エピローグ
北の王殲滅後、俺たちは自由下校になった。校舎がなくなったのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、東の王曰く、明日は学校があるそうだ。どうやって校舎を元に戻すのか不思議で仕方ないが、そこは突っ込まないでおこう。
かくして、楓が美味しいところだけかっ攫っていった戦いは終結し、平和という名の日常が戻ってきた。と言っても、ほんの数時間の戦いだったのだが。
「おい。近いって……」
「いいじゃん。それとも、ヤなの?」
「そ、そういうわけじゃない、けどさ……」
帰り道、楓の必要以上のスキンシップに、俺はアタフタとしていた。成り行きで付き合うことになったのだが、かくいう俺はそういうのに疎いのだ。彼女がどうこうとか、そういうのはあまり考えたことがないし、それ以前にどうすればいいのかなど考える暇がなかった。だから、こうやって楓がボディタッチしてくるのをやめさせるべきなのか、やらせておくべきなのかわからなかった。
ただ、一つだけ分かることがある。
こうしている今も、俺は楓が大切で、好き……なのだということを認識させられる。楓の笑顔が、ぬくもりが、感触が、俺を安心させてくれる。それをわかったから、まあいいかと許してしまう。とはいえ、恥ずかしいのには変わりない。俺は照れを隠すためにスマホで時計を確認する。
しかし、我慢できず微笑んでいると、楓が身を乗り出して質問してきた。
「どうかしたの?」
「いや、なんでもねぇよ」
「えーっ。教えてよー」
「何でもないってば」
鬱陶しい、とは感じない。周りがどう思っているのかなど気にならないし、気にする必要はない。だって、俺がこうしたいと思っているのだから。楓が、そうしたいと思っているのだから。
きっと、付き合うというのはこういうことなのだ。お互いが、お互いを分かち合って、譲り合って、生きていくということなのだ。
まだ、その言葉を上手く理解できていないが、きっと俺は知ることが出来るだろう。この、御門楓という彼女と一緒にいれば、いつかきっと、俺にもこの言葉を本当の意味で理解できる日が来るのかもしれない。その時まで、俺はこいつを大事にするさ。
俺は楓を抱き寄せる。驚いたのか、楓は少し体を強ばらせた。弱々しい視線をこちらに向け、小動物のような声で聞いてくる。
「ど、どしたの?」
「寒いだろ? お前、寒いの嫌いそうだからな」
「ふぁ……うんっ! 陽陰君の腕の中はあったかいよ~」
「そうかい。お、お前も、十分温かいぞ?」
照れつつ、俺は楓と肩を寄せて家まで歩いて行った。いつの間にか一緒の帰る場所となった、自宅へ。
右手に握られたスマホにはいつぞやの日の楓と俺の寝顔が映った写真がトップ画面となっていた。
俺、黒崎隼人は荒れていた。北の王殲滅後、俺は生徒会長に捕まり、妹に捕まり、同じ説教を永遠とさせられたのだ。怒りたくもなる。
というより、人助けをしたのだから褒め言葉が先ではないのかとつくづく思うが、そういうのを持ち合わせていないかのように説教は続いた。
「いいですか? 颯斗さんは異能者なんですよ? こんな場所で暴れたらいけない人なんですよ!」
「そうだよ。君みたいな人が戦ったら、普通この辺は消えてなくなるんだ。その尻拭いは誰がすると思っているんだい」
「……てか、お前らいつの間にか仲良くなったようだな。めでたしめでたし。ということで帰るぞ、綾女」
俺は説教をしたりないというかをする妹、赤坂綾女を連れて帰ろうとするが、生徒会長がそれを制した。
ちなみに、妹と言ったが、苗字が違う理由はわからない。俺の両親は離婚していないし、隠し子という可能性は皆無だ。捨て子を養子にした可能性もあるが、そういう感じでもない。だから、本当の妹ではないがクソ親父曰く、コイツは俺の妹らしい。
この東日本に来た理由の半分は、クソ親父に事の顛末を教えてもらうため。赤坂綾女という女が、何故俺の妹なのか、または何故俺の妹にさせられたのかを知るためにここに来た。
まあ、あと半分は東の王の挑戦的な挑発があってこそだが、それは隅に置いておこう。
俺を呼び止めた生徒会長、高野翔天の目には真面目な眼差しがあった。
「どうしたんだ? そんな熱い視線を送って。そんな目で見られても俺はお前を好きになんてならねぇぞ?」
「別にそんな目で見てはいないだろう? それよりも、君は外務大臣……君のお父様に会いたいのかい?」
そんな質問をされた。俺は生徒会長が外務大臣と繋がっていることに何の驚きもしなかったが、会いたいのかという質問をしてきたことに驚いた。
会いたいかって? 全然、そんなことはない。むしろ、会う理由がなければ即刻帰りたい気分だ。まあ、帰ったところで何かが変わったかと言われれば何も変わらないのだが。
つまり、俺は真実を知りたいとか、そんな大義な事のために来ているわけではない。俺は、単なる暇つぶしでここにいる。よって、生徒会長の質問にはノーという意味を込めて首を横に振った。
「俺はな、生徒会長さん。面倒が大嫌いなんだ。面倒なことをするのも、片付けるのも、肩代わりするのも、大嫌いなんだ。だから、クソ親父に会いたいとか、クソ母親に会いたいとか、そんなのは一切ないんだよ。ただ、綾女の出生を知りたい。何故俺に付きまとうのか、何故俺の妹になったのか。それが知りたいだけだ。俺の興味はそこにしか存在しねぇんだよ」
釘を刺すかのように強く言う。もう二度と親父に会いたいか、などと聞かれないようにするために。
それを聞いて、生徒会長は息を吐いた。どうやら、思っていたこととは違うことを言われてどっと疲れたようだ。少し休みたいと言って俺たちを置いてどこかに行ってしまった。
残された俺と綾女はお互いの顔を見合わせて、
「颯斗さん……私は――」
「さーて、帰って寝るか」
「ちょ、聞いてくださいよ――――――――!!!!!!」
今日も、平常運転の黒崎隼人だった。
この世界に生きる一プレイヤーとして、世界とは、人生とは、一種のゲームだと説く。しかも、復活なし、ステータスに大きな差ありのデスゲームという無理ゲーだ。
総プレイヤーは優に七十億を超え、そのほんのひと握りが実質的なプレイヤーという最初から職業を決められているRPGで、途中からのジョブ変更はできない。
これを理不尽と呼ばずしてなんと呼ぼうか。
だが、理不尽の中で人々は生きている。勝手に決められた人生の中で、レールの上で、未来を見ながら、それでも生きている。一人は終わりのなき戦いに身を投じながら。一人はわからない答えを後回しにしながら。決められたレールの上を通っていく。
これは理不尽だ。神々は決めた、人というシステムだ。意思のないNPCに過ぎない。しかし、意志なきNPCがもしも、万が一、億が一の確率で意思を持ったとしたら、きっと神々の決めたルールなど、人生など、簡単に崩壊させてしまうのだろう。
昔、二世代も前の話。一人の少年が神と出会い、ゾンビとなり、理不尽を崩壊させたように。ここに、二つのイレギュラーが誕生した。
願わくば、この二つのイレギュラーが自壊しないよう、理不尽の荒波に揉まれて消え去らないよう、一人のゾンビは静かに酒を傾けながら空へそう嘆願した。
神と出会い、ゾンビとなり、色々なものを背負ったその背中を大きな決意で覆って、『東の王』御門恭介は一人で世界と対話していた。
明日は四話連続投稿しますよー。まあ、番外編です




