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~ 参ノ刻   代償 ~

 自室に戻った美月は鞄を放り投げると、そのままベッドの上に寝転がった。天井に取り付けられた蛍光灯を眺めながら、今日の出来事を振り返ってみる。


 尚美や理沙、そして優香や自分に送られてきた謎の手紙。それぞれにグロテスクな贈り物が同封されていたことから、何らかの嫌がらせであることは間違いないと思う。


 では、その嫌がらせをしたのはいったい誰か。それは、あの怪メールを送りつけてきた人物に他ならないだろう。昨日送られてきた謎の数字の羅列といい、一連の件はメールの送り主が絡んでいると見て間違いない。


 だが、その送り主の顔というと、美月はさっぱり思いつかなかった。誰かに恨まれるようなことはした覚えが無いし、ストーカーという可能性も低いだろう。そもそも、仮にストーカーならば、四人の人間に同じような手紙を送ってくるはずがない。美月か、もしくはその他の三人の内、誰か一人だけをターゲットにすればよい話だ。


 その後もあれこれと考えてみたが、結局、手紙とメールの送り主は思い浮かばなかった。何とも気味の悪い話だが、手がかりが無い以上はどうしようもない。


 両腕を上げて大きく伸びをし、美月はあくびをしながらベッドから起き上がる。時計を見ると、両親が帰宅するまでにはまだかなり時間が合った。


「試験も近いし、勉強でもするかなぁ……」


 正直、気乗りはしなかったが、それでも何もしないよりはマシである。鞄の中から数学のテキストを引っ張り出し、美月はそれを机の上に広げた。


 高校一年の数学は、まだ計算問題が中心だ。とはいえ、もともと美月は数学や物理といった話が好きではない。たかが計算とはいえ、一問を解くのに相当な労力を必要としてしまう。しばらくは紙の上で数字と格闘していたが、すぐに限界を迎えてしまった。


「だめだ、こりゃ……。明日、分かんないところは理沙にでも聞こう……」


 数学のテキストを放り出し、美月は机に頬杖をついて考えた。勉強もはかどらなかった以上、何かしていないと落ち着かない。


 仕方なしに、美月は自分の部屋においてあるパソコンのスイッチを入れてみた。そういえば、例の都市伝説関連のサイトはどうなっているだろう。ジョーカー様を試してから覗いてはいなかったが、暇つぶしに少し遊びに行ってみることにするか。


 インターネットに接続し、美月はさっそくブックマークに登録してあるお気に入りの項目から例のサイトへとアクセスした。サイトは相変わらず、様々な都市伝説のネタで盛り上がっているようだ。


 怪談やジョークなどのカテゴリーは飛ばし、美月は真っ先に占いやジンクス関連の都市伝説を扱っている掲示板に飛んだ。美月がジョーカー様の存在を知るきっかけとなった、あの掲示板である。


「どれどれ。新しい書込みは……」


 自分の挨拶文から始まるスレッドを見ると、そこには新しく返信がなされていた。美月にジョーカー様を教えた人に対して返信する形で、何かの書込みがくっついている。


 書込み内容を確認すべく、美月はその返信文を開いてみた。相手は名前を名乗りたくないらしく、ハンドルネームは≪名無しさん≫のままだ。同じ人物が連続して書き込んでいるらしく、返信の数は三つほどあった。



【名前:名無しさん  20**/06/24  19:12 ID:a3CVfz4****】

 オマエの言っているジョーカー様のやり方には、不十分な点がある。



 書込みそのものは昨日に行われたらしいが、文はそれしか書いていなかった。これだけでは、何が何だか分からない。続きが気になった美月は、名無しの人物が更に続けて書き込んできた返信を読んでみた。



【名前:名無しさん  20**/06/24  19:37 ID:a3CVfz4****】

 ジョーカーと生贄の札を燃やす時は、必ず一気に燃やしつくさなければいけない。一度に燃やせなかったり、再び火をつけようとしたりすると、ジョーカー様の怒りに触れるだろう・・・。



「ちょっと……。なによ、これ……」


 新たに書き込まれた二つの返信。その内容を見た美月は、愕然とした表情でパソコンの画面を見つめていた。


 ジョーカー様は願い事を叶えてくれるジンクスだ。そう思っていたはずなのに、この書込みはなんだろう。これではまるで、呪いの儀式ではないか。失敗することによってペナルティが発生するなど、美月は聞いていない。


 今日、学校であったことと、自分の家に送られていたカエルの死骸。嫌な記憶が再び頭の中に蘇る。謎の手紙と怪メールは、ジョーカー様の怒りということなのだろうか。馬鹿馬鹿しいと思いつつも、今日の出来事があまりにもショックなだけに動揺を隠せない。


 何か他に、ジョーカー様に関する情報はないものか。藁にもすがるような思いで、美月は最後の書込みへと目を通してみた。最後の最後、第三の書き込みには、ジョーカー様の怒りを鎮めるための方法があると信じて。


 果たして、美月が開いた最後の書き込みは、確かにジョーカー様の儀式に関するものだった。もっとも、そこに書いてあった内容を見た瞬間、美月の表情が、瞬く間に絶望の色に染まっていった。。

 


【名前:名無しさん  20**/06/25  2:30 ID:a3CVfz4****】

 ジョーカー様は神聖なものだ。遊び半分で呼び出したやつらには、ジョーカー様の祟りが降りかかる。


 この祟りから逃げる術はない。儀式に失敗した場合、今度はジョーカー様がオマエの命を狙ってやってくる。この儀式は、失敗が即ち死を意味するのだ・・・・・・。


 

 最後の書込みは、なんとも薄気味悪く不安を煽るような内容だった。


 ジョーカー様の儀式は、失敗が即ち死を意味する。そんな重要な内容なら、なぜ最初に教えてくれなかったのか。中途半端な情報を与えてきた最初の情報提供者を恨んだが、こうなってしまっては後の祭りだ。


 この書込みを信じるなら、一昨日に行われたジョーカー様の儀式は失敗したということになる。そして、今日の朝から続いた一連の事件。この被害者もまた、よくよく考えてみると、ジョーカー様をやっていたメンバーだ。


 書込みの内容と今日までの事件が、驚くほど奇妙に一致していた。思わず背筋に冷たいものが走ったが、それでも美月は頭を振って冷静に考えてみる。


 そもそも、ジョーカー様など単なる遊びではないか。書込み内容の複雑さから少しは期待していたのも事実だが、それでも祟りで人が死ぬなど飛躍が過ぎる。


 だいたい、ジョーカー様が命を狙ってやってくるなどという部分がうそ臭い。冷静に考えて見れば、カードの絵でしかないジョーカーが人を殺せるわけがない。この書込みの内容が本当なら、カードから抜け出したジョーカーが、儀式を行った人間を殺しにやってくるとでも言うのだろうか。


「馬鹿らしい。考えすぎよね、きっと……」


 今日の事件は、たまたま被害にあったのが一昨日のメンバーと同じだっただけだ。怪メールにしても、恐らくは事件を起こした人物からの嫌がらせだろう。こちらの住所やメールアドレスを知っているのが不気味だったが、それでも学校に先生に報告はしておいた。これ以上酷くなるようならば、今度は警察にでも届ければよいだろう。


 一瞬、祟りという言葉に反応してしまったが、落ち着いて考えてみれば悪戯の可能性が高いものだった。妙に小心者になっていた自分が恥ずかしくなり、美月は再びベッドの上に身を投げ出した。


 今日はもう、何かやろうという気力もわかない。立て続けに奇妙な事が起こりすぎて、なんだかとても疲れてしまった。


「あーあ。今日は、きっと厄日か何かね……」


 そう言いながら、大きなあくびをして腕を伸ばす美月。両親はもう少しで帰ってくるはずだったが、疲れた体をごまかすことはできそうにない。パソコンがつけっ放しなのが少し気になったが、気がつくと、美月は既にベッドの上で静かな寝息を立てていた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 翌朝、美月はいつもより早く目を覚ました。昨日は変な時間に昼寝、もとい夕寝をしてしまったため、いつもより睡眠時間が少なくても目が覚めてしまったらしい。


 時計を見ると、時刻は六時を示していた。いつもであれば二度寝してしまうところだが、今日はどうもそんな気になれない。気のせいか、部屋の空気も少し淀んでいるような気がする。


 朝の爽やかな空気を呼び込むべく、美月はベッドから起き上がって自分の部屋の窓を開けた。夏場とはいえ、朝はまだ比較的涼しいときもある。新鮮な空気を取り込んで、ぼんやりとした頭にも酸素がしっかりと回ってきたようだ。


「ま、たまにはこうして早起きするのもいいかな?」


 朝の日差しと爽やかな風を浴びて、美月は再び大きく深呼吸した。こんなに清々しい気分になれるのであれば、もう少し早く起きるようにしてもよいかもしれない。


 だが、そんな彼女の至福の時は、眼下に映る黒い物体を目にしたところで終わりを告げた。美月の家を囲う策の上、針のようにとがった部分に突き刺さるようにして、何やら奇妙な黒い物体が置かれている。


「きゃぁぁぁぁっ!!」


 早朝の静寂を破るようにして、美月の悲鳴が響き渡った。彼女の家の策に突き刺さっていたものは、無残にも策の先端で串刺しにされた首の無い一羽のカラスだったのである。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 N県立火乃澤高校。


 昼食時の教室は、いつも多くの生徒で賑わっている。美月達も例外ではないと言いたかったが、今日の彼女達は妙に面持ちが暗かった。


 その日、カラスの死骸が塀に串刺しにされていたのは、美月の家だけではなかった。尚美と優香の家にもそれはあり、塀の先端が槍上になっていない理沙の家には玄関先に猫の死骸が転がっていた。しかも、その猫もまた、首を何かで切断されていたのである。


「ねえ、みんな……」


 暗い面持ちのまま、美月は友人達の顔を見回して話し始めた。弁当をつつく箸はとっくに止まり、食欲は完全に失せている。


 一昨日から立て続けに起こった不可解な事件。祟りなど信じてはいなかったが、こうも奇妙なことが続くと信じざるを得ない。


 昨日、都市伝説関連のサイトで知ることとなった、ジョーカー様の真実。最後までカードが燃え尽きなかったときは儀式が失敗であり、それは即ちジョーカー様の怒りに触れることになる。


 全てを話し終わった時、美月は申し訳なさそうな表情のまま視線を下に向けていた。


「ごめんね、みんな……。私がもっと注意していれば、こんなことにならなかったのに……」


 その場にいる誰もが皆、気まずそうな顔をして話を聞いていた。呪いや祟りなど、所詮は馬鹿らしい迷信だ。そう頭では理解しているものの、一昨日から続いた奇妙なメールや手紙のことを考えると、全てを迷信として割り切ることはできそうになかった。


 話していて分かったことだが、特に怪メールに関しては、尚美や理沙、それに優香までもが同じものを受け取っていた。それも、例の数字の羅列を送りつけてきたものからして一緒だったという。あの時は手紙のことで頭がいっぱいになっていたが、どうやら最初の怪メールから何らかの力が働いていたようだ。


 普段なら楽しいはずの昼食は、なんとも言えぬ気まずい空気に支配されていた。それぞれが弁当やパンを食べるのを止め、深刻な顔をして押し黙っている。


 そんな空気を破ったのは、メンバーの中でも比較的勝気な理沙だった。美月に睨むような視線を送り、やや語気を強めて問い詰める。


「ちょっと、どうするつもり? 本当にこれが呪いだか祟りだって言うんなら……何か避けるための方法があるんでしょ!?」


「ごめん……。実は、そこまでは分からなかったの……」


「なによ、それ!? 人を妙な遊びに誘うだけ誘っといて、今更そんなこと言うなんて無責任じゃない!!」


「そんな……。そういう理沙こそ、ジョーカー様のことなんて、半分くらいしか信じてなかったんじゃないの?」


「信じてなかったら、どうだって言うのよ!? 現にこっちは、変な手紙やらメールやら送られてきてんだからね! 祟りにしろ嫌がらせにしろ、とにかく迷惑なのよ!!」


 この事態を引き起こした責任が美月だけにあると言わんばかりに、理沙は美月のことを責め立てる。確かに理沙は現実主義者で、多少サバサバして気が強いところがあるのも事実だ。が、それにしても、今日の理沙はやけに気が立っている。自分の命まで危なくなると、やはり友情などというものは消し飛んでしまうのだろうか。


 これがマンガやアニメの世界なら、四人で団結してジョーカー様と戦う道を選ぶのだろう。しかし、現実は残酷だ。友だちだと思っていた理沙は、早くも責任を美月だけに押し付けようとしてきている。


 自分が今まで築いてきた友人関係はなんだったのか。そんな不安が美月の頭をよぎった時、助け舟を出したのは尚美だった。


「ま、理沙の言うこともわかんなくはないけどさ。ここで愚痴っててもしょうがなくね? それよりも、ジョーカー様ってやつから、無事に逃げること考えた方がいいんじゃん?」


「それは……確かに、その通りだけど……」


「でしょ!? アタシって、やっぱマジで頭よくね?」


 自分で言っていれば世話は無い。そう思った美月だったが、それは口にしないでおいた。ここで尚美の話の腰を折り、再び自分に矛先が向けられてはたまらない。


「でも、尚美ちゃん。ジョーカー様から逃げるとして、どうやって逃げるつもり?」


 先ほどまでずっと黙っていた優香が、ここにきて初めて口を開いた。それでも、彼女の言いたいこともまた核心をついている。ジョーカー様が人間なのか怪物なのかは分からないが、呪いや祟りをいったものからどうやって逃げるつもりなのだろうか。


「どうやってって……。やっぱ、誰か男に守ってもらうとかさ」


「男って……。私は尚美みたいに、呼べば助けに来てくれるような彼氏なんていないわよ」


「別に彼氏じゃなくてもいいじゃん。アタシも今は彼氏なんていないし……。なんだったら、その辺で逆ナンして適当なの捕まえりゃよくね?」


「そんなの、尚美にしかできっこないわよ。それに、男の人と知り合いになったとして、そう簡単に信じてもらえるわけないし……」


 尚美のあまりに常識外れな発想に、美月は思わずため息をついて言った。一応、学校には来ているものの、さすが遊び人の尚美である。こんな辛気臭い話になっても、発想の根本的な部分は変わらないらしい。


 だが、こうして呆れているばかりでは仕方が無いのも事実だった。仮にジョーカー様の祟りが本当の話だったとして、美月達だけではこれ以上対策を練ろうとしても限界だ。男である必要はないものの、誰かに守ってもらうという尚美の発想は正解だ。最悪、守るまではいかなくとも、誰か助けになる人物に協力を求めるのが妥当だろう。


 思い立ったが吉日という言葉がある。食べ残した弁当をさっさと片付けると、美月は無言のまま立ち上がって教室を出た。それを見た理沙や尚美も、慌てて彼女の後を追う。


「ちょっと美月! いったい、どこへ行くつもり!?」


「こういう話に詳しい人のところ! 駄目もとだけど、何もしないでいるよりマシでしょ!?」


 そう言いながら、美月は一年生の教室が並んでいる廊下を早足で歩いていった。その後を、理沙や尚美達も慌てて追う。目指すは自分達の教室の二つ隣にある教室。一年C組の教室だった。


 昼休みの間、教室のドアは開け放たれている。昼食時で混雑していると思っていたが、予想に反してC組の教室は静かだった。


「えっと……。嶋本さんの席は……」


 お目当ての人物の姿を探し、美月は教室の中を見回した。すると、彼女の視線の先に、小学生くらいの背丈しかない小さな少女の姿が入る。少女は昼食を摂っているようで、購買部で買ったであろうたくさんのパンが机に並べられていた。


「あの……。嶋本さん?」


 少女に近づき、声をかける美月。その少女、嶋本亜衣は、口にパンをほうばったまま美月の方を振り向いた。


「ふぁい? ああ、みひゅきじゃん……」


 口に焼きそばパンを詰め込んだまま、亜衣が美月に向かって言った。


 嶋本亜衣。火乃澤高校の中でも随一の都市伝説マニアだが、その底抜けな明るさから交友関係も極めて広い少女。なにを隠そう、美月に例の都市伝説関連のサイトを教えたのも亜衣である。


 呪いや祟りなど馬鹿らしいとは思ったが、亜衣ならばジョーカー様について何か知っているかもしれない。気休めでも良いので、とにかくこの不安を払拭する方法を教えてもらいたい。


 藁にもすがるような気持ちで、美月は亜衣にこれまでの敬意を説明した。その話を、亜衣は机の上に並んだパンをかじりながら聞いている。そして、一通りの話を聞いたところで、亜衣は口に入っていたパンを飲み込んで話し出した。


「なるほどね。まあ、話は分かったけど、私もジョーカー様なんて都市伝説は聞いたことないなぁ……」


「そんな……。それじゃあ、嶋本さんにも、ジョーカー様の祟りを避けるための方法は分からないの……?」


「まあ、そう深刻に考えなくてもいいよ。美月の話を聞いて、そのジョーカー様ってやつの正体がだいたい掴めたから」


 腕組みをしたまま椅子に寄りかかり、亜衣はにやりと笑う。これは、彼女が何か自分の得意分野の話をしだす時の癖だ。


「ねえ、美月? ジョーカー様ってやつは私も知らなかったけど、実は他にも似たような都市伝説があるのは知ってる?」


「似たような? 例えば、どんな?」


「そうだなあ……。有名なところだと、≪さとるくん≫とか≪怪人アンサー≫なんてのがあるけどね」


 亜衣の言った都市伝説の名前を聞いて、美月はふと首を傾げた。名前程度なら聞いたことはあるが、実は話の内容までは詳しく知らない。


 占いやジンクスであればともかく、ことオカルト関係に関しては、美月はめっぽう弱いのだ。そんな美月の様子を察してか、亜衣はここぞとばかりに自分の知識を語り始めた。


「一応、説明だけしておくよ。≪さとるくん≫ってのは、さとるくんと呼ばれる存在に電話をかけて、質問に答えてもらうってものだよ。公衆電話でさとるくん宛の電話番号に電話をすると、二十四時間以内に、今度は自分の携帯電話にさとるくんから電話がかかってくるんだ」


「それで?」


「この時、さとるくんは自分の位置を知らせてきて、少しずつこっちに近づいてくる。最後は≪君の後ろにいる≫って言われて、この時はどんな質問にも答えてくれるよ。だけど、その時は決して振り向いてはいけないんだよね。振り向くと、さとるくんに魔界へ連れて行かれちゃうんだって」


「やれやれ。なんだか、いかにも小学生ぐらいの子が考えそうな話だね……」


 亜衣の話に横槍を入れたのは理沙だ。彼女はもともと、こういった話は眉唾ものと考えている。それにしては今回のジョーカー様に酷く怯えている様子だったが、まあ、怪メールや妙な手紙を送りつけられれば不安にもなろう。


「話の真偽はひとまず置いておくとして……。もう一つの、≪怪人アンサー≫ってのは何なの?」


 話の腰を折られて不服そうな顔をしていた亜衣を見て、美月が慌てて話を戻した。


「もう一つの方も、似たようなものだけどね。≪怪人アンサー≫は、十人で携帯電話を使って呼び出す妖怪だよ。十人の人が円形にならんで、隣にいる人の携帯に一斉に電話をかけるんだ」


「そんなことしたら、つながらなくね?」


「おっ! なかなか鋭いですね、尚美さん。まあ、普通はつながらないんだけど、十個の携帯の中で一つだけ、アンサーの電話につながるやつがあるんだよね。その電話を使って質問すれば、アンサーは何でも答えてくれる。でも、最後にアンサーの方から質問されて、それに答えられないと体の一部を引きちぎられて持っていかれちゃうんだ」


 実際にその光景を見たら、スプラッター映画顔負けの惨事になるであろうことを平然とした顔で言ってのける亜衣。美月と尚美は話に耳を傾けていたが、理沙は完全に怪訝そうな顔で亜衣を見つめている。優香に至っては本当に怖がっているのか、不安そうにしてうつむいたままだ。


「とりあえず、巷で有名なやつだとこんなところかな? それじゃあ、ここでクエスチョン。この二つの話に共通して言えることって、いったい何かな?」


「共通して言えること……?」


 なんとなく話を聞いてしまっただけに、急に質問を振られた美月は思わず顔をしかめて考えた。他の三人も同じようで、やはり何やら考え込んでいる様子だ。


「残念でした、時間切れです。それじゃあ、正解を言うからちゃんと聞いていてね」


 そう言って亜衣が挙げたのは、次のような三つの事柄だった。


―何かを呼び出して質問に答えてもらう。


―失敗すると、命に関わるペナルティがある。


―どこかで似たような話を聞いた気がする。


 三つの共通点を指摘した後、亜衣は再びにやりと笑って美月に言った。即ち、今度はジョーカー様とこれらの都市伝説の共通点を見つけてみろということである。


 今一度、ジョーカー様の話を思い出して共通点を考えてみる美月。すると、彼女の頭にかかっていた靄が、みるみるうちに晴れてゆく。


 ジョーカー様とさとるくんや怪人アンサーの共通点。それは、先ほど亜衣が言っていた三つの事柄に他ならなかった。質問に答えてもらう部分が願いを叶えてもらうという内容に変わっているものの、本質的には変わらない。少なくとも何かを呼び出す儀式という点と、失敗すると命に関わるペナルティがあるという点は一緒である。


「どうやら美月も気づいたようだね。さっき、美月が話してくれたジョーカー様。あれも、≪さとるくん≫や≪怪人アンサー≫の一種なんだよ」


「なるほどね……。でも、似ているってことは分かったけど、それが何か関係あるの?」


「うん。実はこの≪怪人アンサー≫なんだけど、どうも誰かの創作らしいんだよね。ちなみに≪さとるくん≫も、もともとあった都市伝説を少し変形して作られたものって言われているんだよ」


「変形……。ってことは、もしかしてジョーカー様も!?」


「そう。私も聞いたことない都市伝説だったけど、誰かの創作の可能性が高いよ。清めに塩水を使ったり、カードを縛る糸の色を赤に限定したりして、故意に本格的な雰囲気を出そうとしているような気がするね」


 そう言われて、理沙も初めて納得したような表情で亜衣のことを見た。あくまで仮説の域を出ない話ではあるが、それでも筋は通っている。


 元ネタになった儀式は何か知らないが、それに様々な怪談や都市伝説の要素を合わせ、まったく新しい都市伝説として作られたものだとしたらどうだろう。校内では都市伝説マニアとして有名な亜衣がジョーカー様を知らなかったことの説明にもなるし、美月が最初に見たジョーカー様のやり方が不完全だったのも頷ける。


 いや、不完全なのではなく、最初から作り話だったのだ。そこに性質の悪い何者かが、煽りの意味も込めてペナルティがつく内容を書き加えた。都市伝説が出来上がってゆくプロセスとしては、かなり納得のゆくものである。


 だが、そんな亜衣の説明を聞いても、優香だけは不安そうな表情を変えなかった。まるで何かに怯えるようにしながら、話を終えて得意げな亜衣に向かって口を開く。


「でも……。ジョーカー様が誰かの作り話でも、四人とも全員に変なことが起きたんだよ……」


「うーん……。そこは、もうちょっと考えてみないと分からないかも……」


 四人に送られてきた怪メールや謎の手紙。それに、今日の朝になって発見された動物の死体。これだけのものが現実に揃っては、優香が不安になるのも無理は無い。


 かくいう亜衣自身、オカルトの類を完全に否定したわけではなかった。ジョーカー様が作り物だったとしても、四人の身に奇妙なことが起きたのは確かなのだ。ジョーカー様の話を今まで亜衣が知らなかっただけで、霊的な何かが働いているという線も捨て切れない。そうなると、しかるべきプロに相談せねばならないだろう。


「しょうがない。祟りの可能性もないわけじゃないし、こうなったら、専門家の意見を仰いでみるとしますか……」


 自分の頭で考えているだけでは限界だ。そう思った亜衣は飛び跳ねるようにして椅子から立ち上がると、美月達を引き連れて教室の外に向かってゆく。途中、ちらりと時計を見たが、休み時間はまだ少しだけ残っていた。


 火乃澤高校の中で、呪いや祟りに関するプロフェッショナルと言えば一人しかいない。梅雨時に転入してきた色白の少年のことを思い浮かべ、亜衣は彼のいるであろう木陰を目指して走り出した。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 昼休みの図書室は、いつも多くの学生が出入りしている。九条照瑠はそんな図書室の一角で、本の貸し出しを行うための受付をやっていた。


 照瑠の所属している図書委員会は、当番制で昼休みの図書室の受付を行うことになっている。それ以外の時間帯では女性の事務員が受付を行っているが、さすがに昼休みは彼女達も休憩をとらないとやっていられない。


 今週に入ってから、図書室を利用する生徒の数は日増しに増加していた。無理も無い。定期テストが迫っている今、試験勉強のために図書室を利用する生徒も多いからだ。


 勉強のために図書室を使う。それは確かに素晴らしい。が、そんな生徒達の全てが礼儀正しい聖人君子ばかりとは限らない。中には引っ張り出した参考書を長机の上に置きっ放しにして部屋を去るものもおり、そういった者の後始末は全て図書委員がしなければならないのだ。


 ふと見ると、早くも奥の長机の上に数冊の本が散らばっているのを発見した。参考書代わりに持ち出されたのか、それなりに重さのある図鑑の類だ。


 非力な女子の力では、重たい図鑑を何冊も抱えて歩くことはできない。そう分かっていても、これは照瑠の仕事である。小さなため息をつきながら立ち上がると、長机の上に散らばっている図鑑を集めて持ち上げた。


「うっ……。やっぱり重いな……」


 図鑑を抱えてみて、改めてその重さに気がつく。一冊、二冊なら大したことはないが、照瑠が抱えているのは五冊である。図鑑の置いてある本棚は図書室の隅にあるため、照瑠のいる場所からは一番遠い。


 図鑑の山を崩さないように気をつけながら、照瑠はそろそろと足を前に出して歩く。早く歩きたいのは山々だが、余計なことに神経を集中させれば手にした本を抱えていられる自信はない。


(やっぱり、二冊くらいずつに分ければよかったかも……)


 そんな後悔の念が浮かんだ時、ふっと照瑠の抱えている本の山が軽くなった。照瑠が横を見ると、そこにはやけに体格の良い男子生徒が照瑠の抱えていた図鑑の一部を持って立っていた。


「随分と重そうだね。俺も、半分手伝うよ」


 そう言って、照瑠の前に現れた男子生徒は三冊の図鑑を抱えて歩いていった。その後姿を見た照瑠は、思わず首をかしげて考える。


 照瑠の知り合いに、あんなスマートな男子は存在しない。一年生ではないようだし、見たところ三年生か。だとすれば、なんとも優しい先輩もいたものである。同じ先輩でも、昼日中から校則違反丸出しの髪色をして馬鹿騒ぎしているチャラ男とはえらい違いだ。


「あの……ありがとうございました……」


 男子生徒の後を慌てて追いかけ、照瑠は遅れてお礼を言った。残った図鑑を片付けて、改めて一礼する。


「そんなにかしこまらなくてもいいよ。たかが、本を運ぶのを手伝っただけだろ?」


 照瑠の丁寧な態度を見て、その男子生徒が笑って返した。今時珍しいくらい、やけに爽やかな少年だ。


「あの……。失礼ですが、先輩の方ですか?」


「そうだよ。君、一年生でしょ? たまに、ここの図書室で受付やってるよね」


「はい。先輩は、二年生の方ですか?」


「いや、俺は三年だよ。D組の中原雅史。サッカー部のキャプテンって言えば、分かるかな?」


 そう言われて、照瑠はようやく思い出した。


 中原雅史。火乃澤高校サッカー部のエースで、学年問わず女子から高い人気を誇るスポーツマン。文武両道を絵に描いたような存在で、教師達からの評価も高い。


「思い出しました! サッカー部の中原先輩ですね。私のクラスの子たちが、先輩のこと話しているのを聞いたことがあります」


「そうかい? まあ、噂されて悪い気はしないけど、やっぱり試験前くらいは勘弁して欲しいかな。教室で勉強したくても、どうにも周りがうるさくってさ。それに比べて、ここは静かだから助かるよ」


「勉強? 先輩は、昼休みにも勉強してるんですか?」


「ああ。今週末の日曜日は大会があるからね。それまでは部活の練習も終わらないから、帰ると疲れて勉強する気力なんかなくてさ。仕方ないから学校で試験勉強の準備を進めるしかないんだよな」


「そうだったんですか……」


 火乃澤高校の誇る秀才の知られざる事実。それを聞いた照瑠は、独り納得したような表情で雅史の顔を見た。


 文武両道と簡単に言うが、それを成すのは楽ではない。周りは雅史のことを天才だの完璧人間だのと評しているようだが、彼は彼なりに影で努力を積み重ねているのだ。生まれつき何でもできる人間など、そう簡単にいるはずがない。


「それじゃあ、また図書室を使わせてもらう時はよろしくね。マナーの悪い連中もいるみたいだけど、今度見かけたら、俺の方からも注意しておくよ」


「ありがとうございます、中原先輩」


「気にしなくてもいいよ。人間、時には助け合いってやつも必要だろ?」


 片手を挙げて軽く挨拶し、雅史は照瑠の前から去っていった。最初から最後まで、本当に好感の持てる人物だ。


(まったく……。あの無愛想な男にも、先輩の爪の垢でも飲ませれば、、少しは素直になるのかしら?)


 いつも木の下で転寝をしている犬崎紅の姿を思い浮かべながら、照瑠はふとそんな事を考えた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 学校の敷地の外れにある木の木陰。校舎と木の陰が重なり、万年日影ともいえるやや暗い場所。


 嶋本亜衣はその場所で、犬崎紅を前にしていた。彼女の後ろには美月達、ジョーカー様をしていた者たちも揃っている。どうやら亜衣が、ここまで連れてきたらしい。


 紅の姿を見つけた亜衣は、事の成り行きを簡単に説明した。ジョーカー様なる儀式によって、友人に祟りがあるかもしれない。それを何とかして欲しいと頼んだのだが、対する紅の態度は素っ気無いものだった。


「ねえ、犬崎君。こんなにお願いしても、やっぱり駄目?」


「駄目と言ったら駄目だ。俺は、正規の仕事以外は引き受けない。どうしても頼みたければ、それなりの報酬を用意しろ」


「報酬って……。生憎、月末はいつも金欠なんだよね、これが……」


「だったら諦めろ。ジョーカー様だか何だか知らんが、俺には関係の無いことだ」


 亜衣の話を聞いてもなお、紅は頑なな態度を変えようとしない。照瑠からは無口で無愛想だとは聞いていたが、まさかここまでとは思わなかった。授業中、ほとんど寝て過ごしている様子も相俟って、あの猟奇殺人事件を解決した時の印象とはえらい違いがある。


「それじゃあ、せめてこの娘たちが何かに呪われているかどうかだけでも教えてよ。犬崎君だったら、そういうのも分かるんでしょ?」


 あれだけ断られてもまだ諦めがつかないのか、亜衣はしつこく食い下がる。彼女もまた、先の猟奇殺人事件で紅の力の一端を垣間見た人物の一人だ。故に、その力がどれ程のものかは亜衣自信がよく知っている。


 だが、そんな亜衣の気持ちとは裏腹に、紅は迷惑そうな顔をして頭を上げた。


 そもそも、呪いとは霊的に相手を攻撃するための手法である。霊が直接とり憑く憑依とは違い、攻撃そのものは誰にも見えない。故に、当人が呪われているか否かを見ただけで判断するなど不可能である。自分が見て分かるのは、せいぜい悪霊にとり憑かれているか否かくらいだ。


 また、呪いというものは対象と呪具じゅぐが存在して初めて成立する。不特定多数の人間を対象に、儀式を失敗しただけで呪いにかかるなど考えられないのだ。そんなことができるのは、よほど強力な力を持った存在でなければ不可能である。


 呪いではなく、もっと神がかった話であれば、祟りという線も考えられないではない。呪いとは違い、祟りとは禁忌に触れた人間が受ける、神罰的なものである。中には邪神のような存在の意思に触れて命を奪われる不幸な人間もいるが、どちらにせよ、今回の件には当てはまりそうにない。


 古来より禁足地とされてきた場所にでも踏み込んだのであればいざ知らず、都市伝説の域を出ない遊び半分の儀式で祟りに遭うことなど、まず考えられないのだ。そんなことが実際にあるならば、それこそ、日本中で祟りによる死者が続出しているはずである。


 何から何まで如何わしい、ジョーカー様の儀式。話を聞いている限りでは、美月達が不安になるのも無理は無い。しかし、だからといって何でも霊的な存在のせいにするほど紅もオカルトに心酔しているわけではなかった。それは、自分が向こう側の世界・・・・・・・に住む者達に関わっているからこそ言えることだ。いくら強力な霊とはいえ、何でもありな超常現象を引き起こせるわけではないのである。


「悪いが、俺は呪いの鑑定士じゃないんでな。何かに憑かれておかしくなっている奴なら見て分かるが、本人達の表面に何も出ていないんじゃ判断のしようがない」


「そっか……。世の中、そうそう便利にはできていないもんだよね……」


 期待していた結果を得られず、亜衣はしょんぼりとうな垂れて紅の前を去る。その横では、理沙や尚美が紅の態度に対してあれこれと文句を言っている。本人が側にいるにも関わらず、やれ無愛想だの誠意が無いだのと、言いたい放題だ。


「ねえ、嶋本さん。これからどうするの?」


 頼みの綱が切れてしまったことに、美月が不安げな表情のまま言った。すると、それを見た亜衣は再び首を上げ、自分の携帯電話を取り出してアドレスを検索し始める。


「ど、どうしたの、嶋本さん!?」


「どうしたのって……。頼みの綱の一本が切れちゃったから、残るもう一本に賭けてみようかと思ってね。このまましょ気ていても、ジョーカー様の事は解決しないよ」


「そりゃ、そうだけど……」


「大丈夫、大丈夫。まあ、ちょっと頼りないところもあるけれど、この学校の馬鹿男子なんかよりは役に立つ人だから。オカルト的に解決できなければ、現実的な面から解決を図るってのも手でしょ?」


「言ってる意味がわかんないんだけど……。本当に大丈夫なの?」


「任せておきなさいって。こう見えても私、≪人脈の亜衣ちゃん≫と呼ばれているんだよ。困った時の助け舟くらい、いくつか用意しておくのが当然だからね」


 そう言って、自分の交友関係の広さを自慢しながら携帯電話をいじくる亜衣。そんな彼女達の姿を遠巻きにしながら、紅は先ほど亜衣が話していたジョーカー様のことを考えていた。


 ろうそく一本しか灯らない暗い部屋で、四人の人間がカードを引いて回してゆく。最後に残った札を生贄に、何でも願いを叶えてくれるジョーカー様を呼び出す儀式。話そのものは作り物じみていたが、それでも紅には思い当たる節があった。


 降霊術。特定の手順を踏むことで、現世に霊を呼び出して対話をするための儀式。だが、素人が遊び半分でやったところで、質の悪い低級霊しか呼び出さない。最悪の場合、その霊にとり憑かれて錯乱状態になってしまうことも少なくない。


 だが、ジョーカー様を降霊術と考えた場合、一つだけ大きな違いがあった。


 通常、霊に憑かれて錯乱状態になった者がいて、初めて呪いだの祟りだのという話が成立する。実際には祟りではなく憑依なのだが、それでも何か霊的な力で対象者に害が及ぶのには違いない。


 問題なのは、亜衣と一緒に来た四人の女子に霊がとり憑いた形跡がなかったことだ。四人とも錯乱状態になったことさえなく、妙なメールや手紙をもらっただけだという。後は、玄関先に動物の死骸を置かれたことくらいだろう。


 霊が手紙を送ったり、動物の死骸を置いたりすることは考えられない。だとすれば、この事件は人間が起こしている可能性が極めて高い。大方、新手のストーカーか何かではないのか。最初は紅も、そう思った。


 ところが、美月達が側へやって来た時、微かに強い陰の気を感じたのも事実である。


 例の猟奇殺人事件の一件で、今の火乃澤町は絶えず陰の気が流れ込んできている状態にある。応急処置的な結界を張ったものの、それで全ての陰の気が入り込むのを防げたわけではない。それ故に、この町では悪霊が放つ陰の気を探るのが極めて難しい状態にある。

 

 そんな中、紅は美月達の中にほんの微かな陰の気の影を感じていた。さすがに接近すれば気は隠しきれないものだが、仮に霊が彼女達の中に入り込んでいたのだとしたら、それはかなりの潜伏力だ。紅の感覚を持ってしても、四人から微かに獣のような臭いの気を感じさせただけだった。その発生源さえ、四人の内の誰なのかも分からない。


「ジョーカー様か……。あいつらの話が本当か嘘かはともかく、こいつは少し調べてみる必要があるかもな……」


 今の段階では、ジョーカー様の正体が人間なのか悪霊なのかは判断できない。それを決めるためには、もう少し情報が必要だ。


「ちょっとばかり、偵察に行ってもらうぞ。とりあえずは、中心となって儀式をしたあの女を見張れ……」


 去り行く美月の後ろ姿を見つめる紅の目が途端に鋭くなる。いつもの授業中に見せている眠たそうな目ではなく、それは獲物を狩る前の肉食獣のような瞳に変わっていた。


 燃えるような真紅の瞳を美月に向けたまま、紅は自分の座っている地面の横を軽く小突いた。すると、その地面が紅の指の動きに合わせるようにして、一瞬だけゆらりと揺れて見せた。


 木の影よりも更に黒い、まさに深淵としか言いようの無い影。その影がずるずると地面を這って行くのを見ながら、紅もまた木の側を後にした。


 ジョーカー様の正体は、今の紅にも分からない。だが、もしもそれが霊的な存在であり、更には九条照瑠にも害を成すような存在であれば、紅はそれを滅しなければならない。それが、照瑠の父である九条穂高と結んだ契約であり、自分の忌まわしき過去に対する贖罪なのだ。


 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響き、生徒達はばらばらと校舎に戻ってくる。そんな雑踏に紛れるようにして、紅もまた校舎の中に姿を消した。

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