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王様の娘が俺の彼女になるそうです。  作者: 七詩のなめ
西の王様が訪問してくるそうです
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中立地帯

伏線だらけ……というわけではない

 西の王は執事の塚原に連れられ東の王の家に来ていた。もちろん、アポはとってあるし、そもそも仮の保護者、監督係の東の王のもとへ出向くのは西の王の責務でもあった。

 五十年前、西の王は当時五歳。今は二十歳。どう考えても時間の経過がおかしいことになっている。それは東の王は掛けた静止の呪いのせいである。

 静止の呪いとは、対象を長い長い眠りに落とし、体や意識を静止させるものである。それにより、西の王は十五年前まで眠っていたのだ。父親が死んだという事実に耐えかねた精神が自壊する前に、それに耐えられるだけの精神を養うために。事実、現西の王は父親の死を乗り越えている。ただし、極度にその話を嫌うようになってしまったが。

 元西の王の頼みを聞き届けた東の王は、娘のように西の王を世話した。もちろん、その時には楓も生まれていたので、二人の子供が存在していたことになる。ただし、精神だけが成長した西の王は徐々に東の王を嫌うようになっていく。

 父親の死を隠し、西から遠ざけ、密かに育て上げる。確かに、それならば西の王に危害や危険は及ばないだろう。だが、西の王にしてみれば、本当の父親がいないという事実でしかなかった。母親は名前すら記されずに死去。河西家はとうとう現西の王、河西杏一人となってしまった。天涯孤独。絶対の孤独に精神だけが成長した五歳の少女に耐えられるだろうか? いや、どれだけの歳を重ねても、耐えられるものではない。

 その耐えられぬ孤独に、河西杏は自壊した。精神が、ではない。心という、根本的な何かが、だ。それを知った東の王は、河西杏を自由にして、西日本に帰した。それは優しさからか、恐怖からかは未だに分かっていない。東の王自身が、それは隠蔽しているからだ。

 そして今、二年ぶりに河西杏は西の王となって東の王の前に現れようとした。


「ただいま。叔父様は?」

「あ、杏ちゃん!? お、おお、おかえりなさい! よかった、西の王になったって聞いてびっくりしたんですよ? 恭介さんは……あぁ。えっと、その……」


 急にリビングのドアを開けた西の王にキッチンで晩ご飯を作っていた真理亜が驚きの声を上げ、目頭に涙を浮かべて帰宅を喜んだ。そして、質問の答えを言い出せず、次の瞬間には目を泳がせていた。

 東の王は、ついこないだ娘とイチャイチャするある少年を追い掛け回した挙句、街を崩壊の危機まで追い詰めた大罪人である。もちろん、東日本の住民は東の王がそんなことしたという事実を知らない。事実を隠すため、そして二度とそんなことをしないようにするため、今は第一級超危険生物を扱うかのように厳重に厳重を上乗せした呪いとも呼べる牢屋に閉じ込めてある。

 東の王は死ねない体を持っているので、餓死で死んでそのままにはならないが、優しい心を持つ真理亜は毎日定時になったらちゃんとご飯を渡しに行くのだ。そして、今し方作っていたご飯は東の王のものも含まれている。

 言い淀んでいる真理亜を見つめて、少しだけ気まずい空気を感じたのか、河西杏はソファに座って、何事もなかったかのようにテーブルの上に置かれているクッキーを食す。


「今、お茶いれますね。紅茶がいいですか? それともアップルティー?」

「ううん。コーヒーでいいわ」

「砂糖はたっぷりですか?」

「ミルクたっぷり。それと適度に冷ましておいて」


 河西杏は苦いものが嫌いで、猫舌である。

 出されたコーヒーを飲もうとすると、それより先にスプーンで一口すくって飲む者がいた。


「塚原……あなたは何をしているのかしら?」

「毒見ですが? はい。毒は入っておりません」


 塚原という人物は河西杏の執事であり、第三の父親と呼べる人である。何故なら、塚原は執事でありながら、主人の河西杏へ、忠告権と多少の命令権を有しているからだ。そして、塚原という人物は生真面目で几帳面、完璧主義者である。

 執事服を靡かせて、河西杏の前に跪くと命令の準備をするように静かに止まる。

 まるで機械のようだが、その実、内面はとても人思いなのだ。でなければ、毒見を自ら進んでするような行動はしないだろう。

 だが、今の行動は河西杏を怒らせた。


「毒なんて入っているわけがないでしょう? ここは私の家でもあるのよ?」

「ですが、今は敵陣でございます」

「聞き逃せないわね。一応、私の家族たちなのだけれど?」

「ですが、今は敵でございます。いつ、あなたの命を取るかわからぬ輩ですよ?」

「だから! それが聞き逃せないと言っているのよ! ここは我が家! 私が成長し、私が生きて来た場所なのよ!」

「ですが、今やあなたは西の王。ここは東の王のいわば城。あなたたちは交わってはいけない存在なのです」


 塚原の堂々とした態度に無性に苛立ちを見せる河西杏。それを止めようと何度となく真理亜が割って入ろうとしたが、執事の言っていることが事実なため言い返すこともできなかった。

 河西杏は、今でもここを我が家と呼んだ。真理亜やその他の仲間も好いている。だが、ここには絶対に許せない人物が居ることを忘れているわけではない。東の王、御門恭介。彼だけは許すことができそうにない。なにせ、彼が父親を殺したようなものなのだから。

 五十年前、東の王と北の王の喧嘩があった。だが、元は北の王の所業に怒りを覚えた元西の王が最初に手を出したのだ。そして返り討ちにあった。悪が、勝ってしまったのだ。正義のために戦った父親が、絶対悪の北の王に負け、殺された。だが、王は残り二人もいた。その二人が手を貸してくれさえすれば、父親は死なず、正義を通せたかもしれないのだ。つまり、北の王も東の王も南の王も同罪である。

 そういうことから、河西杏は東の王を許せない。


「おいおい。帰ってきて早々に喧嘩か? 良くないなー。そういうのは良くないぞ?」

「……叔父様?」

「き、恭介さん……どうやってあの牢屋から出たんですか?」

「おう。ちょっと手間取ったけど、全て切り倒してきた。なーに、あれは壊れない牢屋だから、すぐに再生するさ」


 やははと笑いながら、東の王は何人も解くことのできない鎖と何重にも掛けられた呪いを、全て切り倒してきたと豪語した。

 そんな予感はあった。だが、まさかそこまでして出てくるとは思わなかった真理亜は頭を抱えてしまう。


「それより。えっと、塚原……だっけ? 俺の家で喧嘩は止してくれよ。家具は壊したら買い直さなくちゃいけないだろ?」

「……東の王。気安く私の名前を呼ばないでください。虫唾が走ります」

「へいへい。で、塚原くん。俺の大事な杏ちゃんを傷つけようとするわけ? それに、ここは何も危険じゃねーよ」


 どうだと言い張るように御門恭介はあたりを見回す。確かに、危険物は何一つない。毒の匂いも、危険な香りもない。一般的な家庭そのままだった。

 だから、塚原は話を変えた。


「もう、あなたのではないですよ。ここにいらっしゃるのは西の王です。少しは緊張というものを持ったらどうですか?」

「どれだけ肩書きが変わったところで、内面は変わらねーって。俺の大事な杏ちゃんは、いつまでも俺の大事な杏ちゃんだ」


 何の羞恥もなくそう言い張る御門恭介。ニコニコと絶えず笑顔を見せ、余裕な顔で会話をする。しかし、その表情が、空気が、塚原を逆に刺激した。

 王が普通の家庭など持つはずがない。塚原はそういう固定観念から、目の前の御門恭介を信じられなかった。危険物は確かに何もない。だが、危険な要素は一つだけある。目の前の御門恭介という人物だ。王でありながらその自覚を持ち合わせず、他の王と平気で接触する。まったく、何を考えているのかわかったものではない。

 だから、それを排除しようと考えた。塚原は、小言のようにブツブツと呟く。すると、一瞬にして塚原は消え、次の瞬間には御門恭介の右手に頭を掴まれていた。


「なっ!」

「少しは落ち着けって。ほら、仲間も動揺して武器を開放しちまっただろ?」


 頭を有り得ない握力で掴まれながらも、周りを把握するために見回すと、一瞬という合間の中でなぜか取り囲まれていた。それも、全てが東の王、御門恭介の仲間に、だ。

 塚原は決して本気を出さなかったわけではなかった。確かに、百パーセント本気だったわけではない。しかし、並みの人間なら追いつくことのできない速さで喉笛を掻っ切るはずだった。なのに、気がついたら御門恭介の手に捕まっていた。

 足掻く。蹴りを入れたり、御門恭介の手を殴ってみたりと、何度となく足掻く。だが、それにに飽きた御門恭介は、


「そろそろ気が付けよ。異単分子はお前だ。この場において、真っ先に殺されるのはお前のほうだよ、塚原くん。お前が言ったんじゃないか、ここは敵陣だって」


 静かに、冷めたこれが暴れる塚原を動揺、凍らせる。御門恭介は魔術など使ってはいない。もちろん能力を使用した形跡はない。つまり、正真正銘、生身の体で見えなくなった塚原を捕まえたことになる。それを知って、塚原は足掻くことを諦めた。それが無意味だと、分かってしまったから。

 やがて足掻くことのなくなった塚原を見て、御門恭介は掴んでいた頭を離すと、ふぅ、と疲れたように息を吐く。すると、グサグサと次から次へと武器が御門恭介を襲う。もちろん、敵の攻撃ではない。仲間からの攻撃である。


「お、お前たちなー……」

「なんでしょうか、恭介さん?」

「そーだよ。なに? 旦那様?」


 鬼の形相で睨みつけてくる真理亜と薫の二人を見て、御門恭介はマインドコントロールをされているわけではないとはっきりとわかった。

 ならば、なぜ怒っているのか。それは、


「どうして、出てくるわけ?」

「え、あ、き、綺羅?」

「そうだよねー。恭介くん、今謹慎中だよね?」

「は、春まで!?」

「アンタ、自分がなにしたかわかってるわけ?」

「クロエ!? ちょ、なにみんな!?」


 わけがわからないと言う顔を見て、御門恭介の妻らは、


「「「「「客人に何してんの、このバカ――――!!!!」」」」」


 とても真面目なことを言っていた。

 その後、牢屋を勝手に出た罰として、呪いの増強、鎖の増量。加えて持続ダメージとご飯抜きを掛けた。これで、東の王は本当に残り五日は何もできない。

 そんな光景を見て、塚原は呆気にとられていた。


「塚原、あなたは何も気にしなくていいわ。ここは本当に安全だから」

「で、ですが!」

「でないと、あなた。殺されるわよ? まあ、ここは東の王の城じゃないし、敵陣でもないのだけれどね。言うなれば、ここは……そう、ここは中立地。全ての王がここでなら、和解だってできる。密会はダメだけれど」

「そ、それはどういう理屈で……」

「だって、叔父様は――」


 事実を聞いて、塚原は青ざめた顔をした。その事実が本当なら、絶対に誰も東の王を、いや、彼を倒すことができないではないかと。

 そう今、奥の部屋で悲鳴を挙げている御門恭介の本当の正体は――――

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