実家(ハプニング)
昼飯を食べ終わった俺たちは、既に夕暮れになりかかっていることに気がついた。そろそろ帰ろうかと思い始めた矢先、楓が俺を連れて行きたい場所があると言って、俺を連れてある一軒家まで来た。
俺の家と同じくらいの小ぢんまりした、一軒家。ここに、どうして楓が連れてきたかったのかは分からないが、どうしても連れてきたかったというのは本当らしい。いつも緊張とは程遠い存在だと思わせている楓から、少しだけ緊張の気配があった。
玄関口で少しだけ深呼吸したかと思うと、思い切ってインターホンを押す楓。俺も心なしか、生唾を飲んだ。と、中の方でバタバタと足音が聞こえる。
玄関が開くと、そこには高校の教師、俺たちの担任の御門真理亜が出てきた。
「楓、帰ってきたんですか? あら、彼氏さんも一緒に? ……って、えぇ!? か、彼氏さんも一緒!? か、楓! 先輩――恭介さんに見つかる前に彼氏さんを隠して!!」
そう言って、半ば強引に俺を押し倒す御門真理亜。それに便乗して楓も俺を押し倒すが、押しが強かったのか一緒に倒れてしまった。
むにゅっと柔らかい感触。ふわっと広がる甘い香り。近づいてくる顔に、俺はドキンっと心臓をはねさせた。そうしている間に、俺の頬を掠って何かが通った。俺の頬を掠って通ったものは、鋭い刃物。サバイバルナイフだということにすぐに気が付く。
……え? サバイバルナイフ?
状況を理解した俺の体からはサァーと血の気が引いていき、暑くもないのに汗がだらだらと出てくる。
二度目の生唾を飲みながら、こちらに近づいてくる化け物と化した東の王、御門恭介を見る。御門恭介は俺が生きていることに気が付くと、鬼の形相で家の床を這ってこちらまで向かってくる。
待て! なんで、床を這ってくる!? 怖いから! それものすごい怖いから!
「おいコラ、クソガキ。よくもまあ、娘を連れて家に来れたなぁ? なんだ? 公開処刑でもされたいのか? 今なら公開処刑に処された少年Aとして後世まで語り継いでやるぞ?」
「絶対に嫌だわ! そんな歴史は作らないでいい!」
「ちっ、じゃあ何だよ。俺たち結婚しますとか、付き合ってますとか、手を繋いでますとか、デート帰りでよりましたとか言ったら殺すからな?」
「…………」
どうしよう。結婚以外全部当たってるんですけど。
俺は流れる汗を止める術を知らずに、怒りを顕にしている東の王に何と言っていいのかわからなくなっていた。
俺の選べる選択肢はひとつ。嘘を突き通すこと。バレずに今を乗り越えることだ。さて、やるぞ、俺!!
「パパ。私たち付き合うことにしたから」
「「…………」」
なんでしょうね、この修羅場感。東の王の表情がまさに鬼になっていくのですがどうすればいいですか? 誰か答えを教えてください。
虚言を吐こうとした矢先のこの発言。親バカな東の王からすれば殺してくださいと言わんばかりの宣言だ。俺もう、死ぬかも知れない。
死を覚悟した時、思っていた言葉とは全く違う言葉が返ってきた。
「はぁ……やっぱそうなるのか。これが親離れってやつなのか? ……なんだろうねぇ、この虚無感は。まあ、いいや。おいガキ、中入れよ」
そう言って、東の王は穏やかな口調で俺を家の中まで案内していく。
と言ってもリビングまで連れてかれただけだが。
さすがは東の王の家というべきか、家の中には女子しかいない。もちろん、奥さんがたくさんいることは知っていた。だが、明らかに公認されている奥さんよりも女子の人数が多い。
奥さんになっていないのか、あるいはなっているが公認されていないのか。理由は分からないが、とにかく可愛い女子が多かった。
「びっくりするでしょう?」
「は、はい?」
感情が表情に出ていたのか、東の王の妻の一人の御門真理亜が笑顔でそう聞いてきた。
「正式に籍を入れているのは五人。私と、御門綺羅。御門春に御門薫、御門クロエの五人です。でも、この家にはたくさんの仲間がいるんですよ。長い人生の中で戦い、認め合ってきた多くの仲間が」
「戦った人が、仲間……ですか?」
「はい。あの人は、恭介さんは例え争った事実があっても、相手を認めて、理解しようとします。例え重罪人でも、その罪に見合った、お互いが納得できる処罰を下します。まあ、甘いと言われればそこまでですけど、そんなあの人が、みんな大好きなんですよ」
ニコッと、本当に好きなのだろうとわかるほどにストレートな笑顔に、俺は不思議と羨ましさを持っていた。ここまで自身に正直になるのに、俺ならどれくらいの時間が必要だろうと、考えてしまったのだ。
本当に、楓はいい家族を持っている。優しくて、強くて、人生という言葉を知り尽くしているような趣をもつ家族に囲まれ、いつだって楽しい思いをしてきたのだろう。
ならば、俺はどうなのだろうか。いつだって一人でいた。認められることもなく、認めることもなく過ごした日々は、俺にとってどれほどの価値になるのだろう。
そんなことを考えていると、俺の肩を数回叩かれた。振り返ると、そこには高校で見たことのある、御門恭介の妻らがいた。
「へぇー。君が火蔵陽陰くんかー……ん? 火蔵? どっかで聞いたことあるような……」
「そんなことどうでもいいじゃん。楓もいい男の子見つけたねー。薫がとってもいい?」
「やめといたら? ほら、火蔵くん放心状態になってるよ?」
「まったく、あんたたちなにやってんのよ! てか、あたしも見たいんだけど! 背が小さくて見えないんだけど!!」
「アーッ! 私の陽陰君だよ!? ママたちになんてあげないんだからーっ!!」
ゆさゆさと右へ左へ引っ張られ、ようやく開放できたかと思ったら、窓の方で東の王がこちらを見て手招きをしていた。
殺されるのではないかと一瞬思ったが、表情を見て、そんなことはないとわかったので、招かれるがままに向かった。
東の王は縁側に座り、片手にコーラを持っていた。俺もジュースを持って、縁側に座る。
「……なあ、火蔵」
「なんすか?」
「まあ、その、なんだ。そう固くなるなって。あー、楓と付き合ってるんだってな」
「まあ、はい。そうですね。俺にはもったいないくらいの可愛い彼女ですよ」
「だろうな。お前にはもったいない。可愛いし、優しいし、世間知らずだけど、尽くしてくれるいい子だと思う。だからだな、火蔵。一つだけ約束してくれ」
そこで一旦話は止まり、東の王がこちらを向いて、真面目な目で俺を見つめてくる。
俺も、真面目な話を聞く態勢に入って、東の王の言葉を待つ。
「あいつを、何があっても守ってやってくれ。あいつに後悔が残らないような人生を送らせてやってくれ」
その言葉を聞いて、俺は頬を掻く。
約束できるスケールではない。ゆえに、俺はイエスともノーとも即答できなかった。だが、親父が昔言ったように、俺も腹を決めて言うことにした。
「俺にはそんな約束できませんよ。でもまあ、やれるだけ。俺の全身全霊を賭けて、俺はあいつを守ります。理不尽な火の粉も、敵も、全てなぎ倒していきますよ。愛する人のためなら、俺は何だってします」
弱々しく、歯切れの悪い言葉。だが、その言葉を聞いて、東の王は笑いだした。
「はっはっはっは! そうだな。そうだよな。そうでなくちゃ、『火蔵』じゃねぇよな!」
今の火蔵は、俺に対しての言葉ではなく、火蔵という一族のことを言っているように聞こえたが、きっと気のせいだろう。俺は、そういった疑問をぬぐって、ずずっとジュースを啜る。
ひとしきり笑うと、東の王が目に溜まった涙を拭って、こう言った。
「いいことを教えてやるよ。今日はクリスマスだがな、あいつ、楓の誕生日でもあるんだぜ?」
……御義父様。もう少し早くそういうことは言いましょうね?
ど、どうすんだよ。プレゼント、一個しかないぞ!?
俺の難儀な聖夜は、まだまだ終わってはくれないようだ。




