北の暴王
五十年前、東日本と北日本、そして西日本を巻き込んで、日本で大きな内紛があった。しかし、内紛というのは建前で、その実態は国王三人の単なる喧嘩だった。その喧嘩は日本は愚か、世界を震え上がらせるモノになったのだ。
まず、事の発端は荒事が大好きな北の暴王と呼ばれる王様が、日本で一番強い奴を決めようという試みから始まった。
最初、他の国王はそんなことに興味は示さなかったが、自分の領地である場所で荒事を起こす北の王に怒り、西の王が北の王に喧嘩を売った。
するとどうだろう、喧嘩を売られた北の王が笑ってそれを跳ね返し、逆に殺してしまったのだ。それを知った東の王は、黙ってはいられないと立ち上がり、二人だけの激しい戦争が巻き起こった。
一年続いた戦争も、北の王の沈黙と東の王の長い眠りによって休戦を余儀なくされ、世界は仮初の平安を取り戻した。
そして現在、東の王は目覚め、北の王も万全の状態で気を荒々しく立てあげていた。
「もうすぐだ。もうすぐだぞ、貴様ら。全日本が我が手に収まるのはもうすぐだ」
白い髪に年相応の細くなった腕や足、萎れた声からは雄々しい虎のような渋い声が吐かれる。
王が座るにふさわしい玉座に腰掛け、真っ黒に染まった笑みを見せるのは『暴王』と評される北の王。出生は約百年前。普通ならば死んでいる年齢だが、この老王は自身が若かった時よりも身軽に体を動かすことができるという境地に至っている。いや、その境地に至らなければ王などという地位になどなれなかったのだ。
王とはすなわち、先頭に立つべき存在。それが暴力であっても、信頼であっても同じである。故に、この老人にはその力が備わっているのだ。信頼ではなく、仲間でもなく、ただ純粋な力という暴力のみで形成されたその体はまさに至高の破壊者。殺戮と破壊を楽しむためだけに生まれてきたと言ってもいい狂戦士。
その老人が今、完全なコンディションで東の王に再戦を申し込む体勢に入っているのだ。
「王。我ら三銃士もついて行きましょう。邪魔をする者は我々が排除致します」
「よかろう。我の後ろを歩く許可を授けよう。この国で最高の力を持つと言われている貴様らを東の王の殲滅のために使わせてもらう。快く思え」
「「「御意」」」
老王の前に跪くのは三人の強者。ひとりは、北日本一の剣技を持つとされる剣豪。ひとりは、北日本一の豪腕を持つと評される剛拳。ひとりは、北日本一の魔術師とされる玄武。
三人とも、何千という殺戮をこなして来た強者であり、また犯罪者でもある。
しかし、この北日本では犯罪は功績になり、殺してきた人の数は自身を推し量るための数値でしかない。数が多ければ敬われ、数が少なければ貶される。そんな場所が、ここ北日本なのだ。
「ふはははは! 待っていろ、東の王、御門恭介よ! 我らの雌雄を決しようぞ!!」
雄叫びを上げながら、北の王は心から笑いを上げた。
不思議なことに、感情を高ぶらせる北の王が座っている玉座が、少しだけ宙に浮いていた。
そんな危機が近づいてきているとも知らない東の王、御門恭介は何とものんびりと怠けていた。
「おーい。おかわりー」
「はいはい。どれくらい食べられるの?」
「あー、同じくらいでいいぞー」
ここは東の王の自宅、世間一般と同じ一軒家である。決して大きくなく、決して小さくない一軒家には東の王とその仲間たちで賑わっていた。
まず、おかわりをよそるのは今日の晩ご飯担当の綺羅。ちなみに、ご飯は交代制だが、東の王に回ってきたことは一度もない。なんでも、妻らが手料理を作りたいとうるさく、作らせてくれないのだという。まあ、作らないのに越したことはないので大したことないと割り切って生活している。
おかわりを待つ御門恭介の隣で黙々とご飯を食べているのは薙。あまり感情を表に出さないが、無表情でも喜んでいるらしい。
また、薙とは逆の位置に座っているのは御門クロエ。今夜はジャンケンで勝って、隣を勝ち取ったらしい。本人は勝ち誇るように幼い胸を張ってご飯を食べている。
こうやって、御門恭介の隣を争うのは日常であり、のんびりと生活するのもまた、日常なのだ。
ふと、御門恭介が話題を振った。
「そういやー。北のクソジジイ、まだ生きてんだよなー。あいつ、俺が寝ている間に悪さしなかったか?」
その質問に答えたのは、御門恭介が寝ている間、国の情勢を取りまとめていた御門真理亜だった。
「いえ、何人か侵入をしてきた人物たちがいましたが、すべて撃退、あるいは拷問行きになっています。取りこぼしがないとは言えませんが、問題は起こされていませんよ?」
「おい、真理亜。敬語、そろそろやめろよな?」
「あっ、こ、これはその……ごめんなさい」
「まあ、そんなお前も可愛いけどなー」
やはは、と笑って御門恭介が御門真理亜の頭を優しく撫でた。
それを見て、ほかの妻らが一斉に箸を落とした。
「ちょ、ちょっと恭ちゃん! わ、私だって拷問頑張ったんだよ!?」
「お前のは趣味だろ? まあ、怒るなって、褒美を与えて――」
シュンっと、絶対に包丁から鳴ってはいけない風切り音が耳元を掠った。間違いなく、包丁が耳元を通ったのだ。そのスピードはマッハを超え、壁に刺さったはずの包丁が刃の部分だけなくなってどこかに飛んでいってしまっていた。
それを見て、御門恭介は焦りの悲鳴をあげる。
「ま、待て綺羅! それは洒落になってないから! いくら俺が死なないって言っても痛覚はあるんだぞ!?」
「もう、慣れっこだよね?」
その言葉には、優しさなど微塵もなかった。
鬼神という異名をもつ御門綺羅には、ある噂がある。御門綺羅には包丁は握らせるな、きっと命がいくつあっても足らなくなるから。
その意味はわからない。だが、その理由は今の現状だろう。
包丁をいくつも手にして、それを正確無比に投げる御門綺羅。その標的は御門恭介の頭蓋骨だった。
しかし、御門恭介は王である。故に、そのような攻撃も避けれなければならない。だが、いくら王といえど、鬼神化した幼馴染の攻撃を誰かを守りながら避けるなど不可能。故に、仲間に飛ぶ攻撃は自分たちでどうにかしろと目配せで伝えると、一斉に動き出した。
御門真理亜は箸を置き、飛んでくる包丁を片手で真剣白羽取りし、他にも向かってくる包丁をキャッチした包丁で丁寧に弾き落としていく。
御門薫は全身から神々しい神気を身にまとい、向かってくる悪意ある包丁を消し飛ばしながら、目の前のご飯にありついている。
御門春は手懐けているドラゴンに全ての包丁を撃ち落とさせ、自身はご飯をゆっくりと食べている。
他にもありとあらゆる方法で包丁を落としていきながら、黙々とご飯を食べるあたり、やはり御門綺羅の言う通り、慣れっこなのだろう。
「お前ら! そろそろ、俺を助けてくれませんかね!」
「あははー。君はそうやって女の子に襲われるのが得意だねー」
「おい、タナトス! いや、牙獣芙美! どうでもいいけど、俺を助けてくれよ!」
「めんどいからやらないよー」
笑いながら助けを無視したのは御門恭介の相棒であり、ずっとずっと前の学園の生徒会長。今は、学園で保険体育教師をしている。性格はおちゃらけていて、何事にも中途半端。面白くなければ興味を示さず、面白いことには全力で邪魔をするという悪魔みたいな人物だ。
そんな人物だから、助けなど出すわけがないのだ。だって、目の前の現状が非常に面白いから。
「あークソ! もうやめてくださいよ、綺羅様ぁぁぁぁああああ!!!!」
東の王の断末魔が、その夜響き渡ったのだった。




