ヒーローになれないなら2
宮部は街で一番好きだった建物の前に立っていた。興味のない人間からしたら、何の変哲もない雑居ビルだ。一階には本屋が、二階にはCD屋が、三階には中古のゲーム屋が入っていた。インドア派の宮部には遊園地のような建物だった。そう、“だった”のだ。
今は全ての店舗は撤退して、空きテナントとなっていた。宮部の天国は、不況によりあっさりと瓦解してしまったのだ。
(あ…これマジ思い残すことなくなったわ)
宮部は諦念に満ちた笑顔で、階段を登り始めた。冷ややかなコンクリートの感触と、黴の臭いが肌に染みた。
今日、宮部は全てを終わらせるつもりでいた。
幸福だった時代、まだ自分という人間の正体に気付かずに過ごしていた時代、普通の人間だと勘違いしていた時代に。最も好きだったこの場所で、宮部国充という名の生ける災厄を葬る決意をしたのだ。
階段を登りきった宮部は、屋上に繋がるドアを開けた。
ここは元々、買ったばかりの品を開けて購買意欲を満たした余韻に浸るための場所だった。家に帰るまで待ちきれない宮部と友人たちは、まず屋上に登り感動を噛み締めるのだ。買ったばかりの本をつい読み切ってしまったことが幾度あっただろうか。さんさんと降り注ぐ太陽が沈むまでポータブルプレイヤーと過ごしたことが幾度あっただろうか。