主人公補正(ヒーロースキル)
北の王を前にして、最終決戦に挑むのは、五人の主人公。
ひとりは死すらも改変してしてしまう異能者、世界最強の怠惰な高校生、黒崎颯斗。
ひとりは好きな人のために小説を書き続けてきた小説家、万物創造、錐崎タカヒロ。
ひとりは自称生徒会長で全ての規律を操る異能者、世界最強の生徒会長、高野翔天。
ひとりは東の王にして神から三種の神器を受け取って身に宿す、東の王、御門恭介。
ひとりはただ一人の女を守るため命を賭ける化け物、万物喰らいの鬼狼、火蔵陽陰。
それを相手にするのは、最強にして、最悪の魔王、北の王。その周りには既に数多くの重力玉が存在しており、触れるだけで体を引きちぎるほどの威力が存在している。つまり、一発でも当たってしまえばそこでおしまいということだ。
そんなことに恐怖すら感じないのか、五人は一斉に駆け出した。
『オレッチが足場を作って――』
『――私が地盤を固めます!』
俺のスマホから、そんな言葉か聞こえると、ほかの三人が頷く。どうやら情報は届いているらしい。
俺は、足場を作ると言ったタカヒロを信じて空に飛んだ。もちろん、先には足場なんてなかった。だが、次の瞬間、俺がそこに行くことをわかっていたかのように足場が出来上がる。それを深く蹴り込み、さらに高く飛ぶ。
遥か高い上空。そこから見えるのは戦闘の全貌だ。北の王に立ち向かう三人の主人公たち。だが、全く歯が立っていない。その理由は、息が合っていないからだ。
どんなに強い力でも、あれだけめちゃくちゃな使い方すれば北の王には通じないか。
俺はそのことを伝えるため、また、一度仕切り直すためにスッと飛び降りた。ここは遥か上空。高さはわからないが、少なくとも千メートルは超えているだろうという距離から、俺は何もなしに飛び降りた。
今の俺なら、この高さは難じゃない。むしろ、許容範囲だ。
落ちていく俺の体は重力加速度のなんちゃらで加速していく。速度は北の王の攻撃には負けるが、威力ならば、負けることはありえない。
俺は拳を固く握り、北の王に思いっきりげんこつをしてやった。
瞬間、爆発音のように大きな音と、地面を深く抉りながら大きなクレーターを作り上げる。
起き上がった俺は自身を加速させ、遠くへと逃げる。ほかの奴らも一旦身を退いたようだ。ここまでは計画通り。北の王もあの襲撃にはかなりの痛手を負ったらしい。
「おいおい。いいとこ取りか?」
「あんたたちのコンビネーションがなってなかったからな。少しだけ邪魔したぞ? これで終わってくれればいいんだけどな……さすがは王ってか」
頭の二、三個ダメになってもおかしくない威力のげんこつをくらって、北の王は額についた傷から微かな血液を流して立ち上がる。
どんだけ頑丈なんだよ。あいつの頭はダイヤモンドか?
お互いに体力を削った。まあ、黒崎颯斗に関しては戦ってはおらず、向かってくる玉を消していただけなのだが、生徒会長も東の王も微かに息をあげていた。
北の王は、流石に四人の攻撃に疲れを見せているようで、かすかだが肩が上下していた。
「ふむ。流石に四人を相手にするのはちときついか。だが、それはそれで面白い!!」
「この戦闘狂が!!」
調子を取り戻したかのように北の王は次々と玉を作り出しては連発してくる。それを避ける俺と生徒会長、東の王は徐々に補足されつつあった。
俺はというと、能力の使用し過ぎによる疲労が体を縛り、とうとう北の王に攻撃が俺の顔面を捉えた。攻撃が当たれば、俺の頭は吹き飛び、死亡するだろう。また、俺は何も守れずに倒れるのか? ……嫌だ。あんな惨めな思いはしたくない。もう二度と、失わないと決めたんだ。
力だ。力がいるんだ。
『もっとこっちに来い』
圧倒的な力が必要なんだ!!
『さあ、俺の手を取るんだ。少年、お前の願いを叶えてやろう』
神でも悪魔でも、例え化け物でも、俺に力を与えてくれるのなら、何だって契約してやるよ。
だから、力を寄越せ、化け物。
『いいだろう。お前の願いを承認した。彼女を守るために、俺様の力をくれてやる!!』
瞬間に、目の前に迫っていた攻撃が嘘のように消え去った。いや、俺が一瞬にして北の王の背後まで移動した。
光を超え、時間という流れに乗っかって、止まった世界を走る。目的はそう、北の王。
「待たせたな」
「なっ! 高速移動だと!? いや違う、これは……貴様!!」
握った拳を北の王の顔面を殴るために全力を尽くす。気が付けば、俺の体は白い煙を出しながら、完全に化け物と化していた。頭には狼の耳と凶悪な角、腰には二本の尾、視界はスローモーションのように映り、全てを圧倒する力が全身を駆け巡っている。
これが俺の全力。体に回る無駄な魔力を楓のサポートで安定化してもらい、やっと出すことが出来る全身全霊だ。
俺の攻撃を受けて、ダメージを否めなくなったのか、北の王は動かない。しかし、倒したとは程遠かった。
「ふっ……ふはははははっ! そうだ、これが戦いだ! しばらく忘れていたぞ、この感覚を! 敗北に陥った時に感じる、絶対に負けられないという感情を!!」
どうやら、ここからが本気らしい。
完全に戦いというものを思い出した北の王は、感謝の意味を込めて、最大の攻撃をしてきた。そしてそれは、俺たちの予想をはるかに上回るものだった。
「消えてしまえ!! この敗北感とともに、次元の裂け目へと!!!!」
「……チートだろ、それ」
北の王の本気は、視界を真っ黒に潰していく。重力玉を数百、数千、数億と作っていき、隅々まで消していくという力技だったのだ。
これは……倒しようがない。どうやって、これを対処しろって言うんだ。
「ふんっ。俺の異能でも消しきれねえか」
「僕の異能でも律することができませんね」
まだ勝利を諦めていない二人だったが、どうやら打つ手がなくなったらしい。
東の王も流石にここまでやるとは思っていなかったのか、手を挙げていた。
おいおいおいおい。どうすんだよこれ!! こんなのどうすれば……。
半ば絶望に陥りそうになると、俺の背中を叩いて、楓が顔を見せた。
「ねぇ、陽陰君」
「か、楓? どうしたんだ?」
「陽陰君は私を守ってくれる?」
「当たり前だろ。てか、ここにいたら危ないぞ?」
俺の答えを聞いて、楓がニコッと笑った。この状況を打開する方法が、楓にはあるらしい。そして、それを発動するために、俺に意思確認したという感じにしか思えない会話は、その後の俺を強く強く動揺させた。
一歩、楓が前に出ると、サッと右目に触れた。
「『終末論』を起動。コード『人類最終試練』。――――さあ、廻れ。ここから先は相克の狭間だ」
次の瞬間、俺と楓、北の王を含む三人が全く違う世界に飛ばされた。いや、作り替えられた世界にワープさせられた。
これは……固有結界? でも、この規模の固有結界なんてあったか? それに、この固有結界は何の効力も与えてはくれないぞ? ……いや、そうじゃない。なんだこの感覚は、ジャミング? 能力が、消えた?
俺の体に回っていた圧倒的な力が消えていた。能力を切ったわけではない。むしろ、瞬間的に消し去られたという感じがある。
ということは、この固有結界の能力は……。
「お気づきかもしれないけど、この結界の中では能力は一切使えないよ~。私以外はね」
言って楓が右手と左手に持っている呪符を一斉に投げる。
呪符を使った東洋魔術かと思ったが、そうじゃない。呪符を使って大きな円を描き、その中に星型を形作る。これは、西洋魔術? でも、どの系統だ? いや、こんな系統は存在しない。
西洋と東洋が混ざった魔術なんて、存在しない。だから、これが楓のオリジナル魔術だとすぐにわかった。楓は能力を失った北の王に躊躇なく魔術をぶつけるために言霊を紡ぐ。
「廻れ、巡れ、帰結せよ。全ては有にあり、全ては無へと帰っていく。今、物語の幕は閉じん。デウス・エクス・マキナ。現れよ、機械仕掛けの神!!」
召喚の魔術。しかも、この魔法は明らかに突飛したチート魔術。一体、どうやったらこんな魔術が完成するんだよ。
俺が呆然と見ていると、楓の前に吊るされるように現れた異質な人形のようなものは、カタカタと奇妙な音を出しながら、ダメージで動けなくなっている北の王に迫ってく。
北の王も逃げようとするが、ダメージが大きいせいで動けない。
「やめろ、来るな。来るなぁぁぁぁああああ!!!!」
叫び声を上げながら、人形に捕まった北の王。そのあとは言わずともわかるだろう。能力も使えないまま、窒息死させられた。
全く、末恐ろしい女だ。王をこうも簡単に殺しちまうなんて……。
俺が呆れたように息を吐くと、楓がこちらに振り向いて、
「さっ、私を倒して?」
「は? いや、倒すって、どうして……」
「だってー。この世界、発動したら私が倒されるまで消えないんだもん」
……ホント、末恐ろしいわ、この女。
どうしてそんな本末転倒な魔術を行ったのかわからないが、楓自身、それを分かっていないだろう。まあ、倒せばいいってことだから、いいのだが。
「でも、どうやって倒すんだ? この世界では能力は使えないんだろ? 俺は女を殴る趣味はないぜ?」
「あはは。そりゃそうだよ。この世界での私の倒し方は詳しくは言えないけど、ヒントなら言えるよ。『力は人を狂わせ、言葉は勘違いを生み、感情は他人を振り向かせる』。さあ、答えを教えて? 私はいつまでも待ってるよ」
ヒントというより、謎解きだな。
力は人を狂わせ、言葉は勘違いを生み、感情は他人を振り向かせる、か。まあ、意味は分からないが、どうして欲しいのかはわかった。
俺は笑顔の楓に近づき、そっと、キスをした。
唇に触れるだけの簡単なキス。だが、それ以上に感情を伝えさせることができなかった。俺には、これ以上の表現ができなかったのだ。
「んっ。オッケーだよ。ちゃんと伝わった。大好きだよ、陽陰君」
「そういう恥ずかしいこと、よく平気で言えるな」
この問題の答えは簡単だ。力では何も生まれない。言葉では小さな誤差が生まれる。なら、感情をどういう方法で相手にちゃんと伝えさせるか。それを問いただす質問だ。
そういうことなら、俺が楓が好きなことをちゃんと伝えればいい。キスという、決して簡単ではない方法で。不器用でも、無作法でも、それが一番だと思ったのだ。
果たして、俺の気持ちは伝わり、世界が溶けていく。元の世界へが、見えてくる。
世界が開かれる中で、楓は俺の手を握り、俺も二度と離さないように強めに握り返す。俺たちは視線を合わせずに、言う。
「大好きだよ、陽陰君」
「俺もだ、楓」
世界に戻るしばしの間。俺と楓はお互いのぬくもりを分かち合っていた。




