第三章:父の遺したものとミステリーの予感
二人の同居生活は、静寂と緊張の中で始まった。
雅史は仕事に没頭し、栞は受験勉強に励む。
しかし、雅史は栞が、夜な夜な自分の部屋で何かを検索している気配を感じていた。
彼女のパソコンの画面に、一瞬だけ「Y.K. 事故」といった検索ワードが映ったのを見たこともあった。
Y.K.。それは、陽一のフルネーム「河野陽一(Yōichi Kōno)」のイニシャルだ。
ある日の午後、雅史がリビングに戻ると、栞がソファで居眠りをしていた。
彼女の手に握られていたのは、一冊の古びた文庫本だった。
雅史がそっとそれを手に取ると、それは、栞の父・陽一が愛読していた海外ミステリー小説だった。
表紙には、陽一が付けた古傷がある。
そして、最終ページ。
主人公が真実に辿り着くクライマックスの頁に、シャーペンで書き込まれた文字があった。
《真の犯人は、M.A.。彼は恩義を売った。》
M.A.。
それは、「渡辺雅史(Masafumi Watanabe)」のイニシャルではない。
だが、雅史の心臓は冷たい氷を掴まれたように凍りついた。
彼の脳裏に、陽一の死の真相と、その裏で暗躍したある人物の顔が浮かんだ。
M.A.。
その人物は、陽一と雅史、そして美奈子の間で、十数年前から存在した「意外な人間関係」の鍵を握っていた。
「どうしました、雅史さん?」
栞が目を覚まし、雅史を見つめた。
雅史はすぐに平静を取り戻した。
「いや、なんでもない。…栞さん、この本は?」
「あ、すみません。父の遺品です。勉強中に、つい…」
「そうか。…君の父は、この本の結末をどう思っていたのだろうな」
「さあ。でも、父はいつも言っていました。『真実は、最も愛する者の中に隠されている』って」
雅史は、その言葉に戦慄した。陽一は、自分が死ぬ前に、何かを栞に託そうとしていたのか?
そして、その真実は、雅史への警告なのか?




