強力な後衛支援(サブアタッカー)
二人の実力は次回以降! たぶん今日中にもう一話出す!
火蔵陽陰が戦闘を開始したと同時にタカヒロと上原は邪魔になると理解し、早々に戦線を離脱していた。もちろん、その選択肢に間違いはない。今の陽陰の戦闘を遠目からでも見て、二人はそう感じていた。
だが、同時に自分たちには何もできないのだという自虐にも似た感情が心の奥から沸き上がってくるのを感じ、少しだけ胸が苦しくなる。
そんな中、逃げ延びた二人に東の王の妻である御門綺羅が歩み寄ってきた。
「良かった。二人共無事だね?」
「はいっす。なんとか……って言っても、オレッチたちは戦っていないっすけど」
綺羅の質問にタカヒロが茶化すように答えた。反対に上原は何も言わずにすっとタカヒロの背中に隠れ、身を潜めている。
二人が無事なのを見た綺羅は夫である御門恭介の言伝を伝える。
「ねぇ。君たちは戦う気、ある?」
「……どういうことっすか? オレッチたちの魔法は実戦向きじゃないっすけど」
「うん。それはわかってるよ。でもね? 戦闘っていうのは、何も攻撃だけじゃないんだよ」
「どういうことですか?」
綺羅の言葉に、タカヒロの背中に隠れていた上原が声を上げた。
上原が少し怒っているとわかった綺羅は、仄かな笑みを浮かべて、二枚の紙を見せた。それには、IDとパスと書かれた数字や英文字がズラッと並んでいる。
どうやら何かのログイン用のものらしいが、ほどなくしてタカヒロと上原はその意図を知った。
「これって……コンピュータの、っすか?」
「そうだよ。この高校の運営費の六割を使って用意した君たちだけのコンピュータ。……君たちだけの武器だよ」
武器。綺羅は二人にそう言った。そして、二人もその意味をよくわかっている。
錐崎タカヒロはノートやコンピュータで書いたものを生成する魔法を持っている。記憶にあるものをそのまま復元し、生成するその魔法は世に言う『構築魔術』に類似するが、その実、タカヒロの魔術はその度合いを超えている。
普通、構築魔術では、一日にどんな魔術師でも五十回生成するのが精一杯だ。しかし、タカヒロの魔法はそれを優に越える二千回の生成が可能になる。そして、その効力も凄まじく高いというスペックをそのまま引き上げた魔術なのだ。
よって、タカヒロの魔術には特有の名前が存在する。その名前は『創造魔術』知りゆる全てのものを嵐のように作り出す、まさに神の御技と評される魔術だ。
タカヒロは綺羅が提示した紙の一枚を手に取り、笑顔で言った。
「オレッチは昔っから役立たずっす。でも、今日からはそうは言わせないっすよ」
その表情には過去を乗り越えたと言う晴れ晴れしい笑顔があった。タカヒロの背中に隠れていた上原もタカヒロが動いたために全身が晒された。
上原彩乃はコンピュータ画面を通したものをなんでも固定させ、また壊れないモノにする魔術を持っている。この魔術は稀に見る珍しい魔術だが、彼女曰く、物体にハッキングを仕掛ける要領だそうだ。その珍しさから、その魔術を取得してしまった彼女の人生は大きく変えられた。周りからは冷たい目で見られ、親しい友なども出来はしなかった。誰も、物質を固定させるような者とは一緒に歩こうとしなかったのだ。
ゆえに、彼女には魔術を極める時間が大いにあった。彼女が本気になれば、画面越しに見えた全てを固定、オブジェクト化する事ができる。その魔術の名は『完全量子化』。画面越しに見たものを全て一と零の数値で見切り、そこに記されたソースを書き換える高等魔術だ。
綺羅の優しげな笑みに触発された上原はサッと残りの紙を受け取り、スタスタと数歩歩き出す。急に止まったかと思いきや、ちらっと振り返り、
「早くしてください。私はまだ、コンピュータ室を知りません」
紙を配り終わった綺羅は、やはりという顔で目の前の二人を眺めた。
ひとりは比類なき笑みを浮かべ、この状況を楽しむ少年。
ひとりは覚悟を決め冷静な判断の下、この状況に決着を付けようと歩き出す少女。
二人共、既に『主人公』としての自覚も決意も存在する、特別な存在になっているのである。
そんな二人を見て、クスッと綺羅は笑った。面白いからではない。おかしいからでもない。綺羅は、呆れの為に笑ったのだ。この、どうしようもない二人を見て、呆れ果てていたのだ。
「何がおかしいのですか?」
「そうっすよ。なんで笑うっすか」
「ごめんごめん。いやー、君たち『も』主人公なんだなーって思ってね。今の君達、漫画やアニメの主人公たちと同じ目をしているよ」
言われて気がついたのか、二人はお互いの顔を見やった。
「おお、可愛い子がいるっすねー」
「すみません、目の前に変態がいるのですがどうすればいいでしょうか?」
「ちょっ! それひどくないっすか!? オレッチは純粋に褒めたのに!」
「そうですか? あなたが言うと、例え褒め言葉でも邪悪に聞こえますが?」
なんすかそれーっと愚痴をこぼしながら肩を落とすタカヒロ。それを見て、若干笑みを浮かべる上原。両者、これでいて仲がいい。そうわかった綺羅は、きっとこの二人のいるクラスは楽しいだろうと今から授業をするのが楽しみになっていた。
だからこそ、今日の襲来は追い返しなければならない。この未来を送るために、何としてもこの状況を打開しなければならないのだ。
「さあ、行くよ。コンピュータ室はこっちだよ」
戦う準備をするために、綺羅は二人を二人だけの戦場に迎え入れる。
コンピュータ室は一回の一番奥に設置されていた。部屋は大きく、普通の教室の二つ分を占めている。その大きい部屋の中には二つのパソコンしかなく、それ以外はギッシリとそのパソコンを動かすための巨大なメインコンピュータが二つ設置されているだけ。
その巨大なメインコンピュータを見て、二人は少しの間立ち尽くしてしまった。
今にして思えば、高校の運営費の六割を当てたコンピュータだ、小さいはずがない。しかし、この大きさは規格外にもほどがあった。
このパソコンなら、どんなにアプリを起動してもラグが起こることはありえないだろう。処理速度が間に合わなくなることなど絶対になく、また二人の実力を最大限に発揮できるモノになっている。
ぽんと肩に置かれた綺羅の手を見て、二人は状況を思い出し、二つのメインコンピュータの電源を入れ、パソコンの電源をオンにする。
画面にはIDとパスを確認する画面が現れる。二人は高速でもらったものを打ち込み、エンターキーを弾いてログインした。
瞬間、両者の画面に『HELLO』の文字が浮かぶ。
それを確認してから綺羅は告げた。
「ここから先は君たちの戦いだよ。私は一切の口出しをしない。でも、教師としてひとつだけ言わせて、侵入者を前線と協力して殲滅して。君たちの後衛支援の力量を見せて」
綺羅の命令に二人は頷き、同時に上原は携帯会社にハッキングを仕掛け、出てきた電話番号にタカヒロはスマホで電話をかけた。数度のコールを経て、ようやく電話相手が声を出す。
『な、何だよ! こっちは忙しいんだけどな!』
「あ、陽陰くんっすか? オレッチっす」
電話に出たのは前線で戦っているようで疲れが伺える声を上げる火蔵陽陰だった。




