第一章:過去の恩義と無機質な城
渡辺雅史は、東京の夜景を背景に、いつも通りの無機質な静寂の中でパソコンに向かっていた。
三十四歳。
フリーランスのプログラマーとして成功し、高層マンションの最上階に住む彼の生活は、「完璧な孤独」の上に成り立っていた。
彼の成功は、十数年前に出会った一人の男、河野陽一の存在なくしてあり得なかった。
雅史がまだ二十代前半、大きな挫折を味わい、人生のどん底にいた時、陽一は彼にプログラミングの基礎と、「信じる力」を教えてくれた。
陽一は、雅史にとって師であり、兄であり、恩人だった。
しかし、陽一は五年前に不慮の事故で急逝。
雅史の心には、その恩義と、陽一を守れなかった後悔が深く刻まれている。
数日前、陽一の妻であった美奈子から一本の電話があった。
「雅史さん、お願いがあるの。栞を、あなたのところで預かってくれないかしら」
美奈子の声は沈痛だった。
彼女は最近、再婚を機に地方へ引っ越すことになったが、娘の栞は来年の大学受験のため、東京に残りたいと主張しているという。
「もちろん構いません。栞さんのことは、僕にとっても特別な存在ですから」
雅史は即答した。栞は、恩人・陽一の娘。雅史にとって、彼女を守り、支えることは、陽一への償いであり、果たすべき義務だった。
「ありがとう、雅史さん。ただ、一つだけお願い。栞は、陽一さんが亡くなった時の詳しい事情を、今でも探っている。あの子には、何も話さないでほしいの」
美奈子の言葉に、雅史の胸が締め付けられた。
陽一の死には、公にはされていない、あるミステリーが絡んでいた。
雅史はその真相を知っていたが、美奈子との約束、そして栞を守るために、その口を固く閉ざしてきた。




