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第4話 それでも もしかして

それから3日後の12月25日、昼過ぎ。

都道を逸れ、リクの家の前の駐車スペースに車を乗り入れた玉城は、白い息を吐きながら愛車のドアを強めに閉めた。

玄関口まで走り寄ってみたが、思った通り、やはりドアには鍵が掛かったままで、中に人の気配はない。

街は、あと半日で終わる生誕イベントを惜しむように盛り上がっているというのに、ここは全く世間から切り離され、静寂を保っている。


別に普段はいいのだ。

あの友人が人のメールを無視したり、携帯の存在すら忘れていたとしても。

けれど、少し前にあった胸騒ぎが3日前あたりから確実に大きくなっている。

例のバイオリズムの事も気になるが、また別の不安が覆い被さってくる。

連絡を取らないのは、もしかしたら“取りたくても取れない”のではないか、と。


いったんそう思ってしまったら最後、玉城の悪い癖で、そこから他の思考に切り替えられない。

玉城は数歩玄関口から下がり、ザワザワする気持ちを抱いたままその家を改めて眺めた。

温かい褐色のログハウス調の建物に向こうに、昏い色の雑木林が控えている。まるで大きな意思を持つ一つの生命体のようだ。

無口なやつほど、底知れぬ不気味さを感じさせる。

そう言えば、暇さえあればリクはこの裏の林に入り込んで、そこから更に奥の山を散策していた。

まさか、こんな時期に山の中を散歩でもあるまいとは思ったが、まさか、と思うことを何気なく実行してしまうのがリクだ。

気がついた時にはもう、玉城は雑木林の小径に足を踏み入れていた。

何かが手招きしたように思えてならなかった。


雑木林をどんどん奥に進むと、リクがマイフィールドと呼ぶ森の入り口に到達し、その奥は色濃く常緑樹の生い茂る、手つかずの山道だった。

まさに昨日、この近くの奥多摩で住人が熊と遭遇したというニュースを見たばかりだった。熊なんか出てきてしまっては、さすがにあの男だって一溜まりもないだろう。

あるはずないと思いつつも、頭に浮かんだ以上、どうしてもそんな場面を次々に連想していってしまう。


吐く息がどんどん白く不透明になってくる。気温が急激に下がっている。今日の東京の気温は平年並で決して凍えるほどの寒さではないはずなのに、なんでだ。

などと思いながらも、やはり何かに背を押されるように、玉城は無心で細い獣道を進んだ。

巨木の葉の天蓋の隙間からチラチラと粉雪がこぼれてきた頃、やっと随分と奥まで来てしまったことに気がつき、立ち止まる。

初雪だの、ホワイトクリスマスだのとはしゃぐ気分には到底なれなかった。


「・・・あれ?」

思わず独り言をこぼし、玉城はぐるりとあたりを見回した。道らしい道は、見当たらない。

・・・自分は今、どっちから来たんだ?

頭の芯が、さらに温度を下げた。


ちょっと待てよ? この状況、確か1年ほど前にどこかで体験した。

玉城はまさかと思いながら携帯を見たが、やはりまさかの圏外だ。あり得ない。

吐く息が更に白くなり、指先が完璧にかじかんで、感覚がなくなった。


“また迷ったのか、俺”

慌てて来た方向に戻ったが、その向こうの先には更なる深い森が広がっているばかりだ。

1年前にも散々迷って遭難し掛けたが、あの時はリクが助けてくれた。

だが、いまこの森にリクがいるかどうかも定かではないのだ。

「冗談だろ、おい」」

よりによって、世の中の若者が恋人達と浮かれる日に、なんだってひとり寂しく都内のこんな中途半端な山の中で遭難しなきゃなんないのだ。それも、友人の家の裏山で。

これもすべて、連絡を取ろうともしないあの変わり者の友人のせいだ。

不安よりも、怒りがガシャガシャと音をたてて沸き上がってきた。

「もう、熊にでもライオンにでも食われちまえ!」


その時ふいに何かが玉城のジャケットの裾をひっぱる気配がした。

視線を向けた先には、到底有り得ないものがくっついている。

おかっぱ頭の少女が、黒目しかない目をこちらに向けて、じっと玉城を見上げているのだ。

胴から下は、向こう側が透けている。透明度50%と言うところか。

いつもの玉城ならば、そのあり得ない対象物に悲鳴の一つも上げていたかもしれない。


〈ねえ 行こうよ。あっちに 一緒に 行こうよ 遊んでよ〉


けれど時と場所が悪かった。

ジャケットの裾を、力学とは違う重さでズンと引っ張られ、玉城の中で何かがブチリと切れた。


「あのね、君。この状況見たら分かるでしょ? 俺ね、メチャメチャ忙しいの。悪いけど、遊びなら他を当たってくれる?」

玉城は僅かに透け感を増した少女をその場に置きやり、山の出口と、そしてやはりどこかにいるかもしれない友人を探して、再び歩き始めた。



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