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赫を喰らう  作者: 犬間竜
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第1章 赫の脈動

少年グイスが目覚めたその世界は、人と吸血鬼の争いが絶えぬ混沌の中にあった。

記憶のない少年は、どこから来たのか。どこへ向かうのか。そして、何のために戦うのか。


自らの血に導かれるように、赫き運命へと進む。

たとえその道が修羅に染まろうとも。


――少年は、“赫”を喰らう。


「グイス、あなたは……」

聞きなれたはずの声が、遠く、脳裏に響いた。


「ここは、どこだ……?」


赤く染まった月が、静かに大地を照らしている。

荒野だけが広がる世界に、少年は空を見上げていた。


ただただ違和感が体を包む。

自分が誰なのか、なぜここにいるのか——記憶は霧のように霞んでいる。


ただひとつ、耳に残るあの声だけが、現実のように胸に響いていた。


「グイス」

——そう呼ばれていた。これは、自分の名前なのか?


確信もなく不安なまま少年はゆっくりと立ち上がった。

手には乾いた血と砂埃。

掌を見つめながら、その感触にどこか覚えのある嫌悪を覚える。

服も靴も、所々が赤黒く染まっていた。

それが自分の血なのか、他人のものなのか、判断はつかない。

ただ、確かなのは——


「ここに来てから、時間は……経ってる」


声に出してみると、それだけが自分を現実に繋ぎとめてくれた。

まるで、誰かと会話するように。


月は赤く、空は深い闇に沈んでいる。

この世界がどこなのか、どれだけの時間が過ぎているのか、何も分からない。


だが、背中を吹き抜ける風がひとつ、確かなものを教えてくれた。

——“まだ、終わっていない”。


何かが待っている。

何かを終わらせるために、自分はここにいる。


ゆっくりと、足を前に出す。

一歩、また一歩。

どこに向かうのかも分からないまま、少年は歩き出した。


それが、自らの“血”に導かれる旅の始まりだった。


どこか懐かしい匂いが、風に乗って鼻先をかすめた。

風上へ向かえば何かわかるかもしれない。

不思議と自信が沸き上がり少年の足を早めた。


丘を一つ越えると明かりがみえてきた。

きっと村があるのだろう。

「なにか手がかりがあればいいが」


次第に村に近づいていく。

遠くで見えた明かりは村の街灯の明かりではなかった。


「なんだ、これは」

家が燃え盛り、遠くから人の悲鳴が聞こえる。


悲鳴のなる方へさらに足を早める。 

記憶の霧が晴れないままでも、この気持ちだけは胸に確かに残っていた。


「助けなければ!」


燃え盛る家々。

赤くうねる炎の向こうに、逃げ惑う人々の影が揺らめいている。

耳に飛び込んでくるのは、叫び声、悲鳴、そして……獣のような唸り声。


その全てが、グイスの心臓を激しく打たせた。


「間に合え……!」


全力で走る。足は土にとられ、もつれる。

それでも止まることはできない。


——“グイス、あなたは……”


あの声の続きを、思い出せない。

だが、その言葉は確かに、彼の心の奥に残っている。


「……助けなきゃ、ならないんだ!」


立ち込める煙の中、崩れかけた家の前でグイスは立ち止まった。

扉の向こうから、かすかな声が聞こえる。


「……たすけて」


その瞬間、

……グシャ。


肉を叩くような、湿った鈍い音。

それと同時に、か細い声はぷつりと消えた。


さっきまで遠くに響いていた悲鳴も、次第に静まっていく。


「俺は、なぜ……」


誰も救えなかった。

あるいは、救えたかもしれない命さえも、目の前で絶たれていく。


立ち尽くす少年の背後に、気配が忍び寄る。


「なんだ……まだ生き残りがいたのか」


振り返る間もなく、鋭い衝撃が脇腹を貫いた。


何が起きたのかも分からないまま、少年の体は吹き飛ばされ、荒れた地面の壁へと叩きつけられた。


「っぐ……!」


呼吸が詰まり、肺が軋む。

だがその痛み以上に、体の奥から灼けつくような熱が込み上げてきた。


(熱い……いや、ちがう……これは……!)


血が流れる。

脇腹から溢れ出した鮮血が、地に染み込む前に、空中で静かに浮かび上がっていた。


「……なんだ、これは……」


少年の声が、かすれた。


血が、重力を無視して宙に舞い、彼の周囲をゆらゆらと漂っている。


「しぶといやつだな」

先程の声が、獣のような低さで笑う。足音が近づいてくる。


(……やらなきゃ。やられる)


どこからか湧き上がる闘志。

まるで本能が、戦い方を知っているかのように——


その力が、血と呼応する。


「来い……《ブラッドソード》」


少年がそう叫んだ瞬間、漂っていた血液が一気に集まり、鋭い剣の形を成していく。

深紅の刃が、きらめきながら彼の手に収まった。


全ての記憶を失った少年は、ただ一つの衝動に突き動かされる。


“こいつを、倒す”


それだけが、今の彼を突き動かす理由だった。


燃え盛る炎の影から、そいつは姿を現した。

黒いコートに身を包み、血の気のない白い肌。

目だけが、異様に赤く輝いていた。


「お前……何者だ」


低く唸るような声。

だが、それは問いではなく、“警戒”の色を孕んでいた。


「……俺もわからない」

少年は静かに応じた。

「ただ……お前を、倒す」


「面白い」

ヴァンパイアは嗤った。

「人間ごときが、我ら《ヴァンパイア》に敵うとでも?」


「……ヴァンパイア、だと?」


その言葉が胸に突き刺さった。

理由もなく、焼けつくような怒りが心臓を駆け巡る。


「悪いが——死んでくれ」


少年は血剣ブラッドソードを掲げた。


赤き月が照らす中、血が呼応するように剣を紅く染め上げる。


「——《赫刃かくじん》!」


振り下ろされた刃が、唸りとともに赤い斬撃を放つ。

大気すら裂く赫光が、直線を描いてヴァンパイアを両断した。


「待て……その力は、まさか……っ!」


叫びとともに、ヴァンパイアは炎の中に沈んだ。


気が抜けたのか、少年はその場に倒れ込んだ。

赤い剣は、ゆっくりと血に戻り、砂の地面に染みこむように消えていく。


胸の奥で燃えていた怒りは、いつしか冷めていた。

代わりに、残ったのは拭いきれない疑問。


あの《ヴァンパイア》とは何者だったのか。

そして、なぜか……やつから漂ったあの匂いは、懐かしさすら感じさせた。


——知っている匂いだった。

思い出せない。

でも確かに、知っていた。


少年は足を引きずるようにして、倒れたヴァンパイアへ近づいた。


だが、やつはまだ息をしていた。


半ば崩れかけた身体で、最後の力を振り絞るように口を開く。


「そうか……お前が……」


「……何のことだ」


「……我らを脅かす、呪われた存在め……」


口元に微かに笑みを浮かべると、男の身体はゆっくりと崩れはじめた。


「先に……地獄で、待ってるぞ」


その言葉を最後に、やつの体は灰となって、風にさらわれていった。


焼け焦げた村に、静寂が戻る。

瓦礫の上に腰を下ろし、グイスは黙って手を見つめていた。


赤い液体は、もうそこにはない。

剣も消え、力もどこかに引いていった。


——でも、熱だけはまだ残っている。


「……俺は、なんなんだ」


自分の血で剣を作り、化け物を斬った。

それをどう説明すればいいのか、自分自身にすら分からない。


空を見上げれば、まだ月は赤い。

夜は長く、どこまでも冷たい。


村の家々は、もう人の声を返さない。

助けようとして、何もできなかった。

倒したのは、あの化け物だけ。


「……ただ、それだけだ」


風が吹く。

焦げた木片が舞い、血の匂いが遠ざかる。


しばらくして、グイスはそっと立ち上がる。

体の節々が痛む。けれど、動ける。


「どこか……安全な場所に」


その背に、ゆっくりと新しい気配が近づいていた。

煙の匂いと、酒の匂いと、ほんの少しの……光を乗せて。


「……お前、死んでねぇだけでも大したもんだな」


突如、背後から渋く、どこか軽薄な声が降ってきた。


グイスが振り返ると、煙の向こうに一人の男が立っていた。

茶色いロングコート、首には十字架のネックレス。

片手には、どこから取り出したのか酒瓶をぶら下げている。


「誰だ……?」


「ま、あんまり警戒すんな。味方だよ……たぶんな」


男は片目を細めて笑った。

焦げ跡の上を器用に歩きながら、グイスのそばへ近づいてくる。


「お前、名前は?」


「……グイス。そう呼ばれた気がする」


「なるほど、“呼ばれた気がする”ね。こりゃ相当やられてんな」


男はその場に腰を下ろすと、酒瓶を煽り、ひと息ついた。

煙が風に消えていく中、炎の光で揺れる瞳がどこか優しい。


「イグナ・ルクス。俺は祓魔師。つまり、化け物を退治するのが仕事だ」


「祓魔師……」


「さっきのヴァンパイア、倒したのはお前か?」


グイスは小さく頷いた。


「なるほどねぇ……血を使うとは、また珍しい」


イグナの目がふと真剣になる。


「お前、普通の人間じゃねぇな。……けどな」


その瞳が、まるで少年の“罪”を許すように和らいだ。


「だからって、悪いとは限らねぇ」


風が止み、赤い月がふたたび姿を現す。


「よし、まずは腹ごしらえだ。話はそれからにしようや」


イグナはそう言って、腰の荷からパンと干し肉を取り出す。


「……食えるか?」


グイスは迷いながらもうなずいた。


焚き火の残り火に照らされた小さな食事。

それが、少年の旅の“はじまりの夜”だった。



——終章:「赫の脈動」


はじめまして! 犬間いぬま りゅうと申します。

今回、人生で初めての小説に挑戦しました!


昔から物語を考えるのが好きで、ずっと中学の頃から頭の中で温めてきたアイデアを、ようやく“文字”という形で世に出すことができました。


他の作品と似ていたり、先が読める展開もあるかもしれませんが、これは「自分の好き」を詰め込んだ、自分だけの世界です。

ある種の自己満足も含めて、「自分が最後まで描き切りたい」と思える物語を形にするつもりで書いています。


内容としてはかなり“中二病”な雰囲気もあると思いますが(笑)

それでも、一から自分で生み出した世界が誰かの心に残ってくれたら、これ以上の幸せはありません。


「面白い」「続きが読みたい」と思ってもらえたなら、それは本当に光栄です!

これから先も盛り上がる展開をたくさん用意していますので、どうか温かく見守ってください!


応援、よろしくお願いします!!

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