


 ……えっと。初代が死んで、鬼狼もコイツも修祓された。うーん。で?


『じゃあ、今、君の中にいる鬼狼は何なのか。そう、百年も前に封印され、修祓された妖怪そのままさ。記憶も形も何もかもがあの時のまま、これが本当の輪廻転生さ。じゃあ、世界の負の感情のほうはどうなったか。記憶はなくしたが、こうして一緒に復活しているというわけさ』


 そう、黒服の青年はしたり顔でこちらを見る。

 あー、なんとなくわかった。初代が何らかの理由で世界から負の感情を消し去ろうと試みた。そしてそれは完遂された。でも、鬼狼と一緒に俺の中に復活してしまった。きっと、こんな感じだろう。

 それって、とってもやばいんじゃないのか!?

 今更になって俺は今の現状を省みた。真っ暗な世界。見えるのは自身を世界の負の感情と豪語する青年。俺はというと意識を未だ復活できず、こうして精神世界に捉えられている。

 これから面倒な事が起きる。そんな考えをしていると、青年が手を振って俺の考えを否定するように首も振った。


『言ったろう? 僕にはかつての記憶はない。元々なかったのかもしれないが、昔にはなかった意識というものがある。感情という摩訶不思議なものさえ存在する。君がお爺さんと戦った時に生じた濃厚な殺意を受けて僕は蘇ったが、かつてのように何かを殺したり壊したりしたいというものはほとんどない。かと言って、ないということはないのだがね。僕はどこまで行っても負の感情さ。感情や意思を持ったところで、それだけは変わらない』


 遠まわしで何を言いたいのか分からないが、コイツは決定的な何かを要求するつもりでいるのは確かだ。コイツの目は、小汚いことを考えるやつの目に似ている。

 俺が警戒していると、肩をすくめて青年は立ち上がる。そして、スタスタと再び俺の周りを歩き出した。


『それにしても、彼女……御門楓、と言ったかな? あの子は素晴らしい目を持っている。まさか、鬼狼の封印と表して僕を封印したんだらね。頑丈ではない檻、通り抜けることは容易いが、逃げ出すことはできない。君という器の中に完全に閉じ込められた。彼女は危険視したほうがいい。外敵と判断すれば、君を躊躇なく殺すだろう』

「世界の負の感情が言うと説得力があるな……。でも安心しろよ。俺も、あいつの外敵にはなるつもりはない。もしも、俺があいつの外敵になるなら、お前に操られたか、自殺したくなった時だけだ」

『それはよかった。僕としてもまだ消えたくない。久々の現世だからね。よく観察したいと思っていたのさ。そして、あの時、彼が守ったものはなんだったのかを見てみたいだけさ』


 意思を持った殺意は、むやみに人を殺さない。それでは矛盾ではないか。でも、こいつにはこいつなりの何かが存在するわけで、俺はこれ以上のことを聞くことができなかった。

 コイツは危険だ。世界の負の感情。コイツだけは、危険なんだ。すまし顔で全てを見透かしたように見てくる真っ黒な瞳には吸い込まれそうになる引力を持っている。人を飲み込めるだけの何かが、こいつにはあるんだ。普通の感覚の俺でも感じ取れるのだから、コイツは相当の殺意を向けているはずだ。

 一歩下がると、黒服の青年はニコッと笑い、自分の後ろを指さした。


『出口はあっちだよ。そろそろ目覚めたほうがいい。彼女が勘付いた』

「楓が? そりゃ、怖いこったな」

『悠長なことを言っていられるのかい? 君が死んだと勘付いたんだよ? どうなるか、わかるだろ?』


 それを早く言え!!

 どうやら、俺は魔力を全て使い切った結果、体を回復させていた自然回復が止まったらしい。そのせいで傷は回復せず、そのまま血を流しているみたいだ。

 こうしてはいられない。キレた楓が何をするかわかったものではない。急いで、俺は黒服の青年の背後から外に出ようと足を進める。しかし、俺は途中で足を止め、振り返った。


「なあ。お前、名前はなんて言うんだ?」

『名前? ……そうだね。考えたこともなかったが、マイナス。うん。それがいい。今度からはマイナスと呼んでくれ。ああ、それと。僕は戦いが大好きでね。理由は言わなくてもわかるだろうが、死人がたくさん出るからさ。っと、そうではない。火蔵陽陰君。戦いが起きた時には、《また》力を貸してあげよう。濃厚な殺意を、君に』


 引きつった笑みを見せて、俺は現実に帰った。

 現実世界で目を覚ますと、俺に抱きついて泣き出している楓が目に入った。動きにくい体を必死に動かして、俺は楓の頭に手を置いた。

 そして、


「ただいま」

「……うん。おかえり、陽陰君」


 戦いの終わった戦場で、俺と楓は再会の挨拶を交わしたのであった。

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