英傑の演舞
『過去能力』おかげで全身にはパパの昔の力である最強の人間と呼ばれた主人公の如く体中に縛り付けるように力が充満している。そのせいでうまく体が動かないし、魔術で複製したせいで大分魔力を消費した。普通の魔術師ならここら辺で撤退、もしくは休戦を申し込むのだが、相手が休戦を受けるわけがなく、また自分も突き通さなければならないものがあるので退くことは断じて許されない。
残りの魔力だと、長く戦えなさそうだなー。早く終わらせたいけど、相手も本気を出すみたいだし、これは私の嫌いな持久戦かな?
持久力に定評のある私でも、個人的には持久戦よりも短期決戦が好きなのだ。なにより、持久戦よりもわかりやすくていい。だが、相手は強敵、私も退くことはできない。つまり、長丁場になることはわかりきっていた。
「困りましたね。その力は、見る限りでは王クラスのようです。私は本気を出したくはなかったのですが、仕方ないというものでしょう。――――最後に聞きます。ここで退いてくれる気はないのですね?」
「そう言う執事さんは本当に余裕だね。だから、最後に言ってあげる。――――絶対にイヤ!」
決裂。それは同時に戦闘開始のホイッスルとなる。
瞬時にして目の前から執事さんが消え、私の体を固く握られた拳が突き刺さる。視界に捉えきれないほどの速さ。これは魔術ではない。ならば、これこそが執事さんの異能。時間という事象に介入して、早くしたり遅くしたりしているのだろう。だから、目では捉えきれない速さになって、私を攻撃できた。
……流石にあの攻撃を何回も食らえない。最後の魔力をつぎ込んで、右目で執事さんの力を解析するしかない。
私は、そっと右目に触れて、ありったけの魔力を注ぎ込む。すると、私の右目は魔力に相じた能力を見せる。まずは相手の力を見極める『真実眼』。余った魔力で少し先の未来を見せてくれた『未来眼』二つの能力でつぎ込んだ魔力は消えたらしく右目は再び見えなくなる。しかし、解析出来た力と次の攻撃を先読みできたおかげで私は二撃目を避けることができた。
攻撃を避けられた執事さんは冷め切った目で私を睨んで少し間を取る。そして、
「おかしい。あなたは先ほどの攻撃で沈んでいたはず……?」
「えへへっ。未来はいつだって変化するんだよ。あなたの魔術で見た未来は簡単に変えられるものだったね」
「……解析されましたか。これが東の王の娘の魔術、いや能力と言うべきですか。それにしても、本当に困った。先読みの魔術『逆算』を破られた挙句、どうやら私の異能『誤時間』も知られてしまったらしい。いやはや、流石にここまで調べ上げられたからには、あなたに手加減をする必要性はなくなった。死んでもらいますよ、東の王の娘さん」
残っている魔力は極微量。今立っていられるのが不思議なほど倦怠感が激しい。今すぐ陽陰君と一緒にベッドで横になりたい気分だ。でも、それは全てが終わった後だ。どうしても、目の前の執事さんをここで倒さないといけない。執事さんの力は危険だ。少なくとも西の王と対峙している陽陰君が西の王と同時に戦える相手ではない。
ここは、本格的に潰さなくてはいけないらしい。再びそっと右目に触れる。そして、何かを諦めるうように頭を振ると息を吐いた。
ギュッと握られた私の小さな手。何も掴めるはずのない小さく、弱々しい手を見て、私は自虐に少しだけ微笑んだ。彼と出会って、自虐をしなくなった。彼と出会って、戦い以外の幸せを見つけた。彼がいたからこそ、私は今、誰かのために戦える。
ならば、私は彼が大切だと思っている人たちを守るために闘おう。勝利しか望まれないのなら、私は喜んで勝利しよう。
そのために、私は主人公の力を使わせてもらうよ。
「全身に回る力を制御下において……」
「? 何を戯言を……」
「その上で、力を完全に体に馴染ませる……そうだよね、パパ」
私が生まれて十年が過ぎた頃、私はパパから戦闘の某を学んだ。まず、全身に回る溢れ出る力を制御下において、その上で体に馴染ませる。そうすることで無駄にしている力を百パーセント効率よく扱うことができる。
魔術師である私にとって近接格闘は縁のない代物だったが、いつか必要になる日が来ると言うパパの言い分通り私はこの方法をマスターした。
それが今、役に立っている。全身に回る力は私の体に無駄なく浸透し、既に筋肉の細かな動きにすら思うがままに力を送り込むことができる。
「とうとう頭がイカレましたか。さっさと終わらせましょう。敬意を評して、私の最高の技『誤差未来』であなたを殺してあげますよ」
執事さんは全身の魔力を全てつぎ込んで先読みの魔術を使い、同時に時間に介入するという異能を使って移動してくる。
私はここぞと言わんばかりに余っていた魔力をカラになるまで送り込んで右目に力を込める。そうして、私の右目が執事さんの能力を解析したことにより発現させた全ての現象をスローで見るという使い道のない能力を使用する。すると、光の速さよりも早くなっていた執事さんがはっきりと目に映る。ゆっくりとこちらに歩いてきて、私の息の根を止めようと迫ってくる。
私は、ニヤリと笑って、腕を引く。そして、私を捉えた執事さんが勝利を確信した顔面へとパパの能力で最高にまで強化された拳が一瞬で百発ほど突き刺さる。
「がっ……」
短い悲鳴と共に、執事さんは吹き飛んで行く。脳震盪で収まればいいほうだが、最悪記憶がかなり飛んでしまっているかもしれない。当然、それほどのダメージで立ち上がれる人間は存在しない。
よって、私の勝利だ。まあ、私の足が生まれたての子鹿みたいに震えているが。
「つ、疲れたぁ~」
ペタンと床に座り込んで、私は勝利の余韻に浸る。
そういえば、彼はどうなっただろう? もう、勝負はついてしまったのだろうか? それとも苦戦しているのだろうか?
どっちにしても、勝ってもらわなくちゃ割に合わないよ。でも、陽陰君が負けるはずがないんだけどね。陽陰君は私が認めた最強の人間なんだから。
ふふっと私は口に出して笑ってしまった。誰もいなかったから良かったが、誰かにこの笑顔を見られるのは少し忍びない。なぜなら、この笑顔は大好きな陽陰君にも見せたことのない笑顔だから。
そうだ。帰ったら何か食べさせてもらおう。陽陰君ケーキとか買ってくれるかな? シュークリームも美味しいんだよね。へへっ、迷っちゃうなー。
もう、終わった後の話を考えていると、事態は急を要していたことに気がついた。
ところどころ割れたりヒビが入っている窓から見えたそれは、狼の頭に角を生やした白銀の毛並みをしている巨大な妖怪。そして、そいつは確実に陽陰君の中に封印されていたものと合致していた。
封印された化け物が現世に召喚されるとき、それは封印を完全に解いた時か、封印物が破壊されたかのどちらかだけ。この場合、陽陰君が壊れた。つまり、死んだ可能性が高いことを指していた。
「嘘……でしょ?」
私は、固まった視線に言葉にならない感情が沸き立って溢れそうになるのを我慢する。プルプルと震える手、口からはそれ以上の言葉は出ず、その代わりに全てを流そうとする涙がボロボロと床を濡らしていった。
この時、火蔵陽陰は死亡した。そして同時に、私という一人格に亀裂が入った。
火蔵陽陰視点はあと二話後? もう少しだけ伏線をお楽しみください。




