【なろう版】俺なら美味しいパスタを作るよと言われて知らない人についていった私
こんばんは&初めまして。
この度はたくさんの作品の中からお立ち寄り下さりありがとうございます。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
宜しくお願いします。
「味ついてないぃ」
大好物の蛸のペペロンチーノ。この一年ハマっていてずっと食べ続けている。本店や他の支店でも食べてみたが、微妙に味付けが違うのだ。誰かと食べる時も自分だけの時も、可能な限りこの「女神の食 卓オルフェン通り店」に通っている。もちろんお金の都合もあるので、味を思い出して家でも作っているが、何度作っても再現できない。シンプルな料理ほど腕の差が分かると言うが、まさにその通り。最近ようやく茹で加減と炒め具合だけ近づいてきて、密かに喜んでいた。なのに今夜はどうだ。
ラストオーダー9分前なのがダメだったのか、いつも賑わっているのに一人も客がいなかった。いや、正確には食べ終えていた客が一人。
扉を潜ってすぐにラストオーダーの時間を伝えられるも了解し、迷わずすぐにオーダーしたのに。
いつもと違って大盛りを頼んだのが駄目だったのか? いや、だって今夜は本当にお腹がすいていた。
初めて日帰り研修を一人で担当するからと、準備のために大分早く出勤し、かつ通常業務も同時並行で行わねばならず、休憩できなかった。うん、連日なが~い残業もしてるし、ろくなものを食べてなくて、今日は朝昼食べてなくて限界だ! と駆け込んだのに。
「オリーブ油の味さえもしない。あれ? これ、一人前料理してから大盛りに気付いて、追加で麺を茹でてただ投入したんじゃないの?!」
数口食べ進めてもオリーブ油の味も、粗微塵切りのニンニクも、いつもより大きくカットされている蛸の味もしない麺ばかり。基本、味の追加はしないがさすがにこれは……。文句を言うべきか迷うが、なにせ閉店間際。パッと見、フロアスタッフと料理人だけ。パスタは使い捨てのゴム手袋をつけたままの料理人が直接運んできたぐらいだ。こんなことも初めてで驚いた上に、無愛想な対応にまた驚くが、1日働いて疲れているのに閉店間際の不慣れなサービスだからだろうと我慢した。
……態度は我慢したが味は我慢できず、こっそりカウンター脇に下げられた塩をかけてみた。うん、塩の味だ。つまり全然調和しない。かけたところを食べ、また振りかけ食べるの繰り返し。
「だめだ、口直ししよう」
さっさと退店し、まだ灯りがついている持ち帰りも出来る斜め向かいの店にふらふらと歩く。新製品のちょっぴり高い甘い生菓子を買い、店の灯りを背にしてすぐにかじりついた。
「ぐっ……、なにこれ。うぅ、想像と違いすぎる」
薄いラングドシャのような焼き菓子でチョコレートを挟んだようなお菓子。だが板状のイマイチな焼き菓子は、噛るとパリンと変なところで割れ、ねっとりしたチョコクリームがぼとりと落ちた。……周りを見せかけのためにチョコレートで覆ったハリボテだった。
「美味しくない。散々な1日の締めが。せめて食事だけでもと思ったのに!」
半泣きになって綺麗な星が瞬く夜空に向かって叫ぶ。返せ私の空腹! お金!
「ぶほっ」
男の吹き出す声が聞こえた。その声の方向に顔を向けて、声の主をじろりと睨む。どうみても男は腹を抱えて笑うのを我慢しているような格好だ。
「っぐ、っぶ……ぶはっ! アーハッハッハッハッ! だめ、ごめん! おかしすぎ! なにそれ!返せ空腹?! がはっ、死ぬ、笑い死ぬっ!」
男は遂に蹲って大声で笑った。悔しさに私は見知らぬ男を叱り飛ばす。
「なによ! そんなに笑わないで! こっちは真剣なのよ! 大好きなものでなんとか心と体を癒そうと思ったのに! こっちは連日働き詰めで疲れているの! お腹減ってんの! 美味しい大好きなこの店の蛸のペペロンチーノが食べたかったのに! 味が変わるなんて!」
半泣きになって怒る私に、男は滲んだ涙を手の甲で拭きながら私に提案してきた。
「おねーさん、ゴメンね笑って。お詫びにさ、美味しい蛸のペペロンチーノ作ってあげるからうちに来ない?」
「はぁ?!」
「俺のうち、すぐ裏なの。俺、ここの料理人。店内にもう一人いた客は俺だよ。しょぼくれて食べてたから気になったら。そっか、美味しくなかったんだ。俺がおねーさんのこと満たしてあげる」
味のしない蛸のペペロンチーノを出しやがった女神の食卓を指差して、しゃがんだままの男が明るく笑う。
本当だろうか。あの、香ばしくも食感もよい粗微塵切りガーリックに、小さいくせによく蛸の美味しさを引き出して旨味を麺に絡めて、私を魅了させてやまないペペロンチーノをまた食べれるのだろうか。残すのが嫌いで美味しくないパスタを食べて甘味にまで裏切られて満腹の虚しい私のお腹に入る美味しいペペロンチーノを作れるのか?!
「疑うんだったら、ハイこれ。俺の身分証と財布預けるから」
男はすくっと立って私に身分証とみっちりと札が入った財布を手渡した。仰天して手渡されたものと目の前の男を何度も見た。身分証は偽物には見えない。
男はスラリとして若かった。丈長で大きめのグレーのカーディガンに白のシャツ、黒いパンツに黒い靴。顔はよく見えないが、数回捲られた袖から見える手にはいくつもの火傷の痕がある。重い鍋を振るえそうな太い手首。ぐしゃりと無造作にはみ出ている札は高額紙幣だ。普通に見えるように持ち歩く額ではない。
「私、高性能の防犯ブザー持ってるから、怪しい素振りをしたり嘘だったら鳴らすからね」
「うん、いいよ。ほら、あそこに灯りが見えるでしょ。俺はあそこの二階のど真ん中。壁薄いからブザーは聞こえる筈だよ」
男は振り返り指差しながら私を先導した。私は預かった身分証と財布をポケットに入れてついて行った。
「どうぞあがって」
「いえおかまいなく。ペペロンチーノが出来上がったら見せてください。それ見てから上がらせてもらいます」
「そんなよくわかんない警戒心ある? オモシロ過ぎでしょ。わかった、じゃあすぐ作るから待ってて」
男は頑な私をまた面白がり、すぐに受け入れ料理をし始めた。ドアの外で待つ私がいつでも入れるようにという配慮なのだろう、男は扉に物を挟んで、中の光と音が聞こえるようにした。
動く気配と水を汲んだり火をつける音がする。包丁の音はかなり早い。手際のよい音に料理に慣れているのは間違いないと思った。
「おねーさん、これ。寒いでしょ。店のスープと違うけど、美味しいよ」
男は顔を出して大きめのマグカップを差し出した。暖かなそれは湯気と美味しそうなコンソメの香りがする。シャツに黒いエプロンをつけた男はまるでお洒落カフェ店員のようだ。私は両手で受け取り、暖を取る。
「あ、おいし」
野菜の優しい甘味がするスープはことこと野菜を煮込んだのだろう。女神の食卓のスープはいつも魚介出汁のスープだが、ベーコンが入ったこれもとても美味しい。
ガーリックの香りがしてきた。あぁ、もうすぐ食べられるのか。でも正直今偽物を出されたら、このゴツいマグカップで彼の頭をかち割るかもしれない。殺人犯にはなりたくないが衝動的にやってしまいそうだ。
「お待たせしました、蛸のペペロンチーノです。おねーさん、ほら、手にとって?」
真っ白な皿に高く盛られたパスタにはたっぷりの粗微塵切りのガーリックと、絶妙な大きさの蛸がたっぷりある。私はすぐに口に突っ込んだ。
「あ……。これ、これだ。蛸のペペロンチーノ。私の食べたかった蛸のペペロンチーノだ」
「ほら、上がりなよ。叫ぶ程食べたかったパスタ、立ったままで食べるの勿体なくない?」
「お邪魔しますっ!」
彼に皿を預け、私は部屋に上がらせて貰った。
「どうぞ召し上がれ」
「いただきます!」
熱々で唐辛子の辛みとガーリックのざっくりガッツリ感が堪らない。細切りとそのまんまの入れられている唐辛子も同じだ。何度も食べては家ですぐにおさらいするが再現できないこの美味しさ。
「おいひい、あぁ、幸せら」
「はいはい。涙流すと塩加減変わっちゃうから落ち着いて。よかったらこれもどうぞ」
出されたのは豆とアボカド、卵が散ったサラダ。炒ったアーモンドも入って、和えられた芳しいドレッシングで最高だ。
「……ほんと、旨そうに食うな……かわいい……」
何か彼が言っているが脳まで届かなくて申し訳ないが仕方がない。それぐらい美味しいのだ、幸せだ。
私は全て食べ終えた。そして頭をテーブルに擦り付ける勢いで謝罪した。
「幸せです。疑ってすみませんでした、美味しかったです」
「いえいえ、どういたしまして」
笑って許してくれた彼に、私は食べ終わりが見えた辺りから気になっていたことを彼に聞いた。
「あの、今日はお休みだったんですか? 私が通っていた一年は少なくともずっと同じ味だったんですが、偶然あなたが作る日に当たっていたのでしょうか」
「当たっていたというか、ちょっと違うけど、俺がトップだったから仕上げは全部俺がやってたからだね」
彼はさらさらの黄金の小麦のような色の前髪をかきあげて、大きな口でパスタを食べる。
「だった? あの、なぜ過去形なんですか」
恐る恐る聞いた私に彼は何でもない風に答えた。
「うん、俺さ、辞めるから」
「え! 何でですか! こんなに美味しいのに! 私、あなたのこの味の大ファンです! パスタが好物でいつも色々な店で色々食べていたけど、あなたの蛸のペペロンチーノに出会ってからはこればかり食べてます!」
「……ありがとう。オーナーの娘と結婚しろって言われてさ、断ったら仕入れに回されて、調理場から外されたんだ。だから辞める」
「もう食べれないんですか!そんなっ!」
思わず立ち上がり、ガタッとテーブルを鳴らした私に目を大きくして驚いて見せた彼は、少し間を置いて、口元を拳で隠しながら「食べれないこともないけど」と呟いた。
「もしかして独立ですか! どこにオープンさせるんですか、絶対通いますから!」
彼はフッ、と小さく笑った。
「おねーさんが俺の恋人になればいつでも食べれるよ。どう?」
「こ、恋人?!」
驚く私を前に保冷庫から、彼は何かを取り出して私の目の前に差し出した。
「俺は仕事も趣味も料理だから、見ての通り生活感ない部屋だし、家財もほとんどが調理器具だ。だから食べさせるのなんてわけないよ。菓子作りも好きだし、食べるでしょティラミス」
ガラスの小さな器に盛られた白と焦げ茶色のコントラストが美しい。添えられた金色の小さなスプーンが寄り添い、キラキラ光って美味しさを更にアップさせる。そしてそれを持ち上げ見せつける彼を初めてまともに見た。
「ウソっ、格好いい……」
目の前の彼はなんとも女の子が放っておかないだろうイケメンだった。さらさらで厚めの前髪は右側の額辺りがうっすら見えるように斜めに流されている。意思の強そうなキリッとした眉に切れ長のダークブラウンの瞳。鼻筋は通っていて顔も小さい。第二ボタンまで開けられた白シャツから覗く鎖骨と覗く胸元は匂いたつような色香を放つ。一体どのぐらいペペロンチーノに夢中になっていたのか。こんなイケメンに全く気付かないとは。
「ストレートな褒め言葉、嬉しいな。おねーさんってば、食べっぷり同様大胆だね」
彼はテーブルにティラミスを置いて、代わりに私の手を取り指先に唇を近づけた。
「ブラッド・バージル、独身恋人なしの料理人です。毎日あなたの為に美味しい料理を作りますから、結婚前提で恋人になってくれませんか。おれのことはブラッドと。でもその前に名前を教えてもらっても?」
胃袋鷲掴みにされてる上に顔のイイ男にそんなことされて、お断りできるわけがない。むしろしないし、全力で乗っかる。でも。
「オリーヴ・スクワイア、独身恋人なし。えーと、私にしかメリットがなくて胡散臭いので、結婚は置いておき、まずはお試しのお付き合いから?」
「……細かいことはこれ食べてからね。はい、あーん」
「あー……?!っ?!」
一瞬眉を寄せたが彼はすぐにそれを隠してにこっと笑い、ブラッドさんの癖になる低くて男らしい少し掠れたような声で甘く吐く。イケメンに不慣れな私は鸚鵡返ししてしまい、その隙に開いた口の中にティラミスを突っ込まれた。
染みた珈琲のイイ香りを無意識に吸い込んだら、振りかけられたココアパウダーにむせてしまい、ゲホゲホっと咳き込んだ。
「わっ、大丈夫?!」
ブラッドさんは私の背中をとんとん軽く叩き、水の入ったグラスを私の口元に近づけた。
「ん、ごほっ……がと……」
私はそれを受け取り、こくこくとやや慎重に飲み干していく。ぷはぁとようやく一息つけた時には何故かブラッドさんに抱っこされていて、目を白黒させた私をまた笑って額にキスを落とした。
驚いて固まった私を見た筈なのに、そのまま彼は目蓋に頬に鼻の頭にと、次々キスを落としていく。最後は掠めるようにゆっくりと、ぎりぎり唇に当たらない端っこを狙って、思ったより柔らかい唇を押し当ててきた。
「ごめん。人に食べさせたのなんて初めてだったから、下手だった。次はもっとうまく食べさせるから」
すぐにキスできるゼロ距離で囁かないでほしい。
「美味しそうに食べてる顔も可愛いけど、俺にキスされて朱くなった顔も可愛いねオリーヴ」
反則だ。朱くなった顔を指摘するなんて。
「オリーヴの唇にキスしたい。いい?」
何でここだけ聞くのか。何故もう呼び捨てなのか、距離の詰め方が早いっ。それまでのキスは聞かなかった癖に。ずるい。大きな手は私の頭頂部からゆっくり滑り落ち、後頭部と首の辺りに添えられた。
「ねぇ、その顔可愛すぎる。早くいいって言って?」
女慣れしてるのが分かるのに、本気で焦らされて切ないような声出さないでほしい。
「……うん、いい……ッン!」
目線を下げたまま、小さな声で答えた途端に唇を塞がれた。長く感じたそれは、離さないとばかりに上唇をつけたまま下唇を甘く何度も食まれる。甘いっ、イケメンは吐く吐息も甘いっ。
「ねぇオリーヴ。キスは、美味しかった?」
「え、お、美味しかったって」
目眩がするようなキスが終わったと思った時には彼が目を細めて熱いまなざしで私を見つめていて、それがまた羞恥を呼んで体を熱くさせるのに、そんな風に聞くなんて。
「また、食べたい? 気持ちがこもってるから甘くて美味しいと思うんだけど」
「私達、今日初めて会ったでしょう? 気持ち込めたなんてリップサービスが「初めてじゃないよ」」
「え?」
自分の顔が見えるように私と少し隙間を作り、苦笑いをするブラッドさん。
「蛸のペペロンチーノ、初めての俺のオリジナルメニューなんだ。だけどうちの店、クリーム系や海老の方が人気があって、あんまり出ないんだよ。だけど初めてのメニューは特別に想うところがあって。オーダーが入る度に食べてるとこ見に行くの」
「え、じゃあ、いつも……?」
照れてるのだろう、強引なところは引っ込み、目を反らして隠しているが、頬に朱が差しているから明らかだ。
「美味しそうに食べてるな~って思ったのが最初で。でも無心で食べてたり、思い詰めながら食べてたり。なんか急に思い付いたように、口にいれたり。注文の半分はオリーヴだと思うぐらい見かけてて、この人何考えて食べてんだろうって見逃せなくなって」
そ、それは多分、茹で加減だの、微塵切りの大きさを見てたりしてたね、きっと。だ、だいぶ恥ずかしいとこ見られてたよね?!
「いつの間にか好きになってた。オーナーの娘との結婚を打診された時に気付いたんだ。そしてさっき店で悲しそうな顔して食べてるの見て、俺が作ったパスタじゃないからかと思うと嬉しくて、でももう食べさせてあげられないと思うと胸が苦しくて。だけど俺の作ったパスタを美味しそうに食べてるとこ見たら、ドキドキで嬉しくてやっぱり好きだって思った」
ブラッドさんは私の顔を覗き込んだ。
「引いた? 名前も知らないお客さんに片思いなんて」
「全然っ。引いてない、むしろそんなの、嬉しいよ」
ブラッドさんはふわっと微笑んだ。
え。
声も仕草もすごく男の人って感じなのに、そんな柔らかく笑うんだ。
見ちゃいけないもの見た気がする。
「嬉しいな。じゃあもっと食べて」
「う、うん」
はにかんで重ねられたキスは確かに甘くて美味しかった。
ちょっと強引な気もするキスだったけど、反対にブラッドさんの手付きはすごく優しくて、頬を撫でられ髪をすくって、節くれだった長い指で時折くるくる巻き付けては解く。そして私が嫌がってないか確認するかのように少し唇を離す。そのルーティンはまるで時間を計ってパスタを茹でてるみたいでくすりとする。
「……なんかおかしい? 俺のキス」
気付いたブラッドさんは心配そうな声を出した。慌てて私は宥める為に甘えた仕草で彼の首に腕をかける。
「うぅん、ごめんなさい違うの。なんだか髪を巻く仕草がパスタを茹でてるみたいに思えて可笑しくて」
「そう? 茹でる時に流石に巻き付けることはしないけど」
「えーと、ルーティンみたいに一定の間隔で巻いてるから、時間を計ってるみたいだなって」
「あ、あぁ。これね」
理解した彼はばつが悪そうに、目の前で私の髪を巻いて見せた。
「コレね。戒め」
「え? 戒め?」
思わぬ答えが返ってきてびっくりする。一体なんの戒めなのか。
「焦ってオリーヴを怖がらせたり嫌われると困るから戒め。オリーヴを満たしたいから、理性を保つ為に時間を数えてる」
「そんなことしてたの?!」
「うん。だって名前すら知らなかった俺には今が奇跡だし、逃したくないから、絶対に嫌われたくない」
「……胃袋掴まれて顔がよくて私にずっと片思いしてくれてたなんて、どこに嫌になる要素があるの。むしろこっちの実態知ってすぐ振られる気がしてしょうがないけど」
ちょっと驚いたように目を大きくした後、ニヤリと悪い顔をしたブラッドさんからは色気を感じる。そんなの感じたことないけど、男の人にもセクシーだって思うものなんだなぁ。でもこの人だけかしらとか、じっとみていたらブラッドさんが私に質問した。
「実態って、例えば?」
「うーん、家事が苦手だとか」
「台所関係は任せて。あ、油汚れ取ったりするから洗濯は得意かも」
「好きなものは突き詰めちゃうとか」
「あぁ、だから食べ続けてるんだ」
「えーと、お金持ちじゃないとか」
「貢がせたりしないから問題ないよ」
「プレゼントのセンスが悪いとか」
「ははっ。一緒に買いに行こうか。あとは?」
「あとは、えーと、むぐっ」
いいかけようとしたらブラッドさんが私の唇をぎゅっと摘まんだ。アヒルじゃないのよ?!
「重箱の隅をつつくのは精神上よくないの。こういうのはシンプルに。イエスなら首を縦に振って、ノーなら横に振って。蛸のペペロンチーノ美味しかった? ティラミスは美味しかった? 俺の顔好み? 俺の事いいと思う?」
最初の二回が料理だったからついうっかり、正直に首を縦に振ってしまった。
「ありがと。じゃあ残念だけど俺の望みより下げて、オリーヴの気持ちに合わせるよ。今から恋人ってことでよろしくお願いしまーす」
恋人になるのが下げて私の望みに合わせたことになるのか。じゃああなたの望みはなんなんだ? とか。問い詰めても良かったが、ぱあっっと明るい笑顔になったブラッドさんは少年のようで、やめておいた。なんな可愛いかもと思ってしまった。
それに、頭を優しく撫でられながら私の様子を気にかけるブラッドさん。こんなに男の人って、気を遣えるんだなって不思議に思った。何人かお付き合いしたけどこっちの都合や好みなんて無視だし、「君しかいない」とか言う癖にすぐ他の子に目を奪われたり。自分が楽しくいい気分でいるのが一番で、私の様子を見るなんてなかった。
今なら分かる。適当にされてたのが。
この人は本当に私の事が好きだから、様子を見るし、優しくするし、ダメなら謝ってくれるんだ。
だから私も楽しいし心地いいんだ。
なんか。ふとそう思ったら、あっさりと彼を好きになったんだと思えた。でもやはり胃袋掴まれてるとチョロいのは事実だろう。
「嫌じゃなかった? 遊びじゃないよ? 本当にオリーヴが好きだよ?」
私は恥ずかしかったけど、ちゃんと頷いて小声だが言葉でも返事をした。
「嬉しい。じゃあ、さっきの続き。もう一回、ね? 約束通り心も体もオリーヴを満たしてあげるね」
「あ? え? 心も体もって、言ったけ……?」」
少年みたいにはにかんで笑うので突っ込めなかった。一年片思いしていたのは伊達ではなく、気付いたら一晩お世話になっていて、我に返ったらお昼ごはんが作られていた。ベーコンの香ばしい匂いで目が覚め、栄養をつけるようにと作られたのは、ペペロンチーノの次に好きなカルボナーラだった。
「オリーヴ、俺さ。以前スカウトしてくれた隣町の料理店に雇って貰えないか打診するつもりだったんだ。もし、OK出たら一緒に暮らさない?」
「ふぇ? そ、そんな急に」
「確かに急な話なんだけど。ここさ、女神の食卓の紹介で借りてる部屋だから出なきゃいけないんだ。だからどうせなら二人で暮らせる部屋を借りたい。そうじゃなくても、気兼ねなく来れるようにオリーヴも来やすい所で部屋を探したいから、一緒にこれから部屋を見に行かない?」
「……うん。いいよ」
やったぁと喜んだ彼は「その前に服をプレゼントさせて?」と私の頭を寄せて、キスをした。
彼からプレゼントされた服を着て、初めてのデートは手を繋いでの不動産見学だった。会話は弾むし楽しい上に、理想的な部屋が見つかって、新婚気分も味わってしまった。
後日彼の新しい職場もすんなり決まった。彼は喜び勇んで私の職場へ知らせに来た。面接が終わってそのまま来たらしく、手土産に面接で作ったエビとアボカドのマリネを持ってきた。
「今夜はお祝いだから腕を奮うよ」
「ブラッド、それは普通私の台詞。くぅぅっ
だけどブラッドの料理は最高だから作ってほしい!」
あははと笑ったブラッドは気にもしてなくて、甘く微笑んだ。
「いいんだよ、俺がそうしたいから。いっぱい食べて?」
「食べて」の意味通り、美味しいものを食べさせられ、彼をも気絶する程食べさせられたことだけ記しておこう。見学した不動産は日が経っていたのに運良く空いていたのですぐに契約した。
ちなみにあれから一度も女神の食卓オルフェン通り店には行ってないが、数か月後に通りかかったら「長年のご愛顧ありがとうございました」という紙が貼られていた。
お読み頂き、ありがとうございました。
冒頭のお菓子を食べて嘆く辺りまでつい先日の実体験です。食べ物の恨みから生まれたお話で、ようやく私も消化できそうです。
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