覚醒
全身に流れるのは化け物の力。縛りつけられるような圧倒的な力を、それを上回る圧倒的な魔力で押さえつけながら、俺はこの現状を生み出した北の王に、不甲斐ない自分のせいで死んだ楓の八つ当たりをするべく、前へ歩く。気が付けば、俺の体はいつも以上に獣に近づいていた。髪は白銀に変わり、白銀の毛で覆われた大きめの耳、鉛色の鋼の角、二本の大きな尾。そして、どうしようもない狂気。その全てが目の前の敵を殺せと命令してくる。だが、それを上回る殺意で俺は自我を保っていた。
その間、東の王はなぜか俺を恐れて一歩身を退いて、静かに事の顛末を見送っていた。
さて。これは俺のせいで死んだ楓の八つ当たりだ。守りたかったものを守れなかった俺の不甲斐なさをかき消すために暴れるんだ。ここからは誰も得をしないし、誰も幸せになんてならない。
それでもかまわない。どうせ、もう俺を人と認めてくれる他人は存在しない。なら、せめて俺の手でこの世界を終わらせよう。
いつも以上に体が軽い。きっと、リアルバーチャルゲームなるものが出来上がればこんな感じなのだろう。重力さえも、今なら無視できる気がする。
俺は胸に手を当て、祈るように心で唱える。
世界とはデス・ゲームだ。一秒ごとに誰かが死に、誰かが生まれる。生きる意味なんてなくて、死ぬ理由すらも選べない。理不尽だらけで、バグだらけのクソゲーだ。役職は決められていて、リミットがあって、別れが存在する最低なゲームだ。
だから、そんなゲームは終わらせる。俺の力がどういうものなのかわからない。でも、東の王よりも強いと太鼓判を押されたのだ。今は亡き、彼女に。
俺は、今度こそ彼女を信じようとした。もう遅いとわかっている。もっと早くしなければならなかったということも理解している。それでも、過ぎてしまった。
――――これは俺が望んで、彼女が選んだ結末だ。
誰も改竄できないし、変えることはできない。そういう、未来だったのだ。
俺はふと空を見上げる。目に入るのは眩しいくらいの青空。心は沈んでいくのに、空はそれを笑うかのように真っ青だ。心なしか、寒気を感じてきた。
ふぅっと息を吐くと、俺は北の王に視線を向けた。
「どういう理屈かわからないが、貴様は強いということだな?」
「だったら……なんだよ」
「やり合おうではないか! 戦いはいつだって人を成長させる! 我もそうやって王になったのだ!!」
知ったことか。お前の人生も、生きてきた過去も、教訓も、俺には不必要だ。
何故なら、俺にはそんなものに頼らない。俺のストーリーは俺が決めるし、セリフは俺が決める。誰にも干渉なんてさせてやるかよ。
俺が無視して足を踏み出すと、北の王が黒い玉を作り出す。さきほど手の甲で跳ね返したのを見ていなかったのか、もう一度同じ技をしてきたのだ。
「二度も同じ技を出すと思うな!!」
「二度も同じ手で避けると思うなよ」
飛んでくる黒い玉は明らかに先ほどのより威力が増していた。これは手で返せるほどの威力ではない。そう判断した俺は、自身を加速させ高速で飛んでくる黒い玉を避けた。
その後も何度も玉を放たれたが全て避け、玉は俺には足らず、校舎にあたって被害を出していた。
眉を潜める北の王。どうやら攻撃が全く当たらないことが不思議で仕方ないらしい。
「貴様。マッハに近くなっている玉をどうして避けられる?」
「お望みなら光だって避けてやるよ」
俺は当然だと言わんばかりに口に出し、北の王の精神を狂わせる。
今の言葉で一瞬の迷いが生じた北の王は攻撃の手が途絶えた。それを、俺はずっと狙っていたのだ。攻撃が止んだ瞬間、さきほど言ったように俺は光の速さになり、北の王の後ろに立った。
「ジジィ。ここは戦場だぜ? 攻撃は、やめちゃいけないだろ」
「何っ!?」
俺の存在に気がついた北の王が俺の渾身の拳を体を捻って緩和させた。だが、それでも威力は弱まらず、体は宙に浮いて飛んでいった。
俺は冴えた頭で着地地点を計算し、その場まで加速した体で走った。
飛ばされ、地面に降り立とうとした北の王に二度目の攻撃が放たれる。しかし、それを黙って受けるほど北の王は馬鹿ではない。すぐさま、黒い玉を俺の後ろと自身の背後にいくつか作り出して重力を発生させた。これにより、俺の腕は後ろへ、北の王の体も背後へ引っ張られ威力はまたしても半分以上減らされた。
たった二撃。その間で流れた時間はほんの数秒だろうが、周りは果てしなく崩れていった。壊れかけだった校舎は完全に倒壊。グラウンドもかなり荒れている。とても二人の人間が起こした喧嘩だとは思えない光景に、同級生は驚きで言葉が出ないようだった。
そんな同級生を眺めていて、俺は気がついた。その中に、服がぼろぼろだが、確かに見覚えのある姿があると。さきほど死んだはずの彼女の姿があるのを。
見つけて、俺の目は釘付けになった。だから、北の王の攻撃に意識がなかった。
「何故、よそ見をしている!」
「なっ、まずった!!」
北の王の攻撃を喰らう直前、顔面を守るために腕をクロスしてなんとか意識は保っていたが、威力が大きくてけが人がいる場所まで吹き飛ばされそうになる。このままではけが人の怪我を増やすだけだ。それに、何故かはわからないが死んだはずの楓が生きている。もう、彼女に怪我はさせたくない。
俺は足に力を込め、黒い玉を力いっぱい上へ吹き飛ばした。
だが、そのせいで体は崩れ、俺は辛うじて体を起こせる状態になってしまう。そんな俺を、優しく包む感触が起こる。
この感触を、俺は知っている。この温もりを、俺は知っているんだ。
これは、楓の匂いだ。
「楓、生きてたのか……」
「死んでいたほうがよかった?」
「そんな事……ある訳無いだろ」
「えへへっ。なんだか、今日の君は素直だね」
「君じゃない。陽陰だ。その、なんだ……名前で呼べよ」
「え?」
俺の言葉に、楓が驚きの声を上げた。しかし、嫌がる声ではない。むしろ、やっとその気になってくれたのかという表情をすぐに見せるくらいだ。
楓は嬉しそうに、
「うん。陽陰君」
「……っ」
「どしたの? 顔、真っ赤だよ?」
「るっせぇな! ちょっと、疲れただけだ」
そっかそっか、と俺の頭を撫でる楓。どうやらこいつ、右目の能力で俺の心を知っているようで、既に彼女の立ち位置にいる。
まあ、それを嫌がるほど俺もバカじゃない。むしろ、好きな女子にこうされて、現状を忘れそうになるほどだ。でも、ここは戦場。誰が何と言おうと、イチャつく場所ではない。
それに気がつかせてくれたのは、あろう事か、黒崎颯斗だった。
「おいおい。イチャつくなら戦いが終わってからにしろよ。まだ、敵が沈黙してねぇぞ?」
「あ、ああ。そうだな」
「えー。私ならいつでもカムバックだよ?」
「それを言うなら、カモンだ。なんで復帰しないといけないんだよ」
ハハっと、俺と楓が笑うと、周りの視線がものすごく痛い。なんだか、急にみんなが敵になりました。どうしたらいいですかグーグル大先生。
失くしていたものが元に戻り、調子も元に戻った俺の体は、なぜかさっきよりも体が軽くなった気がする。その理由は、やはり楓なのだろう。
「楓。お前、なにかしてるのか?」
「うん。君の中に回ってる魔力を、私が制御してるんだよ。さっきもそうしてたら攻撃受けちゃった♪」
「そう、か。それって、俺が傍にいないといけないのか?」
「ううん? ただ傍にいて欲しいだけだよ? ほら、私の傍じゃないと陽陰君は無茶するから」
なるほど。そういうことか。
頬を掻き、空笑いをする。そうしてから、楓を抱きしめた。
「え、ど、どうしたの?」
「よかった……生き返ってくれて。もう一度、チャンスをくれて……。お、俺が、俺がお前を殺したんだって、そう、思ってて……だから……だから……っ!」
「……そっか。うん。そうだね。今回は、陽陰君のせい。だから、今度は私を守ってね?」
何度も、何度も頷く。守ると。絶対に何があっても守ると。
決めたのだ。理不尽は彼女のために振り払うと。俺が、彼女の力になるのだと。
楓を離すと、俺は北の王に向き直る。決着をつけるために、再び歩き出す。
「オレッチたちもお手伝いするっすよ!」
辛うじて残っていた教室から顔を出し、タカヒロが助力すると宣言してくれた。
「僕も力を貸しましょう。まだ、この高校を潰させるわけにはいきませんので」
不思議がいっぱいの自称生徒会長も手伝ってくれるようだ。
「私たちもお手伝いしますよ~!」
「俺はしな――おい! 勝手に連れてくな!」
黒崎颯斗も赤坂綾女に引っ張られて無理やり手伝わされるようだ。
「なんだなんだ? お前らだけで王が倒せる訳無いだろうが。俺も戦ってやるよ」
何やら面白そうだと東の王も大人気なく輪の中に入ってきた。
「さっ、いこ? 早く終わらせて、陽陰君の布団の中で寝たいよ~。今日は冷えるって言ってたし」
「そうだな。早く終わらせて、平和の中で過ごしたいな」
主人公級の能力を持った五人が今、最凶に挑む。
今日中には一章を終わらせたいです




