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~ 壱ノ刻   儀式 ~

 N県立火乃澤ほのさわ高校。東北の閑静な町にある、そこそこの規模を誇る公立高校である。田舎町にある高校としては、部活も盛んで生徒達もどこか都会的な面を持つことが特徴的だ。田舎の学校は生徒も少なく古臭い人間しかいないという考えは、この学校においては当てはまらなかった。


 その日の昼休み、入間美月は教室のテーブルを繋げるような形にして、数人の友人と昼食を摂っていた。彼女と一緒に食事をする仲間は、いつも決まっている。美月を含め、合わせて四人の少女たちが、互いに他愛もない話に華を咲かせている。


「それでね。昨日の夜にサイトの掲示板を見ていたら、面白そうな遊びを見つけちゃったんだよね」


 弁当を口に運ぶ箸も休め、美月は三人の友人に昨晩のことを話して聞かせる。当然、その内容は昨晩サイトで自分の書込みに返信されたジョーカー様のことだ。


「まったく、美月は相変わらず、そういった話が好きだよね」


「なによ! そういう理沙だって、雑誌の占い欄は絶対にチェックしてるくせに!!」


「まあ、私もそういうの、ちょっとは気にする性質だけどね。でも、美月ほどのめり込んだりはしないわよ」


 半ば呆れた表情で美月に言ったのは咲村理沙さきむらりさだ。外見や口調からサバサバした性格に思われがちだが、実はかなり乙女チックな部分も持っている。占いやジンクスを好む美月とは、そういった部分で通じるものがあったのかもしれない。


「まあまあ、二人とも……。どうせそんなの遊びなんだしさ。それでも気になるってんなら、本当かどうか、試してみればいいんじゃね?」


 パックの紅茶をストローですすりながら、今度はやけに髪の色が黄色い少女が言った。


 安西尚美あんざいなおみ。火乃澤高校の生徒にしては珍しい、小麦色の肌と金髪が特徴的な女子高生である。下着が見えんばかりに短くしたスカートとルーズソックスという、一昔前のコギャルスタイルを忠実に再現している。


 そんな格好をしていては、当然のことながら生徒指導担当の教員から注意を受ける。が、当の彼女はそんな忠告なんぞどこ吹く風といった感じで、まるで気にもとめていない。本人曰く、花を頭に飾ったり派手な化粧をしたりしていないのだから、そのくらいは大目に見ろということらしい。


 明らかに校則に違反した格好と教師に対する反抗的な態度。これだけ見ると尚美は酷い不良のように思われがちだが、クラスメイトからの評判は上々だった。


 明るく社交的で気さくな性格。その上、流行の発信源としての存在も大きいらしく、特に女子生徒からの人気は高かった。当然のことながら交友関係も広く、美月とはファッション誌の話題でよく盛り上がる。


「やっぱ、尚美は話が分かるよね。こういうの、聞いたからには試してみたくなるってのが人間でしょ」


「まあね。それに、もし本当に願いが叶うってんなら、それってスゴクね?」


「そうそう。占いもジンクスも、信じなかったら何のご利益もないからね」


 尚美を味方につけ、俄然強気になって話を進める美月。こうなると、彼女の勢いは止まらない。


 信心深いというわけではなかったが、美月は占いやジンクスなどに関して比較的こだわる性格だった。初対面の人間の血液型を第一印象から当てるのも好きだったし、運気を呼び込むようなおまじないには、人一倍敏感である。


 ただし、風水などの類にはあまり興味が無く、彼女が手を出しているのは、もっぱら都市伝説の域を出ない内容のものばかりであった。情報源は主に女性向けのファッション誌。今はそれに、例の都市伝説情報サイトも加わっている。


「しょうがないな。分かったよ。私も付き合ったげる」


 美月の性格を知ってか、理沙もしぶしぶ承諾した。それに、興味がまったく無いと言えば嘘になる。高校生にもなって魔法の儀式など馬鹿げているとは思うが、遊び程度に盛り上がるくらいなら十分だろう。


「それじゃ、理沙も参加するって事で決定ね。あと一人、誰か必要なんだけど……優香は大丈夫?」


 唐突に美月から話をふられ、残る一人の少女が今まで動かしていた箸を止めた。


 倉持優香くらもちゆうか。美月が小学校の頃から親しくしている友人で、それは高校に入ってからも変わらない。内向的で大人しい正確だが、美月に引っ張られる形で徐々に交友関係を広げていった。よって、この手の女子が受けるような陰湿なイジメなどの被害にはあっていない。むしろ、理沙や尚美といった、自分とはまったく違ったタイプのクラスメイトとも、問題なく話ができている。


「私は別に、大丈夫だよ。美月ちゃんがやりたいって言うなら、私も参加するから」


 そう言って、優香は静かに微笑んだ。何のためらいも無い、絶対的な賛同。よほどの信頼がない限り、あの様な表情はできないだろう。長年の付き合いから来る絆というものを見せ付けられたような気がして、理沙と尚美は思わず互いに顔を見合わせた。


「それじゃあ、今日の放課後は私の家に集合ってことでいいよね。準備はこっちでしておくから、みんなは何も持ってこなくていいよ」


「こりゃまた、随分とはりきってるね。ガセネタだった時のことを考えると、先が思いやられるよ」


「なに言ってんの。ガセネタかどうかなんて、やってみなけりゃ分からないじゃない」


「そうそう。ま、ガセならガセで、適当に流しとけばいいんじゃん?」


 未だ半信半疑の理沙と、協力者を得てやたらとはりきる美月。それを見た尚美は相変わらず飄々とした態度で話をまとめ、優香もその様子に小さく笑っている。


 何の変哲も無い、極々普通の昼休みの光景。だが、この時の選択が世にも恐ろしい事件を引き起こすきっかけになろうとは、その場にいる誰もが思ってもいないことだった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 その日の放課後、美月は帰宅するなりジョーカー様の儀式を始める準備にとりかかった。用意するものは、食塩水と新品のトランプ一式。それに、ろうそくと火をつけるためのライターくらいだろうか。


 トランプは、学校の帰りに雑貨屋で売っていたのを買ってきた。それほど高級なものではないが、カードを燃やすことを考えたら安物で済ませた方が良いのかもしれない。食塩水は家でも簡単に用意できるし、ろうそくは仏壇にあったやつを持ってきた。ライターは、父が使っていたのを拝借してきたものがある。


 準備は完璧に整った。後は、参加者が家に来るのを待つばかりである。ついトランプの箱を開けたくなってしまうのだが、儀式の前に開けて力を失っては大変だ。


 待ちきれない気持ちを抑えながら、美月はしばし時計とのにらめっこを続けていた。と、そこへインターホンが鳴り、玄関のドアの向こうから聞きなれた声が聞こえてくる。


「美月ちゃん。約束通り、来たから入れて」


 ドアの向こうにいる声の主は優香だ。他の二人に先んじて来る辺り、やはり長年の付き合いが成せる業ということだろうか。


「待って! 今、開けるから!!」


 階段を駆け下りるなと親から言われていたが、そんなことは関係ない。今は父親も母親も仕事でおらず、家には美月が一人だけだ。


 ドタドタという音を響かせながら階段を降り、美月はやや大げさに扉を開け放った。


「ごめんね、優香。まだ、理沙も尚美も来てないんだ」


「そうなんだ。でも、もう少し待てば、ちゃんと来てくれるよ」


「だよね。まあ、そんなことはいいから、早く上がってよ。いつまでも外に立ってたら、蚊に食われちゃうよ」


「うん。それじゃあ、お邪魔します」


 慌しく登場した美月とは反対に、優香は遠慮がちに玄関の敷居をまたいだ。小学校からの付き合いだというのに、優香のこの態度はいっこうに変わらない。


 玄関で靴を脱いだ優香は、それをきちんと揃えてから美月の後を追って階段を上った。今時の女子高生としては珍しく、礼節というものをわきまえているようだ。


「それじゃ、毎度狭い部屋で悪いけど、適当に座ってよ」


 自分の部屋に優香を通し、美月は机に向かっている椅子を回転させて飛び乗った。


「うん。このクッション、借りてもいいかな?」


 美月の言葉に甘え、優香も床に転がっていたクッションを手にとって言った。


 口では狭いと言っているものの、美月の部屋はそれなりに広さがある。彼女の机とベッドに加え、本棚と小さなテーブルまで置かれている。他に兄弟がいないからなのかもしれないが、女子高生の一人部屋としてはかなり贅沢な部類に入るだろう。


「それにしても、美月ちゃんの部屋って、いつ見ても広いよね。羨ましいなあ……」


「なに言ってんのよ。この辺には昔からあるお屋敷みたいな家だって建ってるんだから、そんなところに比べたらねぇ……」


「そんなこと言ったら、私の家なんか中古のボロ屋だよ。せめて、もう少し可愛い家を買ってくれればよかったと思うんだけどね」


「うっ……。それは確かに、私たち女子にとっては切実な悩みかも……」


 一度、優香の家に遊びに行ったことを思い出し、美月も思わず言葉に詰まった。


 倉持優香とは小学校からの知り合いだが、彼女はこの町に最初から住んでいたわけではない。美月が小学校四年生の時、青森から火乃澤町へと引っ越してきたのだ。その時に優香の両親が買ったのが、先の話で優香の口から出たボロ屋である。


 正直なところ、優香が言っているほど汚い家ではなかった。が、可愛さやお洒落とは程遠い、昔ながらの木造家屋といったつくりには違いなかった。小学生くらいでは気にならずとも、高校生ともなれば自分の家の内装も気になってくるだろう。


「引っ越すのは無理でも、美月ちゃんの家みたいにリフォームできたらいいのになぁ……」


 テーブルに肘をつきながら、優香がそんなことを呟いた。玄関で見せた礼儀正しい態度は影を潜め、年相応の少女の姿になっている。


 まあ、人前では礼儀正しくしていても、素顔はこんなものであろう。優香もまた、年頃の女子高生であることに変わりは無い。一点の穢れもなき清楚な淑女など、所詮はマンガやアニメが生んだ幻想だ。実際、そんな人間が身近にいたら、それこそあまりに非現実的で気味が悪い。


 そんなとりとめもないことを考えていると、再びインターホンの音が鳴り響いた。どうやら残る二人のメンバー、理沙と尚美がやってきたようだ。


「さては理沙たちね。悪いけど、ちょっと待っててもらえるかな?」


 そう言って、美月はスッと椅子から立ち上がった。そのまま部屋の扉を開け、慌しく下の階へと駆け下りてゆく。


 ほどなくして、理沙と尚美を連れた美月が再び姿を現した。優香が二人に軽く一礼し、美月は遅れて到着した友人達をテーブルの周りに座らせる。いよいよ、儀式を始める時が来たのだ。


「はい。それじゃあ早速だけど、ジョーカー様を試してみようか。みんな、大丈夫だよね?」


「ああ。こっちは大丈夫だよ」


「私も平気だよ、美月ちゃん」


「こっちも全然オッケーって感じ。ねえ、早く始めねえ?」


 急かす尚美を抑えつつ、美月は一本のペットボトルを取り出した。友人が来る前に、彼女が用意しておいた食塩水だ。


「まずは、これでちゃんと手を洗ってね。洗面器とタオルも用意してあるから」


 どこから取り出したのか、美月の横にはきちんと洗面器とタオルが用意されていた。この洗面器の上で手を洗い、タオルで拭けということだろう。


 友人達が食塩水で手を洗っている間に、美月は部屋のカーテンを閉めて遮光した。少しだけ光が漏れているものの、それでも外は既に夕暮れ時である。これで部屋の電気を消せば、それなりに臨場感は出るだろう。


 自分に手渡された食塩水のペットボトルを手にし、美月はその中身を自分の手に振りかけた。塩水ということで少し肌が痒くなるような気もしたが、それほど気になるものでもない。


 タオルで手を拭き、美月は洗面器を自分の勉強机の上に片付ける。ろうそくに火をつけて部屋の電気を消し、手には新品のトランプを掴んでいる。


 これで準備は完了した。いよいよ、ジョーカー様の儀式は本番に入る。


「それじゃあ……。まずは、トランプの箱を開けて……」


 暗がりの中、殆どろうそくの薄明かりだけを頼りに作業を進めなければならない。なかなか目が慣れず、トランプの箱を開封するのも一苦労だ。


 おぼつかない手つきでなんとか箱の封を開けると、美月はその中から新品のトランプを取り出した。


 スペードのエースを先頭に、五十二枚のカードが規則正しく並んでいる。カードの束の一番下には、本日の主役であるジョーカーが収まっている。


「えっと……。とりあえず、ジョーカーは先に抜いておかないといけないんだよね……」


 トランプのジョーカーは基本的に二枚。だが、今回の儀式に用いるのは一枚のみだ。


 美月はカラーで描かれた方のジョーカーを取り出して、モノクロの方はトランプを入れていた箱に戻しておいた。これからカードをシャッフルする時に、何かの手違いで混ざってしまっては大変だ。


 ジョーカーの札をテーブルの中心に置き、美月は残る札をよく切って配り始めた。数字も絵柄も分からないまま、それぞれに計十三枚のカードが配られる。配られたカードを一つの束にして、四人はそれを自分から見た右側に置いた。


 全ての準備は整った。中心に置かれたジョーカーの札に、美月たちはそれに各々の左手を添える。右手は先ほど分けたカードの束の上に置き、いつでもカードを取れるようにしておく。


「じゃ、まずは私から始めるよ。ジョーカー様が来ることを念じながらカードをめくって、相手の左側に置いていってね」


「ただ、カードを渡すだけでいいの? だったら簡単じゃん」


 ろうそくの炎の向こう側で軽口を叩いているのは尚美だ。もともと難しい話や長い話が苦手なタイプだけに、昼休みに話したジョーカー様のやり方を、きちんと覚えていないらしい。


「言っとくけど、最後の一枚は自分で持っておかなくちゃいけないんだからね。勢い余って、そのまま隣に置いたら駄目だよ」


「尚美……。人の話はちゃんと聞いておきなさいよ……」


 美月から注意を受けた尚美に対し、理沙が少々呆れた口調で言った。ジョーカー様の儀式に関しては乗り気でなかった彼女だが、それとこれとは別問題なのだろう。サバサバした性格ではあるが、他人の適当な態度には突っ込みを入れずにいられないらしい。


「まあ、尚美も理沙も無駄話はその辺にして、そろそろジョーカー様を呼び出そう。カードを引いて回している間は、ちゃんとジョーカー様が来てくれるように集中しないと駄目だからね」


 場の雰囲気が壊れそうになるのを感じてか、美月は慌てて理沙と尚美の注意をジョーカー様の儀式に引き戻した。恐らく、この二人はジョーカー様の存在を信じていないのだろう。美月としても、それはそれで構わない。大切なのは、きちんとした人数と手順で儀式を行うことなのだ。占いやジンクスの類で重要なのは、ルールを守って行うということなのだから。


 全員の意識が再び中央にあるジョーカーの札に集中したことを確認し、美月は自分の右手にあるカードの束から一枚の札を取った。それを隣にいる理沙の左手に置き、今度は理沙がカードを引いて尚美の側に置く。尚美は優香の側に、優香は美月の側にカードを置き、無言のまま奇妙なサイクルが続けられる。


 今、自分は何枚目のカードを引いたのだろう。それ以前に、この奇妙なサイクルは何週ほど続いているのだろう。


 ぼんやりとしたろうそくの薄明かりに照らされながら、ただただ単純な作業を繰り返す。時間として十分も経っていないはずなのだが、だんだんと自分の中で正確な時間の感覚がなくなってゆくのが分かる。


 この回転は、いったいいつまで続くのだろう。無言のまま、ただひたすらにカードをめくっては隣へ置いてゆくだけの作業。徐々に山札が薄くなってゆくのは分かるものの、美月はふと、この無言のサイクルが永遠に終わらないのではないかという錯覚にとらわれそうになった。


 ジョーカー様は、本当に願いを聞き入れてくれるのか。いや、それ以前に、ジョーカー様なる存在が本当に実在するのか。言いだしっぺであるにも関わらず、美月がそんな不安にかられた時だった。


 彼女が山札のカードをめくると、その下にはもう一枚のカードも残っていない。どうやらこれが、最後のカードとなったようだ。


 手にしたカードを握り締め、美月は他の三人に目配せをした。何も口にはしなかったが、三人とも最後の一枚となったカードを手に、無言のまま美月の方を見つめている。


「それじゃあ、いよいよジョーカー様にお願いをする時だよ。まずは、カードの絵柄の意味とは違ったお願いを考えて」


 掲示板の書込みによれば、最後の一枚であるカードはジョーカー様への生贄だ。スペードは仕事や勉強、ハートは恋愛、クラブは健康、ダイヤは金銭に関する運気を意味している。当然、自分が生贄にするカードと同じ運気を要する願いは聞き入れてもらえない。例えば、ダイヤのカードを生贄にした人が宝くじで一等を当てることを願っても、それが通じることはないのだ。


 カードの願いの関係を簡潔に説明すると、美月は淡いろうそくの光を頼りに自分のカードを見た。彼女のカードはダイヤのキング。金運を犠牲に、他の運気を上げて願いを叶えることができるカードだ。


 カードを握り締めたまま、美月は心の中で願いを念じた。あこがれのあの人が、自分に振り向いてくれますように。それが彼女の願いである。同じ赤の札でも、ハートのキングを引いていたら聞き入れてもらえなかった願いだ。今、改めて、ダイヤのキングが手元に残ったことに感謝する。


「美月、もういいかな?」


 自分の願いを念じ終えたのか、理沙がぼうっとしている美月を急かすようにして言った。


「あっ、ごめん! ちょっと、強く願いすぎちゃったかも……」


「まったく、欲張りだよねぇ……。美月って、神社の賽銭箱に十円だけ入れて、お願いだけはたくさんするタイプでしょ」


「まあまあ、そんなこといいじゃない。それよりも、みんなの引いたカードを見せてくれるかな? カードの数字が大きい人から、ジョーカーの札の下にカードを入れないといけないから」


 理沙の突っ込みもお構いなしに、美月は自分の引いた札を表にして見せる。残る三人も、それぞれが手にした札を表にして見せた。


 尚美が引いたのはスペードの八。理沙はハートの四で、優香がスペードのジャックだ。クラブのカードを引いた者は、今回はいなかったらしい。


 数字の順にジョーカーの下にカードを入れる。それが、儀式の次の手順である。美月、優香、尚美、そして理沙の順にカードを入れて、最後に美月が赤い糸で五枚のカードを縛り上げる。後は、これをろうそくの火で燃やしてしまえば終了だ。


 赤い糸で束ねたカードを手にし、美月はそれをろうそくの火にかざそうとする。が、カードの端を火に入れる直前、急に思い立ったようにして手を止めた。


「どうしたの、美月ちゃん?」


 美月の手が止まったのを見て、優香が尋ねた。


「うん。これって……どこをつかんで燃やせばいいんだろう……」


 そう言われて見れば、その通りである。カードに火をつけたまではよいが、それが燃え尽きるまで指でつまんでいるわけにもいかない。いつまでもカードを持っていたら、それこそ火傷してしまう。なんとか火傷せずに、うまくカードを焼く方法はないものか。


「仕方ない。この糸をつまんで燃やそうかな……」


 五枚のカードを束ねている赤い糸。その先は余った部分が長く垂れ下がり、指でつまんで吊るすには調度良い。


 糸の先端をつまみ上げ、美月は再びカードの束を火にさらした。今度は躊躇うこともなく、カードを燃やさんと火にくべる。


 ところが、彼女達の予想に反し、五枚のカードはなかなかうまく燃えてくれなかった。端が焦げて嫌な臭いの煙を上げているものの、ちり紙や新聞のように燃え上がってはくれない。


 なかなか火のつかないトランプに業を煮やしたのか、美月はカードの束を更に奥深く火の中に突っ込んだ。しかし、その炎はカードを焼くよりも先に、それを束ねていた糸の方に燃え移ってしまう。


「あっ……!!」


 美月たちが叫んだ時には既に遅かった。糸を焼ききられたカードの束は、バラバラになって舞い落ちてゆく。ところどころ焼け焦げてはいたものの、全てを燃やせたわけではない。


「あらら……。糸の方が、先に燃えちゃったみたいね」


「どうすんのよ、美月。これって、失敗したの?」


 失敗。理沙の口から出た一言は、今までの苦労を水の泡にすることに他ならない。気合を入れて準備したのに、なんだか一気に興ざめした気分にさせられてしまう。


 そんな美月に助け舟を出したのは、以外なことに尚美だった。半信半疑で参加していたと思っていただけに、美月はやや驚いた様子で彼女の言葉に耳を傾ける。


「ねえ……。これって、もう一度燃やしたりすればいいんじゃね?」


「もう一度燃やす?」


「だってそうでしょ? 燃やさなきゃ願いは叶わないんだし、もう一度やり直せばいいじゃん。赤い糸で縛り直して、また火をつければいいんでしょ。割り箸かなんかでつまんでさ」


「そっか。まあ、箸なんてないから、その辺にある鉛筆かなんかでいいよね?」


 失敗したらやり直せばいい。なんと単純な考えかと思ったが、尚美の言うことももっともだ。何事も、前向きに考えなければ成功はしない。上手くカードが燃えなかったら、また火をつければいいだろう。


 暗がりの中、美月は机の上にあるペン立てから二本の鉛筆を探して引き抜いた。カードは再び糸でくくり、今度は鉛筆を箸のようにしてそれをつまむ。


 ろうそくの火にくべられて、五枚のトランプが煙を上げながら燃えてゆく。最初は焦げているだけだったが、最後のほうはきちんと炎を出して燃えていた。黒焦げになったトランプは、ボロボロと崩れてテーブルの上に落ちてゆく。


「これで終わったの?」


 完全に燃え尽きてしまったトランプを見て、理沙が怪訝そうな顔をして尋ねた。こんなことで願いが叶うということを、未だ信じていないようだ。まあ、主催者である美月にしても、どこまで信憑性の高い噂なのかは分かっていない。だからこそ、今日は四人で儀式を試してみたのだが。


「それじゃ、これでジョーカー様はおしまいでーす。みんな、後は時間までゆっくりしてね」


 儀式の終了を仲間に告げて、美月は席を立ち上がる。部屋の電気をつけてみると、なにやら焦げ臭い臭いが室内に漂っているのに気がついた。


 儀式に夢中で気がつかなかったが、トランプを燃やした時の煙が充満していたらしい。尚美が悪態をつきながら、部屋の窓を開けている。


 焦げたトランプの灰を集めながら、美月は改めて部屋の中を見回した。テーブルの上にろうそくが置かれている以外は、何の変哲もない自分の部屋である。


 本当に、ジョーカー様は来てくれたのだろうか。先ほどの異質な空間から開放されて、なんだか急に現実に引き戻された気がしてきた。終わってみれば、なんともあっけない遊びに感じてしまう。


「ねえ、美月ちゃん……」


 片付けをする美月の後ろから、優香が突然声をかけた。残りのトランプをしまう手を止めて、美月は優香の方に振り返る。


「美月ちゃんは、何をお願いしたの?」


「残念だけど、それは秘密よ。こういうのは、やたらに話したら面白くないじゃない」


「そっか……。そうだよね」


 美月の口からお願い事の内容を聞けず、優香は一瞬だけ寂しそうな顔をして視線をそらした。長年付き合ってきた友人だけに、全てを語って欲しかったのだろうか。そこまでは、美月には分からない。


「ごめんね、優香。でも、他のみんなだって、お願い事は口にしてないじゃない。だから、ここはお互い様よ」


「うん。別に、そんなに気にしてないから大丈夫だよ」


 優香の顔に、再び笑顔が戻った。美月も安心して片付けを再開し、他のみんなとのお喋りに興じ始める。


 終わってみれば、ジョーカー様の儀式など三十分もかからないものだった。門限までの残された時間、美月たちは昼休みと同じように他愛も無い会話を続けて盛り上がった。


 どこにでもある、女子高生たちの普通の日常。だが、その平穏を破壊する影は、彼女達のすぐ側まで迫っていたのである。

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