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第1話 それぞれの想い

12月18日。

リクのために用意されたその部屋は、クリスマス前の浮かれた下界を一望できる、見晴らしの良いスイートだった。

数分前に部屋を訪れた女が、銀ギツネの毛皮をソファの上に放り投げ、早くも我慢ならないと言った仕草で、リクのほうへ歩み寄ってきた。

腰まである豊かな髪と甘いフレグランスの香りを揺らしながら、リクの肩に手を回す。

真紅のネイルの指先が、戯れるようにその頬を撫でた。


「ねえ、ミサキさん。この部屋、暑すぎない?」

「あなたが服を脱いでしまっても、寒くないように設定してあります」

「それはどうも。でもこういうのって、あなたの趣味じゃ無いんでしょ? 断っても良かったのに」

「いえ・・・」

「あの人の頼みは、断れない?」

「はい」

素直に頷くリクに、くすりと笑いながら女はその指で、自分のではなく、リクのシャツのボタンを1つ外した。


「くやしいな。私よりきれいな肌してる」

「加奈子さん、・・・時間がないんです。急いでもらっていいですか?」

リクが諭すようにそう言うと、「せっかちね」と加奈子は再び妖艶な花のように笑った。

リクに触れていた指は、今度は奇術師のように滑らかな動きで、自分のブラウスのボタンを外していく。

相手を魅了するために研究されつくした指先は、更に下着を手際良く取り去り、遊んででもいるかのように、ソファの上に小さな山を作った。

こぼれ落ちんばかりの豊かな白い乳房が、女の動きに合わせて肉感的にふるんと揺れる。


「さあ、全部脱いだわよ。私はどうしたらいいの? ミサキ先生」

女は白い腕を再びリクの腰に回し、ネイルと同じ真紅のぽってりとした唇を、リクの唇に重ねた。



        ◇


12月21日。

「長谷川さん、こっちこっち」

空港のエントランスを出て駐車場に向かうと、見覚えのある水色の軽自動車の横で、玉城が大きく手を振っていた。

初めて見たときは、そのボディの水色を寝ぼけた色だと思ったが、こうやって見慣れてみると、けっこう玉城に似合っていると思った。頼りないが、無害でいい。

長谷川はスーツケースを転がしながら、自分も手を上げた。


「悪いね玉城。別に迎えに来て貰おうと思ってメールした訳じゃないんだけど」

「なに水くさいこと言ってんですか、長谷川さんらしくもない。玉城、帰国するからさっさと空港まで迎えに来い! で、いいんですよ。遠慮されたら逆に寂しいです。いやあ、それにしても、会うのは1年半ぶりですよね。なんだかめちゃくちゃ懐かしいです。お元気でしたか? いやいや、見るからにお元気そうですよね。あれ? また背が伸びました?」

「そんなわけないだろ」

相変わらずよくしゃべる男だ。

トランクにテキパキと荷物を運び入れてくれる姿は、フリーライターというより、良く気が付く安ホテルのポーターと言ったところだった。


「1年半かあ」

「はい。ちゃんとこうやって“起きて”会うのはね」

実は11カ月ほど前、長谷川は日帰り出張で帰国し、眠っている玉城とリクを見届け、そのまま置き土産だけして帰ってしまった事がある。

「みやげ置いてったのが私だって分かった?」

「バレバレです。リクに電化製品や毛布置いて行く人間は、他にいませんから」

「なるほどね」

玉城は念入りにエンジンをふかして暖めた後、ゆっくりと車を出した。


今回、長谷川の休暇がクリスマスと重なったのは偶然だった。

リクや玉城が暇ならば、実家の福岡には帰らずに、25日までの5日間をずっと、この東京で過ごそうと思っていた。

わざわざ前もってスケジュールを空けさせるのも気詰まりなので、ほんの6時間ほど前に、ふたりに帰国のメールを送ったのだが、応答してくれたのは玉城だけだった。

携帯電話をめったに「携帯」しないリクの事なので、その辺は予想通りではあったのだが。


「ところで玉城、この車はどこに向かってるのかな。私が予約したビジネスホテルはこっちじゃないけど」

「リクの家ですよ。携帯に出なくてもね、行くと必ずいるんですよ、あいつ。ここんとこ俺も忙しくて連絡取ってないけど、たぶん家にいます」

「そうかな。いるかな」

「たぶん籠もって絵を描いていますよ。最近は低級霊たちがまとわりついて来るんで鬱陶しいとかなんとか言っていましたけど」

「そっちの方は、どうなの?」

「霊感の方ですか? ええ、もう自分を持って行かれるほど振り回されることは無くなったって言ってます。表情も落ち着いてきてるから、きっとそうなんです。心配はいりませんよ」

「そう。なら良かった」


玉城号の頼りないヒーターが、やっと効いてきたのだろうか。

長谷川の胸のあたりが心地よく温かくなってきた。

「そうか。・・・いるのか」

クリスマスが近いというのに、何も気の利いた土産を持って帰らなかったことを、長谷川は悔やんだ。


               ◇


今夜は久々に長谷川とリクと3人で飲みに行けるかもしれない。

玉城は素直にうれしかった。

長谷川は自分からは決して言わないが、リクに会うために帰って来たのだと玉城は確信していた。

未だにリクへの愛情を母性本能だと思っているのかどうかは分からなかったが、会いたい気持ちは鈍感な玉城にも伝わってくる。


あのリクにしても長谷川に対して友人以上の感情があるのかどうかハッキリしないが、とにかく今回は長谷川の心の安寧のために、会わせてやりたかった。

自分たちの危機を、今まで何度も救ってくれたジャンヌダルクへの恩返しなのだ、と玉城は使命感に燃えていた。

けれど。


期待に反し、空き地の横にポツンと建つログハウス調の可愛らしい借家は、外から見た感じ人の気配もなく、今日は特別ひっそりと静まりかえっていた。

「リク。いないのか?」

玉城はドアベルを押した後、数回ノックしてノブを引いたが、ドアにはしっかりと鍵が掛かっている。

玉城は首を捻った。

横の出窓から中を覗いてみたが、中は薄暗く、リクが居るようには見えない。

そもそもリクは、自分が在宅中に鍵をかけるといった面倒な事はしない男だった。


「リクだってそりゃあ、出かけることだってあるよ。またメールしてみるし、いいよ。ありがとうね玉城。ホテルまで送ってくれる? 晩ご飯奢るからさ」

すぐ後ろで長谷川がカラッと言った。


そう。長谷川は25日いっぱいまで日本にいると言っていた。

今日がダメなら明日がある。明日がダメなら、明後日。

けれど玉城は実のところ、焦っていた。できるだけ早く長谷川をリクに会わせたかったのだ。

一か月前に会ったリクは元気だった。10日前に電話でしゃべったリクも変わりなかった。

けれど、明日や明後日のリクが、いつものリクかどうかは分からないのだ。


またヒタヒタと、あいつが近づいてくる足音がする。

理由も根拠も無い。けれど、この1年で2度、同じ事があった。

バイオリズムなのだ。

もうすぐその周期に入る。そんな予感があった。


長谷川さんには、ちゃんとリクに会って欲しいと思った。

長谷川さんが心底大事に思っている、“いつもの”ミサキ・リクに。



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