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王様の娘が俺の彼女になるそうです。  作者: 七詩のなめ
西の王様が訪問してくるそうです
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前に進むために

 俺と楓、颯斗に河西杏、くれないの狼に鬼狼の四人と二匹は街の中に出ていった狼型の化け物を半壊している高校から眺めて、各々のため息を吐く。

 先ほど、あの化け物についての楓の意見を聞き、俺と颯斗、河西杏は少しばかりの心当たりを感じて視線を逸らして事実を受け止める。

 楓の仮説では、あの化け物は何かしらの怨念に強力な力が負荷として掛かり、濃密な力と恨みの塊となって現世に召喚されたものらしい。そして、颯斗はその怨念とやらに身に覚えが大アリらしく、俺と河西杏も強力な力に大いに身に覚えがあった。

 曰く。颯斗は自分のいた島で、最後に絶滅危惧種の吸血鬼を根絶やしにしたらしい。そして、魂を消したのではなく、器を消したのだと言うあたり、やはり、あの破壊の限りを尽くす化け物の核はこいつの消し去った吸血鬼たちの怨念なのだろう。そして、それらをまとめて形作ったのは俺の暴走した力と、世界を壊そうと力を開放した河西杏に違いない。

 まずいことになった。どうやら俺たちは世界を壊す化け物を知らぬ間に作り上げたらしい。昔の俺ならば切り捨てる事件だろうが、それは叶わない。なぜなら、俺には守るものができてしまったから。

 あの化け物を倒すという考えはほかのみんなも同じだったらしい。颯斗はめんどくさそうに頭を掻いて、仕方ないとため息をついて立ち上がる。杏は戦闘の直後で立ち上がることはできなかったが、その代わりに紅の狼『フェンリル』が唸りをあげる。楓も笑顔であの化け物と対峙し、俺はというと……。

 やっぱり、戦わなくちゃいけないんだろうな。

 非常に嫌がっていた。だって、そうだろう? 誰が好き好んで面倒を引き受ける? 自ら危険に身を投じる? それは愚者のやり方だ。俺はもっとまともに生きる……はずだったのだが。

 俺は横目で楓を見る。楓は既に戦闘に行く準備を整えている。魔力がそこを尽きかけているというのに、だ。楓は自身のことをあまり人には言わない。特にマイナスイメージは俺にだけは絶対に言わないのだ。どこか怪我をしたとか、具合が悪いとか、そういうのは絶対に。だから、俺はそういうのに敏感になっていた。楓が何かを一人で抱えていないかを捉えるのに、慣れていたのだ。

 だから俺は気がついた。楓が、心の底ではしんどいことを。心身が疲労しているということを。

 理由はすぐにわかった。杏の執事、あの素早い執事との戦闘の影響だろう。どうやら、激しい戦闘だったらしく、かなり疲労しているらしい。

 そんな楓が戦いに行く。場合によっては死に至る戦場に。それを黙って見ていられるほど、俺も男が荒んじゃいない。仕方なく立ち上がる俺。

 一応、杏も安全な場所に連れて行かせるために手を差し伸べて立ち上がらせたが、未だに計画という計画は成り立っていない。ぶっつけ本番は怖いが、仕方ないだろう。


「ここなら安全だと思う。でも、一応警戒はしていてくれ」

「ええ、わかったわ。……ねえ、陽陰」

「な、なんだよ……」


 なぜか、怪盗との戦闘後、杏が俺のことを友達と言ったり、下の名前を呼び捨てにしたりとフレンドリーに接してくるのだが。慣れていない俺からすればそれは一回一回心臓に悪いのだ。

 詰まりながらも聞き返すと、杏は少しこわばった笑顔で、


「必ず、帰ってきてね?」

「……それはできれば聞きたくなかったな。死亡フラグって言うんだぜ?」

「そんなのどうでもいいわ。どうせあなたのことなのだから、どんな旗だろうとへし折るのでしょう?」

「まあ、俺はそんなに強くないけどな。旗は、へし折ってみせるさ。なにせ、俺は主人公らしいからな。理不尽だろうとなんだろうと、俺が認めないものは、喰い散らかしてやるさ」


 冗談で言ってみると、杏は可愛らしい笑顔で笑い、そして今度こそ晴れやかな笑顔で、


「――――好きよ。私、あなたのことが好きになったみたいなの」


 聞きたくなかった言葉を聞いてしまった。

 うーん。どうしよう。これがモテ期ってやつなのかな? でも、俺には彼女が……で、でも、こっちも断ると後がどうなるかわからないぞ? ど、どうすればいいのかな?

 非常に困る告白に、俺は目が回りそうになった。だが、それはお預けのように杏は俺の口元に人差し指を押し当てた。


「大丈夫よ。あなたは楓のものだものね。私は二番手で十分だわ。だから、まずはあの化け物を倒してきなさい」

「それは、命令か? それとも――」

「馬鹿ね。私は王よ? 倒せというのは命令ではないわ、厳命よ。これからするのが、命令。誰一人死人を出さないで。もちろん、守るために死んでしまうのもアウトよ。破ったら、この世界を壊しちゃうから」


 何とも怖い命令である。

 うっし。とりあえずパパッと片付けますか。でないと、この王様が世界を壊すと言ってきたんでね!

 立ち上がると、俺は楓と颯斗、二匹の狼の元に向かった。みんな戦闘の準備は出来ているようだ。あとは作戦なのだが、残念ながらそんなものは存在しない。行き当たりばったりにならなければ何よりで、怪我をするのは必須だろうな。それでも戦わなくちゃいけないんだろうない理由があった。

 一人はこの世界でまだまだやらなくちゃいけないことがあるから。

 一人はこの世界で大切だと思える人たちを作ってしまったから。

 一人はこの世界に希望という光を見つけてしまったから。

 一人はこの世界に初めて絆という繋がりを感じてしまったから。

 全員の理由は違う。しかし目的は同じ。同じ敵を相手にして、同じ目標に向かって走る。それ即ち仲間である。仲間は足し算で強くなるのではない。掛け算とも違う。数学では表すことのできない、まるで質量を無視できる化学変化のように未知数である。

 かつて、鬼狼(フェンリル)と呼ばれる化け物を相手にした四人の英雄。東の王に初代南の王、初代西の王に火蔵家初代当主たちのように限りなくゼロに近い確率の中で戦った勇者のように。今ここに、その勇者たちの血を引き継ぎし若き英雄が新たな危機の前に立ちふさがった。


「あー、なんだ。あいつは俺のせいで出てきちまったらしい。すまんな」

「気にするな。あいつの核は俺の消し忘れが原因で出来上がったんだ。お前にも非はあるが、俺にだって非があるさ」

「私は直接関係はないけど、東日本を破壊した罰は与えないといけないよね。何より、私が許せそうにない」


 三人とも心は決まっているらしい。颯斗はいつでも異能が使えるらしく、平然としている。楓も戦闘になるのを感じて表情は静かに、目は静寂の青い炎が点っている。どうやら二人共本気を出すつもりらしい。

 俺も本気を出したいと思うが、未だにこの化け物の扱いからに無駄がある。今回も戦えないだろうと思っていると、


『仕方ないから、俺様がお前の力の制御をしてやる。どれ、まずは俺様を纏ってみろ』


 そう言って、鬼狼が俺の背中に登る。三メートルの巨体が、だ。

 流石に潰れそうになったが、そのおかげで無理やり纏わすことができた。


 纏うとは、普通従えている妖怪や式神を服や防具、武器などに変形させることだ。これは上級魔術師ですら苦戦することなのだが、一度でも纏うことができれば身体能力はもちろん、魔力も強化され、纏った妖怪や式神の力を反映させることも可能になる。この場合鬼狼が俺の従える妖怪ということになる。そして、鬼狼の能力は鬼の力と狼の俊敏さ。最後に奪取というのがあった。今まで知らなかったが、鬼狼は相手の魔術や妖術をパクることが可能ならしい。それを使って、先ほど紅の狼から朽炎をパクったところだ。


 纏いに成功した俺の姿はいつも無駄に能力を使っていた時のように獣の姿ではなく、狼の毛皮のロングコート。黒の生地に鬼狼の真っ白な毛皮のロングコートを着こなし、頭には小さな鬼の角が生やして俺は身なりを見る。

 うん。痛い。すごい痛いぞこれ。でも、いつも以上に力が出ているのは明らかだ。いつも以上に体が軽い。疲れもない。自然体って感じだ。

 これで、俺も戦える。みんなと同じ土俵に立てる。

 準備は出来た。あとはあの化け物を退治するだけだ。俺はコートを靡かせながらみんなの元に向かい、


「さあ、行こうか」


 堂々と一歩、前に歩き出した。

まだまだ戦闘が続きそう……もう少しお付き合いください。

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