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野乃香の短冊

「明日、ささらさ山ね!」

「うん」

「ささらさ山に三時ね!」

「わかったよ」

 明日は七夕。この小さな町では、ささらさ山で祭りが開かれる。老若男女問わず、日が沈む前から大勢の人が集まって楽しく過ごす。最後は夜空の天の川を仰いでお開きとなる。これを毎年楽しみにしている野乃香とやよは、学校帰りに七夕の約束を交わした。

 野乃香は生まれも育ちもこの町の、純粋な田舎っ子。小学校の真ん中ぐらいのときに転校してきたやよとは大の仲良しである。高校生になっても放課後に川原で遊ぶという、小学生顔負けの元気娘たちには七夕も大事な遊びの行事だった。そこには全然ロマンチックな意味合いなんて含まれてはいなかったけれど、そんなことはお構いなしだった。

 梅雨はまだ続いていて、川原で遊べないことも、靴がずぶずぶになって教室で裸足になることも珍しくなかった。じりじりと太陽が近づいて、じわじわと気温が上がり、夏に向けて空は高くなっていた。そんな季節、野乃香は体育のあとの教室のサウナ地獄が嫌だったし、やよは熱中症で倒れるのではと心配するのが嫌だった。

 この町の学区には変わった風習があり、祭りの日は学校が休みになる。七夕祭りも例外ではなく、明日は休校日となる。学生たちは祭り気分を一日中満喫できるというわけだ。ただし、もちろんそのしわ寄せはどこかに必ず来るのだが、祭りを前にすれば、みんなそんなことは忘れるのだった。

「楽しみだなー!」

 野乃香は布団の上で枕を抱いてころがっている。

「のの、うるさい」

 野乃香の部屋は二人部屋。五つ年上の姉、衣都が横で本を開いている。

「だって楽しみなんだよー。お菓子はいっぱい食べられるし、夜まで遊んでても怒られないし、騒いでも目立たない!」

 野乃香の興奮は声の大きさでわかる。夜だというのに拡声器ばりの音量の野乃香に衣都が制裁を下す。

「うるさい!」

 大学ノートの平手打ちが顔面に放たれ、

「いだい!」

という声を最後に野乃香は大人しくなった。

「あんたほんとに高校生か?」

「まだ三カ月ですから」

 今度は衣都に背を向けてころがりだした。

「お姉ちゃんも明日いっしょに来るんでしょ?」

「明日バイトだけど」

「えー!」

 野乃香は衣都の方を向いて、大きく口を開けた。

「来るって言ってたじゃん。やよにも言っちゃったのに」

「行けたらねってだいぶ前に言ったきりでしょ」

「そうでしたかね?でもそう言いつつ来られるんでしょ?」

 無責任な顔をして薄ら笑いする野乃香に、衣都は冷たい視線を送る。

「あんたねえ」

 かばんから手帳を出してめくり、

「まあ、七時くらいからなら行けるかもね」

と、七夕の日を指でなぞった。

「七時か。ほんとは三時から来てほしかったんだけどねえ」

「そこまで付き合いきれない」

 そっけなく言われても、野乃香は気にしていなかった。また今年もみんなで七夕祭りに行ける。それだけで満足だった。

 野乃香の机の上と枕元はぬいぐるみでごった返している。ほとんどは誕生日などにもらったものだが、自分で買ったものも混ざっている。目が合って気に入ってしまうと、いつでもいっしょにいたくなるから家に連れてこずにはいられない。そうやって買ってきたうさぎのぬいぐるみの耳を引っ張って腕におさめて起き上がった。

「明日は三時に約束したから、それまでの時間はどうしようかなー。ま、やよと遊べばいっか」

「やよちゃんは親戚のところに行くから三時にしたんでしょ。ばかなこと言ってないで明日は朝から宿題と小テストの勉強だからね」

 少し離れて座っている衣都は、ペンの先を野乃香に向かって突き出した。

「えー、なんでよ。休みの日ぐらいゆっくりさせてよ」

「それはこっちの台詞よ。勉強見てやってってお母さんに頼まれてるんだから」

「お母さんめ」

「逆らう気?」

「……いいえ」

 野乃香は高校生になったとはいえ、まだまだ子供だった。それは本人も自覚していた。母親の権力が大きいのも重々承知。反抗しようものなら、大好きなちらし寿司やヨーグルトケーキにありつけなくなる。野乃香は覚悟を決めた。明日の朝は仕方なく勉強することにした。

「明日はがんばっていっしょに勉強しようね、ぴろりえった」

 野乃香はぬいぐるみの耳を持って丸めたり伸ばしたりしている。ぴろりえったというのはぬいぐるみの名前で、耳がぴろぴろしているからぴろりえったにした、といつかみんなに話していた。

「それはあたしに向かって言ってくれる?」

 書き物をしている手を止めて、衣都は軽くにらんだ。

 野乃香は衣都の方を向かずに、かわりにぴろりえったの顔を衣都に差し出した。

「ところで、何読んでるの?」

 ぴろりえったと顔を並べて、衣都の背後から本を覗き込む。

「フランス語」

「ふらんすご?」

「そう」

「どこで切るの?」

「フラ、ンス語」

「へえ」

 それ以上何も言わない衣都の頭にぴろりえったをのせてみるが、何の反応もないので野乃香はもう一度話し掛けた。

「面白いの?」

「どうだろう」

「じゃなんで読んでるの?」

「宿題だから」

「えー!これ宿題?うわ、こんなの読めないよ」

 野乃香はずるずると前へ出てきて衣都の横に並んだ。

「あんたには無理だろうね。フラ、ンス語だからね」

 頭の角度を変えることなく衣都は本を読み続ける。

「こんなの宿題に出す先生なんてよっぽど鬼なんだね」

「教科書自体は普通だし、大学生ならこんなもんだよ。ただ、普通の倍のペースで授業を進めるからある意味鬼かもね」

「そうでしょう。鬼ですよ。こんな見たことないしっぽとか文字についてるんですから」

 文字の上に指をかぶせてくる野乃香を左手で払いのけながら、

「邪魔」

と、短く言った。

「どんな先生なの?やっぱ鬼みたいな顔した?恐ろしい感じの?」

 野乃香は顔面を両手で上へ引っ張ってものすごい形相を作ったが、衣都は見ていなかった。

「全然。かわいい女の先生だよ。かわいいけど、隙のなさそうなしっかり者ってかんじ」

「ふうん。じゃあ先生は仮面をかぶっているんだね。ほんとは恐ろしい鬼なのに」

「あんたどこまで鬼をひきずるの?」

 呆れて野乃香を見たとき、衣都の頭の上からぴろりえったが落ちた。

「だって宿題が!」

「うるさい」

 衣都が片手で野乃香の顔を思い切り押すと、その勢いで野乃香は布団の上にひっくり返った。

「あんたも今のうちから宿題始めとけば?」

 しばしの沈黙のあと、野乃香は半分だけ起き上がってこそこそと自分の布団に移動して、

「おやすみなさい」

と、布団を顔までかぶった。

 それからもう少しのあいだ、衣都は教科書を読み、野乃香がすっかり寝入ったころに静かに電気を消した。

 朝、案の定目を覚まさない野乃香の耳元で、

「のの!」

と、大きな声で衣都が言う。

 一瞬まぶたが動いた気もするが、横たわったまま起きる気配がないので、衣都は容赦なく布団を一気にはがす。そしてぴろりえったを顔に押し付けて追い討ちをかける。

 三秒後、じたばたと手足を動かして、ぴろりえったを顔から離すと、

「ぴろりえった、どうしてここに?」

と言って、野乃香はようやく目を覚ました。

「昨日人の布団の上にほうったまま寝たでしょうが」

 昨日の夜、主人に忘れられたぴろりえったは、衣都の布団で踏まれたり蹴られたりして一晩を過ごしたのである。

「ほら、もうとっくに日は昇ってるんだからね」

 部屋の窓からはさんさんと日が差し込み、いい具合に布団が温まる。二度寝にはもってこいのいい朝だった。外からかすかに子供の笑い声が聞こえ、いかにも休みの日というかんじで、今日の七夕祭りを盛り上げているようだった。

「あと五分だけ寝ていい?」

「だめ」

「三分」

「だめ」

「じゃ三十分」

「朝ごはん抜き」

「起きます」

 野乃香は観念して体を起こした。そしてそのまま背中を丸めて目をしょぼしょぼさせて、じっとしている。先に起きて身支度の整った衣都は、

「早くおいでよ?あたしこれ以上朝ごはん待たないよ」

と、部屋を出ていった。

 こくこくとうなずいて、部屋に一人きりになると、再び睡魔が襲ってきた。ゆっくりしていたまばたきも止まって、両目が閉じられた瞬間、

「ごはん!」

という声が部屋に入ってきた。

 風船が割れてはじけとんだような衝撃に、野乃香は勢いよく立ち上がった。

「やっぱり寝ようとしてたな」

 やれやれという顔をして、衣都は部屋に背を向けた。 

「おはよう」

 寝癖を四方八方に向けたまま野乃香は居間に現れた。

「あらおはよう。やっと起きたの?さっさと顔洗って歯磨きしてきなさい」

母親が朝食の卵焼きを焼きながら野乃香に言った。

「はあい」

と返事をして野乃香は洗面所へ向かった。

 そのあいだに衣都も朝食の準備を手伝って、野乃香が目をぱっちりさせて戻ってきたときにはテーブルに朝食が二人分並んでいた。ちなみに両親は朝の早いうちに食べ終えている。

 野乃香が椅子に座ると二人そろって、

「いただきます」

と、箸を取った。

 本日のメニューは昨日残った魚の煮つけと卵焼きとポテトサラダ。白ご飯にはふりかけと漬物。野乃香は梅わかめふりかけ、衣都はしば漬けを選んだ。飲み物は、衣都が先にコップに注いでおいた牛乳。野乃香はそこへオレンジジュースを混ぜるのが好きだった。

「お母さん!今日の卵焼きすごくおいしい!プロみたいな焼き加減!」

「ありがと。お母さん忙しいから二人で食べてて」

「はあい!」

 野乃香は口いっぱいに卵焼きとご飯を入れたまま喋った。

「ちょっと、ごはん飛ばさないでくれる?」

 衣都の勧告に黙ってうなずきながらもぐもぐと食べる。

「外でやらないでよね」

 衣都はしば漬けを一切れ口に入れて、野乃香の食べっぷりを眺めている。

「ののちゃんおいしそうに食べるねってよく言われるよ」

「恥ずかしいやつだなもう。ほら、また飛ばしてる!」

 衣都はあきらめて自分の朝ごはんに集中することにした。

 朝ごはんはいつものようにおいしくて、野乃香はそれだけで朝からしあわせだった。あっというまにすべて食べ終えると、野乃香はひとつ伸びをした。衣都はまだ食べている最中だったので、野乃香はオレンジ牛乳を飲みながらほっこりしていた。

「やよも朝ごはんもう食べたかな?」

「そりゃそうでしょ。やよちゃんはあんたが寝てるあいだに出かけたと思うけど」

「そっかあ。やよは何食べたのかな?親戚ん家でおいしいもの食べてるのかな?」

「どうしてあんたは食べ物のことしか言えないの?」

 野乃香はオレンジ牛乳の最後の一口を飲み干すと、冷蔵庫から麦茶を取り出してコップになみなみ注いだ。衣都が自分のコップもついでに差し出すと、衣都のコップにもこぼれる寸前まで麦茶を注いだ。

「やよちゃんはまだしも、すずみちゃんは早起きしてえらいよね。あの子小学生なのにしっかりしてるわ」

「でもすずは今日親戚ん家に行ってないんだよ」

「え、そうなの?」

「うん。友達の誕生日会なんだって」

「じゃあ七夕祭りはやよちゃんと二人だね」

「いやそれがね、三時からすずも来るって。一粒で二度おいしいってかんじだね」

「すずみちゃん、ほんとにいいのかな?友達と過ごしたいんじゃないのかな?」

「まあ、すずがそう言ってるんだからいいんじゃない?」

 衣都は、野乃香たちがすずみを縛りつけているんじゃないかと心配しているようだった。でも、当の本人たちにそんな意識はなく、今日もいっしょに騒ぐつもりだった。

 野乃香がコップを空にしたのと同時くらいに衣都の食器も全部空になった。

「さて、宿題だ」

「えー。ちょっとだけゆっくりさせて」

「今ゆっくりしてたでしょ。ほら、部屋へ行け」

 野乃香は衣都に文字通りお尻を叩かれて、しぶしぶ自分の部屋に戻った。

 部屋に入ってくる光はますます明るくなっていて、きらきらしていた。野乃香はその場で踊ってしまえるほど元気がみなぎっていた。しかし、踊ることは許されず、あとから入ってきた衣都に無理やり机に向かわされ、その横にはきっちりと衣都が座った。

「はい、かばん開けて」

「うえー」

 野乃香は座ったままかばんをひきずって足下へ置くと、面倒臭そうに教科書とノートを出した。

「宿題はどれ?」

「忘れた」

衣都が無言で野乃香の頬を引っ張ると、野乃香はついにあきらめてしぶしぶ教科書を開いた。

 衣都が開かれたページをざっと見て、

「これぐらいならすぐ取り戻せるよ」

と、野乃香の士気を高めようとした。

「まず一回全部読んでみ」

「全部?」

「全部」

 少しばかり真剣な顔をして野乃香は教科書を持ち上げ、堂々と読みはじめたが、それもつかの間、衣都は突っ込まずにはいられなかった。

「のの、今んとこもっかい読んで」

「いとあはれ?」

「そこから教えなきゃいけないのか」

 衣都はがくっと首を垂れた。

「あのね、この場合読むときは、あわれ、って言うの」

「そうなの?」

 これでは先が思いやられる。でも、妹がうっかり留年でもしては困ると、姉は必死に古文のいろはを教えることにした。それに、留年したら本人だって困るだろうし。少なくとも衣都はそう思いたかった。

「ひととおり読み方はわかったでしょ?もう一度最初から読んでみて」

 こんな調子で衣都は根気よく家庭教師を続けた。本題の現代語訳に入るまでに時間をとられて、残りの数学の時間が少なくなってしまった。

「お姉ちゃん、今日は古文がんばったから、勉強はもういいんじゃない?」

甘えた目で見る野乃香を、

「そうはいくか」

と、一蹴する。

 教える側と教えられる側、二人の知恵熱がこもったのか、部屋の中が少し暑くなっていた。野乃香は途中から下敷きをうちわがわりにあおいで前髪を浮かせている。衣都は髪を後ろに束ねて熱を逃し、気合を入れ直した。

「この証明ってさあ」

「はいはい」

 野乃香がシャープペンを教科書に突き立てたので、質問かと思って衣都が教科書に顔を近づけた。

「何の証明だ、って感じじゃない?それより先に数学をやって得することの証明をしてもらいたい」

 なぜか野乃香は頬杖をついて偉そうにしている。

「それは追々証明されるだろうから今はこの問題を証明して」

 衣都は教科書をたたいて野乃香をにらみつけた。

「だってわかんないんだもん」

「だからこれはさっきのと同じやり方でできるでしょ。ほら、前のページを見て」

 亀もびっくりするくらいの速度でノートにゆっくりと字を書いていく。やっと答えができあがったと思ったら、野乃香は机の上の犬を手のひらにのせた。小さめのころころとしたぬいぐるみである。

「もう。一応宿題は終わったし、残りの復習は明日の夜だからね」

 衣都はあっさりと野乃香を解放した。ぬいぐるみに手を出すのは集中力が切れている証拠だからだ。この状態では何を言っても右から左へ抜けていくだけ。十数年も姉妹をやっていればそれくらいのことはわかる。残った時間は自分の勉強に当てることにした。

「やったあ!終わったぞ。やよに電話しよ」

「やよちゃんは親戚ん家でしょ?」

「そうだった」

 勢いで椅子から飛びはねて電話を手にしようとしてぴたりと止まった。横目でそれを見て、衣都は呆れているようだった。

「やよちゃんもこんな子と年中一緒で気の毒だね」

「そんなことないよ」

 野乃香は素早く振り返った。

「やよはいつもあたしと楽しく遊んでるもん」

「あんたがそう思ってるだけかもよ」

「いやいや。やよはいつもあたしに何でもしてくれるもん。お弁当忘れたら分けてくれるし、財布落としたらみつかるまで探してくれるし、宿題やってないときは見せてくれるし」

「それはあんたが困ったちゃんだからでしょ。ていうか宿題はやってけって言ってるでしょうが」

 思わず最後だけ声が大きくなる。

「それはともかく、いつもしてもらってばっかりでいいの?たまにはやよちゃんに感謝の気持ちでも表したらどうなの?」

 野乃香は黙って床にあぐらをかいた。

「そうか。やよに感謝するのか。いいねそれ」

 少し違うようにとられた気がしなくもなかったが、何かしてくれればそれでいいと思って衣都はそれ以上何も言わなかった。野乃香は急に立ち上がると、小さなポシェットをひっかけて部屋の戸を開けた。

「買い物に行ってくる!」

 衣都は驚いた素振りも見せずに、教科書に視線を落としたまま、

「いってらっしゃい」

と、適当に答えた。

「あ、お姉ちゃん。七時にささらさ山だからね。来なかったら電話しまくるから」

 バタン。

 野乃香は衣都の返事を待たずに部屋を出ていった。部屋の中が急に静かになる。心なしかさっきより涼しくなって、衣都にとっては好都合だった。

「お母さん、買い物に行ってくるね」

 野乃香は廊下をどたどたと駆けてビーチサンダルの上に着地すると、止まることなく家を飛び出した。

 今日の外は快晴、祭りには最高の天気だった。道路っぱたでは小学生が水鉄砲で的当てをしている。水がかからないように野乃香は上手に子供たちをよけて通った。犬の散歩をしているおばさんは日よけでほとんど顔が見えない。首に巻いたタオルを見て、しまった、と思った。タオルに冷水を含ませて首に巻いてくればよかった、と思ったのである。

「暑いなー」

 ショッピングモールまではいつも歩いていくから、たいした距離じゃないと思っていたけれど、今日はやたらと遠い気がした。野乃香が予想していたよりも日差しが強くて暑かった。ショッピングモールにたどり着くころには、野乃香の額にじんわりと汗がにじんでいた。

 入口の大きな自動扉を抜けるとそこは天国だった。大げさだが、野乃香はほんの一瞬そう思った。冷えた空気が全身にぴたりとくっついて、じわじわと野乃香の体温を下げる。汗が乾いていく感じがたまらない。ビーチサンダルの底をわざと離して足の裏までぬかりなく冷やした。

 ここでやっと本題に入る。野乃香はやよに何かをあげようと考えた。思い立ったが吉日でここまでやってきたのはいいけれど、その「何か」が決まっていないのが問題である。野乃香ははたと立ち止まり、考えてみた。

「やよに何すればいいんだろう」

 こんなこと今まで考えたことがなかった。何でもしてもらって当たり前だと思っていたわけではない。そもそも、世話になっているという感覚がなかった。さっき衣都に言われてようやく自覚しだしたのだ。それと同時に自分がやよにしてあげたことなど何もないということにも気づいた。やよは本当は自分に嫌気がさしているのではないか。自分が困ったちゃんだから仕方なく何でもしてくれているのか。あれこれ考えてみると、少し不安になった。

 でも、元気がとりえの野乃香だ。そんなことを考えても仕方がない。もしそうだったとしたら、これから変わればいい。やよに感謝を伝えれば、きっとやよはわかってくれる。だから感謝のことだけを考えよう。そう結論に至ると、さっきの暑さを完全に忘れて元気を取り戻した。

「よし」

 野乃香はエスカレーターを駆け上がっていった。

 二階には洋服屋があちこちにあって、野乃香は左右に首を振りながらぶらぶらと歩いた。

「このワンピース涼しそう」

 水色を基調とした服が通路に面してずらりと並んでいる店にふらっと立ち寄る。派手すぎず地味すぎず、人を選ばないデザインで、店の中にはいろんなタイプの人がいた。

 ただ、野乃香が目をつけたのはデザインではなく着やすさである。涼しそうで、すっぽりかぶるだけのワンピースは夏の普段着にもってこいだった。

 上から下までチェックすると、ハンガーごとワンピースを手にとって体に当ててみる。

「なかなか」

 少し離れたところにある鏡に全身を映して眺め、満足すると値札をつまみ上げた。

「げ。高い」

 心の声が外にもれている。野乃香はそっとワンピースを元に戻し、

「ま、買うつもりじゃなかったし」

と言って店から離れた。

 通路に戻ってまたきょろきょろしながらゆっくりと練り歩く。夏物の洋服やアクセサリーが右や左から野乃香を誘う。途中で気がついたのは「七夕フェア」の文字。どの店にもそういう張り紙がしてあった。いくら以上買えばポーチがもらえるとか、二つ買えば割引きになるとか、野乃香の財布事情に合わないものばかりだったので、野乃香はウィンドウショッピングという手法に完全に切り替えた。

 見るだけ見るだけ。そう言い聞かせながら店の中をすみずみまで偵察する。うっかり長居すると店員に話しかけられて、適当に返事をしながらそろりと店を出る。

「お店のお姉さんてよくあんな声で喋れるよねえ」

と、どうでもいいことに感心しながら気ままに楽しんでいた。

 気になる店をひととおり見て気が済むと、野乃香は二階のすみにいた。最後はお決まりの本屋で締める。漫画の新刊が出ていないか確認をしてからエスカレーターで下りた。

 ビーチサンダルが脱げないように指に力を入れてエスカレーターの最後のステップを越えると、目の前にはアイスクリーム屋が光を放ちながら構えていた。

「アイスだ!」

 野乃香は小走りで店の前の看板まで行った。

「七夕パフェ」

 物欲しそうにみつめながら文字を読み上げる。そこで不意に野乃香はやよの言葉を思い出した。

「アイスは先に食べちゃだめだからね」

 昨日の帰り道に野乃香はやよに釘を刺されていた。野乃香がアイスクリームを見るとすぐに食べてしまうのをやよは充分に知っていた。みんなでそろって食べるって毎年決めてるでしょ、という言葉が続けて思い出される。でも、のどは渇いていて、まだまだ冷やしたりない。それに朝ごはんから時間がたって、小腹も空いている。野乃香の心は揺れたが、そこはぐっと我慢した。

 見ていてもみじめなだけなので、思い切って看板に背を向けた。そこでまた何かに気づいた。

「あたし何しにきたんだっけ?」

 野乃香は三秒考えた。

「あ!」

 思い出して三秒、野乃香はひとまず歩きだした。

「どうしようかな」

 ここの一階のほとんどは食品の店なので、もう一度二階へ行ってみることにした。ここでお菓子なんて買っていったらやよに怒られてしまう。今日はみんなで屋台で食べるって言ってたのに。そう言って呆れた顔をするやよが容易に想像できた。あげるなら食べ物以外。これが第一条件だった。

 ぐるりと回って上りエスカレーターに足をのせる。後ろに乗った親子が、

「七夕パフェおいしかったね」

と、楽しそうに話しているのが聞こえた。

 野乃香は後ろ髪を引かれてちらっと振り返ったが、我慢、と唱えてエスカレーターを駆け上がった。

 さっきと同じ道を、今度はやよのことを考えながら歩く。水遊びに役立つ短パンや目立つ真っ赤なリボンを横目に通り過ぎていく。そんなものきっとやよは欲しがらないから。やよは何が欲しいんだろう。考えてもなかなか思いつかない。

「こんなに仲良しなのに」

 やよのことなんか全然考えていなかったのかもしれない。贈り物ひとつすぐにみつけられないなんて。いつも一緒なら何が好きで何が今欲しいのかぐらいぱっと浮かびそうなものなのに。野乃香は空しさと苛立ちを感じながらも、贈り物探しを続けた。やよにごめんね、と言いたいのではなくて、ありがとう、と言いたいのだから、あきらめるわけにはいかなかった。

 じっくり見てまわったのに、何も得られないまままた本屋の近くに戻ってきた。

「何もみつからないよ」

 さすがの野乃香も少し声のトーンが低くなった。そのまま意味もなく左右を見回してみる。

「あれ、ここ雑貨屋じゃん。小さくて見逃してたんだ」

 よく見ると本屋のひとつ手前に小さくてかわいい雑貨屋がある。手作り風のマスコットやかばん、バラのついた手鏡に色鮮やかな便箋など、乙女心をくすぐる品々がところ狭しと並んでいた。ただ、店が小さくて入りにくいのか、たまたまか、店の中に客はいなかったが、野乃香は気にすることなく足を踏み入れた。店の中には手作りポップが飾ってあって、「七夕フェア実施中」と書かれていた。

「ここなら何かみつかりそう」

 野乃香は急に元気になって、五分もたたないうちに、

「これください」

と、レジに向かっていた。

 野乃香はにんまりして店をあとにした。ある種の達成感を感じながら携帯電話をなんとなくポシェットから取り出してみると、二時四十分という数字が目に飛び込んできた。

「まずいぞ」

 待ち合わせは三時ちょうど。ここからささらさ山まで歩いて三十分。このままでは間に合わない。山には自転車で行けないから今日はあえて徒歩で来たのだ。自分の足で向かうしかない。これ以上考えている暇はない。気づけば野乃香は走り出していた。

 ショッピングモールへ来たときよりも気温は明らかに高かった。でもそんなことに構っていられない。野乃香は陸上部よろしく道をまっすぐ駆け抜ける。ポシェットが腰のあたりでぱたぱたと揺れているが、小さいから邪魔にならない。動きやすさ重視の野乃香ならではの選択だった。

 買い物袋を両手にさげているおばさんからできるだけ離れて通り抜け、近所の人がまいた水でぬれているところを飛び越えて走り続けた。日の光は明るくて暑いけど、全身で切る風は気持ちよかった。

 そう思っていたのははじめのうちだけで、野乃香の速度は少しずつ落ちていった。息が上がっても早歩きだけは維持してささらさ山のふもとまで必死で進み続けた。

 ささらさ山正面のふもとにはバス停があり、そこは野乃香たちの定番の待ち合わせ場所だった。やっとバス停が見えてきた。野乃香は安心して歩く速さを普通に戻した。どうやら誰かがバス停の前でこちらに向かって手を振っている。少し距離はあるが、その雰囲気で誰だかわかる。あれはやよとすずみだ。野乃香は手を振り返しながら駆け足でバス停に急いだ。

「時間ぴったりだね」

「間に合ったあ」

 野乃香ははあはあと息をしている。

「のの、顔赤いよ。相当走ってきたでしょ?」

「ばれたか」

「ちょっと休もっか」

 三人はバス停から少しずれて山の入口の石段に座った。暑いと言ってだらけている野乃香の横でやよが小さい水筒にお茶を汲んでいる。

「はいどうぞ」

「おお。ありがと」

 やよからコップを受け取ると野乃香は一気飲みした。

「生き返るねえ!」

「その元気なら心配ないな。もっといる?」

「いるいる!」

 結局野乃香はやよのお茶を全部飲んでしまった。そのころにはずいぶん落ち着いて、ほてった顔も涼しげになっていた。

「おいしかった!ごちそうさま」

「いいえ。持ってきてよかったよ。まさかこんなに好評だとはね」

 三人は声をそろえて笑った。

 話が一段落すると、すずみがやよの横からひょっこりと顔を出した。

「ねえののちゃん、いとちゃんは?」

「それがね、お姉ちゃんバイトでさあ」

「え、そうなの?」

 すずみは意外そうな顔をしている。

「そう。だから来るのは七時だってさ。付き合い悪いよねえ」

 野乃香は目を細めて非難する。

「でも七時には来るんだね」

「うん。来なかったら電話かけまくるって言っといたから」

「じゃあコンサートはいっしょに行けそうだね」

 すずみは嬉しそうに笑った。

「そうだね。今日は天気もいいしね!」

「暑すぎるぐらいだけどね」

 手を振ってやよは顔に風を送った。

「暑いよほんと。やよのは涼しそうでいいなあ」

「そう?」

「うん。おだんごいっこで首がすっきり」

 やよは長い髪をひとまとめにして頭のてっぺんでおだんごを作っている。手先が器用なやよは自分できれいな髪型をいくらでも作れる。すずみのおさげもやよが編んだものだ。一方野乃香は適当に髪を半分に分けて下の方で二つに結っているが、すぐにぼさぼさになる。それは今日も例外ではなかった。

「ほら、後ろ向いて」

「ほい」

 やよは野乃香の髪をほどき、手でといてからきっちり二等分すると、一度留めてからくるくると巻いてピンできれいに押さえた。あっというまにおだんごが二つ完成した。

「はい、できあがり」

「どうなったの?見えないよー」

「こうなったよ」

 すずみはかばんから手鏡を出して野乃香の顔の横にかざした。

「おお!おだんご!やよは上手だねー!」

「おそろいだよ。さ、そろそろ登りますか」

「おー!」

 野乃香とすずみの声があたりに響いた。それに混じって小鳥のさえずりが聞こえ、そのまま山の上の方に声が飛んでいった。

 ささらさ山はとても低い山で、丘というには高いから、町の人たちは昔から山と呼んでいる。だから、登るといっても五分ほどでてっぺんに着いてしまうのだ。とはいえ、夏の真っ昼間に五分間ひたすら階段を上り続けるのは結構な重労働。祭りの日は大勢がてっぺんまでやってくるけれど、準備に携わる人以外は日が傾いてから来る。でもそれはたいていの人の話。ここにいる元気娘たちには関係のないことだった。常日頃からこの山に登っている野乃香たちにとって、ささらさ山に登ることは、ちょっとコンビ二に行くことと変わらないのだ。

 階段の途中で道を外れて低い木に止まっている小鳥を観察したり、ひとつ飛ばしで階段を上ったりして上を目指す。

「お祭り楽しみだねー!早くアイスとか食べたいな」

「アイスは衣都ちゃんが来てからだよ。その前にクレープ食べようよ」

「あたしかき氷がいいな」

 毎年こんな調子で昼間から山に登る。七夕祭りは野乃香たちにとって大切なお楽しみなのだ。

「着いたー!」

 低い山だけれど、頂上まで登ると小さな町が一望できる。野乃香にとっては、物語の中の素敵な風景で、ここへ来ると心が躍る。今なら何でもできる、いつもそういう気になるのだ。

 三人は横に並んで心ゆくまで明るい町を眺めた。視線はそれぞれ違うのに、不思議な一体感がそこにはあった。

「そういえばさ」

 遠くを見たままやよが話しはじめた。

「ささらさ山の主って本当にいるのかな?」

「どうなんだろうね」

 ささらさ山の主とは、この町の言い伝えみたいなもので、噂話に近いものでもあった。ささらさ山には昔から主が住んでいて、それは少女の格好で人前に現れる。困っていた少女が何人も見知らぬ少女に助けられたことから、主は少女を助けるという話になり、現在ではそれが発展して女の子の願いごとを叶えてくれる、ということになっている。それでときどき制服を着た女子学生がここで祈る光景が見られる。

 うわさ好きやミーハーなクラスの子はそうやって願掛けをして盛り上がっていたが、野乃香たちはあまり関心がなく、この山の常連なのにそんなことほとんど思い出したこともなかった。

「なになに、やよ、お願いでもあるのかい?」

 にやつきながらやよに顔を寄せた。

「ううん。ふと思いついただけだよ」

 すましているやよを見て野乃香は少しがっかりした。

「なんだ、つまんない」

「でもさ」

 今度はすずみが口を開いた。

「山の主は女の子の味方なんだよね?だったら本当にいたらいいのにな、って思っちゃう」

「すずはかわいいこと言うねえ」

 野乃香は目いっぱい大人ぶって見せた。

「ののはこうなったらいいのに、とか、ああだったらいいのに、とかそういうのないの?」

 やよは野乃香の顔を見た。

 野乃香は上を見て少し考えた。

「そうだなあ。あたしは今がしあわせだからなあ。あ、そうか。ずっとこのままだったらいいのにな、って思うかな」

 やんちゃそうに歯を見せて笑うと、やよはコクコクとうなずいた。

「ののはののだなあ」

 やよはくすっと笑ってまた遠くに視線を戻した。

「そうだ!七夕の匂いをかぎにいこう」

 野乃香は急に思い出して山の端の方を指差した。

 山の中央は切り開かれていて、木はないが、その周囲には数種類の木が多く立っている。足下には野草がびっしりと生えそろっていて、季節ごとに異なる香りを醸し出す。野乃香はその香りが好きで、ことあるごとに、匂いをかぐ、と言って木の中に入っていく。はじめは怪訝そうにしていたやよたちも、今では野草の香りが気になるようになっていた。

 思いつくとそのまま行動してしまう野乃香はすでに歩き出していた。その後ろをやよとすずみがついていく。少し歩いて木々の中に身をおくと、同じ山とは思えない雰囲気に息を呑む。ひょっこりうさぎや妖精でも出てくるんじゃないかと思ってしまう。歩みを止めて、三人そろって深呼吸をしてみる。

「今日はさわやかなハーブティー」

「ほんの少しだけ甘い香りも」

「心がすっきりする感じ」

 三者三様の感想を述べてただじっと立っている。密かにぜいたくを味わえるひとときである。

 体中の空気が入れかわった気がしたところで、野乃香たちは山の真ん中へ戻った。おいしい空気を吸い込んだからか、さっきより体が軽い。

「よし、次はあれにしますか!」

「今日もやるの?」

 やよは明らかに乗り気ではなかった。

「やろうよ!今日は七夕だよ?」

「だから嫌なんだよ。暑いもん」

「えー。一回でいいからやろうよ。やろうよ!」

 野乃香はやよの片腕をつかんで思い切り揺らした。

「もうわかったよ。一回だけね」

「やったあ!」

 ぱちんと両手を合わせると、すずみに人差し指を立てる。

「すず、よろしく!」

「はーい。いくよ?」

 すずみは二人から離れると、すっと息を吸いこんだ。

「ようい、どん!」

 目印になる木から木の間を全力疾走する。そしてどちらが早いかを競う。要するに徒競走だ。野乃香もやよも足が速い。勝負は常に互角。やる気満々の野乃香ははじめから飛ばしてくる。仕方なく付き合っているやよも勝負に手は抜かない。立ち上がりが一瞬遅れたものの、中盤から追い上げる。ゴールにはすずみが立っている。どちらが勝つか、最後の最後までわからない。すずみはまばたきをせずに最後の瞬間を見届けた。

「ゴール!」

 すずみがまっすぐに右手を上げた。

「お姉ちゃんの勝ち!」

 全力疾走を遂げた二人はその場に座り込み、息を止めていた分を取り戻そうと肩を上げて呼吸している。

「あー!今日は負けかー!」

 野乃香は悔しそうに土を叩いた。

「七夕の日に勝つって、なんか縁起がよさそう」

 やよは嬉しそうに両手を上に伸ばした。

 その様子をすずみが楽しそうに見ていた。すずみは二人が仲良くしているのを見ると自分まで楽しくなるのだった。

「ねー。のど渇いたよ。なんか飲みにいこうよ」

「じゃあ、うちへ来る?冷えたお茶が冷蔵庫にたっぷりあるよ」

「行く行くー!」

 二人は立ち上がると、階段の方へ歩き出した。すずみはそのあとを一歩遅れてついていった。

 ささらさ山からやよの家は歩いて五分ぐらいのところにあるので、野乃香の家へ行くよりも断然早くお茶を飲める。そういうわけもあって、野乃香はしょっちゅうやよの家へお邪魔する。

「ただいま」

「あら、おかえり。もう帰ってきたの?」

 やよの母親は買い物から帰ってきたところで袋から牛乳やトマトを丁寧に出していた。

「ちょっとお茶飲みにきただけ。ののも連れて」

「こんちはー!」

「こんにちは。やよ、外は暑いからしっかり水分とってゆっくりしてから出かけたら?」

「そうだね」

 先に手洗いを済ませたやよは大きめのコップを三つ出してきて、均等に麦茶を注いだ。

「ののちゃん、二階に行こう」

「おう」

 やよがコップをお盆にのせているあいだに、すずみはやよを連れて自分たちの部屋に行った。

 部屋に入るなりすずみは網戸だけ残して窓を全開にした。すうっと心地よい風が部屋に入り込み、部屋の温度は下がっていく。

「お待たせ。はい、どうぞ」

 やよはお盆を静かに机の上に置いて、二人にお茶を配った。

「いただきまーす」

 ぐびぐびと麦茶をのどに流していく。その速さには目を見張るものがある。

「ちょっと、一気に飲んだらお腹壊すよ」

「大丈夫だよ。いつもやってるもん」

「まったく」

 まだ半分以上残っているお茶を両手に持ちながら、やよは野乃香の飲みっぷりを見届けた。

「すず、あんたはやっちゃだめ」

 ぴたっとすずみの手が止まる。すずみも相当のどが渇いていたらしく、早くのどを潤そうとどさくさに紛れて飲むスピードを上げていた。でも、やよはそんなことお見通しで、すずみにもちゃんと目をつけていた。

「はあ。生き返りますなあ」

「のの、それさっきも言った」

 うんうん、とすずみも一緒になってうなずいた。

「だってこれがいちばんしっくりくるじゃん」

「年寄り臭いな」

「よいではないか」

と言ってから伸びをして、そのまま床に寝そべった。

「やよの部屋は居心地いいねえ」

「そりゃどうも。そんな格好してたら余計に暑くない?」

「これが意外と快適よ」

「ならいいけど」

 部屋の空気はすっかり入れかわり、風が吹くたび涼しい膜が体を覆う。三人はしばらく黙って風に浸っていた。

「ねえ、ののちゃん」

「なにー?」

「いとちゃん今日朝からずっとバイトなの?」

「いや、昼過ぎからだって。朝はあたしの家庭教師やってたよ。やっていらんのに」

 野乃香はさも嫌そうな顔をした。

「いとちゃんに勉強教えてもらってるの?いいな。いとちゃん頭いいもんね。あたしも教えてもらいたいな」

「えー、やめといた方がいいよー。叩くわ蹴るわのスパルタ授業だよ」

「それはののがちゃんとしないからでしょ?」

 やよは冷静に事実を突きつけた。

「いやいや、そんなことないから!お姉ちゃんが厳しすぎるんだよ」

 手足をばたつかせて必死に反論する。

「でもいつもいとちゃん優しいよ」

「すずは騙されてるんだよ、あの外面に。というよりお姉ちゃんは外面もあんまりよくないけどね」

「そうかなあ?」

「そうだよ!勉強のことになったら特に鬼!」

「じゃあ、いとちゃんに怒られないように今から勉強する?」

 それを聞いて野乃香はばねのように起き上がった。

「やよ、それはやめよう!」

「うそだよ」

 ちりん、とどこからか風鈴の音が聞こえた。汗もすっかりひいて、野乃香たちは完全にくつろぐ体勢になっている。風流だね、とかなんとか言いながら誰も少しも動かない。日が少し傾いて七夕祭りが近づいてくる。わくわくしているはずなのに、野乃香はだんだん眠くなってきた。祭りを楽しみにしながらうとうとするのもいいな、とすでに半分夢心地である。その横で同じようにすずみもゆっくり目を閉じてはときどき思い出したように開けている。

「のの、寝ちゃうの?」

 野乃香の顔を上から覗きこみながらやよはきいてみた。

「寝ないよー」

と言いつつ目が半分閉じている。

「ちょっとだけだよ」

 やよはささやいて、野乃香の横に座った。ふと見てみると、すずみも静かに寝息を立てていた。時計を見て三十分だけ寝かせてあげよう、と決め、静かに二人を見守った。

「さあ、出かけるよ」

 大きめの声で言うと、すずみはぱちりと目を開けてきょろきょろした。一方野乃香の耳にはまったく届いておらず、微動だにしない。やよは野乃香の顔の前にしゃがみこんで、頬を二、三度叩いた。

「お祭り始まっちゃうよ」

「は、い」

 返事から数秒、野乃香はもぞもぞと動いて体を起こした。

「もう五時過ぎたよ」

「え!もうそんな時間?」

 横になってしっかり寝ていたくせによく言うよ、と思ったが、言うのも面倒なのでやよは何も言わずにかばんを肩からかけた。

「お母さん、ささらさ山に行ってくるね」

「いってらっしゃい」

「お邪魔しましたー!」

「気をつけてね」

 外はだいぶ橙色になっていて、家々に反射する日の光が穏やかできれいだった。歩いていても、もう汗はかかない。三人は揚々とささらさ山へ向かった。

 ささらさ山正面のバス停には、野乃香たちのように待ち合わせで誰かを待つ人が何人もいた。みんなそろそろ祭りへ繰り出すころだ。

「よし、元気出たから二段飛ばしで行こうかな」

「やめときなよ。これから夜までうろうろするんだから。それにライブで盛り上がるって言ってたじゃん」

「ちぇ。わかりましたよー」

口を尖らせてすねる野乃香に、

「疲れちゃったらアイスもおいしく食べられないよ」

と、やよは諭した。

「アイスがあるんだった!ん?待てよ」

 階段の一段目に足をかけたところで、野乃香が腕を組んで止まった。何を言い出すのかと、やよとすずみは黙って野乃香を見ている。

「あたし、昼ごはん食べてない!」

 階段を上がるにつれて人の数が増えていく。出店の準備が整って開店したばかりのようで、「もうすぐ焼けるよ」という近所のおじさんの威勢のいい声が聞こえてくる。

 頂上には出店がずらりと並び、その先にはこじんまりとしたステージが設置されている。ここで六時から地元のアマチュアバンドによるライブが行われ、管弦楽のコンサートが終わると祭りはお開きとなる。

 五時過ぎはまだ明るく、山の上に集まっているのは学生ばかりで、普段の放課後とまだ変わらない。

「お腹空いた!早く何か食べようよ」

「クレープにしよ。いいでしょ?」

「何でもいい!お腹空いた!」

「そんなに大きな声出さなくても。じゃ決まりね。クレープ屋さんを探そ」

 出店は階段から数メートル離れたところから始まり、真ん中の広場まで続いている。たい焼き、団子、クッキー、プリン、パンケーキ。見事なまでのお菓子の行列。焼きそばにカレーライスなんてメニューはない。この町で七夕祭りといえばお菓子の出店が定番なのだ。でもさすがに甘いものだけでは飽きてしまうから、醤油味の団子や塩気の効いたパンケーキなんかも取りそろえている。

「クレープはどこかな?」

 野乃香たちはクレープの匂いを求めて広場に向かって歩いた。いい匂いがするたびに野乃香が吸い寄せられていくのをやよが制止しながら目的地を目指していると、すずみが、

「あれじゃないかな?」

と、左前方を指差した。

 見ると、斜めからだが「クレープ」と書いてあるのがわかった。その下にはフライパンみたいな丸い鉄板とホイップクリームが置いてある。

 野乃香は気づくなりクレープ屋に向かって走りだした。それがすごく自然だったので、つられてやよとすずみも走りだしてしまった。

「いらっしゃい」

 丸い鉄板の後ろには、二十歳ぐらいの女の子が立っていた。愛想よく笑うと、野乃香たちに声をかけてきた。

「クレープはいかが?おいしいの作るよ」

「食べる!どれにしようかな」

 野乃香はメニューに真剣なまなざしを向けた。

 白い厚紙にクレヨンで書かれたメニューはかわいらしく、購買意欲をそそる。種類はデザート系七種におかず系三種の計十種と、祭りの出店にしては豪華だった。

「お姉さん、ツナじゃがチーズ大盛りで!」

「大盛りなんてないでしょ」

 余計なことを言わないでよ、という風にやよは野乃香に言った。

「いいよ」

 クレープ屋の女の子は笑った。

「一人目のお客さんだから特別に大盛りにしてあげる」

「やったー!」

 野乃香は早々と財布から小銭を出して支払いを済ませ、クレープ生地が丸く焼き上がるのをじっと見ていた。

 いつのまにかすずみが野乃香とやよの間に入って、同じようにクレープ生地の行方をずっと追っていた。

「はいよ、大盛り!」

「おっきくてほかほかだ!ありがとう」

と言って、野乃香は片手でしっかりと握った。

「もう」

 やよは恥ずかしそうに小さなため息をついた。そして、野乃香のクレープが冷めないうちに注文しようと、メニューにざっと目を通した。

「チョコバナナください」

「わたしはプリンミックス」

 すずみは続けざまに自分の注文をする。

「すず、順番に言わなきゃ」

 小学生の妹に注文の仕方を教える姉は、店の人にすみません、という意味を込めて小さく頭を下げた。

「いいよいいよ」

 女の子は余裕の表情をしている。

「すみません」

と、やよはすずみの分とまとめてクレープ代を払った。

 丸い鉄板の上で薄い生地がきれいに焼けると、軽く宙に浮かせて隣の木の板に移す。そこから鮮やかな手さばきで具を均等に盛り付けていき、見栄えよく巻いてできあがり。

「はい、お待ち」

 こうしてあっというまに二人分のクレープがそれぞれの手に渡った。

「大きい」

 やよは思わず口に出した。

 すずみは嬉しそうに目を輝かせている。

「ありがとうございます!」

と、声をそろえて三人はクレープ屋に手を振り、広場まで大事そうにクレープを抱えていった。

 広場の真ん中、特設ステージでは出番を控えたバンドが音鳴らしをしていた。それをBGMに、野乃香たちは少し離れた岩の上に陣取っておやつの時間を始めた。

「いただきまあす」

 野乃香は大きく口を開けてクレープにかぶりついた。

「おいしい!」

「のの、口から出たよ」

 横でやよは静かに食べている。

「ののちゃんのおかげで大きなクレープ食べられてよかったよ。ありがとう、ののちゃん」

「いいってことよ」

 野乃香が歯を見せて笑うと、すずみも真似して笑った。

「調子いいなあ」

 呆れながらも、野乃香が無邪気なのがおかしくなって、やよもつい笑ってしまった。

 夕空の下で、町を眺めながら食べるクレープは格別だった。それに、野乃香にとって、気のおけない仲間と笑い合う時間はこの上なくぜいたくだった。

 お腹が空いていただけあって、野乃香の食べっぷりは他の二人と比べ物にならなかった。やよが三口ほど食べたところで、野乃香の大きなクレープは半分以下になっていた。

「あ」

 やよは小さな声を出した。

 それに反応して、野乃香とすずみも顔を上げた。

「高井さんと西延くんだ」

 野乃香たちの視線の遠く先では、クラスメイトが二人仲よくソフトクリームを手に歩いていた。

「あの二人って付き合ってたの?」

「知らない。まあ仲はよさそうだね」

 何とはなしに、二人の行方を追う。

「あのソフトクリーム何味だろ」

 野乃香はソフトクリームに熱い視線を送った。

「ねえ、ののは誰かと付き合いたい?」

 やよは野乃香の顔を見た。

「あたしにはよくわかんないや。まだ早いよそんな話」

 目を閉じ、おちゃらけて自分の頭をさする。

「そうだよね。ののには早いよね」

「なにさそれ!やよにだってまだ早いよ」

 頬を膨らませてすねる野乃香にやよは、あははと笑った。そして、何の前触れもなく野乃香のクレープを一口頂戴した。

「あ!やよ、ずるい!」

と言って、野乃香も負けじとやよのクレープにかじりついた。

「チョコバナナもおいしいな」

 やよがぼうっと見ていると、二人はステージを通りすぎて広場の隅へ行ってしまった。

 ステージのライトが点いたり消えたりしはじめ、マイクのハウリング音のようなものが聞こえた。本格的にステージが動きだし、ライブは開演間近だった。

 気がつくとステージの前には人が集まっていて、喋り声が重なって賑やかだった。

 二つのスタンドマイクの前に二人の女子高生がギターをぶら下げて立ち、静かにつま弾き始める。すると、ばらばらに喋っていた人たちが一斉に口を閉じて、アコースティックライブの観客に早変わりした。

 野乃香たちはそれを後ろの方から眺める。クレープをすっかり食べてしまった野乃香は、指先に残ったクリームをなめると、ギターの音に耳を傾けて軽くリズムをとった。やよはクレープを食べながらときおりステージに目をやった。

「お腹が落ち着いた」

「それはよかった。なんせ大盛りだったからね」

「やよのだって大盛りだったじゃん。すず、全部食べられる?」

 野乃香は身を乗り出して、やよの隣にいるすずみのクレープを見た。すずみの手にはクレープがまだ半分以上残っている。

「もうお腹いっぱい」

 口の中のものを消化しきれないまますずみは答えた。クレープを持った手は膝におかれて、口元に運ばれそうにはなかった。それを見てチャンスとばかりに、

「じゃ、ちょうだい」

と、野乃香は腕を伸ばした。すずみは言われるがままにクレープを野乃香に差し出した。

「やった!いただきー」

 受け取ったその勢いのまま口にクレープを持っていくと、さっきと変わらないペースでどんどん食べていく。

「お腹は落ち着いたんじゃなかったの?」

「落ち着いただけで、満足したとは言ってない」

「ああそうですか」

 穏やかな歌声と野乃香のがさつな食べ方が不釣り合いで、 やよはそれに気づいてからライブに集中できなくなってしまった。

 野乃香が一心不乱にクレープを食べているあいだ、やよとすずみはぼんやりとステージを眺めていた。

 さっきより少し空が暗くなり、ライトの存在感が増す。日光の熱も散ってしまい、じっとしていると涼しくて快適だった。

 薄暗い空のグラデーションがきれいで、なぜだかわくわくした。すずみは空を見上げて、

「天の川見られるかな」

とつぶやいた。

「今日は天気がいいからきっと見られるよ」

 やよがすずみの頭をなでる。

「今年もみんなで天の川鑑賞だよ」

 いつのまにかすべて食べ終えた野乃香は天上を指して言った。

「いとちゃんはまだ?」

 野乃香と同じように身を乗り出してすずみは尋ねた。

「あと三十分はあるな」

 携帯電話をポケットから取り出して時間を見る。

「三十分かあ」

「お姉ちゃんが来るまでひと遊びする?そしたら七時なんてすぐだよ」

 野乃香はさっさと携帯電話をポケットにしまって、岩から飛び降りた。答えを聞く前から遊ぶ気充分だ。

「うん、そうする」

 すずみも岩から離れると、野乃香は歩きだした。それでやよは仕方なく二人の後を追った。

「のの、どこ行くの?」

「あっちの大きい木。腕が鈍ってないか確かめるの」

 あっちの大きい木とは、野乃香たちがよく登る木で、広場を通り越して奥の方に行くと見えてくる。近所の小学生が遊んでいることもあるが、最近は人気がないのか、そんな光景は稀だった。上の方まで登るには少しコツがいるから、慣れた者しか上まで行くことができない。けれど、そこから見えるささらさ山頂上一面は絵本の挿絵みたいにメルヘンで、野乃香たちはそれが好きで思い出すとつい登ってしまうのだ。

 今日もなんなく三人で特等席につき、その眺めを堪能する。そうしていると三十分なんて本当にあっというまだった。

 衣都からの電話に出ると、三人はステージの前まで戻って衣都が到着するのを待った。その前に、木登りをしてお腹が空いたからといって団子をつまんだことは衣都には内緒にしておいた。

 さっきのアコースティックライブはとっくに終わって、今は何番目だかの出演者が演奏をしている。ドラムも置かれてノリのいいバンドが観客を盛り上げ、お祭り気分も高まっていた。

 野乃香は調子よく右手を振り上げて、すっかり観客と一体になっている。

「ほら!やよも!」

 やよの手を無理やり引っ張って頭上にかざす。

「あたしはいいよ」

 照れがあるのか、やよは抵抗した。

「いいじゃん、今日はお祭りだよ。やよ!やよ!」

 かけ声の代わりに人の名前を呼ぶ野乃香に、恥ずかしさを通り越してだんだん呆れてくると、吹っ切れたようにやよも右手を上げてリズムをとった。

 それを見ていて面白くなってきたすずみも飛びはねてリズムに乗った。

「ずいぶんご機嫌だね」

 後ろから声がして、野乃香とやよは同時に振り返った。

「お!やっと来たか」

「お待たせ」

 そこにはすずみの頭をなでる衣都がいた。

「衣都ちゃん早かったね」

 時計は七時少し前を指している。

「うん、片付けが順調に終わったから。七時過ぎるかなと思ってたんだけどね」

「遅刻は許しませんよ」

「なんであんたは偉そうなんだよ」

 いつもの姉妹のやりとりに、もう一方の姉妹は楽しそうに笑った。

「ねえ衣都ちゃん、お腹空いてない?」

「ちょっと空いてるかな。今日ゆっくり休憩とってないし」

「お店忙しかったの?」

 すずみが衣都の方を見上げた。

「七夕だし。ここらへんはお祭りっていうとみんな元気になるからね」

「じゃあ、そこのたい焼き食べよう」

 野乃香が数メートル先の屋台を指差した。

「あんた、先にいろいろ食べてんのにまだ食べるの?」

「いや、今日はそんなに食べてない」

「あっそう。ま、近いしたい焼きでいいよ。あたしの分も買ってきて」

 そう言って衣都は野乃香に小銭を握らせた。

 野乃香は間をおかずに屋台へ歩きだした。

「すずはいる?」

「一個は食べすぎな気がする」

「わかった。半分つしよ」

 数を決めると、やよは野乃香とたい焼きを買いにいった。

 残った二人は近くのベンチがちょうど空いたのでそこで陣取りして待った。

 七時ともなると、ようやく日は沈んで頭上は夜空になった。夕方より気温は下がっているはずなのに、人々の熱気のせいか、衣都たちは少し暑く感じていた。

「あんこだよ」

 何分もたたないうちにたい焼き組みは戻ってきた。野乃香は衣都にあんこのたい焼きを渡すと衣都の横に腰掛けた。

「すず、あんこでいいよね?」

 すずみの隣に座り、やよはたい焼きを上手に二等分した。

 焼きたてのうちにと、四人揃って早速たい焼きをかじる。

「ののちゃんのは中身何?」

「クリーム!たい焼きといえばクリームだよ」

 野乃香の答えに軽くうなずきながら、すずみは小さい一口でたい焼きを食べ続けた。

 ドラムの音が長く響き、拍手が沸き起こった。次のプログラムに移るようだ。それを機に立ち上がる人がいくらか出ると、広場が人の声でざわつきはじめた。

 同じようなタイミングで衣都が立ち上がり、

「何か飲み物買ってくる」

と言った。

 野乃香たちのいないあいだに飲んでいたらしいアイスティーは空になっていて、それを証明するように揺らしてみせた。

「あたしも行く」

 すずみも立ち上がり、衣都の横についた。

「あたしは炭酸がいいな。一本でいいよ。やよといっしょに飲むから」

 座ったまま野乃香は衣都に注文する。

「また勝手に決めて。やよちゃんは?」

「一本も飲めないからののと半分つでいいかな」

「そう?炭酸でいいの?」

「うん」

 やよの意思を確かめると、衣都とすずみは飲み物を買いに歩いていった。

「この時間お店はどこも人がいっぱいだから時間がかかるかもね」

 やよは広場と屋台の列を交互に見た。

「べつにいいや。やよとステージ見てたらすぐだよ」

「まあね。ののといると時間が短く感じるよ。うるさいから」

「うるさくないもん。元気があると言っておくれ。あ!次のライブ始まったよ」

 野乃香は元気よく飛び上がると、手拍子をして歌いだした。そして、やよの手を引っ張って無理やり立たせた。

「ギターってかっこいいよね」

 ギターのソロを聴いて感化された野乃香は興奮をやよに伝えた。

「そう?でも弾いてる人はそんなにかっこよくないよ」

「そうかなあ?」

 野乃香は背伸びをしてギターをよく見ようとした。そこへ、衣都たちが帰ってきた。

「ただいま」

 衣都から炭酸ジュースをもらうと、野乃香はギターのことは忘れて缶のタブを引くのに夢中になった。力を入れすぎて、蓋が開いたときに缶が揺れて中身が少しこぼれたが、気にしていなかった。そしてそのまま先に一気飲みをして、やよに缶を向けた。

「はい、半分」

「もう半分飲んだの?」

「飲みだしたら止まらなくて」

「何言ってんだか」

 やよは野乃香の顔を見つつ、残りを少しずつ飲んだ。

 それからライブはまだ一時間ほど続いたけれど、本当にあっというまだった。四人で立って盛り上がってみたり、騒ぎ疲れて座ってみたり。今日は何をしていたのかと衣都がきけばやよが答え、バイトがどうだったのかとすずみがきけば衣都はうまく説明してみせた。結局のところ、野乃香だけはほとんどライブに参加して、他の三人の会話には入らなかった。それぞれが思い思いの過ごし方をしても同じ空間にいるだけで不思議な一体感があった。傍から見れば、仲のいい姉妹に見えたかもしれない。少なくとも野乃香にとっては四姉妹であるといっても何の違和感もないのだった。

「のってたら暑くなっちゃった」

 野乃香は勢いよくベンチに座り、両脚を思い切り伸ばした。

 ライブが終わって辺りの音が沈む。四人は心地よい沈黙の中に佇んだ。ときどき吹く弱い風が頬に当たる。三度目の風に促されて野乃香はふと上を見た。

「天の川、見えてる」

 その言葉に反応して三人も空を見上げた。

「ほんとだ」

 黒とも濃紺ともとれる空に、白くぼんやりした細かい光が集まり横たわっている。気のせいかそこだけ明るく、その明かりが自分たちの足下まで届いているように思えた。

「今年も織姫と彦星が会えてよかったよかった」

「あんた、その話ちゃんと知ってんの?」

「なんとなく」

「ののちゃん、適当に言ってるでしょ」

 小学生にまで見透かされていても、野乃香は平気だった。細かいことは気にしない。

「でもさ、ここには彦星がいなくて織姫ばっかりだね」

 やよが自分たちのことを指しながら笑う。

「じゃあ、誰か彦星連れてくる?」

 野乃香はやよを馬鹿にするみたいに笑う。

「当てがあるの?」

「お父さん!」

「それはいいや」

 やよはしらけてそれ以上言葉を継がなかった。

「いとちゃんに彦星は?」

 すずみは興味津々といった風に目を輝かせた。

「うーん」

少し間をおいて、

「いないなあ」

と、衣都は答えた。

「そうなんだ」

「べつにさあ」

 話の腰を折っているとはつゆ知らず、野乃香は大きな声を出した。

「織姫四人でもいいじゃん、楽しけりゃ。それに織姫ばっかりなら雨で会えないこともないしね」

 突拍子もない発言に一瞬みんなの動きが止まった。そしてすぐにおかしくなって吹き出した。

「またばかなこと言って」

「ののらしいなあ」

「でも、雨でも会えるのはいいことだよね」

 すずみが人差し指を立てて言うと、

「でしょ!」

と、野乃香はすずみの肩をたたいた。

 七夕だからって気分が上がっているね、とか、そんなことをいい加減に話しているところに、衣都の携帯電話が鳴った。

「もしもし」

 衣都が電話に出ようが、野乃香たちはお構いなしに話を続ける。うるさいと感じた衣都は電話を耳に当てたまま、数歩前へ出た。そこでしきりにうなずきながら、周りを見回し、一分もしないうちに電話を切った。

「いとちゃん、用事?」

 戻ってくる衣都にすずみがいち早く声を掛けた。

「その先の出店を手伝ってほしいって友達が。お開きまでには帰ってくるから」

 そのまま行ってしまおうとする衣都を追いかけて、すずみは呼び止める。

「いとちゃん、邪魔しないからあたしもついていきたいな。いとちゃんが働いてるとこ見てみたい」

 じっとみつめられて数秒、衣都はにこりと笑って言った。

「いいよ」

 二人は手をつないで駆けていった。

 後には野乃香とやよが残され、突然の穴に二人は顔を見合わせた。

「あらら、行っちゃった」

「せっかく四人そろったのにね」

 ひとまずベンチに座り直し、ステージの方を向いた。

 喋っているあいだにステージは衣装変えをしたらしく、弦楽器や笛などが並ぶオーケストラ仕様となっている。いよいよ七夕祭りも終盤に差しかかかり、みんな穏やかに音楽を聴きながら天の川に思いを馳せる。家族や恋人が心通わせる、ロマンチックなひとときだ。

 それなのに、野乃香はやよと二人きり。友達同士で来ている人もいるし、それはそれでいいのだけれど、野乃香は何か物足りなさを感じていた。

「二人ともお開きまでに帰ってくるかな」

 ぽつりとやよが言う。

「うん」

 野乃香は上の空だった。

 二人はそれきり話をせずに、じっと空を見上げて音楽を聴いた。

 天の川はこんなにきれいなのにつまらない。きれいだね、と言うだけでは自分の心に響かない。音楽のせいで眠くなってきたなんて話しても面白くない。

 さっきまでの浮かれた気持ちはどこへ行ってしまったのだろう。

 こんなことを考えていたのは、たかだか十分か十五分のあいだだった。けれど、野乃香は何倍も長くて重い時間を過ごしたように感じた。

 そのとき不意に、やよの手が野乃香の手の上に置かれた。驚いて野乃香がやよの方を見ると、やよは野乃香の目をじっとみつめていた。

「あたしたち、ずっとこうしていっしょに七夕を過ごせるよね」

 野乃香は一瞬言葉につまったが、大きくうなずいて、

「ずっとこのままだよ」

と言った。

 その言葉を口にした途端、野乃香の心はまたきらめきだした。

 そういうことか。

 野乃香は自分の心の答えをみつけた。

 ずっといっしょに。

 野乃香はそれをやよから聞きたかったのだ。

 今までは当たり前に過ごしてきた日々も、いつか変わってしまうかもしれない。そんなこと、一度も考えたことはなかった。野乃香はそう思っていた。けれど本当は、その考えを無意識のうちに消していたのだ。みんなとずっといっしょにいたいから。やよとずっといっしょにいたいから。

 やよは一番の友達で、姉妹なのだ。

 そんなやよから一度も聞いたことのない言葉に餓えていて、ついに爆発した。こんなに心が空っぽで、天の川がきれいに見えないなんて、今まで一度も経験したことがなかった。たった一瞬の無の気持ちが永遠に続くんじゃないかと思ったそのとき、やよの一言でその不安は吹き飛んだ。

 やっぱりやよはなんだってしてくれる。助けてくれる。

 野乃香の心は一気に晴れ上がった。

 野乃香はやよの手を両手でつかみ、そのまま立ち上がった。

「ありがとう、やよ」

 やよは頭にはてなをつけたまま一緒に立ち上がった。

「やよはさ、いつもあたしを楽しくさせてくれるよね」

「そうかな?」

「そうなんだよ」

 そこまで言って、野乃香は肝心なことを思い出した。

「今日ずっと忘れてたよ!」

「何を?」

 急いでポシェットを開いて手につかんだものを見せる。

「何これ?」

「織姫人形だよ!これはやよにあげる」

 やよの手をぐいと引き寄せて、野乃香は織姫人形を握らせた。

「それでね」

 もう一度ポシェットの中を漁る。

「これがあたしの!」

「同じじゃん」

「よく見てよ。ほら、やよだけ特別に」

 やよの織姫人形の髪にはきらきら光る髪飾りがついている。

「やよのだけつけてもらったんだよ」

 野乃香は興奮気味に説明した。

「やよへの感謝の気持ちだよ。やよには光るものが似合うからね。それに、そのお世話能力はあたしにはない。だからあたしのにはついてない」

 自分の織姫人形をやよの人形の隣に並べてみせる。

「わかりやすいでしょ!」

 嬉しそうに野乃香は笑った。

「ほんと、野乃香はわかりやすい。でも、これじゃ織姫が二人だよ」

「だからさっきも言ったでしょ。楽しけりゃ織姫だけでもいいじゃん」

「雨で会えないこともないし?」

「そういうこと!」

 二人は声を出して大笑いした。

 忘れかけていたオーケストラの演奏が再び耳に入ってきた。ミディアムテンポの落ち着く曲。笑い疲れて我に帰ると、大事なことをまたひとつ思い出した。

「アイスは?」

 やよは素早く時計の針を追う。

「あと五分で出店閉まるよ!」

 野乃香たちは慌ててアイス確保に乗り出したのだった。

「やよ、早く!」

 野乃香はやよの手を強く引いて、人の間をすり抜ける。ビーチサンダルの足下に注意を払いながら最短距離でアイスクリームの屋台を目指した。

「あれ?この辺じゃなかったっけ?」

「もうちょっと先だよ」

 今度はやよが先を行く。迷いなくどんどん進む。

 コンサートはあと十五分もしないうちに終わり、七夕祭りもそれで終わる。その少し前に出店はそろって店じまいするのだが、最後の十五分、二十分が混雑する。実は、七夕祭りがお開きになったあとも、余韻に浸るようにしばらくとどまる人が大勢いる。最後に、食べ物片手にもうひと盛り上がりしようというわけだ。

 アイスクリーム屋も例外ではなく、野乃香たちは順番を待つことになった。

 このアイスクリームは、この町の手作りで「ささらさアイス」として親しまれている。味は、バニラ、チョコレート、みかんの三種類で、どれもコクがあってふんわりしている。

「衣都ちゃんとすずの分も買っちゃって大丈夫かな?」

「大丈夫だよ。お開きまでには戻るって言ってたし、もう戻ってくるよ。もし戻ってこなかったら二人で食べちゃおう」

「そうだね」

 意見は簡単にまとまり、順番が回ってくるなりアイスクリームを四つまとめて注文した。

 手の温度で溶かさないように細心の注意を払い、早歩きで広場まで戻った。運よくさっきのベンチがまだ空いていたので、二人は同じところに着地した。

 周りを見ても、衣都たちの姿はなく、まだ屋台にいるのだろうと思われた。アイスクリームのカップをベンチの両端に置いて、野乃香は片足で目の前の石ころを転がし、やよは両足そろえておとなしくしている。

「お姉ちゃんたち、まだかなあ」

 すでに待ちくたびれている野乃香をよそに、やよはおもむろにかばんを開けて、織姫人形を両手で持ち上げた。

「のの、この髪飾りは自分でつけたの?」

 手のひらに収まるぐらいの人形の髪飾りは、銀色の留めに色鮮やかなビーズがいくつものせてあるもので、近くのスタンドライトの光を受けてきらきらしていたいた。

「違うよ。あたしがこんな器用なことできるわけないじゃん。これはお店の人がサービスしてくれたんだよ」

「どこのお店?」

「いつものショッピングモールの二階。本屋の横の小さいとこだったよ」

「そんなとこに人形売ってるお店なんてあった?新しくできたのかな」

 やよは目線を上にしてショッピングモールの地図を頭に描いた。

「そうじゃない?だからサービスしてくれたんだよ、たぶん」

「そっか」

 まじまじと人形を見るやよに野乃香は顔を寄せて、

「ねえ、気に入ってくれた?」

ときいてみた。

 やよは二秒野乃香の顔を見て、

「もちろんだよ」

と、野乃香の頬を弱くつねった。

 なんでつねるのさ、なんて言っていると聞き覚えのある声が上からかぶさってきた。

「ごめん、遅くなったね」

 見上げると、衣都がすずみといっしょに立っていた。

気付けばオーケストラの音は止んでいて、拍手喝采の中ステージのライトが少しずつ消えていった。

 広場に集まっていた人は徐々に減っていったが、それでも飲んだり食べたり話したりする人をあちこちで見かけた。

「お姉ちゃん何してたの?」

「バイト先の友達がさ」

 話しながら衣都とすずみは並んでベンチに座った。

「パンケーキの屋台やってたんだけど、突然一人手が放せなくなって、その穴埋めをしてほしいって。ほら、お祭りの最後は込むでしょ?忙しくて二人じゃ回らなかったみたい」

「お姉ちゃん今日はよく働いたねえ」

「そんなに忙しいとこにすずがついていっちゃってごめんね」

 やよは困り顔になった。

「すずみちゃんおとなしく端っこで見てただけだから困ることなんてなかったよ。むしろ友達は癒されてた。かわいいって」

 衣都がすずみの肩に手を回して、よしよし、と褒めると、すずみは満面の笑みを見せた。

「あ!アイス溶けちゃう」

 突然思い出してやよがアイスクリームを両手にのせて三人の方に向けた。

「買っといてくれたの?」

「だってあと五分で出店閉まっちゃうとこだったんだもん」

 野乃香が衣都の顔の前に右の手のひらを広げてみせる。

「ありがとう!アイス楽しみにしてたんだ」

 すずみは思いがけないデザートに喜びの声を上げた。

 やよは、はい、と言ってそれぞれにアイスクリームを配った。衣都にはチョコレート、すずみにはバニラ、野乃香とやよはみかん。お決まりの組み合わせだ。

「じゃ早速いただきます!」

 野乃香は蓋を雑に剥がすと、小さいスプーンにアイスクリームをこんもりとのせて口へ運んだ。そして上から山を崩すように削っていく。冷凍庫から出されて時間がたっていたので、アイスクリームはだいぶ柔らかくなっていた。それはそれでおいしいと、手を止めることなく食べ進め、野乃香のカップの底はすぐに見えてきた。

 空になったステージの前には、野乃香たちと同じように座って、祭りの後を楽しむ人たちが笑うのが聞こえた。その中にもアイスクリームを片手に持っている人が何人もいた。きっと野乃香と同じ時間に買っていたのだろう。町の名物だけあって、地元では根強い人気があるのだ。だからこそ、野乃香も小さいころから親しみ、それが習慣となって今夜も手にしている。

 いつも選ぶのはみかん味。ときどき浮気もするけれど、やっぱりみかん味に戻ってきてしまう。野乃香の癖がやよに移ったのか、はたまたその反対か、二人はいつも同じアイスクリームを選んだ。野乃香はやよと同じアイスクリームを食べるとなぜか安心するのだった。

「さっきより明るく見える」

 やよが空の方を向いた。

「あたしもそう思う」

 上を向いたまま野乃香は返した。

 夜が詰まって濃くなった空は、ひんやりとした空気をこの山にまで届ける。天の川の白もさっきより引き締まって、目に強く焼き付いた。

 野乃香はしばらくのあいだ天の川を見ていた。今までのどの七夕より今日が一番の天の川日和だと思った。ささらさ山から見える景色は上も下もきれいで、このままここで眠ればいい夢が見られそうな気がした。

 今ここで、やよの肩に寄りかかって眠ったらやよは怒るだろうか。それとも。

 そんなことを考えている自分がちょっとばかみたいに思えて、野乃香は一人で吹き出して笑った。

「何?気持ち悪いなあ」

 やよが怪訝そうな顔で野乃香を見た。

 野乃香は笑ったまま、

「何でもないよ」

と言った。

「やっぱり七夕祭りっていいよね」

 ふざけてやよの肩に自分の肩をぶつけてみる。それでも野乃香の笑いはおさまらなかった。少しだけ残っていた手元のアイスクリームはすっかり溶けてしまっていた。

「さて、行きますか」

「はあい」

 この地域では、七夕祭りの最後はささらさ山の一本木に短冊を飾ることと決まっていた。

 小さい子供たちは昼間のうちから短冊に願いごとを書いて、一本木に結びつけてそこではしゃいで走り回っていたりもする。

 夕方を過ぎて日が暮れると、だんだんと短冊の数が増え、広場の催しが終わった直後がいちばん賑わう。

 今年は少し出遅れたので、人はあまりおらず、かえって短冊を結びやすかった。

「みんな、ちゃんと短冊は用意してきたかな?」

 野乃香が声高らかに呼びかけた。

「おー」

 すずみだけが返して、他の二人は返事をしなかった。

「あれ?お二人さん、短冊用意してないのかい?」

「あたし、まだなの」

 やよは遠慮がちに言った。

「実はあたしもなのよ。でも、今決めたからすぐ書いちゃうよ」

と、衣都はかばんから短冊とペンを出してさっさとペンを走らせた。

「あたしも」

 衣都が書くのを見て、やよは慌てて短冊に文字を書きだした。

「なになにー」

 衣都の後ろに回って、野乃香は短冊を覗き見した。

「えー。なんだ。一緒じゃんかー」

 そう言って自分の短冊を披露する。

 短冊には、「来年もみんなでいっしょに七夕できますように」と書いてある。

「あたしもだよ!」

 すずみが興奮して短冊を振り回している。

「言いにくいけどあたしもいっしょだ」

 インクが乾ききっていないその文字は、揺らすと小さく光った。

「みんな一緒ってすごいね!やっぱあたしたち最高だね!」

 野乃香はやよとすずみの手を取って飛びはねた。

 今まで願いごとはみんなばらばらのことを好き放題書いていたのに、今夜は示し合わせたみたいに同じだった。小さな奇跡に遇ったみたいで野乃香の心はときめいた。本当に嬉しくて親や友達、みんなに言いふらしたくなった。

 四人は最高の姉妹だ。

 そして、やよとは最高の双子だ。

 野乃香は強くそう思った。

 短冊を木に結んだ瞬間、この関係が永遠にそこに結ばれた気がした。野乃香はきつく、きつく紐を結んだ。

 風が一息に吹いた。木の葉と短冊がさらさらときれいな音を立てた。遠くの木々と草花の香りが微かに流れてきて、吸い込むと体中に幸せが満ちていった。

「そろそろ帰ろうか」

 衣都の一声で、野乃香たちの七夕祭りはお開きとなった。

 広場を後にして、ゆっくり歩いた。砂や石を踏む音が妙に心地よかった。深く息をすると、山の澄んだ空気が体に入っていく。

 もう少しいたい。いつもそう思うけれど、これ以上の長居はできない。なぜなら母親に怒られるからだ。もう少しいたいと思う気持ちがあるうちが華。それこそが、もう一度ここへ来る原動力になるのだから。

野乃香はそれを今日学んだ気がした。そして、ささらさ山の残り香に後ろ髪をひかれつつ、階段を降りていった。

 一度だけ振り返ってみたが、変わらずにささらさ山の夜景は佇んでいた。

 野乃香は、来年もきっとみんなといっしょだ、と思った。

「明日もきっといい天気だね」

 野乃香の声が空高くまで上がり、それが天上から返ってきてやよたちの耳に届いた。少なくとも、そう思えるくらい明るくて透き通っていたのだ。

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