~ 逢魔ヶ刻 瓦版 ~
宿命によって定められた人の一生に手出しをしようものならば、必ずやその報いを受けることになるだろう。
運命を捻じ曲げるほどの強い力には、それ相応の代償を必要とするものなのだ。
『あるインドの修験者の言葉』より
瓦版。それは、江戸の時代に時事性の高いニュースを速報性を持って伝えるための手段として用いられてきたものである。
瓦版の歴史は古く、現存する最古のものは大阪の陣について記したものであるという。木版刷りが一般的で、幕末の動乱期には多くの瓦版が出回ったという。
このように書くと、瓦版には多くの歴史的価値のある事件が記されていたのではないかと思われがちである。だが、実際には天変地異や大火、心中などの話題を中心に掲載され、中には妖怪の出現を扱ったガセネタも存在した。
要は、瓦版とは雑多な記事が記載される、現代の週刊誌的な位置づけにあったものなのだ。もっとも、木版刷りの瓦版が用いられていたのは江戸時代までで、それ以降は、その姿を急速に消していったとされている。
現に、明治以降、新聞の普及によって瓦版は衰退した。もっとも、人の噂好きな性までは消しさることはできず、その文化は意外な形で生き残っている。高度に情報化した社会の中で、一般庶民が手軽に情報を引き出せる場所。即ち、インターネット上の掲示板として、その血脈を今に残しているのである。
速報性では、時に一般のマスメディア以上に素早く情報を伝達することもあるインターネット。だが、瓦版同様、そこに記されている情報の全てが正しいわけではない。数多くの真実に埋もれるようにして、事実無根の情報や悪意ある書込みもまた存在しているのだ。
ガセネタのほとんどは、自己顕示欲の塊のような人間が自らの欲求を満たすために書き込んだものにすぎないだろう。しかし、本当にそうだろうか。もし、悪意を持った人物が何らかの意図を持って書込みを行い、それに触れた者を陥れようとしているのだとしたら……。
未来や真実を知りたいという欲求は、人間にとって普遍的なものである。だが、その欲望に素直になりすぎることは、時に自らの身に災いを呼び寄せることになるのかもしれない。
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深夜というには少し早い時刻。入間美月は自分の部屋でパソコンを立ち上げると、早速お気に入りのサイトの閲覧を開始した。
彼女が見ているのは、主に都市伝説を話題として扱う巨大サイトの掲示板だ。最近、友人の嶋本亜衣から紹介してもらったサイトである。
都市伝説と聞くと怪談じみた恐ろしいものを想像する人が多いと思うが、実際はそんな話ばかりではない。
都市伝説というものは、要するに噂にしか過ぎない真偽不明の話のことである。妖怪や幽霊の話だけでなく、サイコ殺人犯や秘密結社の陰謀、宇宙人の話から正体不明の恐怖体験まで、広義の意味では全てが都市伝説に該当する。
そんな話の中でも、美月が覗いていたのは占いやジンクスに関する都市伝説の掲示板だった。占いと聞くと星占いや血液型占いなどが有名であるが、都市伝説として扱われている占いやジンクスは、そんな一般的なものではない。
都市伝説として扱われる以上、それらの話には呪術的な側面が見受けられるものも多かった。中には失敗すると呪われるといった物騒な話も存在するが、同時にささやかな幸運を運んでくれるような話が多いのも事実である。
彼女が掲示板の存在を知ったのは五日ほど前だ。とりあえずは挨拶の書込みをしておき、後はそれに対しての返信を待ってみた。
【名前:みつき 20**/06/18 18:15 ID:i6SMqd0****】
はじめまして。みつきっていいます!
最近、友達からこのサイトを教わって遊びに来てみました。
すっごい色々な都市伝説があってビックリ☆★
あんまり怖い話はちょっと苦手だけど、占いとかジンクスは大好きだよ!
何か面白い話があったら、教えてくれるとうれしいな!!
数日前に自分が書き込んだ最初の書込み。一見して何の変哲もない書込みのようだが、こういった内容の書込みは、時として悪意を持った連中の誹謗中傷の対象となる。
新しく掲示板に顔を出したその日に早速ネタを要求する。別に悪いことではないと思うのだが、それをマナー違反として激しく攻撃する輩がいるのも事実である。現に、美月も一部の住人達から激しい非難の嵐を浴びて、さんざんに罵倒するような内容の返信も受けた。
こんなことがあれば、当然のことながら掲示板に顔を見せなくなるのが普通である。だが、中には良心的な人もいるようで、彼女を庇う発言をしたり、ネタを提供してくれたりする人もいた。そういった人の助力もあり、美月はそれなりに掲示板での交流を楽しんでいた。
「さてと……。今日は、誰かから返信があるかな?」
そう言いながら、自分の書き込んだスレッドを確認する美月。管理人のチェックが厳しいのか、あまりに酷い罵倒や誹謗中傷は数日で消去されてしまう。残っているのは美月に対して好意的な書込みか、管理人から削除する価値もないと見なされた程度の低い書込みばかりだ。
「おっ! 新しい書込み発見!!」
自分が挨拶を書き込んだスレッドの一番下を見て、美月はためらうことなくアドレスをクリックした。投稿者のハンドルネームからして、どうやら向こうも初対面のようだ。
【名前:くぬぎ 20**/06/23 18:15 ID:e8KUpc2****】
みつきちゃんへ。
始めまして、くぬぎって言います。今日は、とっておきの情報を教えちゃうよ!
みつきちゃんは、ジョーカー様って知ってる?
アタシが友達から聞いた話なんだけど、なんでも願い事をかなえてくれる神様を呼び出すものなんだって。
やり方はとっても簡単で、新品のトランプとろうそく、それに赤い糸を用意するだけ。部屋は必ず真っ暗にして、人数は四人がベストって言われているよ。
まず、食塩水で手をよく洗ってね。それからトランプの箱を開けて、中から取り出してシャッフルするんだ。でも、その前にジョーカーだけは必ず抜いておいてね。
その後は四人に均等にカードを分けて、ジョーカーのカードを真ん中に置くの。後、テーブルの上のろうそくに火をつけるのも忘れずに。
準備ができたら、部屋を真っ暗にしてジョーカーのカードの上に左手を差し出して重ねるんだ。分けたカードは右手の近くに置いておいて、いつでも引けるようにしておいてね。
後は、ジョーカー様が来るのを念じながら、右手で分けたカードを一枚ずつめくってゆくの。主催者がカードをめくって、それを半時計回りになるように隣の人の側に置く。置かれた人は自分のカードをめくって、また同じように隣へ回す。これを繰り返して、最後の一枚になるまで続けるんだ。
最後の一枚になったら、それがジョーカー様への生贄だよ。ちなみに、スペードは仕事運や勉強運、ハートは恋愛運、クラブは健康運、ダイヤは金運を生贄にすることになるから、生贄にした運がないと叶わない願いは頼んでも聞いてくれないみたい。
生贄が決まったら、カードの数字が大きい人から生贄のカードをジョーカーのカードの下に滑り込ませるんだ。そして、主催者が赤い糸で五枚のカードを束ねるの。最後は、束ねたカードをテーブルの上にあるろうそくで燃やしておしまいだよ。
かなり長くて複雑だけど、アタシのトモダチはこれでイケメンのカレシをGETしたよ!
その分、金欠になったて言ってるけどカレシが色々おごってくれるから問題ないんだって。うらやましいなぁ・・・・・・。
もしよかったら、みつきちゃんも試してみてね!!
返信された内容を、美月は食い入るように画面を見つめて読み込んだ。占いやジンクスの類はかなり詳しいと思っていたが、ジョーカー様の話は初めて聞いた。準備に必要な道具や儀式の手順を考えても、これはかなり凝った内容といえる。
自分の運気を犠牲にして別の運気を上げるというやり方は、正直なところ少し怖くも感じた。が、所詮はお遊びである。情報によれば、変に呪われたり祟られたりするするようなこともないようだ。悪霊にとり憑かれるような話がないだけ、こっくりさんなどよりマシな気がする。
「イケメンの彼氏GETかぁ……。もし本当だったら、私も試してみたいなぁ……」
ぼんやりと天井を眺めながら、そんな他愛もないことを考える美月。彼女も年頃の少女だけに、気になる人がいないわけではない。ちょとした事情から大胆な行動に出ることは控えているものの、どこか踏ん切りがつかないのも事実である。
(自分からじゃなくて、相手から告ってくれば……私もちょっとは気が楽なのにな……)
ふと、そんなずるい考えが頭をよぎる。世の中、そうそう都合よく物事が運ばないとは分かっていても、やはり神頼みしたくなる瞬間はあるものだ。
「よしっ! 決めた!!」
そう言うが早いか、美月は突然椅子から立ち上がって机を叩いた。
今までも、恋愛成就のおまじないや自分を魅力的に見せるためのジンクスなどと試しては見た。もっとも、それは具体的な願いを叶えるためのものではなく、あくまで運気を向上させる程度の内容だった。
しかし、今回掲示板で見つけたジョーカー様は違う。ジョーカー様は具体的な願いを聞き入れ、それを叶える力があるようだ。書込みの内容が真実かどうかは定かではないが、それは試してみればよいことである。
所詮は遊び。何もなければ、それはそれで諦めがつくと思っていた。儀式をするためのメンバーを集める問題が残されていたが、気の良い人間という者はどこにでもいるものである。
自分が特に仲良くしている友人達の顔を思い浮かべながら、美月は明日にでもジョーカー様を試してみようという気持ちでいっぱいになっていた。なんだか遠足の前日のような気分になり、その日の美月はベッドに入ってもすぐに眠ることはできそうになかった。
本作品は一部に暴力的な表現を含みますが、これは作中の暴力行為その他を推奨するものではありません。
また、一部の人間が差別的な考え方に囚われて非道な行いを働いたり、それらの人間が法ではなく、個人の意思や超常的な存在によって裁かれる描写が存在します。
これらの描写に対して政治的道徳観、及び宗教観から不快な思いをされる可能性がある方は、これより先の内容を読むことを控えるようお勧めいたします。
【警告】
本作品に登場する儀式、ジョーカー様は作者の創作であり、実際に存在するものではありません。
しかし、意思の弱い方、信心深い方、そして霊感の強い方は、絶対に興味本位で真似をしないでください。
万が一不幸な事故が起こっても、作者は一切の責任を負うことができません。