世界最強の怠惰な高校生
朝起きたら、確か時間は十時を回っていた。部屋で暴れていた綾女にげんこつをしてからもう一度寝ようとすると、遠くから建物が倒壊する音が聞こえて、俺はニヤニヤが止まらなかった。
やっぱり、どこに行っても争いってのはあるもんだな。ホント、この時代は飽きないぜ。
まず俺、黒崎颯斗は戦闘狂である。争いや戦い、戦争や紛争が大好物で、面倒事が嫌いで、不真面目なくせに頭は良くて、言い訳が大好きで、嘘が得意で、イケメンで、どうしようもない男だ。
ついこないだも一種族の大半を異能で消し去った。もちろん、理由もあったし、大義名分が存在した。だが、半分以上は俺の趣味で消し去ったと言っても過言ではない。
向かってくるものは拒まず、去っていくものは無視をする。それが俺の性格だ。
だから、俺に向かってくる戦いは大好きだし、面倒事は好きになれないが、大義名分があればそこそこやるほうだ。
そんな俺の前で、戦いが起きている。しかも、強力な奴らの戦いが。
俺としてはどうして寝ていられるだろうかというところだが、綾女はそうじゃなかったらしい。
行くなと言ってきたが、いつものように無視して俺は制服に着替えて学校に向かう。
学校はまさに戦場だった。校舎は半壊。グラウンドはところどころ砕け、けが人もちらほら見えた。
これだ。まさにこれだよ、俺が望んでいたものは。やっぱり、人生ってのはこうでなくっちゃな。
「ん? こっちか……」
戦いの匂いに釣られて、俺はよく知りもしない校舎を歩く。匂いがだんだん近くなってくる。多分ここだと思った場所を開けると、一人の怪我をして死にかけている少年と、襲われようとしている少女が二人だけの世界に入っていた。それを気にせず刀を振り上げる侍風の男は明らかに敵だろう。つまり、消しても問題はないということだ。
俺は景気よく、侍風の男に話しかけた。
「おい、おっさん。ちょっとこっち見てみろよ」
「ん? なっ!? 貴様、一体どこから――」
「遅ぇよ――――虚実」
異能、虚実はありとあらゆる事象を操る能力である。特徴的なのは、ありとあらゆる事象を操るという点で、普通の異能なら操れる事象はひとつだけに絞られる。しかし、俺の異能はそれの上限を破って、起こったこと全てに干渉することができる。俺はそれを、嘘と本当に分けて考え、存在しているものを『なかったこと』に、存在していないものを『あったこと』にすることで能力を確立している。
これが俺の強さであり、俺の実力の半分だ。
さて、侍風の男は早々に存在を消されていなくなったわけだが、どうやら襲われたふたりは助かったことをまだ理解していないらしい。お互いを抱き寄せて、悲しみに暮れていた。
はぁ。見ていて面白くねぇな。
そう思ったから、俺は二人だけの世界をぶっ壊しに入った。
「あー、かったりぃ……。なんで学校に来てまで、人助なんてしなくちゃいけないんだよ」
存在を見せつけるように首をコキコキと鳴らし、これ以上にないアピールをした。
すると、二人が現状に気がついたようで、こちらを見た。
「あ、あなたは……」
「おう。どうだ? 生き返った気分は? 最っ悪だろ?」
「は、はは……」
力なく笑っている少年は、さきほど心臓が停止していた。つまり、死んだのだ。体は冷たくなり始め、瞳孔が開き始めていた。
だから俺は、死んだという事象を『なかったこと』にした。
よって、死を与えるはずの傷も、死んだという事実も、全て『嘘』になった。
これが俺の異能の真骨頂。世界は嘘だとわかったから。人は無意味に生まれて、無関係に生きて、無意識に死んでいくと知ってしまったから。そこには意味も、価値も、まして栄光なんてものは存在しないと理解してしまったからこそできる異能。全てを否定から見ていく最低の能力だ。
まあ、そのおかげで生きていけるのだから感謝はして欲しいが。
「さてと。落ち着いたところで状況を詳しく教えてくれないか? アホが来る前にこの戦いを終わらせたい」
「? まあ、いいです。えっと、高校が北の王率いる者たちによって破壊されました。破壊した本人たちはさきほどので最後です。ですが……」
言いながら画面をこちらに向ける少女。俺は画面を見ると、そこには東の王と、昔どこかで見たことがあるような爺さんが向かい合っていた。
……東の王と、この爺さんは北の王か? とりあえず、面倒なことになっていることだけはわかったが……あぁん? ここに寝ているのはアイツじゃねぇか。
俺は画面の端で力なく寝ている少年に目をつけた。少年の横には少女が座り込んでおり、どうやら介抱しているようだ。
こっちも問題なさそうだな……いや、問題アリアリか。東の王の野郎、周りが全く見えてねえ。このままだと……。
そう思い立って俺はそうそう歩き出した。
人助けは趣味じゃねぇ。ただ、俺の視界内で知り合いが死ぬのは面倒なだけだ。そして、俺は面倒が大嫌いなんだ。だから、不本意だが助けてやるよ。
「……ホント、いつから俺はセルフサービスで人助けをするようになったんだ? ていうか、人助けはゼロの仕事だろ。あいつは何処に行きやがった。ちっ。まあ、やらなきゃいけないだろうな」
スタスタと足早に部屋のドアを潜ろうとすると、後ろで二人が何もしないで座っていることに気がついた。
おいおい。こいつらはこいつらで何もわかってねぇじゃねぇか。ったく。平和ボケした馬鹿どもが。ここは戦場だぞ。動かなきゃ、死ぬだけだってのによ。
俺は振り返り、二人に短い命令をする。
「おいそこのカップル」
「「か、カップル!?」」
「あーあー。うるせぇ。どうでもいいから、俺の言う通りにしろ。三十秒後、後ろで寝ている馬鹿野郎がキレる。そうしたら、全力であいつの足場を作ってやれ」
「え?」
「それはどういう……」
二人の疑問を解消せず、俺は部屋を出て行った。
さて、もうすぐだと思うんだが……。
俺は衛星にハッキングしてあった少女のスマホを奪っておいて、その画面から戦場の様子を眺めていた。思ったとおり、北の王が東の王の後ろで休んでいた二人を狙った。もちろん、二人を狙ったが、寝転んでいる少年には被害はない。むしろ、介抱していた少女が全面的に攻撃を受け、死亡した。
絶望が、戦場に流れる。
こちらもそろそろ時間のようだ。面倒な奴に見つかった。
「颯斗さん! 行かないでくださいってあれほど言ったでしょう!?」
「おう、綾女。案外遅かったな。トイレでも行ってたのか?」
「なっ、どうしてそれを……って、今はそんな事関係ないじゃないですか! というか、これまさか颯斗さんがしたんじゃないですよね!?」
「バカ言え。俺がしたら何も残らないだろうが」
「あっ、それもそうですね!」
人一倍元気がある少女、赤坂綾女の登場に何の疑問もなく、全ては予定通りだと言わんばかりに俺は綾女に近づく。そして、抱き寄せると、
「ちょっと支えてくれよ?」
「はい?」
ポケットに忍ばせておいた薬を服用する。
俺の体は異能を使い続けないと色素がなくなる。色素がなくなった人間ほど弱いものはない。よって、俺は色素を作り続けるために常に異能を使っていなければならない。それは、俺の異能の半分を縛り、普段は半分の威力の異能しか出せなくしている。
そこで、俺は五分だけ異能を解除し、五分間、異能を使い続けても頭がパンクしないようにブドウ糖を高圧圧縮したドラッグを服用する。そうすれば脳に糖が回り、疲労を緩和してくれる。そうでもしないと、本気を出せないというのだから、どこぞの主人公もびっくりだ。
さて、戦いは始まっている。死亡者も出てしまった。怪我をしていないやつなんて王かその付き人くらいだろう。こんなのは、楽しくない。いくら戦闘狂といえど、俺は死人を望んでいるわけじゃない。決着がついた時のあの感情を味わいたいだけだ。そこに、誰かの死なんて必要ない。
「あいつが本気を出したんだ。俺も本気を出さなきゃいけないだろ。あいつはあいつの望みのために。俺は俺の望みのために本気を出す。そうさ。それが戦いだ。そこに、誰かの死なんて必要ねぇよ――――悪いが、ここから先は全てが嘘(オールフィクション)だ」
画面に向かって言い、色素に使っていた異能を解除する。すると、たちまち色素は消え失せ、肌と髪は白く、瞳は赤くなっていく。
画面越しには、先程からピッタリ三十秒後に少年がキレ、北の王に向かって行っている。俺の計算に誤差はなかった。さて、なら俺もやってやろう。本気の異能を。
「全ては嘘の手の中に(オールフィクション)」
画面越しに見えている死亡したはずの少女。心臓は止まり、片手がなくなり、足はあらぬ方に曲がって、腹には大きな穴があいていた。
どうしようもない致命傷。だが、今の俺ならばあいつを生き返らせることが可能だ。そして、それを行った。
「すまん……支えてくれ……」
「あ、はい……って! なんで、本気を出してるんですか! もう!」
「あー、マジですまんな。支えてもらわないと体が動かなくてさ。そうだ。このまま校庭まで連れていてくれよ。ほら、車椅子をあったことにしたからさ」
車椅子に座らせられ、俺は生き返らせた少女の下に進んでいった。その間、綾女の説教は聞くに堪えなかったが、目的のためなら仕方ないだろうと割り切り、どうにか凌いだ。
校庭に着く頃には体は元に戻りダルさも若干なくなっていた。そして、激戦をしている手前で死んだはずの少女が悠々の立っていた。
「どうだ? 生き返った気分は? さ――」
「最悪だよ。全身痛いし、硬いし、次があったら死後硬直が始まる前に生き返らせてよ」
「そうだな。考えておく。……でだ。お前、右目、どうした?」
ニヤッと、俺は少女が聞かれたくないであろうことを聞くことにした。
すると、少女は右目に触れ、苦笑いをする。そして、
「私の目、気がついてたんだ」
「もちろん。俺を誰だと思ってんだ。俺は――」
「世界最強の怠惰な高校生っていう異名でしょ? 知ってる。うーん。やっぱり、外務省のことが気になるの?」
「ああ、話が早くて助かるな」
外務省。俺はそこに用があってここまで来た。この高校に入学した。目的を達成するために少女を助けたというのも半分はそうだ。
まあ、そんなことより、
「まずは目の前のあいつだな」
「うん。完全に自我を忘れてる。外務省の事はパパに相談してみる。だから、彼を止めるのを手伝って?」
「はっ。嫌だね。手伝いはしない。俺の好きなようにやらせてもらうぜ」
さあ、役者は揃った。結末の足音が聞こえてくる。




