何勘違いしてるんだ?俺の婚約破棄はまだ終了してないぜ!
もう少し早く来るべきだった。
今夜はアカデミア内の大広間で後夜祭が開かれる。
けれども私、セレナはその大広間の扉横に設置されているドレッサーの前で思案していた。
(やっぱりこの格好のまま入るのは不味いかな?)
その鏡には綺麗に整えられた瑠璃色の短髪に青い学生服の、どこからどうみても男性の姿が映しだされている。
これが今の私の姿だ。
先程まで私は昼の部の出し物でとある劇に出演していた。
そこで私はある男性の役をやっていたのだが、その劇があまりにも好評で5回もアンコールをやるはめになったのである。
よりにもよって今日の後夜祭は私とハラルドの婚約を公に発表する場でもあるというのに。
やはりメイクを取る時間位は残してもらうように頼むべきだった。
(だってこれじゃ、ハラルドそっくりじゃない)
私とハラルドは双子と間違うほどよく似ていた。
性差と髪の長さを除けば背格好、髪の色、そして声色も、彼が声変わり前だからかほぼ同じで、目隠しして私達の声を聞けばどちらがどちらか分からない程である。
そんなに似ているからか、学園内でもまだ内密に婚約してない段階で似た者夫婦と揶揄されたりしたものだ。
そういった事もあり、私達はお互いに親密になって婚約まで至ったのだ。
(約束していた時間に遅れるかもしれないけど、仕方ないよね)
やっぱりメイクを取って、服も着替えてから広間に入ろう。
発表に遅れてしまうかもしれないけど、そこは後で婚約者のハラルドに精一杯謝ろう。
そう思い直して来た道を戻ろうとすると、大広間の扉が開いた。
「そこにいらしたんですね!心配致しましたよ。予定していたご到着よりも遅いんですもの」
銀色の髪に、同じく銀を基調としたフリル付きのドレスを着た令嬢が中から出てきた。
ライスベリーさん、このアカデミアでは私の同級生だ。
「そんな他人行儀みたいな反応はやめてくださいまし。いつものようにライスと呼んでくださいな」
私は彼女のその言葉を聞いて少し眉を潜めた。
彼女は入学してから私とずっと同じクラスである。
それにクラスの美化委員としても一緒に活動を行っている位には確かに親しい間柄だ。
けれど彼女はその美化委員会の活動の内でも自分の名前を愛称で呼ばれるのを何よりも嫌っていたはず。
だから私は彼女をライスと呼んだ事は一度も無かったはずなのである。
「え、じゃあ今夜はライスさんで……」
「フフッ、緊張されているのですね。まあ良いでしょう」
妙に馴れ馴れしいなと思ったが、私はそれ以上言わず彼女に引かれるまま中へと入った。
そして彼女にエスコートされて、上座に設置されている自分の席に座った。
次にライスさんが私の横の席に座る。
(え、そこはハラルドの席なんだけど)
そもそも上座の席は私とハラルドの席しか置いていない。
ライスさんだってこの後夜祭が私とハラルドの婚約を正式に発表するための場である事は分かっているはずなのに。
わたしがそれを伝えようとするとライスさんは持っていた扇子で入り口の方を指した。
「ほら見てください、わたくし達にとってのお邪魔虫がようやく来たようですよ」
「すまん!出遅れた!」
口調は違うが私と同じ声色、ハラルドの声だ。
ホッとしたのも束の間、私はこちらに近づいてくる彼の姿を見て驚いた。
だって彼は女装していて、煌びやかな青いドレスを除けば長い瑠璃色の髪まで普段の私とまったく同じ姿をしていたのだ。
(そう言えばハラルドも別の劇でとある女性の役で出ると言ってたっけ)
どうやら彼もメイクを取る時間が無かったらしい。
彼は急いで上座に上がって来ようとしていたが、それをライスさんが止めた。
「はい、セレナさんそこまでです。ここから先は通れませんよ」
「ライス?これはどういうことだ?」
困惑するハラルドを他所に彼女は回りの聴衆に向けてアピールをし始める。
「お集りの皆様、聞いてください!ハラルド様はセレナさんとの婚約をただいまをもって破棄するそうです!」
とたんに場内がざわめく。
それはもちろん私とハラルドもだ。
しかし、私達がライスさんを止めようとする間もなく彼女は次の行動に出た。
「その理由について証人がいますので説明して頂きましょう」
ライスさんが合図すると近くの席に座っていた令嬢がこちらに近づいてきた。
髪色は灰色気味で自身の髪色と同じ色のドレスを着こなしている。
近づくに連れてようやく私も気づいたが、あれはアリンツさんだ。
彼女も私と同じクラスで美化委員会に所属している。
「皆様こんばんは、それではアリンツがこの場を借りて証言させて頂きます。セレナ様ったらいつも放課後の美化委員会の活動を私やライスベリーさんに押し付けて……自分は他の男友達の方々とすぐ遊びに行かれてしまうんです。それに、このアカデミア前の道の街路樹が枯れてしまったのもセレナ様のせいなのですの」
(アリンツさんはいったい何を言っているの!?)
。
何でこんなことをこの場で証言させるのだろう。
しかもその言い分は私にはまったく覚えが無いし、嘘偽りだ。
私は困惑してライスさんの方を見る
しかし、彼女は私とは裏腹に何やら勝ち誇ったかのような表情を浮かべていた。
「皆様方、お察しの通りです。ハラルド様は美化委員会の活動すらまともにできないのなら、将来の自分の伴侶に相応しくないと判断されたのですよ。当然の判断ですね」
「勝手に話を進めるな!そもそもお前がさっきまで座っていたその席は、元々俺が座るはずだった席だぞライス!」
突如、本物のハラルドの方が抗議の声を上げる。
私の今の姿はハラルドだが、私は事前の打ち合わせ通り、セレナとして同じ席に座っていた。
つまりライスさんは先程まで本物のハラルドの席に座っていたことになる。
だからこの事においてハラルドの言い分は正しい。
しかしそんな事を彼女は知るよしもない。
「まあ、自分が悪いのにわたくしの名前を呼び捨てにして、しかもやつあたりをなさるなんて」
ライスさんはそう言うと自分の左目下の頬をハンカチで拭き泣く素振りを見せた。
だが、よく見ると僅かに口角が上がっているのが分かるし、明らかに泣いていない。
「フフッ、まだセレナ様は分かってらっしゃらないのかしら。ハラルド様の隣に座るのが相応しいのは貴女ではなくてよ」
「そもそも俺がハラルドで……そうか!この格好が!?うぅ……ウィッグが外せない」
ハラルドは自分の女装を解こうと頭のウィッグを外そうとするが、上手く外せないようである。
そうやってる内に何か気づいたのか、彼は近くにあったテーブルナイフを手に取ると自分の頭に当てようとした。
「何をしている、やめるんだ!」
突然、ハラルドより一回り背の高い金髪の淑女が彼がナイフを持っている方の腕を後ろから掴んだ。
このアカデミアの生徒会長、三年生のドラクロワ令嬢だ。
彼女は私達より1つ上の学年の先輩にあたる。
「離せ!」
「離すものか、君の無実は私が証明してみせる。だから今しばらく大人しくするんだ」
そう言うと先輩はハラルドの腕を締め上げた。
「イテテッ!腕が!」
「泣くほどに悔しかったんだな。可愛そうに」
ハラルドの両目からは本物の涙がこぼれている。
ドラクロワ先輩がハラルドの手からナイフを取り上げ、テーブルの上に戻す。
ようやく解放されたハラルドはフラフラと近くの椅子に座りこんだ。
その様子を労しそうに見届けた先輩は赤と緑のオッドアイの眼でこちら側を睨み付けてきた。
「ヒッ!ぼ、暴力はアカデミア内では御法度ですの!」
「それにそんな眼でこちらを見ないでください。だって元々悪いのはセレナさんですから」
ドラクロワ先輩の気迫に、アリンツさんはすっかり萎縮してしまったようである。
ライスさんの方は怖じ気づいていないようだ。
「いいや、違う。悪いのはセレナさん以外の君たち美化委員だ」
そう言うと先輩は何やら筒の様なものを取り出し、中にあった紙を近くのテーブルに広げた。
「本来なら穏便に済ませたかったのだが、仕方あるまい。これは君たち美化委員会に対する連名抗議文だ。まず君たちは美化委員会としての活動を全てセレナさん一人に押し付けていたようだね」
これを聞いたライスさん達は一瞬蒼白になったようである。
なおも先輩は続けた。
「そして街路樹が枯れてしまったのは、ライスベリーさん。貴女が除草剤の分量を間違えて街路樹に巻いたからですよ」
「私が分量を間違えるミスを犯すなんてありえません!あの街路樹には枯らすためにわざと多めの分量を巻いたのです!あっ……!」
ライスさんは持っていたハンカチを自分の口にあてる。
彼女は自分の失言に気づいたらしい。
続けて弁明するように言った。
「だって街路樹は毎年春夏には虫が湧きますし、秋には毎日落ち葉を集めて捨てなければならなかったのですよ??そんな大仕事が毎年できますか」
「君たちは去年とおととしの秋しか落ち葉集めを体験していないだろう。そもそもそれだって君たちのクラスの美化委員はほとんどセレナさんしか参加してなかったというではないか」
先輩が呆れたように言った。
そして今度は私の方を見る。
「そしてハラルド君、君は美化委員長の身でありながら生徒会に一度も出席せず、提出する書類も全てセレナさんに任せきりにしているね」
これは真実である。
生徒会の会合には私が出ていたし、美化委員会の書類は全て私が管理していた。
「認めるか、ではハラルド君、何か君からセレナさんに言うことは無いのかね?何でセレナさん一人に押し付けていたんだ。君達はセレナさんに謝る必要が……」
「あの、実は私は」
「それには俺が答えるぜ、セレナ」
私が答えようとすると復活したのか、本物のハラルドが近くのテーブルにもたれ掛かりながらも、こちらの会話に入ってきた。
「だってさ、セレナはトロいんだよ。もっと腕にシルバー巻くとかさって冗談で言ったらホントに巻いてくるし、自分には似合ってないって分からないとか察しが悪すぎるんだよセレナは」
ハラルドの言葉に今度は私が蒼白になった。
あの時はせっかくハラルドが喜ぶと思ってお洒落したのに……。
「そりゃセレナじゃなくてアリンツやライスを選ぶに決まってるだろ」
「何?セレナさんと言う婚約者がありながら二人にも手を出していたと?」
驚くドラクロワ先輩を今度は私の姿のハラルドが睨み付けた。
「お前もそれが悪いって言うのか!そもそも何で責めるんだよ!謝らなくたっていいだろ、悪いのはセレナなのに」
自暴自棄になったのか、ハラルドが周りに当たり散らす。
テーブルクロスが引かれ、上に揃えてあった食器や料理が床に散乱する。
ワイングラスやお皿が割れ、その音で近くにいた令嬢が一人悲鳴をあげた。
「セレナさん、ごめん!」
その惨状を見た先輩が素早く動くと、ハラルドのお腹に一発ボディーブローを決める。
小さくうめき声を上げる私、いやハラルドか。
「セレナさんは自分を卑下してでも、婚約者を守ろうとしたのか……ん?」
前のめりに崩れ落ちるハラルドを片腕で受け止めた先輩は何かに気づいたようであった。
「なるほど、私は勘違いをしていたようだね」
先輩が私の目を見る。
私は静かに頷いた。
「彼は私の屋敷で介抱する。この連名抗議文はここに置いていくが、君が理事長に提出するもしないも好きにして構わない。それでは」
それだけ言うとドラクロワ先輩はハラルドをお姫様抱っこして大広間を出て行かれてしまった。
「予定していたのとは違った展開になりましたけど……さあ、ハラルド様。邪魔な小猫も小煩い魔女も居なくなりましたし、わたくしとの真実の愛をここで公表なさって」
先輩が出て行った事で真っ先に増長したのがライズベリーだった。
彼女はまだ分かっていないのか私に色目を使ってくる。
「待ってくださいライスベリー様、ハラルド様は私との婚約をここで発表するとおっしゃってましたの」
「何を!貴女なんて私の腰巾着じゃない!」
今度はライスベリーとアリンツが言い争っている。
そんな彼女達に私から言えるのはこれだけだ。
「何を勘違いしてるんだ。このコメツキ虫共」
「へ?」
「ヒョ?」
私の突然の一言に、彼女達は一瞬まるで虫の様な鳴き声をあげる。
「俺の婚約破棄はまだ終了してないぜ!」
今の私は皆からハラルドとしか見られていない。
であればこの状況を活用させてもらうだけだ。
「ハラルド様?だってもう既にセレナとの婚約破棄は先程終わったではありませんか」
ライスベリーは困惑した表情を浮かべている。
「そうだな、だがまだ一つ、二つと片付けないといけないことが残っている」
戸惑うアリンツとライスベリー。
私は二人の目の前に移動した。
「まず、アリンツ!君はセレナに謂われの無い罪を着せようとしたな!」
私がそう言ってアリンツの方を見ると、彼女はワナワナと震えていた。
「この学園に相応しくない者は理事長に報告して退学処分としてもらう。覚悟しておけ」
「そ、そんな退学処分だなんてヒドいですの。街路樹の件をセレナさんのせいにした事に関して私はライスベリー様に言われた通りにやっただけなのにですの!?」
アリンツは抗議の声をあげる。
だが、これで言質は取れた。
今度はライスベリーの方に向き直るとこう宣言した。
「つまり君が首謀したんだな、君も退学処分だライスベリー!」
「お、お待ち下さいハラルド様!」
これには流石に今まで比較的冷静さを保っていたライスベリーも正気を保てなかったらしい。
「問答無用だアリンツ、それにライスベリー!俺は君達との婚約を破棄する!」
「あんまりですの……」
「そんな……私のこれからのキャリアが」
さっきのハラルドの様に二人はフラフラとそれぞれ近くの椅子に座り込んだ。
さて、そろそろポマードの効き目が切れる頃だ。
私はテーブルの上に置かれているドラクロワ先輩が残していった抗議文を手に取ると大広間の出口へと向かった。
ふと大広間を出て近くにあったドレッサーを見る。
その鏡に映されていたのはまだハラルドの姿をした私だ。
「さようなら、もう一人の私」
私は鏡に向かってサムズアップすると手串で髪を降ろす。
もう一度鏡を見ると、そこに映っていたのはちゃんと私だった。
こうして一夜にして三つの婚約が破棄された。
まず私とハラルドの婚約、言うまでもないが後夜祭の件が私とハラルドの両親の耳に入り、お互いに仲違いして破棄された。
そしてハラルドがアリンツ及びライスベリーと約束していた婚約の話も。
どちらもハラルド側の両親は知らなかったらしい。
これは婚約解消という形で立ち消えとなったそうだ。
◇
後日、私はドラクロワ先輩からお茶の席に誘われていた。
「理事長は今回のことを重く受け止めてあの三名を退学処分とするそうだ。ところでそのカップの温度は大丈夫かね?」
あの三人とはアリンツ、ライスベリー、そしてハラルドのことだ。
先輩の言葉に私は一言「大丈夫です」と呟くとカップに口をつける。
中には熱いハーブティーが注がれていた。
少し肌寒いと感じていた私にはありがたい。
私は少し飲んでハーブティーの事を褒めると言葉を紡いだ。
「それと驚きました。先輩がハラルドの新しい婚約者として名乗りをあげておられるなんて」
「彼を介抱していてな。こいつを放ってはおけないなとなったんだ」
先輩は少し照れくさそうに言った。
あの後夜祭のあと、先輩とハラルドの仲は空を飛ぶ隼のように急速に接近したらしい。
「だが、まだあんなことがあってもあの二人はハラルド君の事を諦めていないようだね」
「他に何人いようと虫は虫ですわ、私は先輩を応援しています」
私が背中を押すと、彼女は再び笑顔を見せてくれた。
いつも凛としているドラクロワ先輩がこういう表情を見せるのは珍しい。
この笑顔を見せられたらハラルドもイチコロだろう。
アリンツ、それにライスベリーめ。お前達ごときがドラクロワ先輩に勝てると思うな。
「ありがとう。しかし、君はどうする?」
「もう私からハラルドに婚約者としての感情はありません」
それに次のお方は周囲に流されずに自分自身で決めたいと思っている。
セレナ個人として決意したのだった。




