強奪魔術(アンチ・オリジナル)
楓のターン
大好きな男の子に背中を押され、置いてきた面倒に少しだけ不安を残しつつ、御門楓は校内に侵入していった魔術師を追いかける。
あの魔術師と別れてからそんなに時間は立っていない。しかし、魔術師というのは一秒あれば数キロは移動できる生き物である。別れてから2秒経ってしまっている現在では、もうどこにいるのかさえ普通ならばわからない。
だから、御門楓は本気の一端を見せつけてくれた彼に応えるために自身も本気を出すことにする。
「……見つけた」
集中の先に魔力が右目に集まっていく。魔力が集まったことにより、光を帯びた右目には全てのものを見通す力が備え付けられていた。
彼女の右目は東の王が過去に戦った未来の自分自身の異能、正式名称を『貪欲な右目』。
普段は見えないが、魔力を込めるとありとあらゆる効果を発揮する禁忌の右目だ。
そして、御門楓が使った能力は『透視眼』、それに加え、遠くのものがはっきりと見える『遠視眼』を併用しているものだ。これで見つからない敵は透明である以外にいないだろう。
逃げた魔術師を見つけた御門楓はせっせと地面を蹴り、走っていく。
敵が逃げてきていたのは高校の体育館だった。天井が非常に高く、まだ授業で使われていないせいか無駄に綺麗な床を土足で入っているのは魔術師と御門楓だけだった。
果たして、御門楓は自身がおびき寄せられたことに気がついた。体育館に入り、魔術師に近づくと背後の扉が閉まり、濃密な結界が張られたことに勘付き、少しだけ渋い顔をする。
「そんな顔をしないでください。こうでもしないとあなたの相手は大変そうだったので」
「だからって、こんな気持ちわるい結界使わないでよ。背筋がゾクゾクしちゃうでしょ?」
ピンチに変わりはないが、御門楓にとってこのピンチはピンチでしかなかった。決して絶体絶命などという状況ではなく、しかし、楽観もできない状況だ。
その中で御門楓は嬉しさで口元がニヤつく。きっと、こんな自分を見れば彼は自分を嫌いになるだろうと考えながらもこの状況を楽しんでいる自分に喜びを感じていた。
彼女の出生は稀に見る珍しいものだった。東の王、御門恭介が神との戦闘中に天から神々しい光とともうに落ちてきたのだ。誰から生まれたのかもわからず、また誰のイタズラでそんな運命になったのかさえもわからないという、本当の意味で異端児だった。
だからだろう。御門楓という少女には戦場というのがとても似合っている。戦場で生まれ、戦場で育ち、現在戦場に立っている。これほど嬉しいことはないだろう。
いつ死ぬかわからない現状を楽しむのはおかしいとわかっているが、止まらない。止まれない。この少女もまた、そういった『主人公』なのだ。
「さて、あなたが来る間にあなたのことを随分と考えました。そして、結果が出たのですが聞いてみますか?」
魔術師の表情はいたって極悪。御門楓を嘲笑っているようにしか見えない目元は万人が見ても怒りを覚えるものだろう。だが、御門楓は目くじらさえ立たせずに笑顔で頷いた。
すると、魔術師が堂々と語り始める。
「まず、あなたは移動魔術が使えない。あれだけの距離、普通なら高速魔法で移動してくるでしょう? そうすれば、こうやって結界を張らせることはなかった。次に、あなたは持久力がない。私の作ったゴーレムを一人で相手にするだけの力もない。いやはや、正直残念ですよ。まさか、ここまで『弱い』とは」
ニヤリと、魔術師の勝利宣言を含んだ言葉が楓に突き当たる。
しかし、御門楓は終始笑顔を絶やさず何も言わなかった。それがまた魔術師を付け上がらせる。勘違いを呼ぶ。
魔術師が自前の本を手に取り、勝ったような気で簡易スペルを唱える。すると、御門楓に向かっていくつかの炎が飛んでいった。
魔術師の計算では御門楓はこれを躱せない予定だった。だが、煙が収まった時、御門楓は無傷だった。そして、一ミリも移動していなかった。それはすなわち、移動せずに全ての魔法を無効化したということになる。その原理を理解していない魔術師は急な予定の変更に戸惑っていた。
それが魔術師の最大のミスになった。
「なっ……この茨はなんですか!」
戸惑っているうちに両手両足をトゲのある茨が巻き取っていた。もちろん、御門楓が発動した魔法だ。それは誰から見ても分かることだ。しかし、動揺に動揺をしている魔術師にはその結論に至るだけの余裕がない。それすらも計算していたかのように楓はニコニコと佇んでいる。
そんな中、楓は魔術師に問う。
「ねぇ。あなたって魔術師なんだよね?」
「な、何を言っているんですか? そうに決まっているでしょう!」
「じゃあさ。魔術師同士の戦いってしたことある?」
「は?」
普通、魔術師同士で喧嘩をすることはない。禁忌とは呼ばないが、魔術師は他の魔術師の研究に興味がない。そして、その研究を邪魔する必要性もない。だから、喧嘩をすることはない。
だが、極々稀に喧嘩をすることがある。そして、その喧嘩は必ず死闘になる。どちらかが死ぬ運命にある死闘に。
それを、御門楓は間近で見たことがあるのだ。
「魔術師同士の戦いの時はね? 相手に魔術の使用の時間を与えちゃいけないの。そうしないと、今のあなたみたいな状況になっちゃうから」
御門楓の強みは、その戦闘経験豊富な生活だ。どんなに強い力を持っている人でも戦うための知恵を磨かなくては意味がない。戦いにおける魔術とは、見せ物ではないのだ。
そのことを、小さいうちから親である東の王とその妻らによって叩き込まれているがゆえに、御門楓はその意義を、その強さを誇ることができる。
「そしてね、魔術には続きがあるだ」
御門楓が指をパチンと鳴らすと、体育館中に膨大な量の呪符が現れる。
それを見て、魔術師が縛られている体を震わせた。
「い、一体いつこんな量の呪符を……」
「あなたが話している時だよ。十分すぎる時間稼ぎだったよ? あっ、それと言い忘れてたけど。私がここまで高速魔法で移動してこなかったのは、今からこの魔術を使うために極力魔術は使いたくなかったからで、別に使えないことはないよ? あと、私には持久力しかないよ。あなたが作ったゴーレムを蹂躙できなかったのは校門が閉鎖空間じゃなかったから。私が使える魔法って一定の閉鎖がないと使用しても威力が出ないんだよね~」
何とも簡単な解説だった。だが、それだけで震え上がっている魔術師を絶望に落とすのは十分だっただろう。もっとも、絶望に落とすだけでは御門楓の怒りは収まらないが。
両手を広げ、ヘタを打った魔術師を見せしめる為にくるくるとその場で回る楓。その表情は笑顔。既に、この勝負に逆転はない。サヨナラホームランなど出来はしない。
その上で、楓は魔術師を見た。
「あなたは私の呪詛を打ち破った。だから、今度は西洋のものも取り合わせてみたんだけど、流石に西洋のは見たことがなかったみたいだね。うんうん。世界は広いよ? あなたの知らない魔術なんてごまんとあるんだから」
「せ、西洋を取り合わせた? いや、しかし……あなたは、東西洋の魔術が使えるのですか!?」
「もちろん。できなくちゃ、ママに怒られちゃうよ。伝説のS級魔術師のママに、ね」
可愛げのあるウィンク、言っていることは素晴らしく相手を絶望に貶めるものだが、それすらも可愛く見せてしまう楓。
普通、魔術というのは東洋と西洋で分かれる。その二つは絶対に交わらないとされていたが、今ここにそれを超越した存在がいるのだ。西洋の魔術を知っていたクロエから西洋魔術を学び、真理亜から東洋魔術を学んだ末に、少しづつの知識を持ったハイグレード魔術師になっているのだ。
そして、御門楓は持久力しかなった。どんな魔術ですらも一度見て出来そうだと思うものを扱えるだけの膨大な魔力しか持ち合わせず、決して自分から魔術を研究して魔法を作り出すということはしなかった。否、作り出すことができなかった。御門楓にはその才能だけが欠如していたのだ。
だが、それを補うかのように楓には万能型の右目がある。ちょっとやそっとの魔術ならばその目で見破り、奪うことが出来る。そういうことから、御門楓の正式魔術名称は『強奪魔術』という、そのままの名で、オリジナル魔術を強奪する魔術なのだ。
「さあ、フィナーレだよ。東洋と西洋の魔術をかけあわせた私オリジナルの特殊魔術、『金木犀』をとくとご覧あれ!」
再び指をパチンと鳴らすと、体育館中に張り巡らされていた呪符が弾け、黄金やオレンジ色の火花に似た呪いを撒き散らす。
それは術者ですら苦しめる呪術だけあって、動ける楓は早々に退散した。残されたのは茨で全身を縛られている魔術師だけだった。
「クソッ、クソッ、クソォォォォオオオオ!!!!」
魔術師は断末魔を最後に音沙汰がなくなってしまった。どうやら、呪い死んだらしい。それを『透視眼』で確認してから御門楓はふぅっと息を吐く。
だが、事件はまだ終わっていないようだった。遠くから嫌な予感が迫って来る。それを察した楓は遠視眼で遠くを眺める。そこには白い髪の毛をしたお爺さんが歩いていた。そして、楓にはそのお爺さんに見覚えがあったのだ。
「北の……王……?」
思わず声をこぼす。恐怖を覚えさせるその風格に楓は少しの間その場から動けなくなってしまった。
さあ、北の王の到来だ。




