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王様の娘が俺の彼女になるそうです。  作者: 七詩のなめ
西の王様が訪問してくるそうです
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狂乱の王

 初めに断っておく。俺が通っている桜坂高校は普通ではない。わかりきっているからいいと思うかもしれないが、もう少しだけ聞いてくれ。

 普通の高校では、決して二階の窓ガラスを割って侵入してくる人物は現れない。決して人並み以上の苦労はしない。決して誰も悲しむようなことはない。

 だが、桜坂高校のように普通でなかったら。もしも、普通でない高校ならば、先に言ったような事は起こるのだ。誰かが二階の窓ガラスを割って侵入してくるし、人並み以上どころか人一倍にも人二倍にも苦労する。そして、たとえ何があろうと、誰かが悲しむのだ。

 こういう高校に入ってしまったためだろう。目の前で四つに分かれた日本の四人の王様の一人が激情に駆られて息を荒くしながら殺意たっぷりの視線を撒き散らかすようなシチュエーションが出来上がるのは。

 こういったハプニングは随分と前に慣れた。というよりも、死んだ北の王のあの戦闘狂さには欠けるものがあるが、さすがは王というものだろうか、たとえ恐怖にしか感じない戦闘狂さとはまた違った香りを放っている。そして、その香りの名前を知らないがゆえに恐怖を感じさせる。

 ゴクリと、俺は抱きかかえている楓を庇うように強く掴んで、西の王に恐怖の視線を送る。

 俺に気がついたのか、西の王、河西杏は、おやっ? という表情を見せて俺に近づいてくる。


「あなた……昨日のお節介さんね? 楓は……寝ているのね。まあいいわ。今日はあなたに興味はないの。居場所を知っているのなら、叔父様……東の王の居場所を教えなさい」

「言われて……不法侵入者に教えると思うのか?」


 再び生唾を飲む。王に対してこの口ぶりは無礼極まりない。そんなことはわかっている。だが、あと少し避けるのに遅れていたら怪我をしていた身だ、そのくらいの無礼は見逃して欲しいと思うのだが、どうやらそうもいかないらしい。

 河西杏はキッと俺を睨みつけ、足で俺を頭をまるでサッカーボールでも蹴るかのように蹴り飛ばした。


「くっ……!」

「癇に障ることを言うのね。私を誰だと思っているのかしら? 少なくとも、あなたみたいな下種(ゲス)が対等に話をしていい人ではないのよ?」


 ひと蹴り受けただけなのに意識が完全に吹き飛びそうになった。毎日、東の王の建物を簡単に数十軒崩壊させるパンチを食らっている俺の頑丈な体でもだ。

 一体、柔らかそうなあの体のどこからこれほどまでの力が出るのだろうか。不思議に思うが、それを解明する時間はない。対話すらできないのだから解決の道は残されていないだろう。

 なんとか、意識を保ちつつ、俺は寝ている楓を静かに床に寝かせる。すると、クラスメイトの女子が静かに楓を受け継ぎ、奥に引っ込めていく。俺はそれを見やってから、立ち上がる。俺ごときが王様に敵うなんて高をくくるいるわけではない。ただ、ここにはクラスメイトが大勢いる。その中には非戦闘員もいるんだ。逃がす時間くらいなら、俺にだって稼げるだろう。

 立ち上がると、ふぅ、と息を吐いて、俺は能力を少し解放するために目を瞑る。そして、左目を開き、視界が若干赤くなるのを無視して、体に這い回る鬼の力を制御する。

 頭に生えた鬼の角。体は少し筋肉が付いて膨らみ、体中から赤い煙が沸き立つ。俺の中に眠る化け物の力のもう半分の能力。鬼の能力だ。これは、入学式の時に魔法を殴った時に使ったものと同じで、全身に這い回るような力を自在に扱うことができる。その代償は、狼の力よりも勘が鈍り、疲れが早いということだ。

 時間はほとんどない。俺が力尽きる前にみんなを逃がすことが今回の目標だ。さて、行こうか。


「あなた、私と対峙しようと言うの? なら、考え直したほうがいいわ。あなたでは、私は倒せない。それどころか、一方的に殺されるわよ?」

「殺されるのは勘弁だな。俺はまだ死ねない」


 構える。戦闘の開始だ。後ろで、クラスメイト達は逃げていく。俺はみんなが逃げるまで時間稼ぎをすればいい。ただそれだけのことだと思っていた。だが、想像と現実は大分違うもので、思っていたことよりも、王様というものは強かった。

 河西杏も構えたかと思うと、視界から消えた。次の瞬間には俺は宙を舞っていた。


「かっ……」


 早すぎる。本当にあの体はどうなっているんだ? あの速さで、この威力。馬鹿げてやがるよ……。

 天井を見上げている俺の目は、河西杏を見ずともアッパーを食らったのだと勘付いた。見えたわけではないが、ダメージの範囲を考えるに拳がぴったりだ。つまり、俺は早さと力、両方劣っていることになる。

 参ったな。これは……勝てそうにない。

 ドンッと床に背中を打ち付け、頭も揺さぶられたことにより軽い脳震盪を起こし始めた。思考が止まりそうになる。だが、最後に自身が下した命令が体を動かす。

 みんなを逃がす。生きて楓を迎えに行く。

 その命令は、どんなものにも変えられぬ鎖となる。頑丈にして破れず、忘却にして朽ちることのない生命本能とも呼べる命令は、いらないものまで引っ張り出してくる。


『押されているようじゃないか、少年』


 外からではなく、内からの声。これは、化け物の声だ。


『生きる。生きる。生きる。お前の体は俺様の力を必要としているようだぞ?』


 違う。お前の力なんて必要じゃない。


『憎いだろう? 痛いだろう? もう嫌だろう? さあ、あの女を殺せ。そうすれば全て終わる』


 それじゃダメだ。ダメなんだ。あいつは、河西杏は何も間違ったことをしていない。ただ、激情に駆られているだけだ。怪盗ミイラ取りとか言う奴が奪った大切なものを取り戻したいだけなんだ。

 だから、お前の力なんて必要じゃない。


『ふん。まあ、いずれ必要になるさ。その時まで、俺様は眠るか』


 化け物は河西杏を殺すことを諦め、眠りに着いた。危うく、俺まで激情に駆られて人殺しをするところだった。やっぱり、この力は使いすぎれば身を滅ぼすものらしい。

 自らの力を再確認してから、俺は上半身を起こす。未だに頭はクラクラするが、クラスメイトたちが逃げ切った今、俺がここに居座る必要はない。


「へ、へへっ。俺の仕事はおしまいだ。逃げさせてもらうぜ?」

「啖呵を切っておいて、逃がすと思うの?」

「だから、逃げるのさ。お前が追いかけなきゃ、俺は逃げる必要性がない」


 強がってみるが、体は先ほどのダメージと能力開放でボロボロの一歩手前だ。手足はうまく動かない。逃げるには心もとない体だが、逃げなければ俺が死ぬ。

 俺が死ねば、楓がキレる。キレた楓は河西杏と喧嘩をするだろう。そうすれば東日本は確実に沈む。もしも楓が勝てば、いつの日か言われたゾンビにしてカップルごっことやらをすると言われたように、もれなく俺の人生が楓のおもちゃに変化する。

 それだけは嫌だ! 楓のおもちゃとか、何されるかわかったもんじゃない! そんな人生と呼べるかわからないものは嫌だ!

 俺の生存本能は楓におもちゃにされるという恐怖から来ていた。


「そう。でも残念だったわね。私も、本気を出すことにするわ」

「……え?」


 河西杏がそう言うと、拳に力を込める。すると、河西杏の手に紅の炎が沸き立つ。人の手に炎が灯った。それは現実ではありえないことなのだが、どうやらそれが河西杏を王たらしめている原因らしい。そして、あの炎こそ、初代西の王から受け継いでいる能力みたいだ。

 あれの情報は少ない。なぜなら、能力を見たものは確実に生き残っていないから。だから、情報を残すことができていないのだ。そもそも、ただの腕力だけでいろいろ破壊できる西の王に今更どんな能力が付いたところで強さにあまり変化はない。よって、俺が勝てない確率が上がっただけである。


「いや、ちょっと、そういうのはいいかな……」

「もう遅いわ」


 再び視界から消える。どこから来る? 下か? 上か? 横なのか?

 勘が鈍くなっている今では、視界に捉えなければ避けることはできない。だが、河西杏の速さは尋常ではない。そして、今の河西杏には付与効果がある。何が起こるかなどわからない。

 色々な危険分子があったためだろう。勘が鈍くなっている今の状態でも、勘が働いた。そして、その勘は俺の髪の毛数本と引き換えに命を救った。


「よく躱したわね」

「髪の毛が……粉々になった、だと?」


 少し触れただけ。それだけなはずなのに、俺の髪の毛数本がまるで風化するように粉々になった。

 これが、あの炎の能力。そんな暴力をあの速さで放ってくるとか、どんなチートだよ。これは本格的に能力を解放するのを考えたほうがいいかな?

 思うが、行動に移せない。体が、とうとう悲鳴をあげたのだ。膝をつき、心臓を縛り付けるような痛みが襲う。リミットだ。これ以上は、俺の体が持たない。


「さあ、終わりよ」


 静かに告げられる言葉。目の前には河西杏が冷たい目で見つめてくる。


「冗談きついぜ、おい」


 荒い息の中、俺は未だに模索する。この状況の打開策はないか、どこをどうすれば俺の命は長らえる? 考えろ。考えるんだ。そして、願え。チャンスを!


「はい。喧嘩はそこまでです。終わりですよ、杏ちゃん」

「そーそー。喧嘩は良くないと思うんだよねー」

「慌ててきてみれば。杏、アンタね、仕事の邪魔なのよ」

「できれば、収まってほしいな。殺したくは、ないからさ」

「少しは落ち着きなさい、杏」


 教師五人、真理亜先生、薫先生、クロエ先生、綺羅先生、春先生に武器を押し付けられ、河西杏は動きを停止させた。

 生徒が逃げていくのを見て、変に思った教師陣が様子を見に来てくれたらしい。もしくは状況を聞かされたからだろう。どちらにせよ、助かった。

 俺は安堵の息を吐いて胸を撫で下ろすと、状況は悪化の傾向を見せた。河西杏が、完全にブチギレた。


「ふざけないで。叔母様まで……家族だと思ってたのに……嫌い。叔父様も、叔母様も、嫌い嫌い、大っ嫌いよ! みんな消えてしまえばいいんだわ!!」


 悲しみの叫び。それが、河西杏を新たなステップに進ませた。

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