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小さな癒し



頭から血を流して要石の上に立った俺に、ブロウスが慌てて駆け寄って来た。ちょうど煙草を吸う窓の外が要石の場所だから、すぐにばれる。


「ディザはなんで何時も怪我してんだよ!?」

ブロウスの怒鳴り声にファイゲが走ってきた。

「ごめん、貰った羊皮紙が無くなっちゃって」

「え!?もう!?何枚渡したと思ってるんだ!?」

もうそれは、物凄く怒られている。

けれど俺が笑っているからか、ブロウスは仕方なさそうに口を閉じて、部屋で寝ていろと言ってきた。部屋に行く途中で一日に何回も腹を刺された話をした時は、またファイゲに指を二本立てられる。しかも今度は眉根にしわが刻まれていて、俺は肯くしか出来ない。


「ディザ様は顔色が悪すぎます」

「それは本人に言ってあげて」

「無茶が過ぎます」

「ほんと、それだよね」

ブロウスが真剣に錬金陣を描いている傍で、鼻息も荒くファイゲが語っている。

まさか数日で帰ってくると思っておらず暢気にしていた二人は、想像以上に荒事をしているディザイアに唸った。


「もう、カバンが閉まらないくらい羊皮紙をねじ込んでやるべきです」

「あのカバン、無限に入るでしょ。いくら俺でも疲れちゃうよ」

ファイゲはやるべきだともう一回言ってから、ディザイアと一緒に飛んできた馬に、水と飼い葉とニンジンを与えに行った。


筆を動かしながらブロウスも悩んでいる。

無限は無理だけど、カバン繋げちゃおうかな。

錬金術師は自分が出来る事に違和感を持たない。ブロウスは趣味だとしてもれっきとした錬金術師である。


頭と腹に錬金陣を貼られて、身体が楽になったディザイアは気が付かないうちに目を閉じていた。その顔を主従が見に来る。


「…一人で頑張れとか、意地が悪すぎる」

たとえ本人が納得していたとしても、だ。

この青少年に無茶ぶりをする理由は何なのか。どうして一人でやらなければならないのか。誰かと一緒に戦っては駄目なのか。


ブロウスが溜め息を吐いて、座っていた大きなテーブルへ戻る。

筆を滑らせながら、自分が行けない事に口をとがらせた。この場所から離れられないのは研究所に納められている膨大な錬金の資料のせいだ。


この場所にはこの国以外の国でも、そうは無いほどの錬金術の資料が集められていた。それこそ何百年とかけて集められたものが収められている。

移動させることは出来ない。残念ながら。

この土地に纏わりつく錬金の術式は、他所の土地に持っていけるものでは無かった。


「ディザ様には、ここから出てここに帰って来るように言えばいいのかも知れません」

ファイゲがブロウスに紅茶を差し出しながら提案した。

パチパチと目を瞬かせてブロウスはカップを受け取る。

即座に了承しないブロウスを、ファイゲは無表情のまま待っている。


ブロウスは考えながら紅茶を口に含む。

甘やかすことは出来る、いくらでも。でもそれは本人にとって良い事かどうかは別問題で。

ディザイアが望むように。それが正解だ。


「本人がそう言ったらな」

「しかし、それでは」

「ファイゲは過保護な教育ママになりそうだな」

ブロウスの言葉に、ファイゲはきびすを返し洗濯物を取り込みに行った。




目が覚めたら、身体の痛みはなくなっていた。

部屋を出ると、大きなテーブルで何かを書いているブロウスが、顔を上げて俺を見た。

「おはよう、良く寝られたか?」

「ああ、ありがとう」

「昨日よりは顔色が良いようですね」

ファイゲがやってきて、俺を見て肯く。

ブロウスが描いている何かは、彼の横でかなりの数重ねられている。その全てが羊皮紙な事にいくらかの不安を感じる。

あれが全部、回復の錬金陣だろうか?


片手で髪をかき上げながら、ブロウスが俺を見る。

「ディザにしてやれることは、これくらいだからな。俺は一緒に戦うことは出来ないから」

その場で煙草を咥えたブロウスをファイゲが睨んだ。

「それは、望んでいないから」

「うん、分かっているけどさ。本当は手を貸してやりたい訳よ」

苦笑しながら煙を吐き出す。


「…気持ちだけ受け取っとくよ」

俺が言うと、ブロウスもファイゲも静かに頷いた。

これだけお世話になっていて、それ以上なんて考えた事もない。


この間知り合ったばかりの二人に、ずうずうしくも頼っているのに、必要な言葉以外は何も言わずに協力をしてくれている。

それだけでもう、十分なのだ。

いつか伝えられれば、良いのだけれど。


俺のふがいなさは、いつかどこかで彼らに謝ろう。


「いってらっしゃい」

二人の言葉に、ディザイアがくすぐったそうに笑う。

身体が治ったらすぐに、この場を離れていくディザイアに、今度は見送ることが出来た二人は、彼の戦いが終わるまではきっと、何時ものような日々を送りながら、この日々は通常ではないのだと噛み締めて過ごすのだろう。



機嫌が良さそうなブライは、俺の代わりに軽やかに走る。

目標にしていた南西の場所に戻るには、かなりの日数がかかりそうだが、要石を置いて来なかった俺が悪いのだから、焦り過ぎないようにしながら走っていく。


ブライにかかる負担を考えながら、国の端を走っていく。

早足で大地を駆けていくブライの上で、何か思いだせる記憶はないかと考えていた。


ヴェステン砦に寄らないのならば、もっと内側を走ってもいい。

台地に沿うように走ってもらった。

台地の内側は、王城に近い。近いと言っても遠目に見えるぐらいなのだが。

走りながら、横目で薄暗い色をしている城を見る。


まだあそこには行けない。

少なくとも呪いをすべて解いてから、向かいたいと思っている。


そうでなくては、勝てない気がしている。


自分の記憶が戻ってからの方が良い。

そのためには、呪いの村を廻らなくてはいけないと、誰かが言っている気がする。

それが誰なのかは分からないけれど。


ブライが小さく鳴いた。

首を撫でると小さく答えてくれる。

今は、この子がいてくれることが何よりも嬉しい。


そう思いながら、南西の端の封印地域に向かった。




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