嫌な予感と嫌な現実
バトルシーン。少し早いかな? まあいいよね?
あ……ありのまま今起こったことを話すぜ!
俺は高校に来ていたと思ったら、急に現れた三人にいつの間にか高校を破壊された。
な……何を言っているのかわからねぇーと思うが、俺も何をされたのかわからなかった……。
頭がどうにかなりそうだった…。催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ、断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を、味わったぜ…。
と、現実逃避をしていても仕方ない。だが、それをさせたくなるほど、目の前の光景がキチガイだったのだ。
まず、昨日まで綺麗に整っていた校舎は、辛うじてその形を残している状態で、中にいた少数の生徒は確実に大怪我をしているだろう。まるで台風が三回連続で通ったかのように壊された校舎を背後に、それを巻き起こした三人がスタスタと仕事を終えたというしたり顔でこちらに歩いてくる。
その三人を前に、楓が少しお怒りモードで前に出た。
「ちょっと。私の高校を壊して、そのまま帰らせると思ってる?」
「……驚いた。東の愚王の娘は校舎ごと潰す算段だったのだが……これでは計画が失敗ではないか」
と、三人の内、長めの刀を携えている男が見下すように言う。
こ、こいつも怖いもの知らずだな……。そんなことを言ったら楓がキレるに決まっているだろうに……。
むしろ、楓を怒らせることを目的としていた言葉だとは直ぐにわかった。だから、そんな見え見えな罠に引っかかるやつはいないだろうと思ったのだが、それは俺の大きな勘違いだった。
まず、御門楓が普通ではない。例え、常人が見え見えだと見透かしている嘘や罠であってもそれに引っかかる。そして……。
「うるさいんだけど」
言葉とともに握られた拳に乗せられた魔力によって、刀を持っていた男性は再び校内まで引き戻された。厳密に言えば、男性の半分程度しかないはずの筋力で殴り飛ばしたのだが。
そう。そうなのだ。この目の前で殴り終えた拳を解いて息を吐いている少女、御門楓はどんな罠や嘘にも引っかかり、その上でなぎ倒す。あろう事か、それはどんな理不尽にだって同じなのだろう。自分が認めたものだけを信じ、その不確かなものを守るために力を振るい、その上でそれを掲げ称えさせる。その姿はまさに王。若干十六歳にして、東の王の娘という立場を十二分に発揮しているのだ。
楓の強さを見たほかの二人は瞬時にして目の前の楓が強敵かつ難敵であることを悟り、それぞれ武器を構える。それは拳であったり、魔術の本であったりと何とも職業を見せるものだったが。
さて、ここで俺がどうしていたかについてを話そう。端的に言えば、突っ立っていた。もっと詳しく言うなら、ありえない情景に少しだけ硬直していた。
だってそうだろう? 目の前で少女がいい年の男性を校舎まで吹き飛ばし、ほかの男性二人を相手にしようとしているのだから。
しかし、悠長にしている暇はなさそうだ。比較的弱いと理解されたのか、ほかの男性二人の内、拳を武器とする方が俺に突進してきた。
瞬間的に放たれる拳を目測だけで避ける。転びそうになりながらも第一撃を避けた俺は、ふぅっと息を吐いた。
これは……喧嘩で済まされそうにないな。
「あんたに恨みも喧嘩する理由もない。それでも俺を襲う理由があんたにはあるのか?」
「はっ! 喧嘩に理由なんざいるのかよ! さぁ来いよ! 東の愚王の下にいる弱っちぃクズが!」
あー。今ダメなこと言ったわ。こいつ、楓に殺されるぞ?
思うのが早いか、もしくはそれよりも早く楓が動いたのかはわからない。だが、確実に楓の怒りを頂点にまで達せられたのは確実だった。
大好きな親父を貶され、大好きな高校を破壊された楓が、平常でいられるわけはない。それくらい、短い付き合いの俺でもわかる。
当然、目の前の拳を使う男性は楓の魔力の中で潰されそうになっていた。
「グッ、がっぁぁぁぁぁああああああ!!!! んだ、これは!!」
「それは呪縛。もう、あなたは逃げられないよ?」
「さて、それはどうでしょうね」
パチンと指が弾かれた音がしたと思ったら、楓が作っていたはずの呪縛が消え去った。それを起こしたのは本を手にしている魔術師だとはすぐにわかった。
魔術師は楓にウィンクをすると、嘲るように笑った。
「あなたの魔法というのも、意外に脆いですね」
「……っ!」
こ、こいつも楓のことを怒らせましたけど!? ど、どうすんだよ! それに挟まれた俺はどうすればいんだよ!
険悪な雰囲気になっているが、それから脱出できない俺は、左右を激しく見向きし、状況の変化を見やる。気が付けばタカヒロと上原さんは消えており、逃げてはいないだろうが戦線離脱していた。
クソゥ! あいつら逃げやがったな!?
心の隅で、逃げていった二人を恨み俺を前に、楓に話しかける二人。
「ふんっ! にしても東ってのはホントにつまんねぇな。女の鳴き声すら聞こえやしねぇぜ」
「そうですね。もう、ひとりくらいは死んでもいい頃ですが。どうやらけが人くらいしかいないようですね。もう一度壊しに行きましょうか」
「いいねぇ! 王の娘とかいうやつもどうせならひん剥いてやんやん泣かせてやろうぜ」
そんな戯言を言っている二人に、俺は言葉が出なかった。
女の鳴き声? 誰も死んでいない? なんだよそれ、その言い方は一体何だよ!
怒りがふつふつと湧き上がっている中で、俺はひとつだけ問う。
「お前らがどこから来たかなんて興味ねぇよ。ただな。ひとつだけ聞かせろ。お前らの国では、人が泣くのが、人が死ぬのが当たり前なのか?」
「何言ってんだ? 『当たり前に決まってる』じゃないか。甚振って、焼いて、殴って。弱い奴から死ぬのがこの世界だろうが!」
あははと笑う拳の男性を見てから、俺はついに空を見上げてしまった。
こいつらの出身国はわかった。きっと悪名高い北の王が従える国、北日本だろう。北日本では犯罪を犯した奴らがウジャウジャいると聞く。その中では殺人をした回数で強さを表すものがあるらしく、日夜人殺しが行われているという噂があったが、それは本当だったらしい。
腐ってやがる。こいつらみんな、腐ってやがるよ。
青い空とは裏腹に、俺の中は真っ赤に燃え上がっていた。だからだろうか、久しぶりに、本気というのを少しだけ出してみたくなった。
「んだ、この魔力……」
「恐ろしい程の、狂気? いえ、それにしては……」
男性二人が同時に驚いて俺を解析しようとしてくる。だが、それはできない相談だ。何故なら、これは魔力ではない。そして、これは魔術ではないからだ。
これは開放。封印されている化け物の封印を無理やりこじ開けようとしている予兆。開ける開錠キーは怒り。強く、強く、強く。その念は扉を叩く。
そして、扉は少しだけ開かれた。
「いい機会だ。お前たちに俺の本気をほんの少しだけ見せてやる」
声は低く、冷たい。
頭には犬のような耳、髪は白銀になり、尻尾が2本生えている。手も気持ち大きくなり、足も少しだけ大きくなっている。全身が、封印されている化け物に近づいているのだ。
しかし、それでも止まらない。俺は止まれない。
何故なら、目の前にいる外道どもが許せないから。女を泣かせる? 人を殺す? そんなことが許せる訳無いだろうが。俺の家柄上、そういうのは許せないのだ。
俺が一歩踏み出すと、次の瞬間には俺の手に拳の男性の首が持たれていた。衝撃によって地面が割れたが、こいつを始末できるのなら安いものだろう。問題は、首を掴まれている男性の方だが、俺はゆっくりと持ち上げる。
「グッ、がっ、なぁぁぁぁああああ!!!! はんなせよ!」
「黙れよ、外道。お前が強いのは十分にわかった。そこの魔術師が強いのも十二分に理解した。だがな、お前らじゃ俺には届かねぇよ。何故かって? ……お前たちが人じゃないからだ」
言って、俺は首をつかむ力を強める。
苦しそうにもがく男性を見て、哀れに思った俺は、宙に投げ、北向きに思いっきり顔面を殴った。すると、見る見るうちに男性は姿を小さくしていって、何秒後には見えなくなっていた。
これで一人片付いた。後は魔術師だが、どうやら逃げたらしい。姿が見えない。その代わりと言ってはなんだが、魔術師が残していったゴーレムがウジャウジャと存在していた。
俺の背後に背中をくっつける楓。どうやらゴーレムと戦っていたようだが、少し疲れたらしい。息の上がっているのが背中越しに感じられた。
「どうしたよ。これくらい一掃してくれよ」
「む、無茶言わないでよ。私だって人間だよ?」
「違ぇねぇ。じゃあ、こうしよう。俺を置いて先に行け。あの魔術師は危険だ。このまま放置していていい人種じゃねぇ」
「知ってる? それって死亡フラグって言うんだよ?」
知ったことか。それに、魔術師のコイツと違ってゴーレムを素手で壊せる俺にこいつらはただ壊すだけの単純な作業だ。ここを任せてもらうのはむしろ効率がいいだろう。
だからといって、楓が一度決めたことを変えるようには思えない。時間がない。早めに話を終わらせないと。
考えるが、そういうのが苦手だとすぐに気がつき、どうしようもないので心からの言葉を言った。
「俺は力しかないからさ。お前の手伝いも、他の奴の手当もできないけど。ここは、この場だけは俺が時間を稼ぐ。だから、お前はあっちを片付けてこい」
言うと、楓が俺に抱きついてきたようで動きづらくなった。
やめてくれよ。もう少しでゴーレムさんの強烈な一撃が当たるところだっただろ? 流石にそれ食らったら死ぬからな?
と、恐怖体験を終えてから、聞こえた言葉で俄然やる気が出た。
「死んじゃダメだよ? 死んだら、ゾンビとなって私の彼氏になってもらうから」
「おっしゃ、めっちゃやる気出たわ! とりあえず死ななければいんだよな!? 死ななければそのルートは回避できるんだよね!?」
御門楓、なんて恐ろしい子!




