青春は問題がなくちゃつまらない
深夜零時。外は真っ暗だし、何もなければ人は外を歩き回らない時間帯。俺と楓は俺の部屋でいつものように眠りについていた。いや、俺は眠りにつこうとしていた。
眠気はある。だが眠ることができない。理由は、隣で楓が寝ているからだ。一週間も一緒に寝ているのに、まだ慣れない。女の子が隣にいることがこんなにも緊張するとは思わなかった。一週間経って、緊張が少なくなってきたとは言え、まだまだ緊張の糸がほぐれない。
そのせいで、俺はここ一週間はいつも寝不足だ。まあ、嫌ではないから追い出したりはしないのだが。
ふぅ、と息を吐いて、俺は楓の顔を見る。可愛くこちらを見る瞳……こっち見てます?
「どうしたの? 眠れないの?」
「……前にもこんなことがあった気がするんだが……まあ、そうだ」
「緊張してるの? 一週間も一緒に寝てるのに?」
「お前が適応しすぎなんだよ。てか、お前は初日からぐっすりだっただろうが」
「そんなことないよー。私、枕が変わると寝にくくなるんだよ?」
「つまり、眠れなくなることはないんだな?」
「まあ、そういうことだねー」
あははっと笑いながら、楓は寒いのか顔を布団で隠しながら笑顔を見せる。
俺はというと、楓のこういった可愛らしい仕草と、肝の据わった性格に少しだけ呆れを覚えつつ、そんな楓が面白くて笑った。
静かな部屋の中で、クスクスと微かな笑う声が響く。だが、幸せな時間というのは意図して壊されるものである。今回も同じで、外から大きな爆発音と地震が起こり、俺たちの笑いは一瞬で消え去った。
さっきの爆発は近くじゃない。でも、遠くもない。まさか、北の王の復讐で北日本の罪人たちが乗り込んできたのか?
すぐにベッドから飛び出して、状況を見るべく部屋のカーテンを払い除け、窓の外を見ると二百メートル位の場所でモクモクと真っ黒な煙が出ていた。
「すごい爆発だったね。けが人がいないか見に行かないと」
「でも、もし北日本の罪人たちだったら……どうする気だ?」
「たたきつぶす。私の日常を壊そうとする人たちだし、何より……私の大好きな人の居場所を壊そうとする人たちだから」
寒気を催す冷たい視線は、殺気。もしくは、それが込められた意思の視線。こいつ、たまにこういう目になるんだよな。なんというか、女を怒らせたくなくなる目だ。
ブルっと体を震わせてから、俺もすぐに着替えて出かける準備をする。玄関には母さんと親父がいて、出かけようとする俺らを睨みつけてくる。
「こんな時間に……どこに行く気だ?」
親父のドスの効いた怖い声が俺たちの進行を止めた。親父は戦闘民族並に強く、そして死なないのだ。例え死ぬと予言された戦いに行ったとしても、なぜか強くなって帰ってくる。その度に怪我をしてくるが、命には別状のない程度である。ただし、親父と戦場に行った人に聞くと、親父が居なければ死人やけが人は確実に戦闘員の半数以上に上っただろうと言っていた。
これが指すことは、親父が如何に強いか、そして、どれだけの偉業を達成してきたかということである。そして今、その英雄とも言える親父を前に、俺たちは歯向かおうとしているのである。
「お、親父……俺は……俺は、楓を守るために行くんだ。楓が、無茶をしようとするなら、ついていくさ」
「私は次期国王になる人だから、こんなところでは死ねないよ。でもね? 私の国民になる人たちを苦しめようとするなら、まずはそいつらを排除する。そういうつもりだよ」
「…………勝手にしろ。ただし、怪我はするな。したら、鉄拳制裁だ」
親父からの許可が下りた。あの堅物な親父が、怪我をしなければいいという条件で許可を出した。
……って、待て。怪我したら鉄拳制裁って、それって症状悪化するよね? むしろ、無事で帰ってこいって言うべきじゃないの? どうなの?
まあ、許可が下りたのだ。俺たちは心置きなく状況を見に行ける。早速、俺は能力を開放して楓を抱き抱える。そして、家の屋根から屋根へ、ジャンプして現場まで移動した。
「っとと。現場はここか……ん? どこも壊れてないぞ?」
現場らしき場所には着いた。だが、どこにも煙を出しそうな壊れた場所はなかった。あれほどの爆発を起こしておいて、どこも壊れていないなんてことは有り得ない。どこかしらおかしいはずなのだが。今、この状況こそがおかしかった。
だから、気が付けた。俺たちは今、誰かの結界に入り込んでしまったのだと。
結界には二つの種類がある。あるものを閉じ込めるための檻の役割をする結界、通称『閉鎖結界』。そして、もう一つはある一定以上の魔力量を誇る魔術師だけが作ることが出来る魔術師の攻撃力や能力向上の役に立つ結界、通称『固有結界』。どちらも、結界であることには違いないが、その特性や使用法が全く異なるのだ。前者はただ閉じ込めるだけの檻ならば、後者は使用者を強化させる武器庫という感じで、使い方次第で勝負の行方を左右するものだ。
ここが結界だというなら、術者がいるはずだ。それも、見た感じこれは固有結界。つまり、かなりの術者ということだろう。
俺が左右を見ていると、楓が俺に指示を出す。
「陽陰君、三歩右に逸れて」
「わかった」
一、二、三……ズドン。
三歩移動したと同時に元いた場所が深くえぐられた。
……待て。相手はやる気まんまんじゃねぇか!! 何、さっきの攻撃!? 確実に俺を殺る気だったよ!?
その後も楓の的確な指示のおかげで攻撃は避けられていた。俺には見えない敵が、どうやら楓には見えているようだ。さすが魔術師というべきか、俺が未熟だというべきか、ともかく早いとこ敵を片付けなくては。
そう思うが、行動には移せない。なにせ、敵が見えないのだから。
「陽陰君、精神を集中させて。陽陰君なら、見えるはずだよ?」
俺なら、見えるはず? 精神を集中?
楓が嘘をつくはずはない。つまり、そうすれば俺には見えるというわけだ。すぐさま俺は精神を集中させる。視覚を無視して、聴覚と感覚だけで全てを読み取っていこうとする。
全てが静かになった。視界は真っ暗だ。何も見えはしない。だが、見えなからこそ、見えてくるものがある。聴覚で聞き取ったことをその場でリアル映像に変え、全てを見ていく。
風が切れる音。第三者が動く音。足音はしないが、微かに風を靡かせる音がする。なるほど、敵は、攻撃はそこか。
目を開け、向かってくる攻撃を片手で弾いて、敵がいると思われる場所まで一瞬で駆け寄る。そして、渾身の一撃を与えようとすると、楓が魔力で強化したらしい圧倒的な腕力で俺を制した。
「待って。もう、戦う理由はないよ」
「楓……って、こいつらは?」
攻撃を中断した先には、二人の幼女がいた。顔はそっくりだが、片方の肌は褐色で、片方は真っ白という対照的な色の二人。髪は長く、片方は銀髪で、片方は金髪。目の色も若干違いがあるという不思議な幼女たち。だが、問題はそこじゃない。最も驚くべきは体が、透明だったのだ。いや、透けていると言えばいいのか。とにかく、人間でないということだけはすぐにわかる。
体が透けていて、魔力があって、双子らしい幼女? 何、その不思議ちゃん。なんか怖い。
「この子達……も、もしかして、お化け?」
「どした、楓?」
「だ、だって、お化けだよ!? こ、怖いよぅ!!」
と言って、すぐに俺の背中に隠れてしまう楓。
……え? だって、お前ずっと見えていたんじゃ……いや、待てよ? こいつ、もしかして感覚で相手の攻撃を避けさせていたのか? 自分には相手が見えないから、感覚が鋭い俺に捕まえさせようとしたのか? ば、馬鹿げていやがるよ。
敵がお化けだとわかって、楓は怖がって俺の背中から離れない。幼女お化け二人はきょとんとして、その場でプカプカと浮いていた。
……ど、どうすればいいの、この状況?
まもなくして、固有結界を解いたオヤジ達が乗り込んで来て、困り果てている俺と、とうとう泣き出してしまった楓、不思議いっぱいのお化け幼女二人を保護してくれた。
ちなみに、固有結界を解いてから見た現実は、大惨事でした。




