美少女との夜、二日目
人とは慣れる生物だ。俺はつい最近までそう思っていた。だからこそ、女の子と一緒に寝るのだって二日経てば慣れると思っていた。だけど、それは間違いだった。
「全然眠れねぇぇぇぇええええ……」
小声で、かつ背後にいる楓に勘付かれないように話す俺。もちろん話し相手などいない。時間は優に二時を回り、もうすぐ三時になろうとしていた。
だが、俺に眠気というものは一切ない。というのも、背後ですぅすぅと可愛らしい寝息をたてている楓が気になって寝ることができないのだ。
別に俺はコイツが好きじゃない。嫌いじゃないが、異性として見たことは……何度かあるが、今は置いておこう。とりあえず、こういう時は素数を数えるのが妥当だろう。1、3、6、あれ? 6は素数じゃないぞ?
クソったれぇぇぇぇ!!!! 逆に眠れなくなったわ! どうすんだよ! どうすればいいんだよ、この状況! マジで寝不足になるわ!
「う~ん。だいしゅきぃ~」
やめてくれぇぇぇぇええええ!!!!!! そんな甘ったるい声を出して俺に抱きつかないでくれぇぇぇぇええええ!!!!
俺は心の中で甲高い悲鳴を上げながらも、口では出さないように必死にこらえる。
待て待て待て待て! これはおかしい! 絶対におかしいから! よく考えてみろ、一度でいいから考え直してくれ! 俺は一国民! コイツは王族! 絶対にこういう状況は出来上がらないんだぞ!?
「ん~。ちゅっ♪」
ギャぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!!!!!!! 何!? 俺は今何されたの!? ちゅっって何!? もうやめてぇぇぇぇええええ!!!!
俺は後で起こるであろう東の王直々の殺生を考えて寒気がした。殺されることはこの上逃れられない。ならば、ならばどうするか。逃げる? 論外だ。隠れる? 殺されたいのか? 楓の彼氏になる? 楓は喜ぶかもしれないが、火に油を注ぐだけだ。
あっ、わかったわ。俺に逃げ道が残されていないことが分かっちゃったわ。
俺が完全にダウンしたことを知ってか、楓がおちゃめな笑顔を見せて、俺の頬に頬を当ててきた。
「失神しちゃった?」
「ある意味で失神しそうだったわ! てか、起きてるなら言ってくれよ!」
「襲おうと思った?」
「するか馬鹿! お前は王族で、俺は国民だぞ!?」
「むー。私そういうの嫌いって言ったよね?」
「知ったことか。事実だから仕方ないだろ」
実際問題、コイツはこの国の重要人物だ。そして、俺はいつでも換えの効く国民だ。違いは歴然だ。
しかし、楓がそういうのを嫌っていることを俺は初対面の時に知った。コイツは忌み嫌われるはずの憑き物を化け物と称さず、ひとりの人間として評した。それは、こいつの寛大な器というものが生み出した、ある種の境地なのだろう。コイツは既に、王としての境地に達しつつあるのだ。民を統べ、従え、守るという境地に。
そんなコイツには心からすごいと思うことができる。差別なき世界を作るという言葉は、きっとこう言う奴にこそ似合うのだろう。そう、思わせるのだ。
だからだろうか、俺はこいつの命令には本能的に頷いてしまう。それが、俺の意志と反していても。
「事実とか、真実とか、そんな不確定なものを私は望んでないよ? 私だっていつ国民に戻るかわからない。いつ、殺されるかわからないんだから、今の君と大差ないよ?」
「大差はあるだろ。今の地位も、器も、全てが大違いだ。俺は化け物だし、お前は次期王だ。これにどんなハンデをつければ大差がなくなるって言うんだ?」
「むー。君って意地悪なんだ。私が大差ないって言ったらないのっ」
「そんな横暴な……」
頬を膨らませ、少し泣きそうになりながら楓が反論してきた。これはこれで可愛いのだが、それで言っていることが可愛くなるかといえば決してそうではない。
王としての言葉を、みんなが頷くと誰が言った。こいつの命令には反論できない。でも、ただの言葉ならば俺の意志が全力で邪魔をする。そこには、上下関係なんてものは存在しない。
俺の言葉に頭が来たのか、楓が無理やり俺の口を塞いできた。
「むごっ。んにすんだよ! 死ぬところだっただろうか!」
「だって……だって、君が私のことちゃんと聞いてくれないんだもん!」
「聞いてるだろ。聞いてるから反論してる。聞かなくちゃできないだろ?」
「そうじゃない! そうじゃ、ないよぅ……」
潤んだ目で見たってダメだぞ? いや、ダメだからな? ……だ、ダメって言ってるだろ?
じっと、今にも流れそうな涙を溜め込んで、楓が俺を見てくる。
ああクソ! 可愛いなぁ、おい!
ついつい、抱きしめたくなってしまいそうになる。そんなことは許されない。俺が王族に手を出せば、それは犯罪。国民が、王族に触れるなど、あってはならないんだ。
ならば、今のこの状況は? 楓が俺に跨り、腰の辺りでユサユサと腰を振っている状態を俺はどう説明する?
物静かな部屋。腰辺りに跨る美少女。照明は若干暗く、しかし相手が見えないというレベルではない状況。……やばい。なんかムラムラしてきた。
俺は、いやでもこの状況を理解しようとする頭を必死に押さえ込む。理解すれば、してしまえば俺は破滅する。そういうビジョンだけは理解していた俺は、どうにか理性を表立たせ、本能を押しやる。
気が付けば、全身から嫌な汗が流れていた。
そんな俺を見て、楓が次の行動に出た。今度は跨ったままの状態で、俺に体を預け、そのまま胸の辺りを頬ずりしてくる。
これは……まずいんじゃないか?
「ここまでして……わからないの?」
「な、何が、かな?」
「もっとすごいこと、する?」
「すみませんマジでやめてください俺が破滅しちゃいます」
「ふんふぅ。君って、結構シャイ?」
「お前がアクティブなだけだ。それと、こういうことはほかの男にはするなよ? 勘違いされたら大変なことになるからな?」
俺のありがたい忠告を受けて、楓は残念そうな表情を見せた。
そして、俺の横に寝ると、わずかな笑みを作って、
「君以外に、こんなことしないよ」
言って、楓は寝てしまった。
おいおい。それって……そういう、ことなのか?
結局この日、俺は寝ることができなかった。




